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感情の色  作者: そつぼのろんしっし
乖離する運命 序章
3/65

3.変わらない日常

――♧――



「とうちゃ〜く!!」

「はぁ、はぁ!! ふぅぅぅ……!! 遅刻寸前だった……! 危なかった……!!」


 高校生になってから体育の授業以外で(ろく)に走りもしないし、かなり疲れた。

 運動不足の俺の足が棒になってしまったみたいだ、明日は筋肉痛直行コースだなこりゃ。

 喉もカラカラだ。


「部活でもこんなに全力で走らないよ〜」

「ぁえっ…!?」


 弓月は平気な素振りで、全く疲れた様子すら感じさせない。

 ていうか、息切れすらしてなくないか?

 弓道部って、走り込みとかもやったりしてるんだろうか?


「ゆ……づき……! ゔっ……おえっ……」

「あらあら情く〜ん? 名前にお似合いで情けないでちゅよ〜?」

「え、えらく……元気だな……?」


 なんでここまで俺と違う?


「弓月の体って、結構すごいんだな……」

「え?」


 弓月の化け物並みの体力が気になった。

 特別筋肉質とかでもない普通の体なのに、どこにそんなフィジカルが秘められてるんだ?

 あの夢とはまた違う意味だけど、弓月は既に化け物だったらしい。


「んー?」

「んぅ……」


 高校に入っても面倒くさがりが治らず、帰宅部になった俺との差は一体……何なんだ?

 制服で隠れているからあまり詳しく確認出来ないけど、弓月はガッチリと太くはないし、かと言って細過ぎる訳でもない。

 中肉中背で、至って普通なんだけども。


「うーん?」

「そんなじっくり……見るなよぉ〜……」


 またもや手でぱたぱたと顔を仰ぐ弓月は、真っ赤っかになっていく。

 走ってる時は少しだけ顔に赤みがかかる程度だったのに、疲れが後から来るような特異体質なのか?

 弦野の名前は伊達じゃないってことだ。


「も〜、えっち〜……」

「え?」


 今俺、やらしい顔でもしてた?

 見過ぎてたのか?


