27.獣化の詳細
――♧――
ハート達がアジトに帰って行ってから、小一時間経った。
「てか俺、こんままじゃアジトに帰れねえじゃん」
足を踏み入れた瞬間に俺、殺されそうだ。
無計画にハートをおちょくるのは考えもんだな。
次からは、安全圏からぶっ叩けるように画策しよう。
あいつ紙装甲だからすぐキレるし、おちょくり方に一味加えた方がなにかと面白そうだ。
装甲どころか本体もペラペラだしな!
ハートが不憫?
女を虐めて可哀想?
甘さを捨てた俺にはそんなの関係ないね。
煽り合うという土俵に立っている以上、妥協なんか一切しねえ。
クソーバーは効いたぞコンチクショウ。
さて、どうしたもんか。
あいつよりも先に覚醒すれば、一歩リードした立場から弄り倒せるんだがな。
「あー、覚醒なぁ……」
ダイヤは覚醒を気にせずに狩りを続けろと言ってたが、あいつは何かしらと楽観視している節があるからな。
ペンダントを拾った瞬間に達成したらしいし、俺達とはどうしても意識に差がある。
覚醒……覚醒か。
俺達がそれを遂げるためには、獣化が鍵になるのは間違いねえはずだが。
獣との戦いを経て、純粋な感情を見つけろと羽鳥も言ってたし、多分それも伝承の内に入っているんだろう。
【狩人は獣との戦いで、覚醒して強くなれる。その力によって、『完全な獣』を誘き寄せ、そして狩る】云々のな。
なんか、継承者って撒き餌みてえな扱いだな。
でも、弓月が獣と戦わないで済むのなら、俺はこのまま頑張り続ければいい。
弓月のためになるのなら、そうするだけの価値はある。
羽鳥がどこであの怪しい手帳を手に入れたのかは皆目見当も付かねえが、実際に指示された場所には獣が現れた。
半信半疑でハート達と出向いて、獣があの男を襲いそうになってる真っ最中だったのは、少し焦った。
羽鳥はまるで、未来を見知った預言者だ。
それも、信用性のある予言を吐き散らしやがる。
超能力者かってんだよ。
だが、継承者達のペンダントの力も、何も知らねえ奴から見たら超能力に違いねえ。
なんなら羽鳥が持ってる手帳に、獣が出現する予言の他に、覚醒に関する伝承も載ってたりしてな?
そう考えると、ある意味あいつも俺と同じだな。
道具に頼った超能力者だ。
「なら、アレは一体、どう解釈すればいいんだ?」
羽鳥には、その手帳の予言とはまったく別の、人外じみた力が備わっている。
あれは間違いなく、自前のもんだろう。
得体の知れない大きな存在感。
それに似た圧を、あの力を使われた時にも感じた。
姿をその場に残したまま消えたのも、圧倒的な強者だと俺に分からせた無数の殴打も、全て羽鳥の実力だ。
骨が軋むほどの屈服。
まさに、あれは到達点だ。
獣に迫り得るほどの力を持った、人の王と言っても遜色無え。
あームカつくな、ちょっと褒めすぎた。
つまり、あいつは人も獣も制する羽獣ってことだ。
人でなしだな、色んな意味で。
継承者四人が覚醒して、『完全な獣』を現世に誘き寄せた後は、羽鳥さん一人でも何とかなりそうですね。
一瞬で俺をボコボコにした羽鳥のあの力は、継承者達の覚醒や、獣化には関係が無えのか?
いや……無えわけねえよな。
どう見てもあれ、人間技じゃなかっただろ。
ハート達の体力も化け物級だし、何かしらの繋がりはありそうな気がする。
『獣の狩人』に所属している奴らは、人の限界を超えている。
俺もいつか、そうなっていくんだろうか。
ペンダントの力に慣れていくと、人じゃなくなっていくってことか?
継承者でもなんでも無え羽鳥は、どこであの力を手に入れた?
俺が投げた大剣を、残像を残して避けたりしてたわけだし、仮面の下の素顔に邪眼が付いててもおかしくねえ。
なんなら、邪王炎○黒龍波も使ってきそうだ。
『完全な獣』が壁のシミにされちゃう。
てか、もしかして俺が受けた連打って、煉○焦だったんじゃね?
「邪眼の力を舐めるなよ」って羽鳥に言われても、すんなりと受け入れられるぞ俺。
あ、でも、あいつはそんな中二病に振り切ったくっせえ台詞は言わねえか。
羽鳥はそんなこと言わない。
とにかくだ。
俺は、獣化の知識を深めなければならねえ。
「ん? 意外と快適だなこれ。背もたれに丁度いいわ」
枯れている桜の木を背にして、だらりとしながら、俺は獣化について思考を巡らせることにした。
死にかけた時はそんなこと考える余裕も無かったが、根っこが体にフィットして、案外悪くねえな。
じゃあ、現状で分かっている情報をザッと並べるとしよう。
獣化は不明な部分が多いものの、判明している部分も少なからずはある。
・獣化の初期症状について。
これはまあ、見聞が数多くある今の世の中じゃ、誰でも知ってるもんだな。
獣化に罹った人は、脛の骨を真後ろに曲げられて、犬科のような逆関節になる。
原理は分からねえが、獣の動きを見るに、折られた足に不調は無えみたいだ。
すげえキビキビ動くし。
しかし、犬科の逆関節から下の部分は脛の骨ではなく、人間で言うところの足の甲みたいなもののはずなんだが、仕組みはどうなってんだろうなこれ。
そんで次、黒い爪と白い牙が生える。
人の爪は全部剥がされて、肉を引き裂きながら、とんがった黒い爪が内側から飛び出てくる。
牙は爪と違って、歯がそんままギザギザに変質するみてえだな。
逆関節と同様、似通った部分は使い回されて、決定的に違う部分は無理矢理変えられるってわけか?
