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感情の色  作者: そつぼのろんしっし
乖離する運命 目覚める狩人
17/65

17.圧倒的な強者

―♡―♤―



「邪魔だぁああッ!!」

「うぅ……!!」

「くぅっ!? 二人でも手に負えないなんて!!」


 スペード達は二人がかりで情の相手をするものの、荒々しい猛攻と【赫怒】で避ける攻守一体の動きに、困窮(こんきゅう)させられていた。


「武器を持った獣を……! 相手にしてるみたいだ……!」

「攻撃が全然当たらないわよ!?」


 二人は全身に切り傷を負いながらも、なんとか致命傷だけは避けていた。


「これが……! クローバーの本当の強さ……!?」

「うっ、ぐぅっ!!」


 前に戦った時とは比べ物にならない情に、二人は疲弊を顔に出す。



― ―♢―



「あららぁ、二人ともあの強さに苦戦しているようだねぇ。獣を殺すことにすら怯えていたクローバーと、今のクローバーは別人なんじゃないかって思うくらいに見違えたよぉ」

「戻ったか、ダイヤ」


 現れた獣の討伐をするため、外国へと赴いていたダイヤは任務を終わらせて、アジトに帰還した。


「羽鳥ちゃんはさぁ、怒りを支配したクローバーに、彼らが勝てると思うのぉ?」

「……クローバーの様子を見るに、前回はペンダントにより無理矢理怒りを引き出されていたが、今回は違う」

「へぇ?」

「恨みや憎しみ、苦しみといった様々な感情が彼奴の心の形を変え、そして殺意の怒りを生み始めた」


 監禁による日々により、情の心は崩壊しかけた。

 だがしかし、不慣れだった怒りの感情を強めることによって、情は生き延びる活力を得た。


「ぼくの忠告を押し通してまで、この部屋に閉じ込め続けたもんねぇ? 心の形を変化させて、怒りを自分から作り出し始めたのはいいけどさぁ……あれは荒療治だよねぇ」


 嫌味を含めた言い方をするダイヤに、フッと笑う羽鳥。


「だが、彼奴は他の感情を淘汰してまで怒りだけを見据え、更なる力を発現させた。三人とも未覚醒ではあるが、同じ未覚醒の能力でもクローバーは別格。スペード、ハートの二人に勝てる見込みは……」