「私の体、まじまじと舐めるように見てきてさ〜? そんなに見たいなら、情のお家で好きなだけ……」

「さて、入るぞ」


 なんかゴニョゴニョ言ってて後半の方は聞こえてなかったけど、あんまりじろじろ見ないでって弓月は言ったんだろう。

 いくら幼馴染の間柄と言っても、異性だしな。


「え!?」

「どうした? 先生もそろそろ来るだろうし、遅刻にされるよ」

「む〜!!」



――♧――



「よいしょっと」


 自分の席に座り、椅子にもたれかかる。


「あ、そういえば、情と走ったのも久しぶりだったよね〜?」


 そして俺の隣に座る弓月、いつも隣の席だ。

 こんなところまで常に一緒だなんて、本当に双子みたいな扱いだよな。


「でも弓月、本当は抑えて走ってたろ?」


 帰宅部で運動不足の俺でもそれくらいは分かる。

 それも相手が弓月だし、以ての外だ。


「……バレちゃった〜?」

「俺を誤魔化せるとでも?」


 この余りある才能には、男でも勝てないな。


「あー疲れた。このまま一日中寝るか……」


 走って疲れた俺は、机に遠慮なく突っ伏す。


「ダメだよ〜? ちゃんと授業は受けなきゃ」

「おーう……」


 弓月は本当に偉いな。

 テストの点数も毎回学年三位以内に必ず食い込むし、日々の努力あっての結果なんだ。

 才能と努力を兼ね備えた、オールマイティ弓月さんだ。


「ふふっ! 情と同じ、やっぱ好きだな〜」

「そりゃ俺としても光栄ですね、弓月お嬢様」

「えぇ〜? なにそれ〜?」



――♧――



「愛さんさ、またお仕事で帰り遅いんだよね〜?」


 弓月が朝礼中に小声で話しかけてきた。


「ん? あー、そうだな」

「愛さんも心配だけど……私は情の方が心配かな〜」


 なんだそりゃ。

 弓月が母さんの心配をするのは、いつも外出禁止時間スレスレに帰ってくるからってことだろうけど。


「なんで俺も?」

「だって情一人だと、ちゃんとしたご飯食べないんだもん。いっつも一人の時はカップ麺ばっかり食べてさ〜?」

「えー、カップ麺美味いじゃん」


 特にカレーヌードルが好きだな。

 麺を食べ終えた後に、残った汁に白米をブチ込んで食べるのが堪らない。

 たまーにジャンキーな食い方をしたくなる。

 弓月はいっつもカップ麺って言うけど、それはただそういう食べ方が悪目立ちしてるだけだ。

 ……多分。


「美味しいけど、成長期の男の子がそんなものばっかり食べてちゃ体に毒だよ〜?」

「一理あるけどさ」

「私がご飯作りに行ければ良いんだけど、部活が……」


 困り眉になっている弓月が、両手の人差し指をツンツンと合わせて話していると……


「あいたっ!?」


 小さい衝撃が弓月をのけぞらせて、その額に白い粉が付いた。

 担任の女教師にチョークを投げられてしまったよう


「そこ! 学校にいる間くらい真面目にやりなさい!! 夫婦のやり取りは学校が終わってからよ!!」

「ははははは!!」

「ほんと、いつも見せつけてくれるよなぁ」


 クラスメイトも野次を飛ばしてくる。


「あーすみません」

「……」

「弓月?」


 なんか妙に大人しいな?

 みんなから注目されちゃって、余程恥ずかしかったんだろうか?

 でも今、弓月を見たらまた注意されそうだしな……


「よし、続けるわよ」


 どうやら顔を逸らさずにいたおかげなのか、寛大(かんだい)御心(みこころ)を持つ担任様はお(ゆる)しをお与え下さったようだ。

 おお、チョーク神よ。


 しかし、夫婦と言われたのは恥ずかしかったけど、ちょっと嬉しい気持ちもあるっちゃある。

 冗談なんだろうけどね。

 弓月と将来そうなれるんなら、ずっと幸せな日常を送れそうな想像が容易につく。


「周りから見た俺達は双子じゃなくて、夫婦だってさ」

「……ッ」


 弓月からの返事がない。

 担任の隙を見計らって弓月の様子を見てみると、机に顔面を押し付けていた。


「何してんだよ……?」

「〜ッ!!」


 机に突っ伏して足をバタバタさせているからか、俺の話は弓月の耳に入っていない。

 風に煽られたレジ袋みたいな激しさだ。

 前衛的だな。


「そ、そんなに嫌だった……?」

「違うの〜!!」

「こら! 何度言ったら分かるのよあなた達は!!」


 再びクラスメイトの笑い声が教室に響き渡った。



――♧――



 そんなこんなで朝礼を終え、午前中の授業はひと段落した。


「弓月ちゃん、一緒にご飯食べよ?」

「ん〜? いいよ〜?」


 クラスメイトの女子に、弓月が昼飯の同伴へとお呼ばれしたようだ。


「私ちょっと行ってくるね〜」

「あいよ」


 俺と弓月のやり取りを見た女子が、キャッキャと弓月に絡みながら教室の外へと連れ出して行った。

 なんか俺、変だったかな?

