30.土下座の威力
――♧――
すっかり日課になっちまった訓練を、今日も相変わらずやってるわけだが、やはりスタミナ面ではあいつらには届かねえな。
流石、獣より獣じみてる連中だ。
しかも、こいつらの攻撃って、獣のよりもマジで痛えし、重てえし、鋭いんだよな。
本気で俺のこと殺しに来てんじゃねえのかって錯覚するレベルで、命の価値を蔑ろにした訓練だ。
スペードの蹴りを大剣で受けても、蹴りのあまりの重さに体が痺れて、曲がりくねって迫り来る鞭を避けきれる余裕が無くなったり。
【狂喜】が込められてるから、叩かれれば叩かれるだけ俺が不利になる。
鞭で打たれたくらいじゃ、訓練は中断しねえ。
逆に、鞭を大剣で受けても、スペードの柔軟でクソでけえ身体から放たれるリーチの長い蹴りは、どうしても避けなきゃならなくなったり。
たまに回避が甘くて掠ったりもするしよ。
スペードの蹴りへの対処を、もしもミスったとしたら……俺の体がミンチになるのは間違いねえだろうな。
刃物は人に向けちゃダメでしょうが!
訓練を始めて数分の内はまだ疲れてねえから、何とか両方受け切れるんだが……時間が経つにつれて難易度が格段に上がっていき、どんどん無理になっていく。
大体、始まって5分くらいでヘトヘトだ。
激しい無酸素運動を、ぶっ続けでやってるようなもんだぞ?
全力ダッシュを一時間、休み無しでやってるみてえな感じだ。
蹴り裂かれるにしろ、打たれるにしろ、はたまた疲れるにしろ……どれにせよ全部死ぬっつうの。
ちなみに、化け物級の体力を持つこいつらが息切れし始めるのは、開始から30分くらい経ってからだ。
まあ、それは別にいい。
10年も努力を積み上げて、培ってきた二人の強さを、一ヶ月半そこらの訓練で越えられるわけがねえからな。
まずは俺も、スタミナを付けなきゃいけねえのは分かってる。
だけど、だけどよ……?
「クローバー、さっきのは痛かったわよね? 大丈夫だったかしら?」
「僕も……ちょっと激しすぎたかな……?」
「うわ」
なんかこいつら……訓練が終わってから急に優しくし始めてきたんだけど、一体何なんですか?
「この休憩が終わったら、また訓練の続きをするけど……無理そうなら休んでていいわよ? 今夜の狩りに参加出来なくなったら、それこそ本末転倒だし」
「うん……無理はダメ……」
一時間の訓練がさっき終わったから、ひとまず休憩に入ったんだが……これって新しい訓練内容だったりします?
今は感情を使い果たして、心が空っぽになってて気怠いから、すっげえめんどくせえんだけど。
いつもなら、もっとこうした方がいいとか、こういう動きは疲れないとか、生産性がある話をするんだがな。
今日のこいつらは、なんかこう……キモいな。
妙に気持ち悪い。
頭でも打ったのか?
訓練中、大剣の腹とかでこいつらの頭叩いたっけ?
え、俺どうすればいいのこれ?
やだ、怖い。
「ふふっ! さっきの攻撃は、あんたにはまだ厳しかったかしらね?」
「は?」
しかもその温厚さが中途半端な出来で、やっぱりユニコーンは煽りを巧妙に仕込んできやがんだよな。
それなら最初から煽って来いや、かったりいなクソ。
ていうか、その乱雑さが逆に、恐怖に拍車をかけてんだよなぁ。
こいつらが何をしてえのか、全然分かんねえんだが。
「じゃあもっと、あんたに合わせなきゃいけないわね」
「いや、合わせてたら【赫怒】の訓練の意味が無えだろうが。お前が言ったんだぞ? 不意打ちに対処してこそ、俺の能力は本領を発揮するって」
「あっ! そ、そうよね? あたしったらウッカリしてたわ」
やっぱり、義務教育を受けてねえってなると、こういう細かいところに齟齬が出ちまうのか?
