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感情の色  作者: そつぼのろんしっし
乖離する運命 目覚める狩人
18/65

18.無力ゆえに

――♤――



「情……!!」


 目が覚めた僕は、医務室のベッドで寝かせられていた。

 そして、起きてすぐに理解した。

 僕は、情を止められなかったんだと。

 僕のように感情の檻に囚われて、ずっと辛い思いをしてしまう。

 獣化を終わらせるためには、情の心を怒りに慣れさせるのは仕方のないことだけど……それでも!!


「僕は……! どうしてこんなに……無力なんだよ……!」

「よお」


 僕の耳に、ふいに声が届いた。

 幻聴とさえ思うほど、その呼びかけは知り合いに話しかけるようなトーンで、呆気なく。

 本当に、気軽なものだった。

 僕が返事をするのも忘れるほどに。


「さっきぶりだな、スペード」


 僕が寝ているベッドの真隣に、包帯でぐるぐる巻きにされて、複数のチューブで繋がれている情が寝転がっていた。

 全身に巻かれた包帯の下は、薄っすらと黒かった。

 内出血……または打撲痕?

 でも、声から察するに、命に別状はなさそうだった。



――♧――



「やめろォッ!!」


 あの時、羽鳥に殺されるかと思ったが……


「……!?」


 羽鳥はそのまま俺の体を左肩に抱えながら、扉に向かった。


「お前何を……!?」

「先程君に使った力は、残滓(ざんし)だ」


 その言葉に、言いようのない何かを感じた。

 恐怖、憎悪、殺意、どれにも当てはまらない何かだ。

 俺を吹き飛ばしたあれは、羽鳥の本当の力じゃない。

 それを「残滓(ざんし)」という一言だけで、十二分に分からされた。


「ク……ソがッ!!」


 今の俺じゃ、羽鳥に勝てない。


「……情」

「あぁ!?」

「君は今まで以上に強くなれる」

「!」


 あの二人に守られていただけの、羽鳥の力が底知れない。

 何故あいつらが従っているのか分かった。

 単純なことだ。

 それは……羽鳥が全てを凌ぐ、圧倒的な強者だからだ。

 羽鳥の「残滓」という言葉に、俺が感じた言いようのない何かは、強者に対する屈服そのものだった。


「私を殺すために、私を利用して強くなれ。それが、負けた君へと科すペナルティだ」

「チッ……」


 俺が……


「チクショウ……!」

「さあ」


 羽鳥を殺すためには……


「クソがッ!」

「どうする?」


 こいつを知る以外、他に方法は無え。


「ああ分かった! 分かったよ!? てめえを殺すにはそれしかねえんだろ!?」

「……それでいい」


 俺は半ば自棄(やけ)になりながらも、天使のフリをしている悪魔のような人間と、契約を結んだ。



――♤――



「じょ……クローバー……?」

「あ? なんでわざわざ呼び方を変えやがる。俺を気安く情と呼びやがる羽鳥の野郎は気に食わねえが、お前に呼ばれるのは別になんとも思わねえ」

「あぁっ……! あああああ……!!」

「だから、クローバーって呼ぶな」


 嬉しかった。

 もしも情が僕達に勝ってしまうとしたら、その後は羽鳥様と戦うことになり、負けることになるのは必然だったから。

 何事もなく、情が無事でいてくれただけで……


「お前とハートを殺すつもりはなかった。なんでだろうな? なんでかって言われてもよ、俺にも分かんねえんだよな」

「クローバー……」

「あのな、情って呼んでもいいって俺が言ってんだ。今更お前に気ぃ遣われるのは逆にうぜえっての」


 羽鳥様はこれ以上、情を甚振らずに心をちゃんと生かしてくれたんだ。

 目覚めた怒りで形は変わってしまったけれど、それでも情の優しい心は残されたままだ。

 でも……だからと言って、僕なんかが面と向かって、君の名前を気安く呼べるわけがないんだ。


「ごめん……」

「俺と戦ってた時は情って呼んでたくせに、よく分かんねえやつだな?」


 だって、君は……



――♧――



「あーもう嫌になるわ! こんなところ男臭すぎて、戻ってくるのも億劫になるわね!!」


 チッ。

 また口だけが達者な、クソ雑魚クソ女のクソハートが戻ってきやがった。


「クローバー! よくもあたしの腕を深く斬り刻んでくれたわね!? トイレだって面倒臭いし、痛いし、不便極まりないわ!!」

「おいベッド蹴んなよクソハート!! 壊れたら弁償すんのお前だからな!? 後で請求されて泣きを見ても俺は関係ねえからな!!」


 俺が羽鳥に抱えられ、医務室に連れて来られて寝かせられたパイプベッド。

 それをクソ女はゲシゲシと平気で蹴ってきやがる。


「そんな下らないことはどうだっていいのよ! あたしはねえ!? クローバーのあんたよりよっぽど怒ってんのよ!!」

「うおっ!? 馬鹿か危ねえっつの!!」


 このメスゴリラめ。

 俺が飢餓状態のまま何日も生き残れたのも大概おかしな話だが、なんで腕を斬られてこんなに元気でいられんだよ。

 羽鳥信者のくせに、俺が寝てるベッドを散々蹴りやがって!

