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感情の色  作者: そつぼのろんしっし
乖離する運命 序章
1/65

1.人か獣か

 ♧等のマークはキャラ毎の視点になります。

 二つ以上ある場合は俯瞰視点です。

 人が人じゃなくなってしまう瞬間って、どんな時なんだろう。

 復讐を誓った時?

 信じてくれた人を裏切る時?

 呪いをかけられた時?

 大切な人を殺めた時?


 それとも……



――♧――



獣化(じゅうか)が頻繁に見られる、昨今の……』


 もうすっかりと慣れてしまったが、本当なら奇妙極まりないはずの単語を吐くアナウンサー。


「おはよ……」

「ジョー、朝ご飯食べちゃいなさい? そろそろゆーちゃんが来るでしょ?」

「もうそんな時間?」


 俺は裁情。

 姓がサバキで、名がジョウだ。

 苗字も変だけど、名前はそれ以上に特殊が過ぎる。

 しかし、俺は何の変哲も無いただの男子高校生でしかないので、名前負けも(はなは)だしいことこの上ない。


「なんで俺に情なんて付けたの?」

「前にも言ったじゃんか。ほら、準備」

「んー」


 ウチは母さんと俺の二人家族で、父さんはいない。

 いや、いたと言った方がいいか。

 俺が幼かった頃、父さんは俺達を置いて蒸発してしまっているからだ。

 片親となった母さんは、俺を女手一つで育ててくれた。

 愛という名前が相応(ふさわ)しく、愛情たっぷりで。


「ジョーも高校二年生なんだしさ? そろそろ彼女作りなよ。ゆーちゃんは……」

「はいストップ! 母さんが弓月を心底気に入ってるのは、もう十分に知ってるから」

「ふふっ、そんな照れんなよーう」


 愛情たっぷり過ぎて、思春期真っ盛りの俺からしたら鬱陶(うっとう)しく思う時もある。


「はぁ……」


 そんな母さんに溜息を吐きながら、食卓に用意された目玉焼きと、焼いてから少し時間が経って冷えかかっているパンを口にしつつ、とりあえずで点けられたであろうテレビを見る。

 液晶に映っているのは、真面目なニュース番組には似つかわしくない絵だ。

 灰色の狼が人を襲っているかのような、ふざけたイラスト。

 それを背景にしながら、深刻な顔でニュースキャスターの二人が話している。


『獣化が現れてから、既に世界は危機に晒されていると言っても過言ではありません』

『はい……』


 10年前に突如現れた、獣化という現象。

 これは俺が6歳の頃に現れたものだ。

 その現象に見舞われた人は次第に自我を失っていき、最後には人を襲う化け物に変貌してしまう。

 二足歩行する狼みたいになるらしい。

 一種の感染症だと言われてるが、全人類に降りかかった呪いと言ってもいい。

 その方が言い得て妙だし、少なくとも俺はそう睨んでいる。

 得体の知れない病気、または呪い。

 怖くないと言えば嘘になる。


『いつどこで獣化が現れるか、どういう原因があって人が獣になってしまうか、現在も詳しくは分かっていません。政府、自衛隊、警察が対応しようにも、後手に回ることしか出来ていないのが現状です』

『ええ』


 実際に獣化した人の写真や映像は、インターネットが普及している現代じゃ、一般人の俺ですら見る機会がある。

 だけど、例外の一つもなく、最終的に獣は姿を消してそのまま行方不明になるので、獣化した人はなるべく警察や自衛隊に始末されてしまう。

 さらに、その周囲にいた目撃者達は獣を見た記憶が無いとか、いきなり消え去ったとか、あやふやな証言をしている。

 撮られた映像は獣化の始まりだけが残り、獣の末路は10年経った今も不明だ。

 SNSやメディアでは国の隠蔽がどうとか、組織の工作がどうとか言われてるが、実態は誰にも分からない。

 原因、対象、結末……全てが謎に包まれている。


『△△では外出を許可制にしたり、◯◯◯◯では他者との接近を極力控えさせたり、各国が取っている防衛策は正しいと言えど、根絶までには至っていません』


 謎に包まれてはいるが、取れる態勢は取っておくのが吉と、国々はそう考えたらしい。

 何も知らない俺だからこそ言えるのかは分からないけど、無駄な対策を立てているように思えて仕方がない。

 感染症と断言してしまうのが楽なんだろうが、俺には人を呪っている誰かからの(たた)りにしか思えないんだ。

 宇宙人からの遠回しな侵略?

 人を獣に変える目的を持つ人狼?

 それとも人が人を呪っていて、黒魔術のような怪しげな類いのものとか?


