4 : 片桐 春
※この作品はフィクションです。実際の人物、団体等とは一切関係ありません※
篠宮達がカフェへ向かっている頃、片桐、松原、三田の3人は片桐の車で近くの映画館へと向かっていた。
「なあ、翔」
大学の近くにあるクソ長い踏切に捕まったタイミングで、俺は翔に話を振る。
「なんだ? 春」
「同じ学科に好みの子いたんだろ? その子となんか話したりしたか?」
昨日の入学式直後、翔と一緒に帰っている途中でそう言う話をした。
ちなみに京香は布留谷と一緒にいたので、この話はまだ知らないはずだ。
「とりあえず昨日入学式が終わった後、同じ学科の何人かと連絡先交換した時にその子の連絡先ゲットしたけど、社交辞令的な挨拶だけ送って、それ以上は何もないなぁ」
「その子の名前は?」
「小野 詩聖里って子だよ」
「えーと、その小野さん……ってどんな感じ人なんですか?」
京香が翔に尋ねる。
「どんな感じって言われても、まだそんな話してないし……大阪から来たらしくて訛りはあるけど……まあでも普通の子だよ」
「普通の子……? 一応好きな子なんですよね? それなのに普通の子って……」
「いやー、そうは言っても普通の子だしなぁ……別に俺、訛りのある子が好きってわけでもないし……まあ何事も普通が一番って言うでしょ! そういうこと!」
「うーん……」
京香は複雑そうな顔をしている。
実際、翔が好きになる女の子は昔から特徴のない子が多かった。
変に突飛な子が好みなのもどうかと思うが、それにしても翔が惚れる女の子は1クラスに数名はいるような普通の子ばかりだった。
「まあ、好みなんて人それぞれだし、俺は好きになった子が好みなの!」
「んで、その子はその子で大阪から来たってことはまだこっちに慣れてないんだろ? まだどこのコミュニティにも所属してないだろうし、一緒に飯でも行けばいいのに」
「お前、ほぼ初対面の相手と、しかも女の子と2人で飯なんか行けるか?」
「いや、最初は別に俺らも交えてさ、京香もいるし、女の子1人だけだとアレだろ」
「んー、まあ、なるほどなぁ」
「な、だから明日にでも誘ってみろって」
「そうするか」
翔がそう言ったタイミングで丁度遮断機が上がり、俺はまたアクセルを踏んだ。
発進したと同時に、今度は翔の方から話を振ってきた。
「なあ春、こうやっていつも三人で遊んでるけどさ、ぶっちゃけ三田と二人だけで遊ぶのと俺を交えて三人で遊ぶの、どっちの方が頻度高いんだ?」
翔はたまにこの質問をしてくる。
だが翔が俺にこの質問をする時は決まって俺と二人の時だけだった。京香のいるタイミングで聞かれるのは今日が初めてだ。
突っ込まれて説明するのが嫌で、毎回『意識したことないな』とか言って適当にはぐらかしているが、実際のところ京香と二人で遊ぶ機会は三人で遊ぶ機会と比べて極端に少ない。
と言うのも、俺から京香を遊びに誘うと、ほとんど毎回『せっかくなら松原君も誘いませんか』と言って結局三人で遊ぶことになってしまうのだ。
つまり、京香から誘ってくるとき以外は基本的にこの三人で遊ぶことになるのだ。
京香にどういう意図があるのかはわからないが、本音を言うとこちらとしてはもう少し二人の時間が欲しいところだ。
翔が京香もいるタイミングでこの質問をしたのは、俺のそういう考えを汲んでなのだろう。
京香の口から何か聞ければ、京香の意図もわかるかもしれないし。
「どっちだろうな」
俺はいつも通り適当に流す。
「三人でいることの方が多いんじゃないですか? と言うよりあまり二人で居ることが多くないかもしれない……ですね」
俺が適当に流した後、少し間を置いて京香はそう言った。
「え、なんで?」
翔はすかさず京香に聞き返す。
「うーん、春さんのことは確かに好きなんですけど、何というか間に松原くんが居た方が気が楽というか……」
ん? なんかプレッシャーになるようなことしたか? 俺……
身に覚えがなさすぎて、何年か前にネットで見た、心に決めた相手がいても人が浮気する心理だのなんだのの記事が頭をよぎる。
