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感情の色  作者: そつぼのろんしっし
乖離する運命 目覚める狩人
10/65

10.違う感覚

――♧――



「ふむ、短期間でここまでの怒りを発現させるとはな」


 頭を貫かれているはずの羽鳥が声を出す。


「チッ……」


 頭に赤い大剣が突き刺さった羽鳥は、煙のように霞んでいく。

 羽鳥は情の攻撃を事前に察知し、姿をその場に残したまま、瞬時に避けたのだった。


「だが、そのペンダントの力は君にとっては未知なるもの。自分の身に余る超常の力を使えばどうなるか、それすらも君はまだ知らない」


 薄ら笑いの混じった羽鳥の声が、情の四方八方から聞こえてくる。

 素早く移動し続けている羽鳥の位置が掴めず、情は遠くの壁に刺さった大剣に手を伸ばすのみだった。

 そうすると、まるでその手に吸い寄せられるように、大剣と化したペンダントは回転し、中空を切りながら()()()の元へと戻ってくる。


「弓月を死なせたくはないのだろう? ならばその力、確固たる自分の意思で使いこなしてみせろ」

「……」



――♧――



 壁に潰されかけた時。

 とにかく、俺は必死だった。


「ッッッああああああああああああ!!」


 壁がもう目の前に迫ってきてる!

 どうしよう、どうすれば助かる!?

 こんなところじゃ死ねない!!

 何も出来ないまま死んでいいはずがない!!

 それに俺が死ねば、今度は弓月があいつの毒牙にかかるってんだろ!?

 ふざけんなッ!!


 思い出せ……!

 あの時の状況をどうにか思い出すんだ!!

 一度死にかけたけど、再び体を起き上がらせた! あの赤い大剣を出した時の!!


「クローバーああああああああああああああああああああああッ!!」


 怒りを!!


 天井が俺の鼻先に触れそうなほど迫ってきていた瞬間、残った空間の隙間を全て埋めるほどの、眩い赤の光が輝きだした。

 あの光だ。


「来い!!」


 咄嗟に叫んだが、どうしてペンダントを呼んだのかすら理解していない。

 ただひたすらに、羽鳥への怒りのみに集中させるように、俺の心がそう動いたんだ。


 そして、俺の叫びに応える赤いペンダントは、縛り付けられている手に吸い寄せられて来た。


「はぁぁぁぁああああああああああ!!」


 手元に来ると同時に、ペンダントは大剣に変化した。

 そして、そのまま手首を固めていた拘束具に(つか)が勢いよくぶつかり、その強い衝撃によって、手錠は硬質な悲鳴を上げながら歪み、壊れた。

 ぶつかった時に少し痛みが走ったが、そんなのはお構いなしだ。

 すかさず俺は大剣を握り締め、すぐ目の前まで来ていた死を切り刻み、足掻く。


「奴を……! 殺すッ!!」



――♧――



「弓月を殺すつもりなのか? その前に俺が、お前を殺してやる」

「フッ……」


 ……いちいちムカつく奴だ。


「フフフ……! ハハハハハッ!!」

「何がおかしい?」


 手足を引き千切って、泣き叫ぶこいつの顔面をズタズタに斬り裂いてやりたくなる。

 こいつが()(へつら)いながら謝る姿を見た後、それでも尚無残にぶっ殺してやる。


「私が弓月を殺すだと? フフッ、笑わせないでくれ。彼女も君と同じ、ペンダントを受け取った継承者……いや」


 羽鳥の薄汚い笑い声が、俺の怒りをふつふつと煮やしてくる。


「継承者候補だというのに」

「候補?」


 やっぱり、弓月もペンダントの力と関係があるのか。

 この片割れのペンダントは俺達二人に渡されているものだし、羽鳥は弓月を継承者候補と呼んだ。

 それはこのペンダントを、弓月も使えることの裏付けになる。

 だが、この裏付けには、羽鳥の話を全て信じた上でという前提条件が必須だ。


 腹ただしいことに、羽鳥はペンダントの能力の秘密を知っている。

 つまり……


「君がクローバーの力を継承したので、弓月に用は無い。だが、君が死ねば彼女が代わりに……」


 こいつの話を信じるなら……

 俺達の力を知っている羽鳥を消しさえすれば!

 弓月は危険に脅かされずに済む!!


 奴の位置は見破った。

 そこに俺の全身全霊をぶつけてやる。


「そこだ!!」


 鉄の部屋に響き渡る、二つの硬質な物質がぶつかり合う音。

 俺が振りかざした大剣の陰に、羽鳥は姿を現した。

 一人の男の後ろに。


「ダメだよ……クローバー……」

「……お前」


 見覚えのある長身の男に、アキレス腱に沿うように装着した青い刃で、俺の攻撃が防がれた。

 その刃は縦半分に分割したスペードの形だった。

 ブーツの(かかと)の後ろには、(とげ)のような鋭角の刃がある。

 更に、ふくらはぎ近くへと続く部分には、中央が膨れている丸い刃が施されていた。

 (とげ)と丸い刃の間にある(みぞ)を上手く利用した右足の後ろ蹴りが、俺の大剣を受け止めていた。


「邪魔をする気か?」

「悲しいことに……羽鳥様の力は有限なんだ……こんなところで使っちゃダメなんだよ……」


 青いスペードの(がら)が描かれているだけのシンプルな白い仮面を付けた、俺よりも10cmは身長が高い青髪の男。

 だが、体型は俺よりも細い。


 しかし、右足のみで攻撃を止めているのにも関わらず、こいつの体幹がブレる気配は無い。

 細くて長身の痩せ男が、どう見ても筋力だけでは成し得ない方法で、大剣に込めた俺の力を相殺している。


「お前も継承者ってやつか?」


 こいつらは一体何なんだ。

 こんな奴らに弓月を好きにさせてたまるかよ!