 羽鳥は首を左右に振り、(ことごと)くを否定する。


「万が一にも無い」

「これもお見通しだったのかなぁ、羽鳥ちゃん?」

「否、信じていただけだ。裁情という男をな」


 ダイヤの質問に返ってきた答えには、確実性など微塵も無かった。

 羽鳥も最悪の場合、情が死にかねないとも考えていた。

 それでもこの方法を押し通したのは、羽鳥が情を信用していたからだった。


「君に信じるという言葉を簡単に言わせるなんて、やっぱりクローバーは面白いなぁ」


 獣のように戦う情に、ダイヤはご機嫌になる。

 そんなダイヤを見る羽鳥も、仮面の裏で薄っすらと笑っていた。

 やはり、旧知の仲を感じさせる絆の糸が、二人の間で固く結ばれていた。


「ふふっ」

「フッ……いつも楽しそうだな、君は」

「楽しいという感情を司る継承者が、ぼくのお役目で御座いますのでぇ」

「ああ、そうだな。ダイヤの継承者よ」

「うん。ボクは……ダイヤ、だからね」


 くるくると水の中で遊泳するイルカのように、ダイヤは空中で浮遊しながら回転する。


「んじゃまぁっ、ぼくはお菓子でも買ってくるかなぁ。羽鳥ちゃん、くれぐれも……」


 そのままの姿勢でふよんと浮かびながら、部屋の出口へと向かうダイヤ。

 その顔は仮面で隠されてはいるが、誰もがどんな表情をしているのか察することが出来るものだった。


「誰も死なせないようにね」


 何故なら、可愛げのあるダイヤの声は一変して、迫真一色に塗り変わったからだ。


「……ああ」



―♡―♤―



「お前らのぬるい戦い方じゃ退屈極まりねえんだよ! 大人しく羽鳥を差し出しさえすれば、痛みもなく苦しまずに済むってのになぁ!?」


 赤い血のメッシュが数束入った黒髪をガシガシと掻き毟りながら、イラついて血走った目で二人を睨む情。

 スペードからすれば、それは起きて欲しくなかった最悪の結末だった。

 情に宿る心は既に崩壊し、理性の蓋という感情のリミッターなど、とうに外れているように見えた。


「クローバー……なんでこんなことに……」


 激昂に溺れた情の性格は、怒り狂う獣のように変貌した。

 スペードが危惧していた、怒りに飲み込まれて囚われるという懸念が現実となってしまった。


【「僕が……もっと早く羽鳥様を説得出来れば……君の心を歪ませてしまうことなんて……!」】

「危ない!!」


 情のあまりの変わりように後悔し、自分の無力さに怒りを表してしまったスペードに、赤い大剣の刃が迫り来る。


「え……!?」

「お前がそうやって油断するのはなぁ!? 【赫怒】で見えてんだよ!!」


 油断なく警戒していたハートが呼びかけるものの、スペードの反応は大きく遅れをとってしまった。

 スペードは驚愕したまま体が固まり、動こうにも動けない状態だった。


「スペード!!」

「あっ……!」


 肉が、切り裂かれる。


「ぐっ、うぅぅうううぅああッ!!」

「ハート……!?」


 だがしかし、その剣を受けたのはハートだった。

 情から少しも目を離さずにいたハートは、危機に晒されたスペードを庇うために、二人の間に飛び込んで捨て身の防御を選んだ。


「スペードを斬る気だったでしょ……!? そんなこと! あたしがさせるはずないでしょうが!!」


 腕をクロスして防御体勢を取っていたが、防ぐために構えていたその腕……特に右腕を、大きくバッサリと撫で斬りにされてしまう。

 情の狙いが外れたのが幸いし、まだ軽い振りの状態でハートは斬撃を食らったため、致命傷にはならなかった。


「く、あっ」


 だが、命に関わる致命傷にならなかっただけで、深い傷を付けられてしまったハートの右腕は、まるで噴水のように血を飛ばしていた。


「ハッ、あーあー随分と痛そうだなぁ? お前がスペードを庇うのは見えなかったぜ、ハートォ!!」

「うっさい! せっかくあんたを解放しに来てやったんだから、いい加減に大人しくしなさいっての!!」


 弱いところを見せまいと、ハートは血が流れ出ている右腕を後ろに隠す。


「あ? 解放だと!? 今更都合の良いことばっか言ってんじゃねえぞ! お前らがここに閉じ込めなきゃ、最初から俺はこんなことしてねえんだよ!!」

「それはあんたの心が、獣を殺すことに負けてたからでしょうが! あんたを怒りに慣れさせて、クローバーの継承者として強くさせるためだったって、どうして分からないの!?」


