20.継承者の約束
――♧――
あと、もう一つ分からん。
なんでこんなに怒りを強めたってのに、羽鳥は「雑多な怒り」とか言ってたんだ?
そもそも感情に雑もクソもあるのかよ?
「俺達がしなきゃいけねえ覚醒っていうのは、継承者が司るそれぞれの感情を強めればいいんだよな? 心っていう器から、強力な怒りを生み出すんだろ?」
「そうだよぉ。心の中の感情っていう内容物を、それぞれが司る色で染め上げるってことでもあるねぇ。怒りを生み出して、その色だけで心を染めるんだよぉ」
殺意っていう怒りは人にとっちゃ相当のもんだろ?
それなのに、俺は覚醒出来てねえ。
ダイヤも、スペードの過去を話そうとして悲しんだりは出来るくらい、楽しい以外の感情を殺してはないって感じだしな。
もう何が何だか分からなくなってきた。
「んじゃあ、どうして俺は覚醒出来てねえんだ? 何日も羽鳥に監禁されたから、元の人格をぶっ潰してまで怒りに心を委ねたってのに」
「あー……ぼくは最初から覚醒した力を意識しなくても使えるもんだから、そういう理屈みたいなのは分かんないかなぁ」
「分かんねえのか……どうしたもんか」
「でも、間違いなくクローバーは前より強くなってるし、ペンダントの力を使うことに躊躇しなくなってるから、いい兆候だとは思うよぉ?」
「そうか、そういうもんか」
スペードの言ってた通り、俺はもう怒りに囚われてると言ってもおかしくねえ。
羽鳥の姿を見ると監禁された日々を思い出すだろうし、今すぐにぶっ殺してやりたくなるだろうからな。
あの監禁を頭に浮かべただけでも腹が立つ。
獣と戦わずに、安全にペンダントの力に馴染めるのはいいけどよ……餓死っていう別の危険があっただろうが。
それに、俺に恨まれるというデメリットもあるし、羽鳥は何がしてえんだよ?
「覚醒って何なんだ……」
「うーん、今のところは覚醒に気を取られないで、街に出た獣を狩ることに専念するといいよぉ。スペードとハートは6歳の頃からここに来て獣を狩ってるけど、10年経った今でも覚醒の目処は立ってないしねぇ」
「ろ、6歳!? 10年前からここに来てんのか!?」
嘘だろ?
それじゃこいつらは、人生の大部分はここに来て、何年も獣と戦ってるってことになるじゃねえか。
獣化も10年前に発生してる現象だから、こんなの終わりが見えたもんじゃねえな……
「あ……はは……その言葉はグサッと来るなぁ……」
「ちょっともう! 余計なこと言わないで欲しいわねダイヤ! 羽鳥様に伸びしろ十分って言ってるのも、かなりキツくなってきてるっていうのに……!」
いや、それは最初から言い訳としてどうかと思う。
「……」
「……たまにあたしに向けてくる、あんたのその不愉快極まりない目つきはなんなのよ?」
「お前も苦労してんだなって、そう思ってな。羽鳥に気に入られようとして、すげえ頑張ってんだなって……ううっ……」
努力の方向性が間違いすぎてて、なんだか涙が出てきちまうぜ。
こいつの頭はお花畑だけなんじゃなくて、ろくな義務教育も受けてねえから……純粋なバカなんだなって。
「うっざ!? なんであんたに同情されなきゃいけないのよ!? ホントに減らず口ね!? 変わる前のあんたの方が可愛げがあったわよもう!」
「……」
「いきなり泣き止まないでよ!? さっきの完全に嘘泣きじゃない! それはそれでムカつくわね!?」
ハートも怒りっぽいし、羽鳥もそれを黙認してるから、覚醒に支障はねえってことなんだろうが。
感情って、よく分かんねえな。
「もう……あんたが来てから散々よ……」
あ、やべ、急に鼻がムズムズしてきた。
「わりいわりい」
「鼻ほじりながら謝らないでくれる!? 絶対その謝罪も嘘じゃない!!」
ハートを弄るのは面白えからいいけど、時々可哀想にも見えてくるから困る。
まるで俺が悪いやつみてえじゃねえか。
ていうか、こうなるといよいよ狩りで気を紛らわして、覚醒を気にしないようにするくらいしかないんだが。
手の施しようがねえな。
「てかさぁ、スペード達ってば10年前からまったく変わってないんだもん。覚醒しろだなんて羽鳥ちゃんは言ってるけどぉ、もう誰にもさっぱりぴーまんだよねぇ?」
「は?」
今、ダイヤのやつ10年前からまったく変わってないって言ったか?