「俺の邪魔をするなら、お前も殺すぞゴボウ野郎ッ!!」

「こ……怖っ……!?」


 俺の殺意にたじろいだのか、怯えた様子で後方の羽鳥を見るスペードの男。


「ねえ……羽鳥様……? クローバーってこんな性格だったっけ……?」

「どうやら、ペンダントに無理矢理怒りを引き出されているようだな。その影響で、性格がガラリと変わってしまっている」


 怒りを引き出される?


「どういうことだ?」

「あっ……話……聞く気になった……?」


 油断したな、馬鹿が。


「失せろ!!」

「あっ……!?」


 大剣に乗せていた腕の力をわざと抜き、長身の男が乗せていた足を流しつつ、一度大きく後ろに退く。

 男が体勢を大きく崩した、チャンスだ。


「はぁっ!!」


 俺は退いた直後に足をバネのように曲げて、前へと跳躍し、羽鳥の首を掻っ切るために高速で詰め寄る。

 赤の大剣が羽鳥に肉迫し、首を跳ねようとした瞬間……


「【狂喜】!!」

「がっ!?」


 俺の背中に鋭い痛みが走った。

 女の声と、鼓膜を突き刺しかねないほどの音と空気の振動が、鉄面張りの部屋に響き渡る。

 目の前にいる羽鳥は微動だにしていなかったし、奴の攻撃ではないことだけは分かった。


「スペード、油断したらダメでしょ?」

「力、が……入ら……ぁ?」


 全身に凄まじい倦怠感を感じる。

 何をされた?


「ちょうどあたしが来て良かったわね。喜びなさい」


 ほとんど力が入らなくなってしまった体を強引に動かし、背後から聞こえてくる声の主に目を向ける。

 また、新手かよ……!


「だって……今の絶対話し合う雰囲気だったのに……あんな不意打ち……僕じゃ……」

「ああもう! ネガティブになりすぎだってば!」


 今度はハートの絵が施されている仮面を付けた、ピンク色の髪の女が持っている鞭で、俺の背中を打ちつけたようだ。

 その髪と同じように、鞭もふざけた色をしてやがる。


「お前、らァ……!!」

「ハート、現れたか?」

「はい。羽鳥様」


 俺の怒りを何とも思ってなさそうな羽鳥が、女に質問を投げかける。

 余裕のつもりかよ、ふざけやがって。


「羽鳥様のおっしゃった通り、南西の方角で……」

「殺す……! 全員ブッ殺してやる!! 弓月に手を出したら、お前らただじゃ済まさねえからな!!」

「一回じゃ足りないみたいね?」


 とどめの一打が、倒れた俺に追い討ちをかけた。


「ぐっ!? が、あぁ……」



――♧――



「ジョー」


 ……父さん?


「俺はこれから、やらなきゃいけねえことがある」


 それは家族と一緒に暮らすよりも、優先すべきことなのかよ?


「だけど、必ず俺は帰って来る」


 そう言ったくせに、10年も帰って来てないだろ。


「ジョー……お前に」


 うるさい……


「会いに行くから」


 うるさい!

 嘘ばっかりだ!!



――♧――



「ハッ……!」


 気が付くと、俺は外へと出ていた。

 後ろへと流れていく景色の中で、黄色い光に包まれながら……


「うぉおおぁぁあぁああ!?」


 俺は、夜空を飛んでいた。


「大丈夫……?」


 動揺する俺に声をかけ、誰かが手を差し伸べてくれる。


「ありがと、う!? あっ!? おっ、お前は!!」

「あ……はは……」


 相手はスペードの仮面を付けた、さっきの男だった。


「えっ? 何? 俺、何して……?」

「えっと……」


 覚えている限りでは、怒りに任せて羽鳥を殺そうとしていた俺の姿が、ハッキリと頭に浮かんでくる。

 でも、あれは俺なのか?

 なんで、あんな……


「君は……羽鳥様を殺そうとして……」

「俺、がか?」


 自分の体を動かしていたはずなのに、実感がいまいち湧かない。

 その記憶は確かにあるんだけど、まるで別人だったかのような、そんな風な、訳の分からない感覚だった。


「今はダイヤの力で……皆で移動してるところだよ……?」

「い、移動? 俺をどこに連れて行くつもりなんだよ?」


 こいつらは何を目的にしてるんだ?

 俺を痛ぶって、殺すつもりだったんじゃないのか……?