 あいつの意に反するようなことしていいのかよ!?


「死ね!!」

「お前いい加減に……!」

「何? 文句があるなら言ってみなさいよ? 羽鳥様にノされたかわいそーーーーーなクローバーさん?」

「ああ!?」


 さっきの戦いで仮面が外れて素顔は見えていたが、改めて見てみるとやっぱこいつの顔面はムカつくな。

 クソうざい性格と同じで、強気そのものでございって顔してやがる。

 俺にその汚え面を近付けてくんじゃねえ。


「喜びを司るんだったよな? だったら、俺に命を奪われなかっただけでも、喜んで媚び(へつら)いやがれクソ女!」

「はぁ!?」

「てめえが今こうやって満足に口利いてられんのも、俺の広大過ぎる器で成り立ってるってこと、忘れてんじゃねえぞ!?」

「むきぃー!!」


 ハッ、地団駄を踏んで顔を真っ赤にしてやがるぜ。

 流石にこれを言われちゃあ、ベッドを蹴るような真似は出来なくなるわな。


「まるで猿だな」

「うっさいボケ! 髪の毛に付いた血も落とせない、不器用赤黒ヘドロ男め!!」

「お前の髪の毛もギラッギラのピンク色だろうが! ピンク髪ポニーテールとか、俺がヘドロならお前は差し詰めユニコーンだなぁ!?」

「誰がユニコーンよ!?」


 まさに頭ぱっぱらぱーのお花畑な部屋にお住まいになさってる、メルヘンチックなクソハートお嬢様にお似合いのあだ名だな。

 遊園地の回る台座に串刺しにされて、馬車馬のように一生働かされてろ。


「……あ?」


 そういえば、羽鳥も白くて長い髪を後ろに束ねてたっけか。


「え」


 いや、いやいやいやいや。

 いくらハートが脳内お花畑で羽鳥に心酔してるからって、髪型まで一緒にするとかちょっと、うわぁ……


「ハート、お前……」


 コイツが少しだけ可哀想に思えてきた。


「な、何よ。あたしのユニコーンが……じゃなくって! ポニーテールが気になって仕方ないのかしら? この童貞!!」

「チッ、男子高校生が気にする所にズカズカと踏み込んで来やがって……!」


 はあ。

 やっぱり『獣の狩人』に正式に入るなんて言うんじゃなかった。

 この全身の怪我が治って、絶飲食で失った筋力を取り戻すまで、このクソアホ女と一緒の部屋なのは死ぬほどめんどくせえ。

 てか、もう死にてえ。


「あはは……クローバー……性格も口調もすっかり変わっちゃったね……」

「おかけでウザさが三倍増しになってウッザウザよ! まったく!!」

「お前それ……!?」


 こいつ、俺が赤い力を使うからって普通三倍とか言うか!?

 シャ○専用継承者とか、ダイヤやこいつなんかに言われるのはそれこそめんどくせえぞ!!

 だが待て。

 ここは一旦落ち着いて、合理的にユニコーンを黙らせるとしよう。


「暴れてえなら好きなだけ暴れてればいいがな、こっから出て一人で勝手にやってろよ。ヒンヒンうるせえユニコーンさんよ?」

「まぐれであたしらに勝ったくらいで調子に乗りやがってぇ……!! ぐぬぬぬぬぬぬっ!!」

「ハート……? クローバー……? そろそろ喧嘩はやめようよ……二人とも傷が開いちゃうよ……?」

「うっせえよ、クソ共が」


 こいつはこいつで優しすぎんだろ。

 なんで命に関わるような危ない目に遭ったっていうのに、俺なんかを気にかけてくれんだよ?

