22.狩りの備え
――♧――
一週間後。
怪我が治まってきて、体が軽くなってきた。
羽鳥に負わされた数多くの打撲痕の痛みは、予想以上に期間が長引いた。
一体、どんなパワーしてんだよ?
それと、あの一瞬でどんだけ打ち込んで来やがったんだ。
とりあえず、怪我が全快するまで狩りはダイヤに任せっきりで暇だから、あいつらがやってるリハビリとやらに顔を出してみた。
だけど、だけどよ……
「まだまだ! そんなんじゃダメ!! もっと速く、鋭く!!」
「うん……!!」
「おいおい……」
こいつらのリハビリは、俺の想像を絶するものだった。
「ハァッ! 【狂喜】!!」
「フッ……!!」
「こんなのを、今までずっとやってたのか……?」
片方の攻撃を、もう片方が様々な方法でいなしていく戦闘訓練。
それをこいつらは、俺が休んでる間にやってたみてえだ。
今はハートの鞭を、スペードが右足に付けた刃で合わせて相殺している。
その蹴りの踏み込みが強すぎて、鉄の床が凹んだり、歪んだり……
「っていうかここ、俺が監禁されてた部屋じゃねえか」
スペードが俺に後ろ蹴りを食らわせようとして、大剣を二つに分けて右腕で受けた時、少しでも力を抜けば重みで吹っ飛ばされるとは思ったが……
「うえへぇ……」
靴底の形に凹んだ鉄の床が、そのあり得ない威力を物語っていた。
俺、こんな威力の蹴りを受けたっていうのかよ?
冷静に考えたら、あん時はマトモじゃなかったな。
部屋の端に設置されたタイマーが、甲高い音で一旦の終わりを知らせた。
この訓練が始まってから丁度、30分ほど経っている。
「はぁ……はぁ……ハート……速さが……元に戻ってきた……ね……? 合わせようとしても……難易度が日に日に上がってきてるよ……」
「ふぅ、ふぅぅぅっ……! スペードもピンポイントであたしの鞭に合わせてきて、調子が戻ってきたみたいね? 前までは何回か体に当たってたのに、もうすっかり刃にしか当たらなくなっちゃったわ」
「怪我が治ってきた途中から……【狂喜】を込め始めるようになったからね……僕も油断しないように……はぁっ……一撃一撃が全力だよ……」
こいつらバケモンなのか?
獣が可哀想になってくるレベルで鍛え上げてんだけど……
というかこれじゃ、獣以上に獣じゃねえか。
よく勝てたな俺。
「ふふんっ! どうだったかしら? あたし達は瞬発力じゃあんたに負けるかも知れないけど、持久力なら負けるつもりは無いわよ!」
「面白かった……かな……? 羽鳥様に……今夜の狩りがないって言われた日は……こうやっていつも……二人で訓練してるんだよ……」
「お、おお。お前らが努力を惜しまねえのは、十分に分かったが……」
リハビリっていうか、バリバリっていうか、バシバシっていうか、バチバチっていうか。
いや、バキバキだな。
主にこいつらの肉体が。
そんなこいつらを見て、俺の心もバキバキになっちまった。
あんなに舐めてかかってたハートにさえ、勝てるビジョンが見えなくなったからだ。
あの時は、相当運が良かったんだなと反省した。
俺の武器の変化にこいつらが驚いて、隙を見せてくれたおかげで、勝てたようなもんだった。
大剣を左右半分に分けて、ショーテルに出来るって知られてる今、こいつらとやり合ったら……二度目はもう無さそうだ。
「怪我が治ってもねえうちに、こんなのをずっとやってたのかよ……?」
「んー。そりゃ、あたしは右腕をあんたに斬られたから、最初は左腕だけで鞭を振ってたわよ? だって、動かしたらめちゃくちゃ痛いんだもん」
怪我してる部位を動かさなけりゃいいって、そういう問題じゃねえだろ!
「僕も最初の方は全身が痛かったし……最小限の動きで避けるしかしてなかったかな……? 攻撃に攻撃を合わせるのって……体が元気じゃないと……かなり難しいから……」
お前が一番おかしいんだがな?
浅い傷だったとはいえ、全身をザクザク斬られてたってのに、最小限で避けることに専念してただと?
普通はそんな風に思わねえだろ!
脳筋かよ!!
