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感情の色  作者: そつぼのろんしっし
乖離する運命 闇の前触れ
28/65

28.優しい笑顔

――♡――



 クローバーがアジトに帰ってくる前のこと。


「もう……なんなのよあいつ」


 スペードが説得してくれたから、とりあえずアジトに帰ってきたけど、まだ腹の虫が収まらないわ。

 あいつは帰って来てないみたいだし、このまま締め出してやろうかしら。

 今は食堂で、スペードとテーブルを隔てて座ってるけど、すぐにでもアジトの扉に鍵をかけてやりたい気分よ。

 仮面と同じ指紋認証装置が、桜の木の幹に設置されてるから、鍵なんてのは無いんだけどさ。

 桜が鍵の代わりになってるから、あいつも好き勝手に出入り出来ちゃうのよね。


 はーぁ、このまま帰って来なければいいのに。

 アジトじゃなくて、土に還ればいいのに。

 そんなこと言っても、獣化を終わらせるためには、クローバーの力も必要なのよね。

 もう一人のクローバーがどんな性格か知らないけど、あいつよりは絶対マシだと思うわ。

 今すぐにでもチェンジしてくれないかしら、羽鳥様。


 それにしても、羽鳥様は本当にすごいわ。

 アジトには継承者達の部屋だけじゃなくて、食堂やお風呂、会議室や医務室等があるけど、この設備は全部、10年前に羽鳥様が用意したものだし。

 ほとんどが狩りの毎日で、あたし達には自由が無いと言ってもいい。

 でも、あの人には返しきれないほどの恩があるから、そんなのは大した問題じゃないわ。

 それに、羽鳥様はあたし達のために、窮屈感すら生じない住処を用意してくれたんだから、むしろ感謝してもしきれないくらいね。

 ここに自由は無いけれど、不自由な思いをしたことは一度も無いもの。


 あたし達は勉強も、常識も、ペンダントの詳細も、羽鳥様に全部教えてもらったから、あの人は教養もきちんと兼ね備えてる。

 クローバーは羽鳥様の爪の垢でも煎じて飲めば良いのよ。


 ……あそこに比べたら、ここはまさに天国ね。

 獣を狩ることで、羽鳥様のためにもなるし。


「クソーバーめぇぇ……」


 なんであいつに貧乳とか言われなきゃいけないのかしら。

 別にあたしだって、好きで小さいわけじゃないのに。

 女の子のコンプレックスを土足で踏み荒らすなんて、あいつは一生童貞に違いないわね。

 妖怪・童貞クソヘドロだわ。


「ハート……そんなに怒っちゃダメだよ……本当はクローバーも……ハートと仲良くなりたいんだと思うよ……?」

「あいつが? あり得ないでしょ」


 口を開けば憎まれ口を叩くわ、訓練の時は隙あらばあたしを殺しかけてくるわ、散々馬鹿にしてくるわ。

 仲良くしようだなんて素振りは、あいつからは微塵も感じられないわよ。

 なんでスペードは、あの破天荒極まりないクローバーが、あたしと仲良くなりたいだなんて考えたのかしら。


「……ねえ、どうしてそう思うの?」


 なんでだろう。

 スペードの考えてることは、なんでか気になっちゃうのよね。

 つい、そんな風に思うのも、あの時にかけてくれた言葉が忘れられないからかな。

 出会って10年も経ってるから、変わっちゃったところもあるけど、その優しさだけはちっとも変わらないわね。

 スペードなりの考えも、きちんと聞いておきたい。


「えっと……クローバーはここに連れて来られて……まだ一ヶ月半しか経ってないよね……?」

「そうね。よく一ヶ月半も耐えたわよ、あたし」

「だからクローバーは……昔のハートと一緒なんじゃないかな……?」


 昔のあたし?


「それって、スペードと出会う前の?」

「うん……」


 そうだっけ?

 あの頃のあたしって、あんな感じだったっけ。

 え、ていうかスペードって、そういう風に覚えてるの?

 似ても似つかない気がするんだけど……

 あ、でも、あたしは喜びを司るし、あいつは怒りを司るから、表面上は違って見えても根本は一緒なのかも知れないわね。


 急激に変化した環境と、初めて関わる面々。

 あたし達が世界を平和にするための仲間で、全員が運命共同体のようなものだと言われても、そう簡単に受け入れられるわけないわよね。

 あいつのあのウザさは、どうしたらいいか分からなくてまだ戸惑ってるから、一番自然体になれる感情に任せた接し方なのかしら?