 気にしないようにしよう。


 しかし、もう昼休憩か。

 なんで授業って長く感じるのに、一日を全体的に見ると時間が早く経ったような……矛盾を孕んでいるんだろう。


「おいおい情! いっつも弓月ちゃんを独占しやがってよー!?」

「リア充め……! 惚気を見せつけるためだけに、学校に来ているのならば……その首切り落としてくれようぞ!!」


 弓月が去ったと思ったら、俺と弓月の関係を妬む野郎どもが絡んでくる。

 なんだその口調は。


「首はやめてくれ、今朝喰われたばっかりなんだ」

「? まあいい。そんなことよりも、貴様はいつもいつも弓月ちゃんにべったりだし、弓月ちゃんもそんな甘々の貴様にべったりだ!! つまりこれは!!」

「非リアに辛い現実を見せつけ、嫉妬に狂う俺達を嘲笑(あざわら)っているんだろう!? 某ボクシング漫画の主人公みたいな名前しやがってよお!!」

「うっさいよ。嫉妬の炎で真っ白に燃え尽きてなさい」

「「うごォッ」」


 一発でKOしてやった。

 しかしこのウザ絡み、小中高でも誰かしらやってくるもんなんだよな。

 名前を弄るのは定番だ。

 退屈な気分にはならないから、実は俺も楽しんではいるんだけども。


「あー、そういや情、この町で獣化した奴の噂はもう聞いたか?」

「それは俺も知ってるよ。でも、現場らしきところには痕跡しか無かったんだろ?」


 またその話か。

 他の奴らからも何度も聞いたんだよな。

 ここ最近じゃ有名だ、聞き飽きたまである。


 今じゃありふれた噂の一つだ。

 アスファルトで出来た道路がプレス機のようなもので砕かれ、丸型のクレーターが出来ていたらしい。

 血の跡も何も無く、ただのクレーターだけだったから、獣が人を襲った跡かどうかは完全に憶測だ。

 そもそも人が獣化した痕跡なのかも、な。


「怖えよなぁ……その痕跡がさ、獣が人を襲った証拠なんじゃないかって持ち切りじゃんか」

「情も外出禁止時間以外でも、夜道は気をつけろよなー?」

「なんだよ、珍しく俺のこと心配してくれるんだな?」

「そりゃそうだ。だって、お前といつも一緒にいる弓月ちゃんを、もしも獣が狙ってたらと考えると……」


 俺のことを心配してくれてると思ったけど、結局は弓月だけかい。


「獣は実際にケダモノであるお前らじゃあるまいし、大丈夫だな」

「いや誰がケダモノやねーん!」



――♧――



「ふぁ……」


 眠い。

 昼過ぎの授業って、なんでこんなにも睡魔が凶悪なんだ。

 空に飛んでいる飛行機の音と、少し開けた窓から入ってくる涼しめの春風が心地良すぎて、逆に地獄なんじゃないかと思うほどだ。


「むにゃむにゃ……」

「おい」


 あんなに寝るのはダメとか言ってた張本人が、気持ち良さそうに(よだれ)を垂らして夢の世界へと行ってやがる。

 まるで液体のような溶け具合だ。


「ふふっ、情〜……」


 こんな日常がずっと続けばいいな。



――♧――



 放課後を知らせるチャイムが鳴り響く。


「よし。授業も終わったし、帰るか」

「じゃあまたね〜情。ちゃんとカップ麺じゃないのを食べるんだよ?」

「分かってますぜ、ボス」

「ふっふ〜! よろしい!」


 部活に行く弓月と別れ、怠け者は下駄箱へと足を運ぶ。

 それにしても、今朝見た夢と、登校する時に思い出した赤髪の女の人……か。

 分からないことが沢山起きすぎて、ちょっと疲れたな。


「ずっと眠かったのは、走って疲れてただけじゃないな。コンビニ寄ったらすぐ帰って、昼寝でもするか」


 弓月の言いつけ通り、カップ麺じゃなくコンビニ飯を買いに行く。

 ちゃんと言う通りにしてるもんね!!



――♧――



「ありがとうございましたー」


 比較的好みの唐揚げ弁当も買ったし、帰ったらすぐ昼寝しよう……眠すぎる。


 今後の予定を考えながら歩いていると、通学路の途中にある小さめの公園、もはや公園というより広場というような、朝に弓月と訪れた場所が目に入る。

 弓月、あの時はペンダントを……貰ったとか言ってたな。

 ペンダントって元々、誰かからの貰い物だったっけ?


「……全く覚えてないな」


 眠かったけど妙に気になったし、帰るついでに寄ってみるか。

 しかし、いつも歩き慣れているその道が、ちょっとだけ怖くもなった。

 別に俺が臆病なわけじゃないけど、めっちゃ痛かったし。

 朝っぱらから首も頭も痛くなるとか、俺今日で死ぬんか?


