21.親しみの変化
――♧――
次の日。
怪我と疲労で爆睡してたのに、朝っぱらから叩き起こされた。
相手は羽鳥だ、クソ野郎め。
お前は鶏かよ。
なんで朝と分かったかというと、このアジトにある全ての部屋には、壁掛けの時計が設置されていると羽鳥が言ったからだ。
時計を探して見たら、今は7時半だった。
寝てたはずのあいつらは既にどこかに行ったようで、ベッドの上にはいなかった。
「ペンダントは言葉や仕草のように、感情の結果となるものだ」
「結果だ……?」
こっちはまだ全然寝惚けたままだっつうのに、羽鳥は遠慮なく大事そうなことをベラベラと話し始めた。
そういうのはもっと後に……
「君にも分かりやすいように言うなら、水を吸い出すストローのようなものと考えればいい。ペンダントというストローで、心の内から感情を吸い出し、行使するのが継承者だ」
「待て待て!!」
少しくらい待ってくれてもいいのに、そんなのはお構いなしで羽鳥は話を続けやがる。
「クローバーのペンダントは、君の心から吸い出された怒りを素材に大剣を作り出し、そして【赫怒】を使うための、感情の変換装置である」
「はぁ……ちょっとくらい待てっつの。つまりはある意味、ペンダントも感情の表現方法の一つってことになんだろ? それが言葉や仕草みてえに、武器や能力になってるってんだな」
「その通り」
無理やり頭を覚醒させて、羽鳥の話に集中せざるを得なくなる。
この素直な頭みてえに、心の方もすぐに覚醒出来りゃあいいんだがな。
「ただし何事も、限度というものがある」
「はあ」
「ペンダントを長時間、連続で用いるとして……感情が尽きるまでの時間は一時間程度だ。それ以降はどうしても、使った時間分の休息を取らなければ、満足に武器を作ることも、能力を使うことすらも出来なくなる」
「時間の制限があんのか」
俺達が使っているペンダントの力は、継承者の感情を材料にしている。
大剣を作るのも【赫怒】も、俺の心にある感情が切れちまったら、心を感情で満タンにするまでは使えなくなるらしい。
どういう理屈なのやら。
どうやら、心の器の内側で湧き出た感情を、そのまますぐにペンダントに通して使うのは無理なんだな。
そこは不便だ。
「人格が変わる前の君の話をしよう。君は人類の脅威となる獣に怒りを持ちながらも、恐怖や罪悪感といった不純物が混じった、些末な怒りをペンダントに通していた」
「恐怖と、罪悪感……」
そう聞くと、今でも自信は無え。
羽鳥を殺すためだけに獣をこの手にかけようとしている今も、前と比べて罪悪感は薄いが……決して無いとは言い切れねえ。
覚醒してねえんだから、怒りが十分とも言えねえ。
だが、もう躊躇うことだけは絶対にしねえ。
俺は羽鳥を殺すためなら、元人間の獣だって手にかけてやる。
覚悟を決めたんだ。
全てを俺が殺すんだって、そう決めたんだ。
「覚醒については君も疑問に思っているだろうが、実のところは私もそう詳しくはない」
「知らねえのかよ」
「だが、獣化の原因である『完全な獣』を現れさせるためには、覚醒した四つの力が必要という伝承を知っているだけだ」
別に羽鳥に聞くつもりは毛頭なかったが、獣化に詳しいこいつでさえ覚醒を知らねえんだったら、自分で答えを見つけるしかねえようだな。
「しかし、私は覚醒出来得る感情の違いだけは知っている」
「あ? 違い?」
「ああ。覚醒へと至る感情は、純度が並のものとは違う。例え不純物が混じっていたとしても、全てをその色で塗り替えられる純粋さを持ち合わせている」
「純粋さとか、意味が分かんねえよ」
「感情を塗り替える強さがあるからこそ、喜怒哀楽の四つには主成分と成り得る力が秘められているのだよ」
人としての感情をわざわざ殺さなくても、怒りをもっと純粋なものに出来るようになれば、全部をその感情の色に染められるってわけなのか。
だから、羽鳥はクソハートのヒステリックとかも見過ごしてたんだな。
「ダイヤは戦いの最中、純粋な楽という感情で不純物の副成分を塗り替えながら、心の器を満遍なく主成分一色のみで満たしているのだ」
「あー……んじゃあ、その純粋な感情の生み出し方ってやつを、戦いの中で模索していけばいいってことだな?」
「そうだ」
その純粋な怒りってのは、殺意なんかじゃ作り出せねえってのか。
羽鳥はそれを知ってるから、殺意の怒りを「雑多」だと罵ってきたんだ。
「んぁー……」
いや、それを教えられても全然分かんねえっつうの。
――♧――
羽鳥が医務室を出て行ってから、数時間経った。
すると、あいつらの話し声が聞こえてきて、医務室と廊下を繋ぐ扉が開いた。
「ふぅっ、終わった終わった!! スペードの傷は軽そうだし、復帰ももうすぐかもね?」
「うん……ハートが庇ってくれたおかげだよ……?」
あぁ、リハビリに出てたのか。
てか、切り傷程度にそんなん要るか?
