31.心の死
――♧――
細かい狩りの指示を羽鳥が伝え、俺達はその指示を元に獣狩りへと赴く。
これが一連の流れとなっている。
ちなみに、一日のスケジュールはこんな感じだ。
7時、起床と朝食。
8時、訓練開始。
9時、休憩。
10時、訓練再開。
11時、再度休憩、訓練終了。
12時、昼食。
18時、夕食。
21時、会議。
22時、狩りが終わり次第、入浴、就寝。
大体、12時から21時までは自由時間だな。
夕飯は食ったり食わなかったりだ。
12時からでも訓練を続けたりしてもいいし、狩りの時間まで自室でだらだらしたりもしていい。
本当に、自由な時間が与えられる。
今は21時、会議の時間だ。
この時間は主に、狩りの概要についての話をする。
他には、今後の予定等の擦り合わせだ。
「今夜の獣は、獣道公園から南下した方向にある、歩道橋付近に現れる」
「ん? 羽鳥、お前も獣道公園って呼んでんのか」
「昔からの呼び方だ。獣が現れる詳細な場所は、一つ目の信号を渡った先の……」
知らなかった。
俺と弓月以外にも、この呼び方が浸透してたとはな。
いや、お姉ちゃんもそう呼んでたからかもな?
羽鳥とお姉ちゃんの二人は、この組織で関わりがあったようだし、獣道公園と呼ぶのも不自然じゃねえか。
「獣が出現する正確な時刻は、22時36分。いつもと同様、警戒を怠ることなく対処にあたって欲しい。もし、位置が分からなければ、仮面で私に連絡しろ」
こんな風に、簡潔的な狩りの指示が下される。
手帳の内容を、羽鳥が噛み砕いて俺達に伝える。
「先日にも話した通り、今週の狩りは多い」
今日は月曜だ。
五月下旬に入った辺りだな。
このままじゃ俺、学校は退学になるかもな。
いや、もう辞めた扱いになってるのか?
母さん、学校には何て言ってるんだろ。
停学届でも出してくれたかな。
学校の奴らもどうしてるのか、気になる。
「今週では水曜と土曜以外に獣が出現する。つまり、今週は五日も狩りがある。週ごとの平均は四日ほどのはずだが、どうやら獣は暇を持て余しているらしいな」
羽鳥はそう悪く言うが、俺はそれを悪いとは思わねえな。
訓練の時間以外はほとんど暇だから、ずっと待機だし。
ほんと、暇人ってレベルで気楽にだらだらと。
まあでも、羽鳥はその状態が好ましいと言っていた。
早めに現場に行ったところで、結局はダレるだけだし、狩りへの意識に乱れが生じやすくなるからだ。
普段から狩りを身近に考えていると、適切な緊張感が本番で上手く保たれずに、戦いに対する意識が曖昧になるらしい。
パッと行って、パッと戦う。
これが一番、戦いに身が入りやすい。
メリハリを付けろって言いてえんだろうな。
「う……」
「何よクローバー、大丈夫?」
今日は食い過ぎたから、腹が苦しい。
「あたしの料理がそんなに気に入ったの?」
「うるせえ」
「相変わらず、素直じゃないんだから」
朝昼晩の飯は全て、自由時間にハートが作っている。
幼い頃に食べてた母親の味を忘れたくなくて、10年前から料理担当なんだってよ。
にしても、ハートの親か。
こいつらにも親くらいはいるだろうとは思ってたが、話として聞くのは初めてだったな。
狩りが終わり次第、詳しく聞いてみるか。
認めたくねえが、ハートの作る飯は結構美味い。
そんなわけで、ここ最近はこいつの料理を食っている。
弓月の味には劣るがな。
「クローバー、調べものは順調か?」
ここ最近の俺の行動に興味を示しているのか、情報収集の進捗について聞いてきた羽鳥。
「ぼちぼちだな。まだ、覚醒に関する手掛かりは全く無えが、もう少しで何かが掴めそうな気もする」
「何故、そう思う?」
「……ただの願望だ」
獣化について俺が情報収集出来るのも、自由時間があるからだ。
自分の家に戻ったり、近付くことは禁止されているが、外に出るのは意外と寛容で、羽鳥からの許可も簡単に降りている。
その際には、顔を隠すような格好……マスクやサングラスをしなければならねえが。
俺は自由時間を使って、近所の図書館に行ったりして、獣化について色々と調べたりするようになった。
だが、やはり覚醒に繋がるような情報は何一つ出てこない。
どんな本や新聞を調べても、見知ったものばかりだから、俺の知識に代わり映えはしねえ。
あまりにも成果が出ないもんだから、早い段階で俺はイラついた。
だから、そこらへんにいる奴に獣化について聞こうかと思ったりしたが、羽鳥に「それは目立つからやめろ」と釘を刺された。
『獣の狩人』にとって、その行動は良いか悪いかの線引き……つまり掟がある。
人と接触することは極力避けなきゃならん。
それ以外のことなら基本的には問題無い。
「てか、ダイヤはいつもいねえな」
「ダイヤには後で、私から指示内容と共に現状を報告しておくよ」
毎日21時に、会議室に全員で集まるのも、毎日の予定として組み込まれている。
だが、ダイヤは特例で、欠席が多い。
そういうわけで今の会議室には、俺、ハート、スペード、そして羽鳥がいる。
もう見慣れた光景だ。
ダイヤは定例通り、外国を転々としながら、羽鳥からの指示を常々待っている。
だから、あいつだけは単身赴任みたいなもんだ。
帰ってくるのは気紛れで、ほとんど外国暮らし。
一応、いつもどこで滞在してんのかとかも、聞いてみたんだがな。
「乙女には秘密があるんだよぉ?」ってはぐらかされた。
いや、女じゃねえだろ……ねえよな?