 それなら、ある意味一緒なのかもね。



――♡――



「君は……笑う癖があるの……?」

「え?」


 それが幼いあたしに向けられた、スペードからの初めての言葉だった。

 スペードは同い年だけど、あたしが連れて来られる前からいた。

 初めて出会ったスペードは誰よりも優しそうで、そして誰よりも暗そうな印象だった。

 第一印象は「日蝕された太陽みたい」だった。


「羽鳥様から……新しい子が来るって聞いたんだ……だから挨拶しようと……」


 あまりにも優しい声で、温かくて、なんだか溶かされてしまいそうだった。

 だけど、あたしは人なんて信じてなかった。

 スペードに対しても、適当に誤魔化せばいいと思ってた。


「挨拶とかいいのにーっ! ふふっ!」


 だから、あたしは嘘で固めた笑顔で返事をした。

 いつも笑ってるだけでいいと思っていた。

 それが、それこそが、あたしの生きる目的だった。

 笑顔を作れなくなれば、自分の存在価値を失うとも思っていた。


「君は……どうして……」

「んーっ?」


 でも、スペードの顔は優しそうな表情から一変して、悲しそうなものになった。

 暗く、影が差した顔に。


「笑顔を貼り付けてるの……?」

「……は?」


 その言葉には本当にビックリしたなぁ。

 あたしが無理矢理笑ってるのを、初対面の人にバレたのは初めてだったから。

 咄嗟に出たあたしの素っ頓狂な声は、冷たかったとすぐに自覚した。

 だから、急いで温厚な表情を取り繕った。

 どうしても笑顔を手離せなかった。


「な、何のことーっ?」


 あたしはひたすら微笑み続けて、動揺を隠すことしか出来なかった。

 それでもスペードは真っ直ぐあたしの目を見据えて、更に悲しそうな顔を見せてきた。


「僕……分かるんだ……無理をしてる人は……」


 スペードも過去に闇を抱えてるからこそ、闇に溺れているのかどうかを見破れたんだと思う。

 あたしは笑顔以外、誰にも自分を見せなかったから、尚更驚いた。


「し……!」

「……? どうしたの……?」


 抑えられなかった。


「知ったような口利かないで!! あたしはいつでも完璧なのよ!? あたしの笑顔は完璧なの!」

「え……?」

「みんな馬鹿でアホでノロマなのに! あたし以外なんて、全然頭良くないくせに!!」


 一度崩れたら、もう止まらなかった。

 それだけは、笑顔を馬鹿にされることだけは、あたしにとっては一番の屈辱だったから。


「なんで、あんたなんかに! あんたみたいな何も考えてなさそうな!! 根暗なんかにッ!!」


 あたしの心を全て見透かされているようで、すごく焦っちゃって……あの時はスペードに酷いこと言っちゃったな。



――♡――



「あの時のハートは……ちょっと怖かったな……」

「ごめんごめん、余裕が無かったのよ」


 どうしても人を信じられなかった。

 いくら明るくしてても、返ってくる反応は嫌悪、罵倒、暴力……

 それでもあたしは、笑顔だけは手放さなかった。

 そうしなきゃ、約束を破ってしまうことになるから。


「いや……僕が臆病なだけだし……謝らなくてもいいよ……? あんなことが起きたら……余裕が無いのも仕方ないよ……」

「あんなこと、ね」


 スペードはいつも優しいわね。

 その優しさが思い出させてくれる。

 クローバー以外には知られている、あたしの過去を。



――♡――



(さき)っ」


 あたしの頭に、根強く残っている記憶。

 お母さん。


 あたしが6歳まで生まれ育った、花本家。

 普通の両親の元に生まれたあたしは、平凡な女の子で、月並みな人生を送っていた。

 だけど、とっても幸せな日々を過ごしていた。


「お母さん! お弁当作ったけど、どこに行くの?」

「今日はね? お父さんが久しぶりに咲と遊びたいって言ったので、近くのお山さんに行きますっ!」


 今でも思い出すと、目頭が熱くなってくる。

 叫び出したくなる。

 また会いたい、今すぐ会いに行きたい。

 お母さんとお父さんは、愛情を込めてあたしを大切に育ててくれた。

 大好きだった。

 

「ははっ、最近仕事ばかりで忙しいからね。咲と一緒に過ごすことなんて少ないから、休日に咲と遊んで咲成分を補充しなきゃ、お父さん干からびちゃうんだ」

「うぇえっ!? しわしわになっちゃうの!?」

「そうよ? お父さんは咲と遊ばないと、しわっしわのミイラさんになっちゃうんだからっ!」

「そ、そんなのだめ! これからは毎日ずっと遊ぶから、しわしわだめ!!」

「毎日は、ちょっと困るなぁ」


 あたし達は、休日に三人で車に乗って、ピクニックに行こうとしてた。

 お母さんとお弁当を一緒に作るために早起きをして、お父さんに「よくやったね、頑張ったね」って頭を撫でられて。

 二人といるとふわふわした。

 その感覚こそが、幸せなんだと知っていた。


 あたし達は、車で山道を走っていた。

 運転はお父さんがしてて、お母さんは助手席に座っていた。

 後ろの席に座っているあたしが寂しがらないように、お母さんはたくさん話しかけてくれて、たくさん笑いかけてくれた。

 その優しさが、今となっては少し辛い。

 