こいつらからは知性を感じねえわけじゃ無えが、それを加味しても普通じゃねえだろ、この状況。
俺が恐怖を覚えるってよっぽどだぞ。
獣を殺すことに怯えてた時よりも、今の方がずっと怖いんだが……
なんか、幼い頃に感じた感覚と似てるな。
ほら、親と一緒にスーパーマーケットとかに買い物に行って、そんで迷子になって、このままじゃ置いて行かれるんじゃねえかと思い始めた時の、強い焦燥感的な。
それと似てる。
何が原因なのかも、どんな行動が最適なのかも、どうしたらいいのかも分からねえんだ。
こりゃあ……高度な心理戦だぜ。
まずは、ジャブからの様子見が先決だな。
動揺を見せず、あくまでも平常通りの口調で。
「スペードはいつもとあんまり変わらねえが……ともかくハート、お前はどういう心境の変化なんだよ?」
「えっ? な、何のことかしら?」
「きんもちわりぃ優しさ振りかざして来やがって。マゾにでも目覚めたのか?」
「マッ……!?」
「鞭を使ったハードSMプレイが趣味嗜好の、女王様のくせによ?」
「女王様じゃないわよ!!」
本当に何が目的なんだ、こいつら。
俺が……こいつらをガラリと変えさせるような、何か変なことをしてしまったんだろうか?
だから、なまら気持ち悪くなった接し方で、俺に重圧をかけて来てるってわけだ。
あれだ。
自分が何をしでかしたのか気付くまで、内心では俺のことを馬鹿にして嘲笑ってるってやつだ。
え、お前らってそんなに性格悪かったの?
てことは……まず間違いねえな。
つまりこいつらは、俺を許せる余裕も無いくらい、ブチギレてるってことだ!!
もしかして、ハートに貧乳って言ったのがそんなにダメだったのか!?
クソ、あれってかなりの失言だったんだな。
「……ごめんって」
「「!?」」
ハッ、俺だって素直に謝るくらいは出来るっつうの。
いくら怒りに囚われてようがな?
人としての尊厳を捨てた覚えはねえぜ!
ざまあみろ。
ここに来て謝罪をされるとは微塵も思っちゃいなかったのか、「どうしよう……!?」とか「やりすぎたのかしら!?」とか、慌てふためいてやがる。
俺は虎の尾を踏んだのかも知れんが、逆にお前らは龍の尾を踏んだに等しい所業を、知らず知らずのうちにやってたわけだ。
「俺が……何か悪いことしたんだろ? 思い当たることはいくらでもあるから、何がお前らの逆鱗に触れたのかは分かんねえけど……けどよ!」
見せてやるぜ、俺の本当の強さを。
お前らは持久力じゃ勝ってはいるが、瞬発力で俺に勝てると思ってんなよ?
「俺が悪かった!!」
動揺しているこいつらを無視し、有無を言わさずに父親譲りの奥の手を繰り出した。
「えっ……!?」
「ちょっ! なんで土下座なんてしてるのよ!?」
刮目せよ!!
訓練で培った類稀なる俊敏さを備えつつも、完璧な所作で繰り出された、日本式最強謝罪方法をなあ!?
「クローバー……! 頭を上げてよ……!?」
「別にあんたにそんなことしてもらいたかったわけじゃ!!」
「……」
まだだ。
こいつらの思想を挫くためには、まだ足りねえ。
ちょっとやそっとじゃ頭を上げねえのが、土下座の強みだぜ。
「なんで……!? やめてくれないのっ……!?」
「本当にやめてよね!?」
こいつらが怒ってる一番の有力説は、やっぱり貧乳を弄ったことなんだろう。
ハートは言わずもがな、スペードまでそんなに怒るとは……
スペードは貧乳教の信者だったみてえだ。
(ハートのヒンチチッパイを……僕の目の前で弄ったのは許さない……! 僕が最初にこの手でイジりたかったのに……!!)って考えてる目してたもんな、スペードのやつ。
スペードの本性ってむっつりだったんだな。
幻滅しました。
とにかく、原因が分かっても分からなくても、俺がやることは一つだけだ。
まず、誠心誠意謝ってるポーズを見せ続けることが重要なのだ。
「すみませんでした」
「えぇ……」
「ど、どう、しようかしらね? この状況……」
どうだ。
土下座が本当に恐ろしいのは、こういうことだぜ。
お前らは全然悪いことなんかしてねえのに、悪いことしたみてえに感じるだろ?
バカめ!
お前らがその罪悪感を持つことこそが、俺の作戦だと気付かねえとはなぁ!?
土下座の威力を舐めすぎなんだよ、アジト育ちどもが!!
