29.仲良しの定理
――♡――
クローバーは、怒りを司る継承者としての一面を見せることでしか、あたしと上手く関われないのかも知れないわね。
無理をした笑顔という偽物の喜びと、無理をした強がりという偽物の怒り。
似て非なるものだけど、昔のあたしと今のあいつが似ていることには変わりないわ。
不器用なだけなのよ。
お母さんと約束した笑顔が、偽の喜びだって言いたいわけじゃないんだけどさ。
あたしが最初から、約束の意味を履き違えていただけだったのよね。
お母さんみたいな人になりたくても、ずっと完璧に笑い続ける必要はなかった。
あたしなりの喜びを見つけて、心からの笑顔を作れるようになればよかった。
無理に笑っていなくてもよかった。
なのに、仮面を被った継承者でいなきゃいけないって、そう思い込んでしまった。
『辛い時でも、悲しい時でも、どんな時でも笑顔を絶やさないこと』
いついかなる時も笑っているべきだと、あの頃はそうやって考えていたけど、決してそういう意味の約束じゃなかった。
お母さんが本当に教えたかった本質は、そうじゃない。
お母さんだって人間なんだから、あたしに暗い顔を見せていなかっただけで、辛い時も悲しい時もあったはずなのよ。
あたしのいないどこかで、発散していたに違いないわ。
そうしなきゃ、人は強くあり続けられずに、いつか爆発してしまうから。
辛いことがあったら、ちゃんと傷付いていい。
ムカついたら怒ってもいいの。
だけど、最後には笑顔になれるように努力しようというのが、お母さんと交わした約束の、本当の意味だった。
スペードの、お母さんに似た優しさに触れられたから、あたしはその本質を初めて理解出来た。
約束の意味を、スペードが教えてくれた。
「スペードっ」
「え……?」
「ふふっ! スペードっ!」
「え……何……? ちょっと……怖いよ……?」
「あはははっ!」
「なんでいきなり笑いだしたの……!? 怖過ぎるよハート……!!」
「そ、そんなに怖かった?」
「嘘だよ……?」
「もう!」
過去という悲しみの檻に囚われているあなたを、今度はあたしが救ってあげたい。
そんな闇なんかが、スペードの足をずっと引っ張り続けるなんて、ダメに決まってるわ。
人には優しい言葉をかけられるのに、どうして自分にはそんなに厳しいのかしらね?
だからこそ、自分を大事にしないあなたの代わりに、あたしが大切にするって決めてるの。
あなたには幸せになって欲しいのよ。
もしかしたら覚醒に影響するのかも知れないけれど、スペードが過去を悲しみ続けなきゃいけないなんて……そんな残酷なこと、あたしが許さないわ。
それが原因で羽鳥様と敵対しそうになっても、あたしは絶対にスペードを優先する。
どうしてもあたし、スペードが大好きだから。
羽鳥様に向ける敬愛とか、友達としての友愛とかじゃなくて……あたしの一番は、あなたなの。
スペードと10年も一緒にいられたから、あたしはどんな時でも前向きでいられるようになった。
今のあたしが司る喜びは、笑顔を見せてスペードを元気付けながら、肩を並べられることなのよ。
あなたの幸せは、あたしが守るわ。
「クローバーが……ハートと仲良くしたいと思ってなきゃ……自分の目的に足枷を付けるような……三人で結んだあの約束なんて……しないと思うんだ……」
「確かに、そうね」
そりゃ、あたし達は誘拐犯グループだし?
もう一人のクローバーを勝手に候補にしてるし?
あたしは鞭でビシバシ叩くし?
羽鳥様には監禁されたって殺意を持ってるし?
あいつにとっちゃ、あたし達は元々敵みたいなものだから、反発しない方が不自然なんだけどさ。
というかそう考えると、むしろ今のクローバーは、跳ねっ返りが少ないくらいなのかしら。
監禁から解放された後、もっと理性を失った獣みたいに、怒りに囚われても不思議じゃなかったわよね。
隙あらば、あたし達をいつ殺そうとしてもおかしくなかったはず。
でも、あいつは違った。
もっと恨み辛みを炸裂させてもおかしくなかったのに、そうはしなかった。
【狂喜】を込めた鞭で叩きまくったあたしを謝らせて、それで手打ちにして、あたしと仲直りしたいという気概さえ感じた。
仲良くなりたいのに、素直になれない子みたいな感じね。
幾分か、あいつについて冷静に考えられる余裕が出来てきたわ。
スペードの考えをちゃんと聞いたおかげね。
あいつ、時代遅れなツンデレなんだ。
本当はそんなことしたくないのに、ツンツンしちゃって。
ちょっと可愛いじゃない。
それなら、許してやっても……
「あっ!」
いや、でも!