「咲、幼稚園はどう? お友達と仲良くしてるっ?」

「うん! あたし、みんなから好きだよって言われて嬉しいの。みんなに優しくしてあげると喜んでくれて、あたしも嬉しくなるの!」


 あたしは幼稚園じゃ友達みんなから好かれてて、明るい子だった。

 あたしには、目標があったから。


「えらいえらいっ!」

「えへへ」


 お母さんはいつも優しくて、いつも笑顔で、嫌な顔を絶対に見せない強い人だった。

 お母さんみたいな人になるのが目標だった。

 あたしも、お母さんを幸せに出来ていたのかしら?

 そうなら嬉しいわね。


「ねっ、咲? 私との約束は覚えてる?」

「うん! あたし、ちゃんと覚えてるよ?」

「ふふっ」


 あたし達は一つだけ、大事な約束をしていた。

 それは……


「「辛い時でも、悲しい時でも、どんな時でも笑顔を絶やさないこと!!」」


 その約束だけは、ずっと守るって決めてたわ。






 その時だった。






「ん? なんだこの……火?」


 お父さんが、いち早く気付いた。

 何かが燃える光が、車のフロントガラスに反射していることに。


「何の音かしら……?」


 あたし達が乗っていた車は……


「あっ!?」

「!? 咲ぃっ!!」

「え……?」


 落ちてきた隕石に、呆気なく潰された。



――♡――



 隕石が落ちて来た時の記憶は、ほとんど残ってない。

 覚えてることは、お父さんが焦っていて、お母さんがあたしに手を伸ばしていた場面だけ。


「こりゃ酷い……潰されて、前の大人は二人とも……」

「おい、まだ後部座席に子供がいるぞ!!」


 山道から転落して、ボロボロになった車を、駆けつけた救助隊が見つけだした。


「大丈夫か!?」


 あたしは助けられた。

 その時にはもう、ハートのペンダントを握っていた。

 いつの間に持っていたのかは、分からない。


「ふ、ふふっ……」


 でも、代わりにそれだけは分かっていた。


「大丈夫……っ」


 お母さん達とは、もう会えないということを。


「あたしは大丈夫だよっ! お母さん、お父さん!」


 だから、天国に行ってしまう二人に、別れを告げた。

 お母さんとの約束だけは忘れず、何があっても絶対に笑顔を守り続けるために……

 あたしは笑って、「さよなら」を口にした。

 お母さんが最期に残した贈り物と思って、それからペンダントは離さないようにしてた。

 笑顔と、ペンダントだけは……



――♡――



 無理をして貼り付けている笑みだと言われて、腹が立った。

 お母さんとあたしの大事な約束を、全て否定されたように感じちゃって。

 だから、抑えられなかった。


「あんた、なんかにぃ……ううっ……」


 気が付けば、幼いあたしはスペードの胸を叩いていた。

 二人にまた会いたくなって、涙を流して、それでもあたしの願いは叶わないと知っていたから、叩くことしか出来なかった。

 スペードは、決してお母さんを否定してるわけじゃなかったのに。


「ご……ごめんね……? だけど……ほら……」

「え……?」


 無理して笑っていると見破られて泣きじゃくるあたしに、スペードは笑いかけてくれた。

 今度は悲しい顔なんかじゃなくて、お母さんと一緒の……優しい笑顔で。


「君はそうして素直になれるんだから……怒った顔も素敵だけど……心から笑えばもっと素敵だよ……?」

「あっ……」


 スペードの言葉には、お母さんとおんなじ優しさを感じた。


「いつかきっと……心から笑えるようになるから……それは何よりもずっと……幸せなことだよ……?」

「うっ、うぅぅっ! うわぁああああん!!」

「あっ……ごめん……!? ごめんね……!? 泣かないで……!」


 あたしだけだって、勘違いしてたんだわ。


「もう無理なんてしないで……大丈夫だよ……これからは僕が……ずっと側にいるから……ね……?」


 二人が死んで、あたしはこの世界に一人ぼっちにされて、誰も気にかけてくれなかった。

 誰も知ろうとさえしてくれなかった。

 あたしはこのまま孤独に生きていくんだろうなって、そんな風に思っていた。


 だけど、スペードと羽鳥様は、ずっと側にいてくれた。


「うぁああああぁぁあっ……!」


 あたしは、一人なんかじゃなかった。

 (さき)という名前の由来は、(えみ)(笑み)とも読めることから。

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