ていうか、実際はどっちなんだ?
……まあいいか。
覚醒したあいつは、獣を狩ってもほとんど意味が無え。
だから、能力の便利さも相まって、ダイヤは広い範囲で狩りを行なっている。
俺達が行けない距離を、ダイヤがカバーする。
外国での狩りはそんなに無いから、ダイヤは補佐役みたいな役割だ。
『完全な獣』が、俺達に下僕を充てがえば充てがうほど覚醒へと至りやすくなるから、願ったり叶ったりだ。
【極楽衝動】とこの状況は、抜群に噛み合ってるな。
「今日の狩りへと向かう担当は、ハートとスペードだ。クローバーは休息を取れ」
大体、狩りには二人体制で行くようになったので、その日は一人だけ休息を取るようなシフトになっている。
今日はどうやら、俺が休みになるらしい。
ハッ、バイトかっつの。
狩りはボランティアなんかじゃねえんだぞ、給料寄越せ。
「給料だと? それは出来ない」
「そうかよ」
まあ、衣食住が充実してるんだから、まだ環境としては良い方なんだろうけどな。
食べる物は、どこで補充してるのか分からんが、食堂にあるデカめの冷蔵庫に、決まった時間に入れられるようだ。
羽鳥が買い物にでも行ってんのかね?
住む場所は言わずもがなだ。
そして、着る物の確保の件だが……なんと、今度『獣の狩人』のメンバーで、ショッピングへと出向くらしい。
詳しい日は決まってねえが、羽鳥がさっき、そういう旨の予定を発表した。
まさか、こいつらもショッピングに行ったりするとはな。
「丁度買いたかったものがあったの!」ってハートもはしゃいでたし、月に一度くらいはこういう買い物に行くのだろう。
いくら狩人とはいえ、人並みの生活は送れてるってことだ。
こいつらが普段着を持ってる時点で、服にも不自由してねえことに気付くべきだったか。
だがしかし、金はどうするんだろうな?
「金銭については、君が心配する必要は無い。私が工面する」
「んぁ? どうやって稼いでんだよ」
「……時には、知らない方がいいこともある」
なんか、闇を感じる言い方だな。
「そんなことよりも、クローバー。ハートとスペードの二人が狩りに行った後、君の部屋で話がある」
「話ってなんだよ?」
それ以上は何も言わず、指示は出し終えたと言わんばかりに、羽鳥は会議室から退室して行った。
「何も言わねえし」
「クローバーの入れ替えかしらね? 短い割には色々とあったけど、あんたとの日々はそこそこ楽しかったわよ!」
ハートは満面の笑みを浮かべながら、俺の肩にポンと手を置いてきた。
「オイ、何これで終わりみてえな雰囲気出してんだコラ」
「とにかく、あたし達はこれから狩りの準備にかかるわ。スペード、行こっか?」
「うん……またね……? クローバー……」
「おう」
羽鳥が俺に話、なぁ?
――♧――
「自論でいい。獣化について、君はどう見る?」
「んぁ?」
獣狩りの時間が近付き、あいつらがアジトから出て行った後、俺の部屋に入った瞬間、勝手に先に入ってやがった羽鳥にそう言われた。
「覚醒と、獣化。君はその二つに繋がりがあると推測しているようだが、何故そのように考えた?」
「……副産物の獣を狩って、どんどん戦いを経験していけば覚醒出来るって、お前が言ったからだろ」
「ふむ」
今更、それが真っ赤な嘘でしたとか言ったら、本当にしばき倒すからな?