言って良いことと悪いことはもちろんあるわよ!?
ユニコーンはまだ許せるけど、貧乳はやっぱり度が過ぎてるわよ!!
あいつは胸が大きい女の子しか認めない、排他的主義者のクソ男よ。
やっぱり、あいつは許せないわね。
万死に値するわ、おっぱい星人め。
というか、もう一人のクローバー、なんか隠してるようだったけど、絶対あの子大きいわよね?
歩き方や姿勢があたしと全然違ったから、【狂喜】で誘導した時にピンと来ちゃったのよね。
巨乳なんて、巨悪の巨よ。
クローバーも思春期だから、あの子の大きいおっぱいに毒されてるのよ。
まったく、羨まし……ちゃうちゃう、妬ま違う!
忌々しい!!
巨乳に毒されてるのはあたしの方とか、そんなわけないから!!
「あの荒々しさは元々……クローバーの性格じゃないよね……? 強制的に怒りに慣れさせられたから……その感情を武器にしてるだけなんじゃないかな……」
「別に、味方であるあたし達に、怒りなんて向けなくてもいいのにね」
「クローバーは……僕達を斬るか否かの……判断材料を集めてるのかも……羽鳥様を倒したいっていう目的には……僕達が邪魔になるから……」
「その時に、後腐れが無くあたし達と戦えるように、わざと突っぱねてるってわけかしら? 仲良くなりたいという本音を隠してまで?」
「えっと……多分……?」
あたしの喜びの象徴は、お母さんだった。
お母さんとの約束を守られることは、あたしにとっては嬉しかった。
普段から、笑顔でいるのが辛かったんじゃない。
誰かに笑顔を貶されるのが嫌だったの。
だから、初めから他人と深く関わらないようにしていた。
笑っていても、辛くないように。
「あいつ、チグハグ過ぎるわよ」
でも、クローバーはそうじゃない。
あたしとクローバーの徹底的に違う部分を挙げるなら、あいつは『獣の狩人』のメンバーに感情移入し始めてるって点だわ。
継承者達の過去話は自分から聞いてくるし、「一緒に獣化と戦わせてくれ」なんて大層なことを言うし。
そもそも、目的の邪魔になるような約束を取り付けるなんて、支離滅裂よ。
どうして気付けなかったのかしら。
あいつの本心、見え見えじゃない。
本当に羽鳥様を殺したいと考えてるなら、あたし達と親密に関わる必要なんて無いわよね。
覚醒して『完全な獣』を殺すためだけなら、事務的な関わりのみでも十分成り立つわ。
あたしに対してはともかく、少なくともスペードに対してはデレデレだったし。
……なんかムカつく。
「誰かに……自分を止めて欲しいんだろうね……」
「うん」
「クローバーは……本当は殺したくないんだよ……羽鳥様を……」
「殺す、殺すって言ってるくせにね」
「そう言ってるけど……クローバーは……命を奪うことを怖がってたからね……いくら怒りに染められたからといっても……根本は変えられないんじゃないかな……?」
「そっか……そうね、そうよね」
共感出来る。
いくらペンダントに影響されようと、自分は変わらない。
変えちゃいけない部分は、変えさせない。
あたしを形作っているお母さんは、優しくて強い人だった。
お母さんとは意味合いが違うかも知れないけど、あたしも優しく、強くあろうとしている。
獣を狩ることに戸惑っていたクローバーを叱咤したのも、早くこの環境に慣れた方がいいというアドバイスを込めたものだった。
怪我をしたクローバーに「自分で治せ」って冷たく嫌味を言ったのも、今後もそういう危ない場面は必ずあるだろうし、まず怪我なんてしないように気をつけて欲しかったから。
あたしに小言を言われるのを嫌えば、否が応でも意識することになるだろうしね。
優しさをかける時に、相手にどう思われるのかなんて、まったく関係無いのよ。
相手のためになるのなら、あたしは喜んで鬼にもなるわ。
それが、あたしだけが見つけた優しさと強さだから。
お母さん、ありがとね。
あたしの中で、あなたは今でも生きていて、あなたの教えも活きているわ。
