25.残酷な結末
――♧――
「グゥゥ……!!」
ひとまず後ろに退避したか、そうしてくれた方がこっちにとっても好都合だ。
初手で右肩に深い傷を付けられたのは良かった。
大概の獣も、人間と変わらず右利きらしいからな。
獣にも人間の時の名残りで利き手があるから、まずはそこを狙えとハートが言ってた。
致命傷にはなり得なさそうだが、傷を付けただけでも御の字だった。
【赫怒】を使わなくても、右腕の攻撃は避けやすいようになったと前向きに考えるか。
「グルルルルァ!!」
「チッ、こっからどうすんだっけ。なんかめんどくさくなってきたから、段取り全部忘れちまったわ」
今は警戒して距離を取ってくれているが、すぐに次が来る。
予め大剣を前にして待ち構えておく。
それまでに後ろにいるこいつを、なんとかしておきてえところだが……
「お前……!? もしかして、その剣であいつを殺すつもりなのかよ!? そんなこと許さんぞ!!」
そう上手くいかねえよな。
そんな聞き分けがよかったら、外出禁止時間に外なんか出るわけねえわ。
「……もう元には戻れねえ。あいつは諦めろと言っただろ」
「なっ!?」
俺は人を……弓月を戦いから遠ざけることを諦めてすらねえっつうのに、口だけは達者なもんだ。
言うだけなら、誰でも出来るってことなんだろうな。
ハッ、一方的に残酷な願望だけは押し付けるなんて、どっちが獣なんだって話だ。
「ダメだ……ダメだダメだダメだダメだ! 絶対にダメだッ!!」
あぁ、そうか。
こんな目だったんだな。
「そんなこと絶対にさせねえぞ!! だって、だって、あいつは俺の友達で……!!」
「……」
恐怖、そして人殺しを心底軽蔑するようなこの目を、俺はあいつらに向けたんだ。
「あの獣、お前の友達だったのか」
「そ、そうだよ!! だから殺すなんて……」
今度は俺が、その目を向けられる番らしいな。
「グゥウウウウ……!!」
「あの姿を見てもまだ友達なんだと、本当にお前はそう言えるのか?」
「! それは……っ!」
酷い質問だ。
もしも野郎共や母さん、霞さん、そして弓月が獣になったとして、こんなことを誰かに聞かれても……俺は絶対に答えられねえんだろうな。
だが、最初から答えを出させるつもりなんて更々ねえよ。
答えなんて出なくていいんだよ、こんなもんに。
「……あっ! そうだったそうだったー!!」
コ○ン君直伝の棒読みなすっとぼけ方をしながら、俺は後ろに振り返る。
わざと、獣に背中を見せつけるように。
「ガォアアッ!!」
「う、後ろ!!」
【男に向かって振り返る俺の死角を突き、左斜め後方から獣が左手の爪を剥き出しにし、背後から襲いかかってくる】
【赫怒】で予知しているから、大剣は事前に背中に構えていた。
右手で握った大剣の柄をぐるりと回し、刃が交差している中央の部分を使って、迫ってきた獣の爪を受け、全て巻き取る。
「ガッ!?」
「へ……? え!?」
見てねえが、見えてるっつの。
その爪貰うぞ。
大剣の柄を再度振り回し、絡んだ爪を梃子の原理でまとめてへし折った。
「グァアアアアアアッ!?」
「あぁっ!? 耳元でうっせえんだよ!!」
「べガァッ……!?」
爪を折られたことに動揺して、隙を作った獣の顔面に、そのまま大剣をブン回して、剣の腹の打撃をくれてやった。
【赫怒】にも反撃の兆しは出なかったし、まるっきり隙だらけだ。
「後で相手してやるから、あっち行ってろボケ!!」
「グ、ウゥガッ……!!」
大剣を振った回転を活かしながら、獣の鼻をブン殴った。
大体の動物は鼻先が弱点だからな。
こうやって冷静に戦ってみると、獣なんて弱点ばっかりだ。
再度警戒するためか、獣は後ろに飛び退いた。
「そこで大人しく見てろ」
「グルルルルルルルルゥ……!!」
こいつの前で殺しはしねえ。
獣を斬った断面図でも見られて、吐かれたりしたらこっちが困るんだよ。
友達が死ぬ様をこいつに見せたくねえとかじゃねえ。
そんな情けはお門違いだ。
嘔吐物で喉が詰まって喋ることも出来ねえんじゃ、わざわざあいつらを遠くで観察させている意味が無えってだけだ。
「すっかりド忘れしちまってたわ。お前を逃す前に、聞きてえことがあるんだった」
「な、なんで……!? 何……!?」
スペードとハートにこいつを任せる前に、一つだけ確認したかったんだ。
獣化した友達の記憶を消させる前に、どうしても聞いておかなきゃならねえことだ。
「あいつはどうやって獣化した?」
「はっ……?」
俺は今まで、獣化後の獣しか見てねえんだ。
そらネットとかで獣化しかけの映像なんかは何度も見たが、俺が知りてえのはそういうことじゃねえ。
獣との戦いの中で、純粋な感情を見つけなきゃいけねえってのに、獣化について世間一般的な情報しか持ってねえのがそもそも問題なんだ。
だが、ハートとスペードは10年も獣と戦ってる。
俺が今からわざわざやらなくても、既に10年間も戦ってるんだぞ?