神経まで斬った覚えはねえぞ。
「僕……ハートには返しきれないほどの……大きな恩が出来たね……?」
「ふふっ! あんなの全然大したことじゃないわよ」
こいつら……毎日イチャイチャしながら、リハビリするつもりだな?
リア充か?
見てるこっちのことも気にしろってんだ。
「なんでてめえらの惚気を見せつけられながら、こんな惨めな思いさせられなきゃいけねえんだよ」
今なら学校の野郎どもが喚いていた気持ちも、少しは分かるかも知れねえ。
なんでかは知らねえけど、男女の乳繰り合いって、側から見ると結構イラつくんだな。
「ふーふっふっふっ!! あたしの腕の傷より浅いとはいえ、そーんなに全身ボッコボコにされたら、そりゃあ動けなくもなるわよねえ?」
「でも……そんなに酷い怪我……骨が折れてなかっただけでも良かったと思うよ……? まだ不幸中の幸いなんじゃ……」
「なんだよお前ら、スペードも皮肉言ってんのか?」
「違っ……!? 違うよっ……!」
羽鳥め……ペンダントの力も謎だが、あいつの底知れねえ強さの秘訣も意味分かんねえんだよ。
ペンダントを使ってもねえのに、なんであんなに強えんだ?
もしかして、あいつこそ『完全な獣』なんじゃねえのか?
そうじゃなきゃおかしいだろ、あの強さは。
「なあ。羽鳥があんなに強いのって、なんでなんだよ? 10年前からお前らは一緒なんだろ?」
「あっ……そうだよね……? 気になるよね……羽鳥様の力……」
「んー。実はあたし達も、羽鳥様については分からないことの方が多いのよ。でも、命を助けられたんだし、従う理由なんてそれだけで十分でしょ?」
え?
こいつら何の疑問も持たないで、青春真っ盛りの10年間を羽鳥に捧げてんのか?
「一回だけ……有限の力って言ってたのは聞いたけど……それ以外の情報は無いんだよね……」
「けどまぁ、継承者って自覚してなかったあたし達を見つけだしたり、獣の出現位置を予め知らせたりしてくれるんだから、羽鳥様は獣化を終わらせられるポテンシャルを秘めてるってことよ。それじゃご不満かしら?」
「いやでも、あの強さは気になるじゃねえか。いくら覚醒してなかったとはいえ、ここまで俺をボッコボコに……くっ」
自分で言ってて悲しくなってきた。
「っていうか、獣の出現位置を知らせるだと? なんで羽鳥はそんなこと出来んだよ?」
「あっ……それはね……? 羽鳥様が持ってるあの手帳に……そう書いてあるみたいで……だから僕達もそれに従って……獣を狩ってるんだよ……」
「そうそう。いつもあたし達に指令を出す時は、必ずと言っていいほどあの手帳を見てるわよね。あんたみたいな予知能力でもお持ちになってるんじゃないかしら? あんたの【赫怒】なんて、羽鳥様にとっちゃ造作もないのよ!」
軽く言ってるけど、それって超能力の類いだろ。
こいつら、どうしてそんな大層なことを普通に受け入れてんだよ。
しかもユニコーンの奴、流れで煽ってきやがったよな?
「ハッ、クソハートの【狂喜】みてえに、相手に避けられたら意味もねえ能力よりかはマシだがな?」
「はぁ!? あんたあたしが覚醒したら見てなさいよね!? 今なってるみたいにボッコボコにしてあげるんだから!!」
「残念ながら、俺はお前よりも早く覚醒するだろうけどな。だってお前、後から来た俺より弱えじゃん?」
「むきぃー!!」
煽り耐性なさすぎだろ。
そんな紙装甲で喧嘩売ってくるなんて、返り討ちに遭うのは分かるだろうが。
「まあまあ……二人とも仲良くしないと……羽鳥様に怒られちゃうよ……?」
「だってスペードぉっ! アホクローバーがあたしをぉ……!!」
なんだろう。
最初の頃はめっちゃ怖え印象を持ってたはずなのに、今のクソハートは手玉に取れるようになったから、とうとう駄馬にしか見えなくなってきたな。
ユニコーンの中にも落ちこぼれっているんだな。
「うぅっ……!!」
「クローバーも……メッ……! だよ……?」
「ハートが悪いだろうが。んで、リハビリの結果はどーだったんだ? まともに動けたってのかよ?」
別に、俺が怪我させたからって気にしてるわけじゃねえんだけどな。
そんなんじゃねえぞ?
