表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
感情の色  作者: そつぼのろんしっし
乖離する運命 目覚める狩人
16/65

16.殺される自我

――♧――



「う、うぅぅ……腹が……減った……」


 あれから俺は、三日間も置き去りにされていた。

 何も飲まず食わずで、俺以外誰もいない孤独な環境。

 頭がおかしくなってしまうんじゃないかって、何度も思った。


「寒い……寒い……」


 今まで感じたことのない孤独を誤魔化すように、ガチガチと歯と歯が互いを打ち合う。

 寒くなる心、それに連なって冷たくなっていく体。

 じわじわと近付いてくる、死神への凍りつくような恐怖。


「あがっ……」


 生きるために鉄の床に歯を立ててみたけど、腹の満たしにもなりはしなかった。



――♤――



「羽鳥様……!」


 街に出た獣を狩り終えたスペードは、アジトに帰還してすぐに羽鳥の部屋の扉を叩いていた。


「スペード、何かあったか?」

「い……いや……!! そうじゃなくて……! そうじゃないけど……!!」


 獣を狩る日々が日常となっているスペードは、ずっと監禁されている情のことを危惧しながら戦っていた。

 自分はどうすれば、どう動けば、どう言えば羽鳥を説得出来るのか。

 情をこのままにしておいたら、死んでしまうんじゃないかと考えて。


「クローバーの……ことだけど……」

「彼奴がどうした?」


 まるで「何か異常があったのか?」と言わんばかりの羽鳥の様子。

 昔はこんなに惨いことをする性格じゃ無かったはずなのに、スペードはその歴然たる非情な差に恐怖を覚えた。

 それでも、彼が怯えている暇はない。


「なんで……三日もご飯すらあげずに……! ずっとあの部屋に閉じ込めてるの……!? こんなこと続けてたら死んじゃうよ……!!」

「……スペード。君なら、彼奴を閉じ込めている意味など分かるだろう。話は以上か?」


 冷たく(あし)らわれ、スペードは動揺する。


「だって……このままじゃ本当に……!」

「スペード!」


 スペードと同じように狩りに出ていたハートは、帰還した直後にその言い合いを聞きつけ、二人の間に割って入った。


「羽鳥様に失礼でしょ!? 何考えてるの!!」

「でも……! クローバーは……!」

「心配には及ばない」

「え……?」


 無機質一辺倒な対応だった羽鳥が、今度は優しげな声をかける。

 あまり自分の意見を通さないスペードの珍しい訴えに、フォローが必要だと判断したからだ。


「裁情なら、死なないさ」


 その優しさは、以前となんら変わっていなかった。



――♧――



 閉じ込められて、既に一週間が経っていた。


 こんなに腹が減った時は、そうだなぁ、肉が食いたいなぁ。

 肉か、肉はどこだ?

 どこにあるんだ?


「あ?」


 ぷらんと垂れ下がっているご馳走が、目に入った。


「んぐ、あぁ!?」


 食える。

 細くなりかけていて不味そうだけど、食えそうな肉が俺の目の前にあった。

 ずっとあったじゃないか。

 まだ、食える。


「ガアアアアアアアァッ!!」


 腹を満たそうとしただけなのに。


「イっ……! づアァ!?」


 獣に爪で足を抉られた時……いや、あの夢で頭を喰われた時に似た痛みが、フラッシュバックさせるように全身に走った。

 なんだ?

 俺はただ、目の前の肉を食おうとしただけなのに。

 なんで、なんでこんなに痛い?


「え……?」


 違う、食い物じゃない。

 これは食っちゃダメだ。

 その肉は俺の咀嚼によって赤い液体を噴き出し、べったりと濡れていた……


「ああっ……! あああああああっ!?」


 俺の腕だった。


「あああああああああああああああああッ!!」


 俺は一体……どうしちゃったんだよ?