 大きな傷を負わせられはしたものの、ハートは戦う意志を失うことは絶対にしなかった。

 むしろ逆に、情に食ってかかるほどの、心が折れない強さを見せつけた。


 顔に装着していたハートの仮面が、ずるりと外れ落ち、鉄の床と石のぶつかり合いが部屋に木霊する。


「なんで……! 僕なんかを……!?」

「スペード、油断しちゃダメって言ったでしょ? 二度目はないからね!!」


 仮面が外れたハートは、傷付いた右腕を痛む素振りも見せなくなり、後ろに尻餅を突いているスペードに、強い眼差しのままの横顔で笑み、明るく振る舞う。

 スペードを激励する言葉を投げかけるハートだったが、それでもやはり、情を警戒する目だけは一瞬たりとも離さない。

 そんなハートの、大きくも華奢な背中を見せつけられたスペードは、庇わせてしまったことを悔やんだ。


「ごめん……」

「気にしなくていいわ。それより、アレをやるわよ」

「でもハート……!? 君の腕が……!!」

「あたしのことは構わないで。予想外な動きをする相手にはアレしかない! あたし達は……!」


 好戦的な表情を、不敵な暗い笑みへと変えるハート。


「勝つ!!」

「ハート……」


 ガクガクと笑う膝を黙らせて、しかと立つ彼女は咆える。

 いつもハートに叱られるが、それは悲観的な自分のために行なっていることを十分に理解しているスペードも、檄する彼女と共に覚悟を決める。


「分かった……!」


 ハートの強い意志に奮い立たされるスペードは、自分を情に晒したくないという仮面を捨て去り、後悔をも拭い去った。

 スペードも、ハートと同じく白い仮面を外すことで、決意を胸に抱いた。


「僕は……! 君を……助けるから……!!」


 スペードは右足に装備した青い刃を隠すように、クラウチングスタートの姿勢を取る。


「雑魚のお前らがいくら努力しようと、俺は必ず隙を突く! 勝負はもう決まってんだよ!!」


 ヘラヘラと、無力な二人を情は嘲笑う。


「情……!」

「俺を!」


 情は大剣を荒々しく大雑把に構え、隙を突くための反撃の備えを完了させる。

 反対に、スペードは全神経を研ぎ覚ませて、ブーツの靴跡を鉄の床に刻み、跳ぶ。


「行くよ……!!」

「諦めろ!!」


 スペードは全速力のスピードそのままに、空中で右回転の後ろ蹴りを繰り出す。

 右足の踵に作り出した青い刃が、情の側頭部に凄まじい速度で襲来する。


「ハッ、そんな攻撃見えて……ッ!?」

「ナイス死角よスペード!!」


 そのスペードの後ろ蹴りと同時に迫り来る、もう一つの打撃。

 青とピンクの、異なる色の脅威を、情の視覚が捉えた。

 スペードの死角となった陰から、血が噴き出ている右腕で振るったハートの鞭の渾身の一撃が、情の左脇腹を叩くために、スペードの後方から回り込んでいたのだ。


「避けても防いでも無駄! 【狂喜】!!」

「チィッ!!」


 スペードの蹴りを後ろや横に避けても鞭打が、蹴りや鞭を防いでももう片方が迫り来る。

 攻撃の隙を突こうとしていた情に、隙も容赦もない二段構えが襲いかかった。



――♧――



 隙のない左右からの二段構えに、情は圧倒された。

 その攻撃に、一振りの大剣では対応しきれなかった。


「じょ……戻……ぅ……」

「う、ぁっ……」

「狙いは良かった。【赫怒】を使う暇もなかったし、お前らはよくやった方だ」


 しかし、倒れたのは情ではなかった。

 二人が繰り出した二段構えを、情は防いでいた。


「だが、俺が大剣しか使えないと思い込んだのがそもそもの間違いだ」


 交差する刃の大剣を左右に分けた、二対の双剣。

 赤の光で形作られ、湾曲している刃のショーテルを用いて。


 獣を狩ることに長けるということは、相手の行動等に合わせ、武器の形状を変えられる意味も含まれている。

 そして、人と獣は表裏一体。

 クローバーの継承者は、人を狩ることにも長けていた。


 不可避、そして防御不可だと考えていた二人は、意表を突いた反撃に動揺してしまい、情はその隙を突き勝利したのだった。


「お前のために戦ったこいつらは倒れたぞ、羽鳥」

「……」

「安心しろ、殺してはねえ」


 情は二段構えの攻撃を防いだ後、一瞬のうちに二人の首の後ろを柄頭(つかがしら)で打ち抜き、気絶させた。

 二人の体には多数の切り傷が付いていたが、決着を付けたのはその打撃だった。


「お前だけは許さねえがなッ!!」

「例え君が『完全な獣』を出現させたとしても、私以外には止められない。黒幕を始末出来なくなり、そうなれば人類は滅んでしまうのだぞ」

「……決めたんだよ。俺が全て殺すと」

「君が『完全な獣』を、殺す?」


 怒りによって生まれた情の信念に、羽鳥は珍しく驚きを見せる。


「フッ。私に勝てるのなら、そうすればいい」

「言われなくても……!」


 両手に握った二本のショーテルを羽鳥に向け、その首を取ろうと情は殺意を放つ。


「ブッ殺す!!」

「見せてやろう、私に残された力を」



――♧――



「……は?」


 気が付けば、俺は全身に打撲痕を負いながら吹き飛ばされ、鉄の壁にめり込んでいた。


「何をっ……した!?」


 羽鳥の姿が一瞬ブレたと思ったら、俺は後方の壁まで吹き飛ばされていた。

 【赫怒】を発動する間もなく、羽鳥の動きを目視することさえ叶わなかった。


「ふむ。やはり未覚醒では、私の姿を捉えることもままならないか」

「……!」


 足りない。


「君は十三日間の監禁によって、感情を生み出す心の形を変え、怒りに順応した。だが、覚醒には程遠い」


 まだ、足りない。


「怒りに順応し、感情に寄り添うだけではな。その状態では、覚醒した力を行使することなど到底叶わん」


 この圧倒的な強者を殺すには、怒りがまだ。

 感情(ちから)が足りなかった。


「覚醒ってのは……一体何なんだよ!?」


 羽鳥にも、父親にも、獣化にも、獣にも、全てに対して怒りを持ったっていうのに、足りなかった。

 俺の中で産声を上げた、最も強い怒りを以ってしても、それでも足りなかった。

 何が不足しているのかが分からなくなってしまった俺は、取り乱した。


「俺はお前の言った通りに! 殺意の怒りを引き出したんだぞ!?」

「そのような()()な怒りでは、ペンダントの力を十分に引き出すことなど不可能だ」


 雑多。

 羽鳥にそう一蹴される、俺が自分の心を煮え続けさせた十三日。

 限界まで沸かし、煮詰め、焼き溶かし、余分な感情を霧散させた結果、たった一つだけ残った殺意の怒り。

 怒りに囚われていると自覚していながらも、それでもその感情が見せてくれる道だけを信じていた。

 俺にはもう、それ以外に信じられるものがなかった。


 だがしかし、羽鳥には及ばなかった。

 足元にすら及ぶことはなかった。


「君にはペナルティを与える」


 壁にめり込んだ俺に、羽鳥が手を伸ばす。


「やめろ……!」


 俺は、足りなかった。


「やめろォッ!!」


 羽鳥を殺せなかった。

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