 スペードを生かしたのは実際のところ、温情だと認めてやってもいい。


 だが、ゴキブリから生まれたユニコーンのクソハートを生かした理由は違う。

 この頭真っピンクバカは、弄ぶために生かしただけだ。

 俺が勝ったという事実は覆らねえ。


「いくら俺が怒りに囚われてると言われようが、ゴキブリを始末してやった恩を仇で返したこと、絶対に忘れてやんねえからな!」

「ちっさ!? こいつ器ちっさ!!」

「んだと!?」

「まあまあ……二人とも落ち着いて……」

「お見舞い持ってきたよぉー!!」


 ダイヤが医務室のドアをバンと開けて、白いレジ袋二つを両手にぶら下げて来やがった。

 てかこいつ、俺達が戦ってる間にコンビニ行ってたのかよ。

 いや、そんなことよりも問題なのは中身だ。


「な、なあ。それ……」

「ん? おぉ、起きてたんだねぇクローバー。回復も早そうだし、こりゃあ任務への復帰もすぐだねぇ」

「もしかしてそん中に入ってんのって……」


 怒りで多少なりとも我を忘れていたのは事実だが、一つだけ鮮明に覚えていることがある。


「じゃ○りこがどうかしたのぉ?」

「じゃが○こだけは勘弁して下さい!!」


 傷だらけの体をすぐさま折り畳み、情けなく土下座する俺。

 ただのスナック菓子なんかに、トラウマを植え付けられちまった。


「えぇ、美味しいのにぃ」


 お前のじゃ○りこには、美味しくもなんともねえ苦い記憶しかねえっつの。


「ぷふーっ! アホクローバーの弱点、見つけたり!!」


 (かたわ)らでヒステリックブスがなんか言ってるが、気にしないでおこう。



――♧――



「さっきの戦い、ぼくも混ざってよかったのかなぁ。でも、お菓子買わなきゃいけなかったしなぁ」


 ダイヤはお見舞いのために持ってきた菓子を一人で平らげながら、ベッドに座っている俺らを無視して独り言を吐く。

 てかそれ自分用なのかよ、お見舞いはどうした?


「ダイヤ……僕にもちょっとくれるかな……?」

「えぇっ!? ぼくからお菓子を取るつもりぃ!?」

「あっ……ごめん……!」


 だから……お見舞いで持ってきたんじゃねえの?


「にししっ」


 あ、こいつ、スペードの慌てる反応を見て楽しんでるだけだな?

 弓月みてえな趣味してやがる。

 あいつもよく悪戯するんだよな。


「それにしてもクローバーさぁ」

「んあ?」

「よく怒りに飲み込まれなかったよねぇ? スペードも心配してたのにぃ」

「ダイヤ……! それは言わないでって……!!」


 そうなのか、やはりスペードを生かした判断に間違いはなかったな。

 ユニコーンだけは始末すべきだったと後悔してるが。


「ハッ。いいや、俺は飲み込まれた。飲み込まれたが、食らい尽くし返して、力に変えて……羽鳥をブッ殺してやろうと考えてただけだ」

「ふぅーん?」

「あいつも言ってただろ? 心の底から怒りを引き出せってよ。俺の心は怒りを生む前に、萎縮しちまってたからな。だから閉じ込められてる間に自分を見つめ直して、根本から作り変えたんだよ」


 あん時の俺は何日も時間をかけてまで、普通のままでいたかったのかも知れねえな。

 だが、もう変わってしまった。

 変えてしまった。


「逆にお前らが感情を行使して、力を使いこなし始めたきっかけはなんだったんだよ?」

「やっぱ、そういう話になるよねぇ」


 俺は不慣れだった怒りに慣れることで、強力な力を解放することができた。

 なら、こいつらは?


「あたしは……」

「お前はいいや。どーせぬいぐるみに囲まれて、あてくししあわせーって感じだろ?」

「なっ!?」


 図星だな。


「なんでよ! ここはあたし達がどうやって力を目覚めさせて、どう使いこなしているのかを聞くところでしょ!? あたしの話もちゃんと聞きなさいよ!!」

「いや、なぁ。あの部屋見れば誰でも……なぁ?」


 頭くるくるぱーなヒステリック女の程度なんて、たかが知れてるわ。


「クローバー……ハートはね……ペンダントの力が目覚めて戸惑ってたところを……羽鳥様に拾われたんだ……」

「あっ、スペードぉ!」


 まあ、大体は予想の範疇だな。


「羽鳥様に拾われたことで……ハートは初めて心から喜びを司ることができたんだ……それがきっかけだよ……?」

「自分で言いたかったのに、スペードのばか」


 ショボンとするハートに、慌てるスペード。


「あっ……! ごめんよハート……!!」

「いいわよ、別に。気にしてないよーだ」


 今度はツーンとして、スペードにそっぽを向く。

 忙しいやつだな。

 面倒くさいとも言う。


「このままじゃ話が進まなさそうだし、ぼくが代わりに教えてあげるよぉ。ハートは分かりやすいけど、スペードの話は……」


 助かるぜ。

 スペードの過去は、かなり気にな……


「僕の話はしなくてもいいでしょ!? やめてよダイヤ!!」


 俺達の話を(さえぎ)るスペードの大きな叫び声が、医務室を静寂で覆い被せた。


「……どうしたんだよ、スペード?」

「あっ……」


 大きい声で叫んだのは自分なはずなのに、スペード自身が一番驚いていた。


「ごめん……」

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