俺の手足として働かせるためには、こいつらの能力は利用出来そうなだけだからな。
ホントそんだけだ、そんだけ。
「えっとね……二人で戦ってみたんだけど……やっぱりまだ体が鈍いんだよね…… 」
「はあっ!?」
リハビリって歩いたりとか、腕動かしたりとかするもんじゃねえのか!?
なんでいきなり戦って確かめてんだこいつら!?
「あんたが、あたしをこっ酷く傷つけたのよ……」
その言い方はなんか語弊を招き兼ねねえから、是非ともやめて欲しい。
あたしもあんたに傷つけられましたでザマス。
「あたし、右利きだっていうのに、あの防御はしくじったわね。左腕を前にすれば良かったわ」
「ごめんね……? ハート……」
「ううん、スペードは悪くないのよ……?」
こいつらどんだけイチャイチャすんだよ、もういいっての。
「悪いのはクソーバーなんだから!!」
「おい!? なんだそのあだ名!」
ちょっと上手いと思ったのが悔しい。
「クソーバー! クソーバー!!」
「チッ、調子に乗りがって!」
「喧嘩はやめようよ……? 二人とも……」
ガキの喧嘩じゃあるまいし、そんなあだ名を考えた程度で、俺がたじろぐとでも思ったか?
後でこいつの靴に小石入れとこ。
「僕は左利きだし……右腕を怪我したハートと……代われたらいいんだけど……」
「ん? 左利き?」
こいつの戦ってる姿は二回しか見たことねえけど、どっちも右足に刃を付けてたじゃねえか。
「スペード。なんでお前、左足に刃を付けねえんだ? そんなんじゃ全力が出せねえだろ。あん時は俺を舐め腐って戦ったってのか?」
「あっ……」
何かに気付いたように、スペードは目を泳がせて口を窄める。
フスッとか、フスィーといったような間の抜けた口笛擬きを吹いて、天井を見るスペード。
「そ……それは……右足にしか武器を付けられない……から……?」
「俺に聞くんじゃねえよ。てか、口笛も嘘も下手くそすぎだろ」
「あ……えっと……」
嘘に敏感な俺じゃなくても、スペードのこの間抜けな顔は嘘をついてると分かるわ。
だが、利き足に刃を精製出来ねえのはわざとじゃねえんだろうな。
フスフス言ってた口を塞ぐように、スペードの顔が引き寄せられ、ガチンと硬そうな板に埋もれた。
「んむぁ……っ!?」
「あんまりスペードを質問攻めにしちゃ可哀想でしょ!? そんなのどうでもいいじゃない!!」
チビのハートが一体どうやったのか、長身のスペードの頭を掴んで胸元に抱き寄せた。
T◯KI◯が喜びそうな何かの板かと思ったが、どうやらハートの胸だったようだ。
ちなみに身長の話をすると、俺は170cmくらいで、ハートは160cm弱くらい、スペードは180cmになんとか届くのかも知れねえな。
それと、子供の状態から体が成長してねえダイヤは150cmあるかないかくらいだな。
弓月は165cmくらいだと自分で言っていた。
羽鳥は大体俺と同じだ。
いや、どっちかと言うと弓月に近いのか?
まあ、どうでもいい話はその辺に置いておくとして。
「ほら! スペードもなんか言ってやりなさい!!」
「……」
「ん? あれ?」
スペードのやつ……
「気絶してんぞ、そいつ」
「えっ! スペード!? スペードぉおお!?」
こいつは女に耐性がねえのか?
俺の大剣よりもずっと赤くなった顔で、鼻血を出しながら白目を剥きやがった。
――♧――
「んぁ……!?」
気が付いたみてえだな。
「ごめんスペードぉ!!」
「えっ……ちょっ……!? ヴッ……!!」
追い討ちするように抱きついたら、また気絶しちまうだろうが。
スペードを殺す気かよ。
「おい、そいつまた鼻血出してんだろ。その辺にしとけよユニコーン」
「ハ、ア、ト! ユニコーンじゃないわよ!!」
関われば関わっていくほど、こいつらのアホさ加減に毒気が抜かれていく。
アホくせえ。
本当、アホな奴らだ。
「ぷ……く、はははっ!」
「え?」
「あっ……」
ああ、そうか。
俺は……
「はははははははっ!!」
「何笑ってんのよ?」
「クローバーが笑うの……ここに来てから初めてだ……」
弓月に似ているこいつらを……
「ハッ、お前らがアホすぎて、ついな」
「なんですって!?」
もう二度と、傷付けたくなくなった。