それなのに、純粋な感情を未だに見つけられてねえ。
つまりは……
「どんな経緯を経て、獣になったかと聞いてんだよ」
「け、経緯……? そんなの……」
獣化そのものだけではなく、前後関係も詳しく知ることに、覚醒へのきっかけがあると俺は踏んだ。
ただ獣と戦うだけなんじゃなくて、何故獣と戦う力を与えられたのかっていうところまで、思考を張り巡らせた。
羽鳥に打ちのめされても、それでも尚、殺すと誓ったから気付けたんだ。
そん時に学んだからな。
強くなるためには、まずは相手について知らなきゃいけねえって。
「俺に分かるわけないだろ!? あいつは急に頭を抱えて蹲って、それから……!!」
「急に?」
「双子の友達が消えた前の日に……! あいつが夜道に気をつけろって言ったんだよ! それをすごい後悔してて……!!」
後悔したから獣になった、か。
「そうか」
うん。
「分かった」
まったく分かりませんでしたっと!
そんな簡単に分かるとは思ってもなかったけどよ!?
獣化ってそんな意味不明なもんなのかよ!!
病気か呪いか知んねえけど、もうこれ人類滅ぶ一歩手前なんじゃねえのか!?
一体どうやって獣になんだよクッソ!!
「よし! 二人ともこいつを頼んだぞ!!」
『了解……!』
『収穫そんだけなの? わざわざあんたの意見に合わせてやったのにさぁ……』
「うっせえ!!」
あー、もういいや。
こいつは用済みになったわけだし、なんか急に怠くなってきたわ。
俺は人差し指と薬指を仮面に押し当て、姿を隠させていた二人に任せることにした。
実は獣に遭遇してからも密かに指を当てていたから、こいつとの会話はあの二人も聞いていた。
「な、なぁ……本当にあいつを殺すつもりなのかよ……?」
「あー……二人ともちょっと待て」
『えっ……?』
『ちょっと何よー? ワンマンプレイも程々にして欲しいわね』
「答えてやる猶予くらいあんだろ」
『はいはい』
獣を助けて欲しいという訴えを目に刻みながら、俺に手を伸ばしてきやがった。
「頼むよ! あいつを殺すなんて……!!」
つくづく、あの時の俺と同じ反応をしてくれやがる。
後でこいつの記憶は消しちまうが、それくらいは教えてやってもいいよな。
「ダメだ、あいつはなんとしてでも殺す。絶対にな」
「あ、ああぁっ! そんなっ、そんなぁ……!!」
今のこいつにとっても、獣化は対岸の火事ではなくなったんだ。
俺達『獣の狩人』が消火しなきゃいけねえってことくらい、知る権利はある。
「あいつは人を諦めて、獣になったからな。だから俺もあいつを諦めた。たったそれだけだ」
「なんで……なんでそんなことするんだよ!? あいつを人に戻す方法は無いのか!?」
「無えよ」
「な……」
これが、この世界の現状なんだよ。
「だがな、いくらお前に何と言われようが……」
「え……?」
「俺は絶対に、人だけは諦めねえ」
「!」
これで分かっただろ?