「監禁されてから……クローバーは怒りに囚われてるように見えるけど……本心はそうじゃない……クローバーは……優しい心の持ち主なんだ……」
「そうね。あたし、早とちりしちゃってたわ」
「あれはただ怒りに寄り添って……弓月のために力を付けて……獣化と……自分と戦ってるだけなんだよ……」
「……あたし達は獣を救う力を与えられたんじゃなくて、狩る力を与えられた。クローバーも、それをちゃんと理解してるんでしょうね」
この戦いを終わらせるためには、継承者の全員が、嫌でも自分が司る感情に向き合わなきゃいけない。
クローバーは候補一人のためだけに大剣を振るい、【赫怒】を使って、獣を狩っているんだ。
その怒りを司る副作用が、あたしに飛び火してるのかも知れないわね。
「ふん。クローバーったら、面倒ね」
「だけどハート……口元がニヤけてるよ……?」
「嘘?」
あいつの心を知っちゃったから、もう二度と恨めなくなったじゃない。
やられた。
これこそが、スペードの恐ろしさね。
ありがとう。
「そこで……僕から提案があるんだけどさ……」
「ん?」
「クローバーを……なんとか諦めさせよう……?」
「諦めさせる?」
――♡――
「……っ」
この気配……帰ってきたわね?
まったく、どんだけ待たせるつもりよ。
今何時だと思ってるの?
「クローバー」
「あ」
ふふ、お間抜けな顔ね?
あたし達が、どんな作戦を練ったかなんて知らずに。
「そんなビクビクしなくても、もう怒ってないわよ。スペードが慰めてくれたし」
「スペードが?」
あっ、この目……!
また失礼なこと考えてる目よね?
もう、見分けがつくようになっちゃったじゃない。
この落とし前、どうつけてやろうかしら。
そうだ。
クローバーがスペードについてどう思ってるのか、確認してみよう。
万が一、スペードが取られたら嫌だし。
最近は、同性同士でも……って、珍しくないみたいだし。
「ねえ。なんでスペードって、あんなに優しいんだと思う?」
あの子の優しさには、危なさを感じるのよね。
危なっかしすぎて、見ていられない時がたまにあるわ。
あんたは、それについてどう思ってるのかしら?
「さあな? ありゃ生まれ持ったもんだろ」
ま、そうよね。
あたしもおんなじ風に考えてたわ。
スペードは、最初からあたしに優しかった。
その優しさを、羽鳥様やダイヤにも分け隔てなく向けるもんだから、少し焼き餅を焼いたりする時もあるけど。
あれは、根っからの人の良さなのよね。
でも、自分が全部悪いんだと思い始めたのは、あたしが来た後からだった。
つまり、あの危なっかしさは後付けよ。
ペンダントに引き出された、悲しみの檻に囚われてるの。
ねえ、クローバー。
そんなスペードに良くしてくれるなんて、あんたって本当は良い奴なのね?
ちょっとだけ、見直してあげるわ。
あと、悪口を叩くのも、ある程度は許してあげる。
それも、あんたなりのコミュニケーションなんでしょ?
「あいつが獣に関係無いところで普通に生きてたら、悪い奴に騙されてそうだよな」
「ふふ、そうね。闇金の連帯保証人とか、平気でなってそう」
「ハッ、簡単に想像出来るわそれ」
でも、実際に騙されるのはあんたの方よ?
これからあたし達ともっと仲良くなって、もっと『獣の狩人』のメンバーの良さを知ってもらって、羽鳥様に殺意を向けなくされるようになるんだから。
そんな怒りなんて、全部『完全な獣』に向ければいいじゃない。
「……あのさ、今日は悪かったよ」
「え?」
急に謝られたから、ビックリした。
え、ちょっと展開が早過ぎないかしら?
まだ仲良しの「な」の字も無いわよ?
「今度はお前も気付かねえ高度な皮肉とかで、馬鹿にするから」
「はぁ!? あんたホント……!」
「じゃ、おやすみ」
「ちょっと待てぇい!!」
はあ、まったく。
「……もう」
ホントに……不器用極まりないんだから。
改めて、よろしくね。