さらに、全身には硬めの毛が植毛されると。
リー○21もビックリだな。
21じゃなく、獣化は22〜2時間営業なんだけども。
獣は灰色の毛を生やすはずなんだが、俺が一番初めに見た獣は、黒色の毛を生やしていた。
色んな場所に載ってる情報では、獣は灰色としか言われていなかった。
つまり、あの時の俺は、前例が無い特殊な獣を斬ったんだ。
その違いは、人としての理性が有るか、無いか。
理性の蓋が獣化に関与している可能性は高いな。
・どれだけの情報が世に出回っているか。
今じゃスプラッタモノの一種みてえに、獣化はエンターテイメントとして、SNSとかネット掲示板とかに、初期症状の動画が公開される始末だ。
すぐに不適切扱いで消されちまうがな。
そらそうだ。
テレビは残酷な映像に配慮してるからか、解説する番組や都市伝説番組みたいなのには絵が使われる。
そんで、科学者みてえな奴が目を輝かせて、あれこれと仮説を立てたりする。
獣化は人類の進化の一つなのでは、とかな。
みんな、自分が獣になるかも知れねえとは微塵も考えてねえんだ。
10年という長い年月で、恐怖そのものがあやふやな状態になっている。
慣れと言っても過言じゃねえ。
現実に似た夢を見た日のニュースは、その慣れを戒める内容が含まれたものだった。
危機感を持ってくれっていう。
そういう状況も、仕方がないのかも知れん。
いくら危機感を持ったとしても、一般人がやれることは少ねえんだ。
外出禁止時間に外に出さえしなきゃ、獣化に罹りにくい(と言われている)のはみんな分かってるしな。
予防なんて、そんくらいしか出来ねえんだわ。
ま、アホはそれでも外に出たがるけど。
ま、そのアホが上げる動画が流れたりするんだけど。
俺が6歳の頃は確か、世間は大騒ぎしてたはずなんだがな。
狼男や人狼、宇宙人の謀略だとか、世界の終わりだとか、深夜に働いてるんだからそれ相応の手当を寄越せケチ政府だとか騒がれてて、テレビを見るのも怖かった覚えがある。
ちなみに、夜勤の仕事とかは、まだ一応残ってはいる。
国に深夜勤務許可の申請書を書けば、日本はOKらしい。
そうまでして働きたい奴は少ねえみてえだがな。
日本人は特に平和ボケしてるから、根拠の無い余裕や自信を抱く傾向が強いように思える。
俺もそうだったしな。
結局は対岸の火事だし、大丈夫だろうと高を括っていた。
その余裕には、理由がある。
・獣化の頻度について。
日本人の平和ボケの理由だが、獣化の頻度が極端に少ねえからだ。
スペード達に獣化の話を聞いたところ、俺達が住むこの町だけは、何故か一日に一回前後と多めだ。
だが、それ以外の国内外では、一週間に起こるか起こらないかなんだよな。
俺が知る頻度も一週間に一度程度という認識だったが、どうやらそれは違うらしい。
何故、そんなに場所によって差があるのかだが、『完全な獣』には、俺達に下僕を充てがって、潰そうという思惑があるんじゃねえのかと推測した。
完全だと謳ってるわけだから、ある程度の思考が出来ると考えてもいい。
獣なんて、慣れちまえば敵じゃなかったがな。
所詮『完全な獣』も親玉とは言え獣だから、こと思考能力に於いては、人に比べれば幾分か劣っているんだろう。
ゴリ押しで人間様に勝てると思ってんなよ。
それに、この町では『獣の狩人』が痕跡を消してしまうから、世間一般的な頻度はやはり、一週間に一度だと認識されている。
あんまり俺達が獣を狩り過ぎるのも怪しく思われるから、日によってわざと狩りを行わなかったりして、ある程度の情報は世に出しているんだってさ。
時には警察や自衛隊、軍隊に任せる時も必要ってわけだ。
いきなり獣が一匹も現れなくなったら、それはそれで『獣の狩人』の隠匿に弊害が出るんだとよ。
秘密主義過ぎるし、用意周到過ぎるわ。
いやぁ、流石っすねスペードさんの【悲劇】は。
記憶を消すってのは、人から見つからないようにするには効果絶大ですもんね。
でも、残念ながら痕跡ちょくちょく残ってますよ。
学校の野郎共と話してた丸型のクレーターの件とか、あれ絶対ダイヤの仕業だろ。
壊したもんは直せよ、まったく。
だが、それも都市伝説の一つみてえに扱われてるから、組織の秘匿性に支障は無えってことなんだろう。
ダイヤの話を深掘りすると、何週間単位でアジトに帰らねえってことがザラにある。
今日もそうだ。
なんでも、外国の菓子を常日頃から食っていたいんだとよ。
光の速度で瞬時に獣の出現地に行けるし、もうやりたい放題だ。
あいつらしいよな。
・獣化した人の末路。
前にも言った通り、獣になった人はどこかへと消え去ったという証言がある。
もう一つの例は、治療するために捕らえられた獣は、一週間という短い日にちを過ごした後に、黒い塵と化したって報告だ。
二つの情報には、共通点がある。
獣は、消える。
んー……もしかしたら、『完全な獣』の元に連れ去られてるのかもな。
奴は獣の軍勢を集めて、地球に侵略する準備を整えてるのか?