 でも、こうして生かされてはいるしな……


「あいつらは?」


 確か、こいつ以外にもいたはずだ。


「いるよ……? ほら……そこに……」


 ある方向へと指を差す、スペードの仮面の男。


「ふむ、起きたか。クローバー」


 その指先には、三人の人物がいた。

 黒いマントに身を包む羽鳥と、俺を鞭で叩いて気絶させた女と、後ろ姿を見せている金髪の少年(少女?)だった。


 羽鳥は飛んでいる前方に体を向けながらも、仮面を付けた顔だけを俺に傾けた。

 革表紙の手帳を左手に持っていて、それを月明かりと黄色い光で照らして読んでいるから、顔を傾けたのは少しだけだ。


「意外と起きるの早かったわね」


 ハートの面を付けた女がくるりと振り返り、後ろ手に腕を組む。


「あのままクローバーが羽鳥ちゃんを殺せてたら、それはそれで面白い展開になりそうだったけどねぇ」


 そして、黄色の光を手に宿し、何かの能力を行使しているであろう幼い後ろ姿が一つ。

 後ろからじゃ見えにくいけど、どうやらこの子も同じように白い仮面を付けているみたいだ。


「滅多なこと言わないのダイヤ! スペードが悲しんじゃうでしょ!?」

「冗談に決まってるでしょぉ? 羽鳥ちゃんが死んだらぼくも困るっていうのにさぁ」

「羽鳥様が……死ぬ……? そ……そんな……」


 先ほどは照れくさそうな仕草をして、俺に手を伸ばしていたスペードの仮面の男が、重い空気を生み出して体育座りになる。


「ほら!」

「スペードはもっと心を鍛えた方がいいよねぇ」


 こいつら、一体何なんだ?

 それに、どうして俺はこんな空高くを?


「……クローバー。君が私を襲いかかってきたので、ちゃんとした説明が出来ていなかったな」


 革の手帳を閉じた羽鳥は、今度はきちんと俺に体を向けて話し始めた。

 クローバーってのは俺……なんだよな。


「君はクローバーのペンダントに選ばれたんだよ、裁情。あの大剣を覚えていないとは言わせないぞ」


 弓月を襲った獣を殺して、そしてこの羽鳥と名乗った奴をも殺そうとした力……


「あ、お、俺……! なんであんな力を持ってるのか分からないんだ!!」


 でも、あの剣で殺した獣は、確かに人間に戻ったんだ。

 俺は確実に、この手で人を殺めてしまったんだ。


「ふむ。では、君でも理解しやすいように、まずは私達の目的から話すことにしよう」


 目的?


「えっ、あぁ」

「私達は『獣の狩人』。文字通り獣を狩り、世界に救済を(もたら)そうとしている組織だ」


 はっ?

 獣を狩るだって!?


「なっ! 何を言ってる!? あれは人間なんだぞ!?」


 仮面の裏で溜息を「はぁ……」と吐きながら、羽鳥は大きな黒いマントをはためかせて、前方に向き直る。

 落胆したと言うような溜息だった。

 俺が間違ってるって言いたいのかよ?


「元は人間でも、既に獣と化した者は戻れない。君も獣化については無知という訳では無いのだろう?」


 人間には二度と戻れない不治の病、それが獣化だ。

 何回か国同士で協力して、獣を捕らえて治療するというニュースもあるにはあったけど、どれも上手くいかず仕舞いだったらしい。

 捕らえられた獣は、何故か一週間が経過した直後、黒い塵をその場に残して、忽然と姿を消してしまったと聞いた。


 だから10年間も末路が分からずに、警察や自衛隊は獣を殺すしか手が尽くせなくなった。

 それがあったから、俺は獣化を呪いだと信じきっていた。

 でも……


「俺が殺したあいつは人間に!!」


 そうだよ……!

 あの黒い獣はそんなんじゃなかった!

 塵を出して体は崩壊してたけど、それは人間に戻る前段階だったんだ!!


「奴は特別だった、それだけだ」

「特別……? 特別って何だよ!?」


 特別に人間に戻れた奴だったから、他の獣化した人は殺していいって言うのか!?

 それは違うだろ!!


「それでも、獣を殺していい理由にはならない!! それは人殺しとなんら変わらないんだぞ!?」

「人類はお構いなしに獣を殺しているがな。獣と化した人間を救う手立ては無いのだよ。故に、我々も殺すまでだ」

「だけど……」

「うるっさいなぁ!!」


 ハートの仮面を付けた女が、俺の言葉を(さえぎ)るように大声で叫ぶ。


「獣になった人は、あたし達が殺してあげた方が喜ぶのよ!! あんたまだ理解出来ないの!?」

「喜ぶだって!? 当事者でもなんでもない、ただの他人に分かるわけないだろうが!! そんなのお前らの……!」


 その時、俺が手にかけてしまった、あの黒い獣がチラついた。


(ゴロ……ィデグレェ……)

「……っ」

(あ……ありガ……と、ォ……)


 ハートの女の言った通りに、あの獣は殺されることを望んで、斬られたことを喜んだ。

 こいつらが言っていることは正しいのか?

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