11.嬲られる想い
――♧――
「獣を人に戻したいのなら、神にでも祈るがいい。だが、神は君の望みを聞いてはくれども、決して応えてなどくれない。ましてや、君が追い求めている答えすらも与えない。だからこそ人間の手で真実を掴み取り、正しい選択をしなければならないのだ」
こいつらが言っていることは……正しいのかも知れない。
でもそれが正しいと思えば思うほど、同時に間違っているとも思った。
獣化の原因も、解決方法も分からない。
そんな状態のままで、獣になってしまった人達が殺して欲しいと願っていても……殺しに甘んじるなんてのは許されることじゃない。
もはや俺は、獣化を対岸の火事などとは呼べなくなっていた。
世界中の人が出火の元栓となって、火の手がすぐ近くまで伸びてきているのに、平気でいられた方がおかしかったんだ。
「君達の特別な力なくしては、獣化を止める手段は他には存在しない。そしてそれこそが、私が君に固執する理由でもある」
「俺の、力だと……?」
あの大剣で獣を……人を殺してくれって言うのか?
そんな残酷な殺戮に手を貸せと……!?
それを続けてどうなるっていうんだよ!?
「お前らはあの獣を見ても何も感じないのか? そんなことで獣化が終わるとでも、本当に思っているのか!? 例えあいつらが死を望んでいたとしても、それを叶えてあげることが本気で正しいとでも!?」
無能な国々が行う政策と同じで、こいつらもそうだとしか考えられない。
殺して、殺して、殺し続けて……その先に何が残るって言うんだよ!?
「それって……それって、人間が一人残らずいなくなるまで、殺し尽くせって言ってるようなものなんじゃないのかよ!? 人を救うために人を殺すことに手を貸せだって!? お前らは人を諦めてしまったから、皆殺しという矛盾に逃げてるだけだろ!?」
獣化の原因が分からないままじゃ、こんなことを続けていても意味が無いのは、誰でも理解出来るはずなのに……
獣化を終わらせるためには、人が獣になった結果を潰すんじゃなくて、人が獣になる前の原因を潰さなければダメなんだ!
そうしなきゃ、この悪夢は終わらないんだよ!!
「私達がいつ、人を諦めたと言った? 説明を掻い摘んだからか、要らぬ誤解を招いたようだな」
「誤解……?」
「君の熟慮や情けを裏切る形になってしまって悪いと思うが、既に私は獣化を終わらせる術に見当をつけている。そのために、獣を狩っているに過ぎん」
「!?」
こいつらに従えば、本当に獣化を食い止められるっていうのか……?
「今現在、私達は街に現れた獣の居所へと向かっている。その狩りを終えても尚、君が生き残っていたら……」
左手の人差し指を口元に立てる羽鳥は、仮面の裏で微笑んだ。
実際に笑っているのかは分からないけど、俺にはそう見えたんだ。
「答えを教えてやろう」
まだ信じられないけど、この余裕の言動には大きな根拠を感じた。
そう思わせる何かが、羽鳥にはあった。
神が決して示してくれない真実に導かんとする、白い翼を仮面に携えた悪魔には……
「……」
知りたい。
天使と悪魔が溶け合っている羽鳥が、人間を捨ててまで掴み取った、その答えを。
――♧――
静寂に耐えられなくなって、俺は辺りを見渡し始めた。
「この黄色い光は……?」
自分達を包んで飛翔する黄色の光が、どこを見ても目に入る。
分かりやすく言うなら、バリアを張っているようなドーム型の光だ。
「あ、ぼくの力が気になるのぉ? もっと見たい?」
「えっ……?」
黄色に光る手を翳し、前を向いている少年に話しかけられた。
周りの光に気を取られていた俺は、時間に差を置いてそれに気付く。
「あ、あぁ……」
よく見るとその少年の髪も、俺達を包んでいる光と同じ色でぼんやりと輝いていた。
あまりにも不思議で突飛な光景に、これから起こることに予想もつかなかった。
「でもお生憎様、そろそろ着いちゃうよぉ。まったく、ぼくってば久しぶりに日本に帰ってきたのに、人遣い荒いよぉ羽鳥ちゃん」
徐々に、少年の髪と周りの黄色い光が弱まっていく。
そして光が弱まっていくのと同時に、後ろへと流れていた景色が低速化していく。
「これも、ペンダントの力なのか……?」
「ああ。獣がどこへ現れようとも、ダイヤの力で移動にかかる時間を短縮することが出来る」
左手に持っていた手帳を懐にしまいながら、羽鳥は俺に向かって口を動かす。
「ここだねぇ」
低速になった背景は完全に静止した。
俺達を包んでいるダイヤの力で、今度は地上へと降下し始める。
――♧――
「ガァアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「ぎっ……! ああああああああああああああ!!」
「たっ、助け……!」
地上に降り立つ前に、痛々しい悲鳴と肉を引き裂く音が俺の耳を劈く。
「獣が人を!!」
人通りの少なそうな住宅地の道路。
灰色の体毛を全身に生やした獣が、その口で男の腕を噛み千切っていた。
そして、その近くで腰を抜かしているもう一人の女が、地面に手をついて失禁していた。
もしもあの時、赤い大剣が現れなければ、俺と弓月もああなっていたのか……?