「なんぇ、俺! ぁあ……!!」


 心が歪んで、壊れ始める瞬間が、まさにその時だった。



― ―♢―



 情から取り上げていた片割れのペンダントを手にしながら、自室のモニターにて、羽鳥は囚人を監視していた。


「ねぇ、羽鳥ちゃん?」

「……ダイヤか」


 音も鳴らさず、いつの間にか部屋に入っていた、神妙な面持ちのダイヤから声をかけられる。

 しかし、羽鳥もその気配には気付いていた。


「あの大人しいスペードがさぁ、君に直談判したんだってぇ? 珍しいこともあるもんだねぇ」

「負い目を感じているのだろう、自分の不甲斐なさに」

「へぇ……? あの子も薄々勘付いてるんじゃないのぉ? クローバーが本当に死にかけてるって。なんで説明してあげないのさぁ?」

「ふむ、だが問題は無い」



――♧――



「ぅ……」


 あれからどれだけの……

 もう、何も考えられなくなって……


「ゅ……っ」


 頭に血が回らなくなってきて、一ミリも動けない。

 動こうとも思わない。

 動けるはずがない。


「ゆ…………づッ、ぃぃい……も、ぉ……殺ぃ……」


 震えもいつの間にか止まっていて、生きているのか死んでいるのか分からないくらい、俺は錯乱しきっていた。

 削られ続けて死を願う俺の内側で、ブツンと擦り切れる音がした。



― ―♢―



「惚けるなよ……ッ!」

「……」


 黄色の光を目と髪に宿すダイヤは、地団駄を踏み、コンクリートの床を靴底で砕く。

 気軽に話しかけた明るい声から一変し、厳格な人格にすげ替わったダイヤは羽鳥を責め立てる。


「クローバーが死ねば、果たすべき目的が達成出来なくなるということを忘れたのか!? ボクらには割れたクローバーの力が必要なんだぞ!? それがどういう意味か分かって……」

「もちろん、理解している」


 生返事にイラついたダイヤは声を荒げ、羽鳥の目前のモニターが設置されている机を叩く。


「なら何故、じわじわと彼を嬲り殺すような真似をしている!?」


 叩かれた机は足が折れかけ、天板には亀裂が入る。

 ダイヤの怒りの度合いは、机の破壊具合にて確認出来た。


「獣を狩ることで得られる悦楽を生きがいとする君が、ここまで怒りに身を任せるとはな。君が彼奴の代わりに、クローバーの継承者になる方がいいんじゃないのか?」

「は? それは皮肉か!? そんなことが出来るのなら、ここまで苦労などしていない! そうじゃなきゃ、彼を戦いに巻き込むことすら!!」


 ダイヤは羽鳥の意図が分からなかった。

 旧知の仲である羽鳥と今まで行動を共にしてきたのに、二度目の監禁は羽鳥の独断の元で行われていたからだ。


 しばらく、沈黙してしまう羽鳥とダイヤ。


「……ペンダントは」

「……?」


 重い空気を先に破ったのは、羽鳥だった。

 羽鳥は目線をモニターの中の情から外しながら、ダイヤに目を向け直す。


「ペンダントは……既に割れてしまっている」

「……! 今、あなたが行っている所業は! クローバーの継承者を痛めつけているだけに過ぎない!! 獣化を終わらせるんじゃないのか!?」


 屁理屈を捏ねているようにしか見えない羽鳥を叱責し、目的を忘れてはならないという旨の叫びを吐き出すダイヤ。


「なんとか言ったら……!」

「こうでもせねば!!」


 そのダイヤの叱責を遮る羽鳥。


「こうでもせねば、割れたペンダントでは『完全な獣』に太刀打ち出来ないことなど!! 君も承知の上だろう!!」

「それは……」


 羽鳥は禍々しい気配を交えた怒りで、ダイヤを威圧せしめる。

 ごもっともな意見を言う羽鳥に、ダイヤは言葉に詰まらせられる。


「君は変わってしまったな、ダイヤ。私なんぞに関わってしまったからか?」

「……」

「だが、昔は敵の一人だった君が忠義を誓い、協力してくれるのは素直に嬉しいよ。安心してくれ。『獣の狩人』の目的だけは……私が叶えてみせるから」


 ダイヤの前で仮面を外しつつ、その寂しげな笑顔を羽鳥は見せる。


「ボクは変わってなんかない。無計画に獣を屠り続けることよりも、あなたと行動した方が有意義だと思っただけだ。だけど……」


 画面に振り返って仮面を付け直す羽鳥の背中に、ダイヤも背中を合わせ、二人は支え合う。


「その顔は、ずるいよ……」

「……すまないな、ダイヤ」

「ボクらの目的のためには……んんっ。クローバーの力もそうだけどぉ、羽鳥ちゃんの力も必要不可欠だってこと、忘れないでよねぇ?」


 咳払いをしつつ、普段通りの話し方に戻っていくダイヤ。

 その様子に、羽鳥も密かに胸を撫で下ろす。


「あぁ、肝に銘じておく」



――♧――



 閉じ込められてからどれだけ時間が経ったのか。

 何もかもが鬱陶しくなって、時計も見なくなった。

 そんなの、どうでもよくなってきていた。

 擦り切れた音がしてから、自分の心臓の鼓動以外の音は聞こえず、俺はたった一つの疑問だけに焦点を当てて考えていた。


 人が人じゃなくなってしまう瞬間って、どんな時なんだろう?

 復讐を誓った時?


「羽鳥」


 信じてくれた人を裏切る時?


「継承者」


 呪われたと知った時?


「ペンダント」


 大切な人を殺めた時?