それって、10年前にはダイヤもいたってことになるだろ。
「え……ちょっと待てダイヤ。お前がここに来たのは何年前だ?」
「んー? ぼくも10年前からここにいるけどぉ、スペードとハートよりは先に『獣の狩人』に入ったよぉ? ぼくは君達継承者の最初の先輩でもあり、一人だけ覚醒も済んでる気高き騎士様だよねぇ。もっと褒めてくれたっていいんだよぉ?」
ま、まあ、なんか可愛かったから撫でてやってもいいが。
なんか撫でたくなる謎の魔力があるな、こいつ。
「んーっ……えへへっ」
「って、そうじゃねえ! ダイヤがペンダントを拾ったのは2、3歳だったってことかよ!?」
危ねえ、サラッと話が流れそうになった。
ダイヤバイは伊達じゃねえ。
「えぇー? そんなわけないでしょぉ? そりゃ10年前に拾ったのは間違いないけどさぁ」
「いやいやいや! おかしいだろそれじゃ!? なんで10年前に拾ったのに、10年前の年齢じゃねえんだよ!?」
え、何言ってんだこいつ?
昔からここにいるっつってんのに、なんで幼少期にペンダントを拾ってねえ?
それじゃ時系列がおかしいだろ。
「あっ、あぁー! すっかり忘れてたよぉ!!」
「あぁ? ダイヤ?」
「そっか……そうだよね……僕もクローバーに教えるの忘れてたもん……」
「スペード?」
「あーそういうことか。あたし達にとっちゃ当たり前すぎて、うっかりしてたわね」
「ユニコーンまで?」
「なんであたしはハートじゃないのよ!?」
こいつらは得心がいったようだけど、俺にはさっぱりなんだが……
「ふっふーん、聞いて驚け見て死に晒しなさい! ダイヤの実年齢は22歳なのよ!!」
「……あ?」
こいつ今なんて言った?
お花畑の世界では、小学生の概念は成人を指しているのか?
義務教育を受けてないって言っても、人はここまでアホになる生き物なのか?
「お前……」
「あっ、また憐れみの目をしてきてさぁ!? そんなんじゃないってば! 本当にダイヤは22歳なのよ!!」
「はっ? ……ぁああああああああああああ!?」
いやいやいやいやいやいや!!
どう見ても小学生にしか見えないんだが!?
どこがどうなれば、この小っせえのが22歳なんだよ!?
「もぉ、人の年齢で驚くなんて失礼だよぉ?」
「ちょっと待て! いや、だいぶ待て!?」
ハートが嘘ついたんじゃねえのかよ!
「【極楽衝動】は光の速度って言ったけどぉ、あれは抑えてその速度なんだぁ」
「抑えて……? 弱くして、光の速度を出してるってのか?」
「うん、それ以上も一応は出せるよぉ。じゃあ、ここで問題! 人が光速以上で移動したらどうなるかなぁ?」
時間が歪むとか、戻るとかっていうのは有名だし、俺も知ってるが……
「マジかよ……」
「あと、光速で移動するってだけでも不備が出るんだよぉ。歳を取れなくなったりねぇ」
「えぇ……」
さっきの違和感に、今更気付いてきた。
(前世で戦っていた時のぼくも、今の君達よりは年上だったよぉ)
「「も」って、そういう……」
じゃあ、さっきの俺は年上を撫でたってのか?