「……」
でも、冷静に考えたら……そりゃそうだよな。
「ハッ、お前らの覚悟は分かった。そんくらいしなきゃ、こんな戦いは生き残れねえんだよな」
「覚悟? 別にあたし達はそんな風に思ってないわよ。ただ獣の狩りに備えて、普通に訓練してるだけじゃない」
「そんなにすごいことじゃ……ないと思うよ……?」
こいつらの日常は、これが通常そのものだったんだ。
だからこれは凄いことなんだとか、自分達は特別なんだとか、いちいち傲慢になったりしねえ。
謙虚に、だけど確実に。
羽鳥のために強くなりたいって気持ちだけで、こんな苛烈な訓練を嫌な顔一つもせずに、今まで平然とやってのけてきたんだ。
獣化を終わらせて、世界を救おうって本気で思ったら……並大抵の努力じゃ叶うもんじゃねえ。
人を超越している獣に勝ち、『完全な獣』を倒そうとするなら、まず最初に人間の限界に迫らなきゃいけねえんだ。
「休憩したら、俺もやらせてくれ」
「んん? 別にあたしはいいけどさ?」
「まずは……この訓練に慣れてもらうために……僕は隅っこで見てるね……?」
やってやる。
平和になった世界でみんなと……弓月とまた再会するんだ。
――♧――
「じゃあまず、訓練をする理由の説明からしてあげるわ。スペードの立ち回りはもう完璧に近くなってて、獣の攻撃を避ける手段は既に身についてるのよ。あたしもそうよ?」
「ほー?」
「でもそうやって避け続けるだけじゃ、いつか体力に限界が来るわよね。だから、スペードは攻撃を刃で受ける術を身につけたりだとか、あたしは攻撃されないように、相手から距離を取ったりしなきゃいけないのよ」
つまり、こいつらは10年間の獣との戦いの中で、極力怪我を負わないような、効率的に攻撃する戦略を編み出しているんだ。
そりゃあ獣の攻撃はなるべく避けた方がいいし、そうした方が次の狩りにも支障は出てこないもんな。
ハートの場合は、特にその傾向が強く出るのだろう。
そもそもしなる鞭を使うから、俺とスペードみてえな刃物で、攻撃を受ける手段がねえんだ。
だから距離を取って、中距離から相手を狙い続けなきゃならねえ。
「ダイヤは【極楽衝動】を使って、攻撃なんか避ければいい。あの子は攻撃を受ける訓練なんてしなくていいのよ。ただ隙を突いて、一撃でも与えられればそれだけで終わる。でも、あんたはタイプが違うわよね?」
「……【赫怒】で相手の攻撃を受け流し、それを反撃に活かす技術を身につけなきゃいけねえってわけか」
「そう。あんたのその能力……羽鳥様が獣を狩ることに長けていると言ったのは、ダイヤとまったくの真逆だからなのよ。相手の攻撃を避ける必要が無いわ」
俺は避けることよりも、防御を鍛えなきゃなんねえんだ。
自由に動き回る遊撃隊のダイヤでもなく、サポート役のこいつらとも違う。
「むしろ、相手の攻撃をわざと受けるようにして、自分の攻め手に転じさせることも出来る。つまり、あたし達みたいに獣の動きに合わせなくても、強引に自分の攻撃を叩き込めるって寸法よ」
継承者達のタンク兼、カウンターを唯一担えるのがクローバーってことなんだな。
【赫怒】でどんな攻撃が来るのか分かるから、わざわざ避ける必要もねえし、受け流すか反撃することだけに専念すればいい。
「あたし達は獣の動きを見てから、その動きに合わせて回避したり、距離を取ったりした後に攻撃しなきゃダメなの。まず第一に、自分達を守りながら戦わなきゃいけないのよね」
「いくらダイヤ一人で狩りを賄えると言っても、覚醒するためにはお前らも戦わなきゃいけねえもんな。『完全な獣』を誘き寄せるにも、四人全員の覚醒した力が必要になるわけだし」
「そういうこと。なるべく多くの狩りを経て、純粋な感情を狩りの中で見つけなければならないのよ。怪我をしたら本末転倒なの。だけど、あんたは……!」
「!」
ハッ、いきなり鞭で顔面狙いかよ。
【狂喜】を発動した時の光もねえし、この攻撃は手で掴んでいい。
「ふふっ! そうそう。攻撃を避けずに反撃の糸口を探すのが、クローバーの継承者であるあんたの仕事よ?」
俺も含めた継承者達はみんな、能力を使う時には予備動作がある。
髪と目と武器が、少しだけ光を帯びるんだ。
「武器は使っていいのか?」
「いいわよ。でも、本気でかかって来ることね! あんたの性格はとことんいけ好かないし、こてんぱんに叩きのめしてあげるんだから!!」
「ハッ、上等だぜ……!!」
そうして、俺の訓練が始まった。
――♧――
ハートとの訓練もひと段落し、少しばかりの休憩が入った。
あいつはもう一時間戦い終わったから、次は俺とスペードの番になる。
「あ、そういえばよ。お前らの髪と目って、なんで色が変わってんだ? ダイヤも元は黒だったって言ってたし、お前らもそれは地の色じゃねえんだろ?」
かくゆう俺の髪の毛も、血が混じっちまってから赤い色が落ちなくなっちまった。
「どうだったかな……? 10年前に変わったはずだけど……」
「あー、つっかれたわねえ。そんなんどうでもいいじゃなぁい」
感情を使い果たして、クソハートだけは無気力になってやがる。
髪と目の色の変化は、力を使い熟せるようになった証なんだろうか?