交際相手への愛が重くならないようにとか、相手が理想的すぎて気を使うからとか……
いや、きっと杞憂だろう。京香は自分の考えをハッキリと口に出すのが得意な方ではないし、付き合い始めてからそれなりに経つのにまだ距離があるようにも思う。
付き合い始めた頃、お互いをあまり知らない時期に俺が何か京香の琴線に触れるような言動をしていたのかもしれない。
翔は人の彼女を取るようなやつじゃないし、ましてや京香がそんな簡単に他の人を好きになるとは思えない。
……いや、思えないか? 付き合っているとはいえ京香と俺には少し距離があって、京香も翔と話している時の方がリラックスして話しているような気がする。
いやいや、彼氏である俺が京香のことを信じないでどうする? 大丈夫だ、京香はそんなやつじゃない。
京香が喋った後、車内は妙な空気になってしまった。
しかしその妙な空気を払うように、翔が俺に向かって言った。
「今日の映画、2人で行って来なよ」
「……は?」
「いやさ、いつも誘ってくれるのはありがたいんだけどさ、やっぱ二人の時間を大事にしてほしいなって思って」
翔は膝の上に置いていたリュックを背中にかけ、携帯をポケットにしまう。
「春は言ってくれなかったけど、三田の口からやっと本当のこと聞けた気がするし、久しぶり……かどうかは知らないけど、二人っきりでちゃんとデートしてきなよ」
「そんなこと言ったって、お前はどうするんだよ」
「この辺からなら歩いて帰れなくもないだろ」
「歩いて帰れなくもないって……無理じゃないだろうがここから歩いて帰るとなると結構かかるぞ?」
「いいんだよ! だるくなったらタクシー捕まえるなりバス乗るなりするからさ、だから俺のことは気にするな、そこのコンビニで降ろしてくれ」
こうなると翔は意思を曲げない。連れて行った所でいつのまにか消えているだろう。
「……本当にいいんだな?」
「そう言ってるだろ」
言われるがまま、俺はすぐ近くのコンビニに車を止め、翔を降ろす。
「んじゃ、楽しんでこいよ」
「あ、ああ」
翔に見送られて、俺はまた車を出す。
「じゃあ……行くか」
「ええ、そうしましょう……」
ずっと呆気にとられていた京香だったが、少し声が柔らかくなった気がする。
本当は京香も二人の時間を欲していたのかもしれない。
でもそれなら何故京香は俺から誘った時にだけ頑なに二人を嫌がるのだろう? 変なことをする気があると思われているのだろうか? まだ京香は何か隠している気がする。一度ちゃんと聞いてみた方がいいかもしれない。
「デート……って結構久々だな」
「ええ、そうですね」
「京香はさ、その、俺と二人だと気を使っちゃう……とかある? もしあるなら……その……気を使わなくたって、好きになった子をそんな一瞬で嫌いになることなんて無いからさ、だから……」
俺が言葉選びに苦戦していると、京香は優しい声で答えた。
「大丈夫、分かってますから、大丈夫ですよ、私もちょっと、意地悪しすぎちゃったみたいです」
「え? 意地悪って……」
「ふふっ、気にしないでください、私が好きなのは春さんだけですから」
その言葉と上品な笑い声が、少し含みのあるように聞こえて仕方がない。
ああ、ダメだダメだ! 何でも疑ってしまうのは今の精神状況が良くないからだろう。
「そっか、じゃあ安心していいのかな」
「ええ、安心してください」
不安を押し殺すように俺はその言葉をそのまま受け取り、無理矢理安心する。
そうこう話しているといつの間にか映画館の目の前まで来ていた。
「映画、楽しみですね」
「ああ、そうだな」
駐車場に車を止め、映画館へと歩き出す。
俺の不安と反比例するように、京香の表情は柔らかくなっている。
その表情を見て、俺はやっぱり考え過ぎだったんだろうと、京香の手をいつもより少し強く握った。
ハッピィィィィィィィバレンタイィィィィィィィン!!!!!!!!
チョコ貰えた?ねぇねぇチョコ貰えた?
Twitter: https://twitter.com/hotarubi_tumugi?s=21