「獣」


 俺はもう、答えを掴んだ。


「ハッ!」


 全部だ。


「こ……てやる……!」


 全部……全部、全部!

 全部全部全部……ッ!!


「殺してやる! 殺す殺す殺すゥァアアア!!」


 羽鳥、羽鳥!

 羽鳥羽鳥羽鳥ィィイイイイイッ!!


「父さ、ぁ……!」


 俺と母さんを置いて、出て行った父さんも……!


「じゅぅ、化ァ……!」


 獣化のせいで、弓月が獣に襲われた世界も!


「……ぇ、もの!」


 人を喰う獣も!!


「……さ……ぇ!」


 俺をこんなところに閉じ込めた上に、弓月を危ない目に遭わせようとしている身勝手な羽鳥も!!


「ゆる……さ、ぇ!!」


 そして、忌々しいペンダントに選ばれてしまった自分の運命さえ……


「許さねえッ!!」


 憤怒の炎が、俺の心を燃やし尽くす。


「ガァアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」


 殺意を心に刻み込み、二匹の獣の次に殺したのは、自分自身だった。



――♧――



「ようやくか。十三日も待たせてくれるとはな」


 扉が開いた。

 待ちに待った瞬間、とうとう獲物が来た。


「羽鳥ィ……!!」

「しかし、飲食禁止の状態でそこまでの長い日数を生き延びられたことは、賞賛に値する」

「ッるせえ!!」


 俺は唇を噛み千切り、ブチブチと血を滲ませながら、憎しみを込めた眼光で羽鳥を睨みつける。


「私が憎いか?」

「あぁ!?」

「なら試してみろ、君の力を」


 羽鳥が何かを握っていた左手を開くと、その手の中から吸い寄せられるように、ペンダントが俺の右手に収まって来た。


「お前だけは絶対に許さねえッ!!」


 砕けかねないほどに力強くペンダントを握りしめて、装飾で傷をつけられる俺の手の平。

 唇と同様出血したが、そんなものは知ったことじゃない。

 ペンダントが大剣に変わると同時に、羽鳥の首へと刃を振りかぶり、殺意の一撃をお見舞いする。


「クローバー……やっぱり……!」


 だが、羽鳥の陰に隠れていたスペードの刃の蹴りで、またもや前回と同じように阻まれる。


「またお前かァ! スペードォ!!」

「君は今……! 怒りに囚われている……!!」

「どけや平和ボケがァッ!!」


 人の目では捉えきれない速さの剣戟を繰り広げる。

 俺は大剣、スペードは靴に付けた刃。

 怒りに任せた俺の猛攻を、スペードはなんとか右足の刃で合わせて逸らし続ける。


「遅えッ!!」

「あっ……!?」


 余裕が無いスペードを見破った俺は、大剣の腹と柄を支えて横にし、そのまま突進する。

 鈍器を思い切り人に振るい、叩きつけた時に聞こえるような重い音が鳴る。


「ごぶっ!?」

「クズ野郎の言いなりのくせに、出しゃばってくんじゃねえよ!!」


 スペードの体勢が崩れた瞬間、続け様に足を引っ掛ける。


「あ……! うっ……!?」

「がぁああああああああああああああッ!!」


 そのまま大剣に全体重を乗せ、スペードを押し潰そうとするが……


【「【狂喜】!!」】


 スペードの危機に姿を現すハートが、加勢する形で俺の顔面目掛けて鞭を振るい、蛇のような不規則な攻撃を繰り出してきた。

 だが、そんな甘い攻撃は見切っていた。


「おらよォオッ!!」

「ぐ……ぅ……!」

「嘘!?」


 変則的な鞭の軌道を【赫怒】で予知していた俺は、スペードごと大剣を踏み台にして飛び上がり、その搦手を避ける。

 得物をあっさり捨てつつ、回避した俺の変則的な動きのしっぺ返しを食らい、鞭は鉄の床を叩くだけに終わる。

 スペードを足蹴にした反動で、上空へ飛び上がった俺は、三人から離れた位置に着地した。


 (おれ)の手に、踏み台にした大剣が自我を持っているかのように飛んで戻ってくる。


「遅え……遅えんだよ……どいつもこいつも!!」


 憎しみ、恨み、苦しみ、恐怖、痛み……その全てを怒りに変換し、俺は痩せ細った体で自分の頭をガリガリと引っ掻く。

 そうすると、血が入り混じった髪の毛は黒と赤の二つに染まった。

 さらに、俺の怒りに応える赤い大剣も、血の如き色味をより濃密に深めていった。


 でも、そんなのはどうでもよかった。

 視界に映る髪の毛や、大剣の色の変化なんて、どうでもいい。

 たった一つ、今の俺に残されたものは……


「クソ共がァッ!!」


 羽鳥をブチ殺してえ怒りだけだ!!

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