いやでも、こいつらも未覚醒だしな。
覚醒は関係ねえか。
「でも……一つだけ確かなことは……ペンダントが落ちてきて……すぐには変わってなかったはず……」
「ん?」
落ちてきた?
「あれー? クローバーったら知らないのぉ?」
俺だけが、それを知らなかった。
「ペンダントはー、空から落ちてきたのよぉ」
――♧――
訓練という名の地獄に馴染み始めて、さらに日にちが経過した。
誘拐された日から、大体一ヶ月半は経ったか。
掃除が一通り終わってきた頃合いに、羽鳥が扉を開けて話しかけてきた。
「クローバー」
「あ? てめえかよ羽鳥。俺に馴れ馴れしく話しかけんじゃねえよ、ブッ殺すぞ」
「フッ、君の覚醒が待ち遠しいな」
「チッ……要件は何だよ。さっさと言え」
怪我もほとんど治って、もう気にも留めなくなってきた。
それで、医務室にいる必要もなくなったから、俺は与えられたクローバーの部屋を掃除していた。
「ハート、それにスペードと特訓しているようだな。そろそろ頃合いかと思い、君に話を持ってきた」
「話?」
「今夜、獣を……」
「!」
ようやくか。
「狩れ」
「ああ……!」
ようやく、訓練の成果を試せる。
「それに伴い、君への贈り物として、狩装束を持ってきた。以前の狩りのように、普段着のままで出たくはないだろう? いくら獣の血も塵になるとはいえ、付着した臭いだけは繊維に残るからな」
「狩装束?」
そう言うと、羽鳥は左手に持っていたアタッシュケースを俺に差し出した。
「返り血を弾く撥水性に富み、硬くしなやかな繊維で編み込んでいるから、普通の衣服よりも何倍も頑強だ。これは軽い攻撃程度なら、肩代わりをしてくれる強度を誇る」
小気味いい音を響かせて、ケースを開いてみる。
ケースの中からは、新品の服の匂いがした。
結構好きな匂いだ。
「上着を着用すれば多少動きにくくはなるが、安全性はさらに高まる。どうするかは君が好きに選ぶといい」
そのアタッシュケースの中身を見た第一印象は、黒。
黒いジャケットに黒いシャツ……黒いズボンが入っていた。
そして、一際目立つ刺繍がシャツの胸ポケットに入っている。
そのワンポイントだけが血のような赤色で描かれていた、四つ葉のクローバーだ。
それは、黒のマントの下に羽鳥が着ている服装に似ていた。
たまにチラリと見えるが、白鳥の白い刺繍が入っている、シンプルなものと。
「……こんなん、あいつらは着てなかっただろ」
俺と初めて会ってから今まで、ハートもスペードもダイヤも、普段着らしき私服を着ていた。
こんな制服があることすら知らなかった。
「初対面の君を、なるべく警戒させないようにしていたのだ。敢えて私と異なる格好をすることで、怪しい集団だと思わせないようにな」
「ハッ……」
そんなお節介、いらねえっつうのに。
「感情の色」は独特な設定が多いので、理解がしにくいと思います。
なので、同時投稿の23話で分かりやすく解説しました。
僕達が生きている現実世界にも、心の器、感情の色、理性の蓋って、本当にあるかも知れませんね?