『やはり今後も、私たちの共通認識である夜が鍵になるでしょう』

『確か、獣化は夜に起こるんでしたよね?』

『はい。皆さんもご存知の通り、日本では22時以降の外出は禁止されています。ですが、自粛も踏まえて時間に余裕を持ち、早めに帰宅するようにしましょう』


 獣化は22時から2時の間、つまり深夜に起こる。

 何故その時間帯に限定しているのかも不明で、分かっている情報は、どの国でもそういった報告が上がっているってだけだ。

 その時間帯に関連してるのもなんだか怪しい雰囲気を(かも)し出してるし、呪い説に拍車をかけている。

 夜に現れる、狼のような化け物。

 なんだか御伽話(おとぎばなし)の世界の中にいるみたいで、俺の周りの人の反応としては恐怖3割、好奇心7割って感じだ。

 かく言う俺も、怖いながらも興味はある。

 その理由は身近に起こった例が皆無だから。

 所謂(いわゆる)、対岸の火事ってやつだ。

 そんな風に獣化について考えを巡らせていると、俺を呼ぶインターホンが鳴った。


「あら、ゆーちゃんもう来ちゃったみたいね」

「いつも早すぎるんだけどマジで!!」


 壁掛けの時計を見ると、8時ジャストだった。

 時間に正確過ぎるだろ、まだ準備出来てないっていうのに。

 急いで朝飯を平らげつつ、着替えかけの制服を整えながら、カバンを持って俺は玄関に向かう。


「ジョー! これ忘れてるよ?」

「ありがと」


 母さんが慌てて持ってきてくれた、縦に割れている四つ葉のクローバー、もとい二つ葉となっている半分だけの赤いペンダントを首にかける。

 準備を整えた俺は、玄関に手をかけた。


「いってらっしゃい」

「行ってきまー……」


 母さんの掛け声に応えるように、後ろに目を配ったまま玄関を開けると……


「ゴァッ!!」

「え?」


 扉を開けた先にいた弓月が、変な声を出した。


「おは……よう?」

「ガ……ァ……!」


 (いぶか)しみながら挨拶をする俺を無視して、弓月は顔に影を落とし、異様な声を上げ続けている。

 なんだろう、弓月の様子がおかしい。

 いつもの弓月なら「おはよ〜」って言ったりするはずなのに、腹でも痛いんだろうか?

 苦しそうな声を出しながら、ぶるぶると震えている弓月。

 どう見ても普通の状況じゃない。


「体調でも悪いん……」

「ガアァッ!!」


 唐突に開かれた弓月の口は……


「あ……?」


 人の頭を丸呑みに出来るくらい、大きかった。


「はっ?」


 一瞬だった。

 その瞬間、俺には何が起きているのか分からなかった。

 ただただ見ていただけで、何も理解出来なかった。

 急に開かれた弓月の口は、最早人間のそれとは比べられないほど巨大で、鋭く尖った牙が何本も生え揃っていた。

 そして、俺の頭から……


「ガルルゥアッ!!」


 バツンと、首根っこまでもを喰らい尽くした。



――♧――



「いってぇえええあああああああああ!!」


 勢いよく飛び起きた俺は、ベッドの上で叫んだ。

 心臓がバクバク鳴っていて、自分の首を掴みながらパニックになっていた。

 今の獣が垂らした涎かと思うくらいに、冷や汗でビチャビチャになっている顔を、おそるおそる触って確かめてみる。

 何も変なところは無かった。

 どうやら、今までのは夢だったようだ。


「酷い夢だったな、口の中までリアルなっ……」


 獣に頭から喰われる光景を思い出して、喉を詰まらせるほどの悪寒が走る。


「どうしたのジョー?」


 ガチャリと扉が開く。

 悲痛な叫びを聞きつけた母さんは、二階にある俺の部屋まで様子を見に来たようだ。

 少し慌てた表情で、まだ動揺している俺を心配していた。


「な、なんでもない……」

「んー……? 変なジョー。あっそうそう、そんなことより早く準備しないと遅刻しちゃうわよー?」

「え、遅刻っ!?」


 部屋に置いてある目覚まし時計を見てみると、もう8時18分を指していた。

 夢の中では多少なりとも十分な時間があったが、現実ではそう上手くもいかないらしい。



――♧――



『獣化が頻繁に見られる、昨今の……』


 もうすっかりと慣れてしまったが、本当なら奇妙極まりないはずの単語を吐くアナウンサー。


「あれ?」

「ジョー、何ボーッとしてんの。ほらシャキッとする! ゆーちゃんも珍しく今日は遅めだけど、そろそろ来る時間でしょ?」

「あ、うん……てか、なんでもっと早く起こしてくれなかったの?」

「えー? 私、結構前に一階から起きてーって声かけたわよ? それでジョーも起きて、部屋で準備してるなって思ってたのよ」


 いつものやり取りを母さんと繰り広げていると、俺を呼ぶインターホンが鳴った。


「あら、ゆーちゃんもう来ちゃったみたいね」

「?」


 母さんの、この台詞もさっき……?