全人類が置かれている、今の凄惨な状況を。
「グガッ!!」
「人を諦めちまったお前は……!」
これこそが、全てなんだ。
「もう諦めろ!!」
「ガルルアアアアアァッ!!」
―――――
「ンガァアアアアアアアアアッ!!」
「遅え!!」
「ゴ、アァッ……!?」
「あ……あいつ、なんであんな……」
髪の毛と武器が赤い光で輝く度に、奇怪なクローバーの仮面を付けた男は獣の攻撃を受け止め、それを必ず反撃の糧とする。
友達が獣になってしまい、そして自分を殺そうとした。
だが、今度は人の比ではない強さを持つ仮面の男が現れ、自分を守るために戦っている。
そんな非現実的な光景に、一介の男子高校生には、間抜けにも口を開けながら戦いを見届けるしかなかった。
「まるで、全身に目があるみたいだ……」
縦横無尽に暴れ、腕や足を使った獣の攻撃を容易く大剣で受け止めるその男は、まるで獣と見間違うほどの強さだった。
特異な大剣を振り翳し、使えそうな獣の攻撃を全て利用しつつ、反撃をし続けている。
武器も髪の毛も、血液が染み込んでいるかのような真っ赤なその姿。
獣の攻撃を受け流す前兆として、全身に染み付いたその赤からは眩い光を幾度も放っている。
それは、人を諦めない正義のヒーローでありながら、人を諦めずに捕食しようとする悪の獣のようだった。
だが、その男は獣としての格が違うようで、相手を手玉に取りながら戦っていた。
「ガルルルルルルルルァアアッ!!」
丸太の如き極太の腕を振るい、鋭利に伸びている爪を迫らせる獣に対して……
「そんなの当たるわけねえだろ!!」
右手に握った大剣を盾にして、獣の狙いを逸らしながら体を回転させる男。
「シッ!!」
「ゴべバァアッ!?」
自分の回転だけではなく、獣の攻撃による後押しで速度を上げ、全てを乗せた回し蹴り。
顎を捉えた男の蹴りは、獣の巨体をグラリと揺らす。
「ル……ァ……」
大きな体を崩れるように倒れさせ、目を白くさせて気絶した獣。
獣と獣の勝負は、今まさに決した。
「もうそろそろいいんじゃないかしら?」
「そうだね……」
「えっ!?」
二匹の獣の戦いに気を取られているうちに、クローバーの男と同じような格好をした男と女が、彼の背後に現れていた。
自分に手の平を向ける二人の意図が分からず、男子高校生には困惑する他なかった。
「【狂……」
「待て!!」
女が手に光を宿して、何かをしようとした時だった。
戦っていた男は息切れしつつも、二人を止める旨の叫びを放った。
「そいつには全てを知る権利がある」
男はそう言うと、大剣を逆手に持ち変えながら、倒れた獣の背中に飛び乗った。
そうしてそのまま横たわる獣の首に大剣を添え、男は見せつけるように斬首しようとしていた。
「まっ! 待ってくれ! そいつは……!!」
「ちゃんと見てろ!!」
「ああっ!!」
獣の首は容赦なく胴体から切り離され、ゴムのホースから水が飛び散るように、その気管支からは血が噴き出て撒き散らされる。
「ああぁっ……!」
肉も、血も、何もかもが黒い塵と化していく。
そんな無様な死を遂げる、友だったもの。
「ああああああああああああっ!!」
「……もういい」
――♧――
「クローバー……前よりずっと強くなったね……?」
「ん、そうか?」
獣を狩り終えた俺に、気絶したあいつを抱えたスペードが近くまで走り寄ってきた。
何故か知らんが声が弾んでやがる。
こいつに尻尾が付いてたら、今頃ブンブン振ってんだろうな。
「でも、わざわざこいつに狩りを見せてやる必要なんてなかったんじゃないのかしら。記憶はどうせ、スペードが【悲劇】で消しちゃうんだし」
「……無駄なことかも知れねえが、あの獣の最期を看取ってやって欲しかったんだ。友達だったんなら、それくらい許してやっても良いだろ」
情けは人のためならず。
この場合の情けは、ちょっと違う意味だがな。
「意外とセンチメンタルよね? クローバーって」
「僕はそれ……いいと思う……」
もう一つだけ理由がある。
こいつは野郎共に似てたもんだから、今の変わった俺を見て欲しいとも思っちまったんだ。
「それにしても、実戦訓練は無駄じゃなかったみたいね。【赫怒】の常時発動、上手くいって良かったわ」
「ああ」