「すいませんでした……」
「え? なんで謝るのぉ?」
「いや、もうタメ口とか効かないようにするんで……でも、じゃ○りこを口に突っ込むのは、その、勘弁して欲しいっていうか……」
ダイヤは継承者の先輩だけではなく、人生の先輩でもあったようだ。
「あっははっ! クローバーったらぼくの歳を気にし出したのぉ? 実年齢は22でも、肉体も精神も子供のまんまだっていうのになぁ」
「あ、はい……」
もうダイヤの……ダイヤさんの顔もまともに見れなくなりそうです。
「んちゅぅっ」
「はっ!?」
突然、ダイヤさんに頬をキスされた。
「ぼくは君のことを気に入ってるんだからさぁ、そんなに畏まらなくていいんだよぉ。さっきみたいに、年下に接するみたいにしてくれていいからさぁ」
「そ、そうか?」
「気を遣われるのは逆に嫌かなぁ」
「……分かった、努力はしてみる」
何なんだよこいつらの経歴……
普通とかけ離れすぎてて、頭痛までしてきた。
――♧――
そんなこんなでダイヤの話も終わった後、あいつは獣狩りの夜に備えに行った。
(君達は全然気にしなくていいからねぇ。ぼくからしたら獣の相手をするなんて、赤ちゃんの手をぐりりんっ! って捻るようなもんだしぃ。外国での任務はほとんど待機ばっかりだったし、暇潰しに丁度いいんだよねぇ)
そうやって少年(少女?)らしい健気な笑みを浮かべながら、俺達に言葉をかけて行ってしまった。
言ってることは全然可愛いなんてもんじゃなかったが。
ぐりりんって……擬音がエグすぎるっての。
「あんたがあたし達に怪我させなきゃ、こんなことにはなってないのよ。反省しなさい!!」
「でもハート……あれは仕方なかったんだよ……?」
ダイヤだけに狩りを任せるっていうのは、流石に俺でも悪く思う。
いくら狩りが楽しいって言っても、人を殺すという重荷には違いねえからな。
「……悪かったな。でも、俺にとってはそれくらい羽鳥が許せなかったんだ。何日も監禁され続けて、正気を保ってられんのも無理な話だったんだよ」
「クローバー……」
「ふん!」
俺だって、好きで狩りに加担するわけじゃない。
獣になった人を狩って、覚醒して、羽鳥をこの手で殺すためにやろうとしてるんだ。
「っていうかよ、なんでお前らは羽鳥に従ってるんだ? こんなこと、好き好んでやってるわけじゃねえだろ」
「それは……そうだけど……」
「……」
仕方がないとはいえ、人格を変えた後の俺でも、獣を狩ることは避けられないのか? と思ってもいる。
もしも、この殺戮が覚醒に必要無いとしたら、俺達が狩りをする意味も更々無えんだ。
10年間獣を狩り続けてるこいつらも、そのことは頭にあるはずなんだよな。
(僕も最初は……獣を狩れなかったんだ……)
(それでも戦うしかない。あたし達は獣を戻す力じゃなくて、狩る力を与えられたんだから)
じゃなきゃ、あんな悲観的な台詞を吐いて、獣化してしまった人を狩ることに負い目を感じたりするわけがねえしな。
「僕は……羽鳥様に助けられたんだよ……? ハートだってそう……」
「獣になりかけてたあたしを、助けてくれたのが羽鳥様なのよ」
「獣になりかけただと?」
「だから、あの人のためならなんでもするわ。例えこの身を危険に晒そうが、人殺しの汚名を着せられようが……羽鳥様の目的が叶うなら、あたしは喜んで獣を狩るわよ」
羽鳥は獣化に詳しそうだし、獣になりかけた人を助けられる奇跡を起こせたとて、何もおかしくはねえ。
獣になった人は狩ることでしか手が尽くせないけど、なりかけだったらなんとか出来るんだろう。
「でも俺は……羽鳥を殺そうとしてるんだぞ? お前らはそれでいいのかよ?」
「嫌……かな……二人が争う姿……僕は見たくないから……」
「羽鳥様が負けるわけないから、あたしはあんたの自殺を止めようなんて思わないけどね? でも、獣化を止めるためには継承者四人の力が必要なんだし、タイミングだけは考えて欲しいわ」
「……」
俺はどうすればいい?
この殺意を羽鳥に向けることはやめられないし、羽鳥も自分を利用しろと言っていた。
もう、こいつらを殺人集団と呼べないくらい、感情移入しちまってる。
自分を犠牲にしてまで、羽鳥に尽くすハート。
優しい声をかけて、手を差し伸べるスペード。
いつも楽しそうにしてて、悪戯好きのダイヤ。
全員弓月に似てるから、知らず知らずのうちに、俺はこいつらを好きになっちまったのかも知れねえな。
もちろん、羽鳥は含まれてねえけど。
「じゃあこうするか。もしも獣化を終わらせる前に、俺が羽鳥を殺そうと動いたら……お前らが全力で止めてくれよ。そうすりゃ俺も殺しに集中出来るし、お前らの要望も通るだろ」
「クローバー……」
「ふん、仕方ないわね」
俺は右手の小指を立てて、二人に見せるように腕を上げる。
「約束だ」
「うん……約束……」
「何よこれ。なんかあたし達、バカみたいじゃない」
歪な約束を交わしながら、俺達三人は小指を重ねた。
―― ――
「ハァ……ハァ……! ぐ、ああぁっ!?」
自室で一人、右肩を押さえながら、羽鳥は苦しみに耐えていた。
「く……! まだだ……!」
机に置かれ、開かれた手帳に何度も目を通しながら、羽鳥は気を紛らわそうとしていた。
そこに書かれた内容は、夜について。
その夜に、その時間に、何が起こるのかという出来事を示していた。
まるで、羽鳥が獣の出現を操作しているかのような予言だった。
「……っ」
革表紙の反りによって幾多ものページが捲られ、表紙裏で止まる。
開かれたその最後のページには、二人の少年少女が手を繋ぐ絵が描かれていた。