そうなったら、真っ赤になるのはお前の方だぞ?
俺の真っ赤な大剣で、お前の真っ赤な血潮が吹き荒れることになるな。
「あいつらを見てみろ。10年経っても未覚醒なままって、ちょっとおかしいだろ」
「つまり、獣との戦いと言っても、情報戦の方に活路があると?」
「脳死で獣を狩るだけじゃ、覚醒はしねえだろ」
「……そうだな」
左手を仮面の顎に沿えて、羽鳥は物思いに耽る。
小声で返事をしたその次には、自分の世界に閉じこもった。
お前は何がしてえんだよ?
そういえば、話があるとか言ってたよな。
こんなしょうもねえ時間を過ごすくらいなら、まだ部屋でゴロゴロしてた方が有意義なんだが。
「んで、何なんだよ? そんなことを聞き出すために、わざわざ俺を呼んだわけじゃねえんだろ?」
「ああ。私が話す題については、正確には獣化だけではない。ペンダントも含めての話だ」
今更ペンダントの話か?
もう大体の情報は出揃ってんだろ、そっちは。
「果たして本当にそうかな? ペンダントの能力の謎には、君も懐疑的だと思っていたが」
「御託はいいから、さっさと話せよ」
「ならば率直に言おう。君達の能力の使用時間は何故、一時間という制限が課せられている?」
「感情が尽きるからだろ、心の器に溜めてた分の」
心の器から感情を出し続ければ、いつか尽きてしまい、最後には底を突く。
人には、感情を出せる許容量が存在する。
それ以降は心が空になって、無気力になる。
訓練で何度も経験した感覚だな。
まさに、気が抜けるみたいな感じだ。
人は、理性の蓋で感情の放出量を制御出来るが、ペンダントの方はお構いなしだ。
決まった量を消費し続けてきやがる。
「そこに変な部分は無えだろ」
「では、その後の状態については?」
「後?」
えっと、一時間分の感情を使い果たした後は、一時間の休息が必要……だったか。
いや、前にも一回だけ変に思ったよ。
湧き出てくる感情を、そのままペンダントに通すことは出来ねえのかって。
だけど、出来ねえもんは出来ねえんだよ。
実際に心が空の状態になってから、武器の創造を試してみたりしたが、確かに毛ほども作れなかった。
理屈は知らねえが、無理なんだなってのは実例で知ってる。
「私はその状態について、ある一つの仮説を立てた」
「その仮説っていうのは?」
「……心が仮死状態になっているのではないかと」
「空になった時がか?」
「そうだ」
なるほど。
ペンダントの力が使える制限時間と、休息が必要になるクールタイム。
使う前と、使った後。
その違いと言えば、感情を使い果たす前か、使い果たした後だ。
つまり、感情が失われて、心としては死んだような状態になっているってことなんだろうか?
だから、心の器が感情で満たされて生き返るまでに、一時間の猶予が必要になるってか。
しかし、心が空になっただけで、本当に死んでいるわけじゃねえ。
死んではいるが、生きてもいる。
強いて表すなら、仮死と言うのがうってつけなわけだ。
「ペンダントの力を使うには、生きた心から発せられた感情じゃなきゃ出来ねえって言いてえのか」
「ああ。そして、本当に心が死ぬとどういうことが起きるのかにも、焦点を置いた」
「心の死、か」
実際に心が死んだ場合か。
なんだ、廃人になるとかか?
「いや、そういう類いの者は、心が死んでいるのではない。理性の蓋が何らかの理由によって機能しなくなってしまい、心を開くことが出来なくなっているだけだ。感情を表に出すことが叶わず、あたかも心が死んでいると思われがちだが、別物だ」
「そうか」
「心の死とは……それ即ち、通常の死と同義だ。心とは、生物の根幹そのものだからな」
肉体の死が俺達の知ってるもので、精神の死が心の死ってことなのか?
あんまりそれらの違いについては知らねえが、生物にとってはどっちも致命的なんだろうな。
要するに、普通に死んじまうってわけだ。
「さらに、心の死とは未だ周知されていない死因でもある」
「というと?」
羽鳥はそう言うと、仮面を支えるように、再び左手を顎に添えた。
「一般的に、心の死は不審死扱いとされている」
「不審死?」
「君は知っているはずだが? 謎の死を遂げる者について」
「ん? どういう……あっ!」
不審死を遂げる者。
死因すら分かっていない者。
俺が知りたがっていた、その末路。
「獣の寿命が一週間の理由は、その短い期間で、心が死んでしまうからなのだよ」