いや、その線は薄いか。
俺が狩った獣は、黒い塵を残して死んだんだ。
あの塵は、言わば獣の死体と考えてもいい。
人でも狼でもねえ中途半端な獣は、死さえも普通じゃ済まねえんだろう。
つまり、獣は一週間の命だと断定して構わねえな。
いきなり消え去ったっていう証言は、その獣が死にかけだったか、はたまた餌を求めてどこかに行ったかのどっちかだ。
獣は力が強いし、それに素早いから、移動するだけでも消えたように見えたのかもな。
でも、なんで獣になったってだけで寿命が縮まって、一週間で死んじまうんだ?
人を食うのに、困ることは無えだろ。
武力を持った者に殺される危険性があるとはいえ、生き永らえる方法はいくらでもあるはずだ。
そういう個体がいてもおかしくねえ。
飢餓で死んでいるわけじゃねえのか?
なら、他に死因があると見て良さそうだな。
――♧――
獣化を一通り見直してみたが、どうにもまだ、覚醒と繋がりそうな情報は見つからなかった。
考えるのも疲れて来たので、俺はアジトに帰った。
獣の狩りを終えてからかなり時間が経っていたし、今は深夜真っ只中だ。
「……っ」
音を立てないように、そろりそろりと自分の部屋まで忍足で歩き、息を殺し、ゆっくり近付く。
しかし……
「クローバー」
「あ」
しまった。
ハートに話しかけられた。
帰ってきた俺の気配に気付いたのか、自分の部屋から顔を覗かせて、話しかけてきた。
【狂喜】が乱舞して、今度こそ俺は死に目に乱de舞ーさせられちまう。
「そんなビクビクしなくても、もう怒ってないわよ。スペードが慰めてくれたし」
「スペードが?」
初心なスペードが、貧乳についてどうやって慰めたのかはすげえ気になるが、聞くのは野暮ってもんか。
「ねえ。なんでスペードって、あんなに優しいんだと思う?」
「さあな? ありゃ生まれ持ったもんだろ」
あのスペードの優しさには、危なっかしさを感じる。
弓月も、自分を顧みないで人に優しくする癖があるから、あの無償の優しさが余計に心配になる。
「あいつが獣に関係無いところで普通に生きてたら、悪い奴に騙されてそうだよな」
「ふふ、そうね。闇金の連帯保証人とか、平気でなってそう」
「ハッ、簡単に想像出来るわそれ」
もう少し、考えを改めるべきだったか。
「……あのさ、今日は悪かったよ」
「え?」
「今度はお前も気付かねえ高度な皮肉とかで、馬鹿にするから」
「はぁ!? あんたホント……!」
「じゃ、おやすみ」
「ちょっと待てぇい!!」
俺はハートの反撃から逃げるように、自分の部屋にそそくさと帰ろうとした。
扉を閉めきる前に「……もう」という声が聞こえてきたが、それも無視して早く寝ることにした。
情君が知らない情報の補足をします。
情だけに(激ウマ爆笑ギャグ)。
獣化が流行り始めた10年前は、世界各国の規制、禁止、抑圧が最も厳しかった時期です。
一つだけ例を上げるなら、疑わしきは罰せよ(物理的に)とかも普通にありました。
その理不尽な国の決め事に反発した国民は、無数のデモや暴動を起こしまくりました。
今現在は、国と民が互いに妥協した線引き(日本では、外出禁止時間や夜勤の申請化など)を決めて、なんとかなっている状態です。
情君が「10年前の空気感マジ怖かったテヘペロ」の一言で片付けた裏には、数多くの人々の苦難があったんですね。
彼はその時6歳なんで、世間の動きなどそう詳しくは知らないだけなんですよ。
こんな大々的な対立は、授業とかで挙げられて、ちゃんと教わるはずなんですがね。
獣化と獣についてしか興味が無い、不勉強でミーハーな情君。
どんな恐ろしい病が影に潜んでいると言えど、年数さえ経ってしまえば、こういう風に諦観じみている状況になるってわけですよ。
ん?
なんか既視感ありますね。
うーん、なんだっけ、思い出せないですね。
まあそのうち、コロっと思い出しますナ!