「ハート!! スペード!!」
羽鳥がバッと左腕を振ると同時に、二人の男女がすぐさま動いた。
「【狂喜】!!」
ハートと呼ばれた女は先程のダイヤの少年と同じように、束ねた髪と手を光で輝かせる。
だがそれは黄色の光ではなく、ピンク色だった。
「あっ……」
「え……?」
ハートの女が前方の被害者達に手を翳すと、彼らは力を失ったように倒れた。
「お、おい! あれ大丈夫なのか!?」
「無力化し、気絶させただけだ。狩りの邪魔になると面倒だからな」
羽鳥は落ち着いた様子で二人の継承者を見ている。
こいつら……そんな力を持っているのか?
ハートの女が彼らを気絶させると、今度はスペードの男が、手と髪から青い光を放つ。
そして、そのまま光る手を前に突き出した。
「待たせてごめん……! 君達を【悲劇】から解放する……!!」
「青い、霧?」
気絶した彼らから青い粉末状のような、謎の物質が出てきた。
その霧を、スペードの男が光る手から吸い取っていく。
「す、すごい」
「クローバー」
「なんだ!?」
すっかりとその名で呼ばれることに慣れてしまった俺は、羽鳥の話を聞く姿勢になる。
だけど心臓がバクバク鳴り、うるさくて集中できない。
「獣を狩れ。君の力を見せてみろ」
「お、俺がやるのか!?」
てっきり俺もサポート役に回れと言われるかと思ったが、どうやら違うらしい。
「他の奴らは!?」
「ハートとスペードは新たな人がここに来ないよう、力を広範囲に拡散させて行使している。動ける状態ではない」
二人を見ると、前方へと向けていた手を左右に広げ、それぞれの光を強くしていた。
さっきのダイヤが出していたようなドーム型の光ではないものの、確かに広範囲に展開させているような印象だった。
「ダ、ダイヤは!?」
「今は自分のことだけに集中しろ!」
俺が本当に、獣を……?
全身が震えて、動こうにも動けずにいた。
だって、あれは……あの獣は!
「でも、あれは人……」
「君が死ねば、弓月が君の代わりに戦う羽目になるのだぞ」
「……はっ?」
時が止まり、辺り一面の音がぱったりと消えたような感覚がした。
人はあまりにも理解し難い話を突きつけられると、少しの間固まってしまうらしい。
「はぁあああっ!?」
「言ったはずだ。君が死ねば、弓月も死ぬと。それは君の代わりに彼女がクローバーとして戦う羽目になり、命を落とす結果にも繋がり兼ねないということだ」
「弓月が戦う!? なんでそうなるんだよ!!」
「詳細は後だ! 来るぞ!!」
羽鳥がそう叫ぶと……
「ガァアアアアアアアアッ!!」
「!?」
獣が敵を目掛けて一直線に走り寄りながら、捕食を邪魔された憎しみをぶつけようと、俺の頭の上から右腕を振りかぶっていた。
咄嗟に避け、俺の身代わりになった道路からは土煙が上がる。
「グルルルルゥ……!」
地面にクレーターのような穴が空き、獣の瞳孔が妖しく光る。
あまりにも近すぎる目前の死への恐怖に怯え、足の震えは止まることを知らなかった。
「あ、あんなの食らったらひとたまりも……!」
「……情」
「え……? 羽鳥?」
いつの間にか羽鳥が俺の背後に立っていて、耳打ちをするような姿勢で呟いた。
「私は、クローバーの役割は弓月でも構わないと考えている」
「は!?」
本当に弓月を戦わせるつもりなのか!?
