2 : 窃視性愛―ボイヤリズム―
※この作品はフィクションです。実在する人物、団体等とは一切関係ありません※
帰ってすぐにシャワーを浴びる。これは実家にいる頃から変わらない私の帰宅後のルーティーンだ。
「初日からこれか……大丈夫か私の大学生活……」
シャワーを浴びながらそんなことをつぶやく。
水橋さんとはこの後一緒に通話しようって話にもなったし、まあ初日からしっかり友達が出来たのはいいことだと思うけど……
一方で帰宅した目は、モニターに映る篠宮のシャワーを見ていた。
「昔と比べたらだいぶ見やすくなったなぁ……ここまでうまく事が運ぶともう運命なんじゃないかなって思うレベルだよ」
ティッシュをゴミ箱に投げ捨て呟く。
「篠宮さんが第一志望に落ちることに賭けるしかなかったからなぁ……一か八か、親父に頼み込んだ甲斐があったってもんだ」
目の父親は有名な総合病院の開業医である。そして目の通う大学、つまり篠宮や水橋も通う大学の医学部は全国的に有名であるため、目は父親からも当初から入学を勧められていた、元々頭が良かったこともあり、父に言われるまま目はそのまま受験し合格。それに加え、目の父親はこの大学に息子を入れることを見越し、大学近くのマンションを購入していた。そして目の進学が決まって数日経ったある日、篠宮の進学先が決まったその日に、目は父親に『マンション経営を学びたいから自分が住む予定のマンションの経営に関わらせてほしい』と父親に頼み込み、父親はその頼みを快諾。
マンションの不動産名義やあらゆる権限の名義は父親のものとしつつも、直接運営に関わる部分は目にゆだねた。
そして、篠原が同大学へ進学し、なおかつ自分のマンションの内見に来たこと、そして入居を確定したことを知った目は、篠原が入居を確定した部屋の風呂、そして脱衣所の丸型蛍光灯のカバーを一部カバー型のカメラにつけかえることで、安定かつ確実、そして近い距離での『のぞき』を可能とした。
「こっちに来る前はこんなところまで見られるなんて思わなかったなぁ……彼氏がいたって話も聞かないし、篠宮さんのこの美しい身体を知り尽くしてるのはきっと僕だけ……家族よりもよっぽど僕の方が篠宮さんの美しさを知ってるんだ……」
1人愉悦に浸る目。
一方、監視されていることなどつゆ知らず、篠宮は風呂を終え、体を拭いて脱衣所で寝巻きへと着替えていた。
「あ、水橋さんからメッセージ来てる……」
数分前に風呂を上がったことを連絡するメッセージだった。
「もう上がってるのか……なら早くしないとな」
ドライヤーで髪を乾かし、さっと化粧水を塗って自室のベッドに向かう。そして、腰を下ろして電話をかける。
すると1コールですぐに水橋さんは電話に出た。
「あ、もしもし篠宮さん? 今日は大変だったね!」
電話口から聞こえる元気な声に何だか少し安心した。
「元気ね、もっと疲れ果ててるかと思ったんだけど」
「むしろ今まで困ってたストーカーが捕まってやっと一息つけるって感じだよ……
というわけで、事件の話よりもっとお互いの話をしましょ!」
「そうね、色々あってまともに話もできてないし……」
「あと、篠宮さんだとちょっと呼び方が硬いから蘭ちゃんって呼んで良い? 私のことも雫ちゃんって呼んでくれて良いから!」
苗字にさん付けから一気に下の名前にちゃん付け……やっぱり距離は一気に詰めるタイプなんだなこの子……
「わかったわ、改めてよろしくね雫ちゃん」
「うん! よろしく蘭ちゃん!」
「じゃあ早速だけど、雫ちゃんは彼氏さんとかいるの?」
最初にこの話題はちょっとアレかも知れないが、雫ちゃんはこういうガールズトークらしい話題の方が好きそうだし、まあ無難だろう。
「彼氏はいたことないな〜。高校の頃に好きな人はいたけど」
ちょっと声色が明るくなった。やはりこういう話題の方がいいのだろう。
「その好きな人ってどんな人だったの?」
「どんな人……みんなの憧れの的っていうか、顔が良くて、人当たりも良くて、運動もできて、勉強もそれなりにこなしてた、超完璧! な人だったよ」