「またボーッとしてる。ほら準備!」

「あーはいはい。制服はー……二階じゃん!」



――♧――



「あっ、そうそうペンダント」


 夢では忘れかけたが、二度目は忘れない。

 忘れちゃいけないものだ。


「6歳の時にどこで拾って来たのかと思ったら、ずーっと肌身離さずよねそれ」

「聞かれても教えないよ?」


 というか、このペンダントを拾った記憶はあんまり覚えてないんだ。

 大事な物だっていう覚えは、(かす)かにあるんだけど……なんだったっけ。


「ふぅーん。あの臆病で泣き虫だったジョーが、生意気に育ったものねぇ?」

「昔から臆病なんかじゃなかったでしょ俺は!!」


 母さんとそんなやり取りをしながら、玄関の前に立つ。

 持ち物も確認したし、いざ出校だ。

 玄関に施されている縦長の磨りガラスには、弓月の姿が写っていた。

 それを見て、いつものようにドアノブに手をかける俺は力を入れようとする。


「いってらっしゃい」

「行ってき……」


 そうするが、出来なかった。

 咄嗟に「腕の力を抜け」と言わんばかりに、俺の心が全身に寒気を駆け巡らせた。

 あのテレビのアナウンサーと、弓月がインターホンを鳴らした時の母さんの台詞……夢と同じだった気がしたんだ。

 夢で起こる出来事は、現実でも起こることが稀にある。

 それは、どんな人でも一度は見たことがある……


「正夢……ッ!?」


 怖い。

 いつものこの光景が、壊れてしまう気がして怖かった。

 玄関を開けるという至極当たり前な行動に、つい恐怖を感じてしまう。


「ん? ジョー、どうしたの?」

「か、母さ……っ」


 突然開かれる玄関。

 ドアノブに手をかけていた俺ごと引っ張られ、バランスを崩した足は縁で(つまず)く。

 咄嗟に手を前に突き出し、情けなく四つん這いになる俺の前に……


「が、るぁっ……」

「!?」


 あの夢で見た、弓月がいた。


「ぐるる……!!」

「ひっ!?」


 やっぱり、あれは正夢だったんだ。

 弓月は獣化して……!?


「がお〜!!」

「うわぁぁああぁああああ!!」


 喰われる!!


「あぁ、あゎぁっ……!!」

「……ぷっ」


 な、なんだ?


「ふえ?」

「あははっ! 何よそれ〜?」


 いつもと変わりない声で、弓月が腹を抱えて笑う。

 何が起こってる?

 なんで笑ってる?

 でも、弓月は化け物になったはずじゃ……


「ぷくくっ。臆病なんかじゃなかった、ねぇ?」


 母さんも弓月と一緒に、俺の後ろから揶揄(からか)ってくる。

 ここで俺も、弓月の脅かしだったと気付いた。


「ふふ〜っ! あ〜、おっかし〜」


 そりゃそうだよな……弓月が化け物になんて、なるわけないよな。


「愛さん、おはようございます! 遅れてしまって申し訳ない! ですが情隊員の安全は、獣の私めにお任せ下さいまし〜」

「うむ! ジョーを獣さんが守ってくれるなら、私も安心だぜい!」

「うるさいよ!」


 まったく、変なところで二人は相性良いんだもんな。

 でも、あの夢は……


「どうしたの〜情? 首さすっちゃってさ〜?」

「……なんでもない、行こうか」

「合点承知だ〜!」



――♧――



「むふふ〜っ」

「え? なんだよ?」


 このにやけた顔を俺に向けてくる奴は、弦野弓月(つるのゆづき)だ。

 俺とは幼稚園の頃からの幼馴染で、隣の家に住んでいる。

 お節介焼きな性格で、毎朝迎えに来てくれるけど……


「いやね〜? 情のあの怯えよう! 今思い出しても笑えてくるよ〜」


 右耳だけにかけている長い黒髪を(なびか)かせながら、弓月はけらけらと笑って揶揄(からか)ってくる。

 こいつは俺を弄る癖があり、常日頃からよく困らされている。


「しつこいなぁもう。俺、そこまでビビってないですけど」

「腰抜かしてたじゃ〜ん! ほんと情って、昔から怖がりだよね〜」


 あんなリアルな夢を見たら仕方ないだろ?

 そもそも脅かされたら驚くのは当たり前のことだし。

 怖いのと驚くのは全く別物だし!


「……」


 でも本当に、あの夢はただの夢だったんだろうか?

 獣に豹変した弓月が、俺の頭を一噛みで喰らった時……


「……っ」


 まるで現実で起こったことだったかのように、痛かったんだ。

 ♧は本来なら四つ葉(半分に欠けた状態)で表記したいところですが、絵文字に三つ葉しか無いので、読者様の脳内で補完していただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] スっと読める手軽な感じの文章で読んでて疲れませんでした。 状況描写がとても素敵だと感じました。 [気になる点] 会話文が続いてしまうところがあるので、間に地の文挟むといいかもしれないです。…
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