 でも一応、目に付いたし公園に入ってみることにした。

 ちょっと歩いて、今朝の俺が何かの記憶を見たところまで近寄ってみた。


「そうそう、ここらへんで頭が痛くなったんだ。あの頭痛は夢で弓月に喰われた時の痛みよりはマシだったが、それでも結構酷かったな」


 左右に分けられた、元は四つ葉のペンダント。

 弓月ももう片方を持ってるけど、幼い頃の記憶に関してはあいつの方が覚えている風だったよな。

 俺よりもずっと賢いし、記憶力の面で優秀なのもさもありなん。


「ちょっと昼寝したら、あいつが部活から帰ってきた時間くらいに電話でもかけるか」


 失われていた俺の記憶の中にいた、赤髪の女の人。

 あれは誰だったんだ?

 弓月なら……あの女の人も知ってるよな。

 俺達はあの人にペンダントを貰ったのか?

 あの記憶以外、何も思い出せないな。



――♧――



「ただいまー」


 誰もいない家に帰っても、口癖のように出る台詞。

 こういうのが日本人特有の習慣だよな。


 ちょっと眠気が強くなってきたので、部屋着に着替えてベッドに横になる。

 帰宅部最高!


「んあ、あぁ……」


 学校終わった後のゴロゴロたまんないわこれ。

 自然と体を伸ばしてしまう。

 風呂はー、あとでいいか。

 めんどくさいことは後回し後回し。

 これがストレスを溜めずに気楽に生きる方法だい。



――♧――



「ん……?」


 一定間隔でインターホンが鳴っていて、それに起こされた。

 感覚的に結構寝てたようだ。


「ふぁあ……誰だ?」


 眠気を抑えながら渋々玄関へと向かい、磨りガラス越しの人物を確認しようと、俺は扉を開ける。

 宅急便か何かだろうか。


「はーい?」

「いぇ〜い! 私だよ〜! ちゃんとしたご飯食べてるか確かめるために、来ちゃいました〜!」


 多分、部活後だというのに元気な笑顔を浮かべて、両手でピースをしている弓月が玄関の先にいた。


「もしかして、その顔と寝癖……寝てた? 起こしちゃったかな? ごめんね〜?」

「気にしなくていいよ、今何時だ……?」


 周りを見ると結構暗くなっていた。

 そんなに寝るつもりはなかったんだけどな。


「19時ちょっとだよ〜? まさか情、帰ってからずっと寝てたの?」

「おー……」

「じゃあ私が丁度来てよかったじゃ〜ん。ご飯食べてないよね〜? 私が作っちゃる!」


 マジかよ?

 部活で疲れてるだろうに、どんだけ世話焼きなんだ。

 ありがたい反面、弓月には無理して欲しくないし、ゆっくり休んで貰いたい。


「大丈夫だよ、コンビニで弁当買ってきたから」

「は〜? 私が作るご飯よりも、コンビニのお弁当を優先するんだ〜? へ〜? ふ〜ん? ほぉ〜?」


 不機嫌そうな素振りをする弓月だが、口元がふにゃりとニヤけている。

 俺を困らせて楽しんでるなこいつ……

 これは断っても聞きゃしないな。


「それじゃあお願いするか……」

「んふふ〜っ! もう少しだけ情の困る顔を楽しみたかったかな〜? ではではお邪魔しま〜す!」

「お邪魔されまーす」


 コンビニで買った弁当は、明日の昼飯にでもするか。

 情君は洞察力に優れていますが、自分のことを特筆するような魅力も無い普通の男子高校生だと思っているので、女の子に好意を持たれているとは微塵も思いません。

 だから弓月ちゃんの女心を読み取れずに、明後日の方向に考えたりしちゃいます。


 ちなみに情君のルックスは悪くないので、密かにモテるタイプです。

 「密かに」の理由は、弓月ちゃんの恋路を応援している女友達も多いからです。

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