「お前何を……!」
「だが、君はそうじゃない。弓月が戦うことを望んではいないのだろう?」
「! そんなの……」
そうだ、弓月を戦わせる気なんかない。
「そんなの当たり前だろ!」
「狩れ、クローバーの継承者よ! 弓月の持つ力よりも、君の心が強いと証明してみせろ!!」
「俺の、心!」
弓月が戦わないで済むように、俺がやるしかない!!
「はぁあああああああっ!!」
片割れのクローバーのペンダントを握りしめ、俺は再び決意する。
あの時のように。
「弓月を戦いに巻き込むわけにはいかない!」
握りしめたペンダントが、掌の中で赤く輝く。
「グゥウウウウウッ!!」
「お前も……! 元は人間だったのなら……!」
俺が……
「同じ人間を襲うなんて! そんな事するなよ!!」
弓月を……!
「人を……!」
救うんだ!!
「諦めるな!!」
戦いの火蓋が切られたことに反応したペンダントは、あの時に現れた赤い大剣へと姿を変えていく。
その大剣の柄を両手で握りしめ、俺はまた自分を奮い立たす。
「ガアアアアアアアアアア!!」
「は、速っ!?」
俺が大剣を手にしたと同時に、獣は全速力で突っ走り、首を飛ばさんと腕を振るう。
「ガァ!! グァアア!!」
「ぐっ!! うぅ!!」
大剣を盾にしながら、ひたすら俺は獣の攻撃を受け止める。
「ガルルウゥァアア!!」
まるで硬い壁に阻まれているように、俺を殺すことが出来ない獣はイラつきを見せつつ、何度も何度も打撃を繰り返してくる。
「く、くそ!」
大剣を盾にしていれば、ある程度は受け止められるけど……!
「ガァアアアアアアア!!」
「ぐ、ぅぅっ!!」
どうすれば、この猛攻から抜け出せるんだ!?
「攻撃を受け流して、獣の隙を自ら作りだせ!! その後、奴の胴を穿て!!」
背後から、羽鳥が指示を出してきた。
「分かった!」
瞬間、大剣が赤く光る。
「ガァッ!!」
【異様に発達している右手の鋭い爪が、俺の左から迫り来る】
だがその光景は、俺の脳内で再生された映像で、実際にはまだ獣が右腕を振りかぶる途中だった。
「見えた!!」
大剣の背で、爪をガードし……
「受けて! 流す!!」
「グ、アアッ!?」
そのまま流れる川の如く、全力でその攻撃の振りを左から右ななめ上へと押し流した。
円を描くように腕を大きく回され、受け流しによって体勢を崩した獣は、後方へと倒れかけていた。
「はぁっ……!」
ごめん……!!
「ここだああああああああああああ!!」
受け流して生まれた隙を無駄にしないように、俺は大剣を持った腕を伸ばし、獣の体を貫くために地面を蹴る。
「グゥゥウ!?」
届いた。
刺した。
大剣の刃が、獣の脇腹に刺さった。
「ガッ……!」
「今のうちに……!!」
次の攻撃を畳み掛けるために踏み込もうとするが、何故か右足は動かなくなって、バランスが崩れた俺は真横へと転び、倒れた。
「え?」
ぴくりとも動かなくなった俺の右足を見ると、深い爪痕によって肉が抉れていた。
太ももに刻まれたその傷から、ビチチと音を立てて鮮血が噴き出した。
怪我を認識した俺の体は、最大限の危険信号を、痛みとして脳と神経に送り始める。
「ぎぃッ!?」
気付けなかった。
倒れかけた獣は足に生えた爪で反撃して、俺の足の肉を引き裂いたらしい。
「いでぇえああああああああああああッッッ!?」
焼けた鉄を直に当てられているような感覚が、足から脊髄、脳を巡り巡っていく。
右足の筋肉を大きく抉られたせいで力が入らなくなり、どう足掻いても膝立ちの状態にしかならなくなってしまった。
足からは容赦なく血が流れ出てきて、俺の周りの道路はどんどん赤くなっていく。
「ガゥゥウアアア!!」
「あっ……! あぁっ!!」
体勢を直した獣が俺を睨みつけ、殺意の篭った視線を俺に突き刺してくる。
それは、この殺意を物理的にも貫き通してやる、という死刑宣告だった。
「ガロゥアア!!」
咆哮と共に凄まじい速度で地を蹴り、宙を舞う獣。
そのまま空から爪を向けて降下する化け物に、無残に蹂躙される未来が頭に過った。