謝罪っていうのは、相手を貶めるために使……
「えっと、なんかクローバー、勘違いしちゃってるわよね?」
「そう……だよね……? さっきから……様子がおかしいもん……」
「は?」
――♧――
「あははははははっ! 何よそれえっ!!」
「ダ……ダメ……だよっ……! ハート……! 笑っちゃぷふくくっ……!」
「お前らな!?」
クソ恥かいたわ。
怒ってたんじゃねえのかよ。
何なんだよ、完全に土下座し損じゃねえか。
「チッ。んで、俺と仲良くなりたいだ?」
「あははははっ! はぁぁっ……そうそう。そうすれば、あんたは羽鳥様を殺そうなんて無謀なことを考えることもなくなるし、あんたが死ぬこともなくなるって作戦よ?」
「なんで俺が死ぬことが確定してんだよ! ていうか、それを俺に教えて良いのか?」
「仲良くなりたいって……真正面から伝えられても……クローバーは嫌だって……ハッキリ言える……?」
「!」
こいつら……バカだバカだと散々見下してたが、中々小賢しい手を使ってきやがんな。
そりゃ嫌な気持ちになる理由は無えが。
羽鳥も『獣の狩人』の一員だから、俺以外の継承者からしてみれば、信用に足る人物なんだろう。
だから、今度こそ俺を絆しきって、仲良しこよしの平和的解決を望んでいるんだ。
どういう変化が加わったのかは知らねえが、その計画にハートも加担した。
俺とは犬猿の仲なのに、な。
それでも、羽鳥に向けている殺意が、俺の中から無くなるとは思わねえが。
「……勝手にしろよ。それも、俺達が交わした約束の内って言いてえんだろ? 俺が羽鳥を殺そうとするなら、お前らが止めるっていう約束のな。止め方は自由だろ」
「ふふっ、ええ!」
「やった……!」
俺だって、分かってんだよ。
仕方なかったってことくらい。
羽鳥が、俺に怒りの力を付けさせるために、十三日間も監禁したってことくらいは。
自分はどれだけ恨まれてもいいから、それでもクローバーの継承者である俺に、早く力を付けさせたかったってことはな。
でも……もう俺にも何が何だか分からねえんだよ。
この殺意が、本当に俺の心から作られた怒りなのかが。
だけど、確かに俺の中にあるんだよ。
分かってるのに、分からねえ。
やめたいのに、やめられるわけがねえ。
俺の居場所は『獣の狩人』なんかじゃねえのに、そう思ってしまっている自分もいる。
それもこれも全部……ここの居心地が良すぎるせいだ。
「はぁ……」
このままじゃ、俺の怒りが弱くなっちまう。
弓月を戦いに巻き込ませないためには、今の俺には、羽鳥に殺意を抱き続けるしか方法が無えのに。
そうしなきゃ、満足にこの力を使えなくなる。
クローバーの継承者が本当に変わってしまうんだ。
「お前らって、マジでめんどくせえな」
「それはお互い様よ?」
「クローバー……ごめんね……? でも僕達には……これくらいの案しか……思いつかなかったから……」
「だから、いちいち謝る必要も無えことで謝んなっつの。好きにしろって言ってんだろうがよ」
「うん……」
せめて、ペンダントも獣化も無い、何もかもが平和な世界で、こいつらと知り合いたかったな。
だが、そんな無いものねだりは許されねえ。
「なんでお前らって、羽鳥にそこまでの忠誠を誓ってんだ? あいつが誰よりも強えのは知ってるし、お前らの恩人だってのも分かるが。そうまでしてあいつに拘る理由が、いまいちまだ分かんねえよ」
「うーん? 一種の依存……なのかも知れないわね」
「僕達には……羽鳥様しかいなかったから……」
依存ねえ。
忠誠と依存の違いなんて無えんだろうな。
物は言いようか。
そうしていると、休憩を終わらせるタイマーが鳴った。
あぁクソ、こいつらと無駄話してたら、休憩する暇すら無かったわ。
話に集中してると時間が早く経つ現象って、たまには役に立つが、基本役立たずだよな。
「はあ……続きやんぞ」
「そうね。やっぱり、手加減しないでいいのよね?」
「ああ、そうしてくれ」
「分かったわ」
「怪我をしたら……僕がすぐに医務室に連れて行くからね……」
今まで三人シフトで狩りをこなしてたから、今更一人くらい休んでも、全然大丈夫なんだろうな。
だから、いくらこれが訓練といえど、スペードもハートも、俺と本気で向き合って、本気で戦ってくれるんだろう。
しかし、狩りのためにも余力は残した方がいい。
二人の攻撃を完璧に捌けるような、上手い立ち回りと、スタミナを身につけねば。
「純粋な怒り、か」
獣化と、純粋な感情に、どんな繋がりがあるのか。
まずはその関係性を見つけなきゃだな。
「ごめんな……もう少しだけ、待っててくれ」
「何してるのクローバー? 早く続きやりましょうよ?」
「こっちはもう……準備OKだよ……?」
「おう」
すぐに、弓月の隣へと戻るために。
情君は、場合によっては手段を選ばず、情けないことも平気でします。
情だけに(超激ウマ爆笑快笑必笑ギャグ)。