「そんな人実在するの……?」
「したの。ま、その人は中学のことから彼女いたみたいなんだけどね! 彼女さんとは高校が別だったみたいだからよく知らないんだけど」
「まあそんな完璧な人いたらそりゃ彼女くらいいるか……」
「そうそう、だからまあ好きな人とは言っても叶わぬ恋だった訳ですよ」
「なるほど……雫ちゃんの恋は不毛な恋だったわけね」
「なんでわざわざあんまり良くない感じで言い直したの? というか蘭ちゃんは? 好きな人とか、彼氏とかいないの?」
「いないなぁ……好きな人とかも居たことないし」
「えぇ!? 自分に何もないのにこの話題振ったの!? 何かずるくない!?」
「ごめんごめん……でも本当に無いものは無いし、大学で良い人が見つかればまた話すわ。
あと、言いたくないことだったら別に良いんだけど、大学受験失敗して追い出されたってどんな感じで……?」
「あー……うん。
うちは両親と私と3つ上の兄の4人暮らしなんだけど、両親共に学歴重視の人でさ、兄はもともと頭が良くて、有名私立の法学部に進んだんだけど、私あんまり勉強得意じゃなくてさ……
はっきり言っちゃうけど、大学受験失敗を機に親に捨てられたって感じかな、メッセージアプリもブロックされてるし、電話も着信拒否にされてる。
学費と家賃は4年分全額事前に口座に振り込まれてたけど、それ以降はアクションないし、実質絶縁状態って感じかな」
「そうなんだ……私も似た感じだって言ったけど、雫ちゃんの方が全然大変で……ごめんなさい……」
想像以上だった、私と比べられたもんじゃない。
申し訳ない。
「え? いいよいいよ! むしろ今はあの家から解放されて私すっごい楽しいから!」
「ならなにより……なのかな?」
少々言葉に詰まる。
「えっと、蘭ちゃんは? 蘭ちゃんの家はどんな感じだったの?」
「私は両親と3人暮らしで、昔から両親は私に『自分の好きにやれ』って言ってたんだけど、実際は自分たちが描いたレールをさも私の意思で選んだように見せかけるための言葉だった。自分で何かしようとしても、何をするにも『やめた方がいい』『将来性がない』『意味がない』って言ってくるんだ。
でも、全然怒ってる感じじゃなくて、本当に心からそう思って両親は言っていたんだと思うけど、それで私自身の意思の選択の範囲はどんどん狭くなっていってさ。
大学受験失敗で両親の理想から外れたんだろうね、産まれて初めて本気で怒られて、殴られもした。
でもそれは、愛のある暴力でも言葉でもなくて、ただ自分の思い通りに娘が動かなくなったことへの苛立ちとか怒りを直接ぶつけてきただけだった……
高校3年の終わりとなるともう流石に子供じゃないから、そこで両親を信じちゃいけないって気付いた。
それで家を追い出されてというか飛び出してというか……」
「なるほどね〜……蘭ちゃんも十分すぎるほど苦労してるよ……っていうかそれ、学費とかどうしてるの?」
「学費と家賃だけは毎月振り込んでくれるんだ。口は聞いてくれないけど。だからまあ同じような感じね」
「そっか……」
「うん……あっ、ごめんね! こんな話し辛い話題振っちゃって……」
「気にしないで! 詳しく聞いて蘭ちゃんにもっと親近感湧いたし!」
「そう……ならまあ……」
「うん! 大丈夫大丈夫!」
「ならいいけど……あ、そうだ! あのストーカーの人って結局何だったの……?」
「あ、そっか、蘭ちゃんには話してなかったね! 警察署で話したからすっかり話したつもりになってた!
あの人、高校の同級生なんだ。名前は桐山 快斗。
私が彼に尾けられてるのに気付いたのは高校3年の秋だけど、実際いつからストーカーされてたのかは分からないんだ。
特に深い関わりもなかったし、いまいちストーカーする動機はわかんないんだけど……」
「深い関わりも無かったのになんで名前知ってるの?」
「ストーカーされてるのに気付いてすぐ、先生とか友達に聞いたんだよ」
「なるほどね」
「桐山について私が知ってる情報はこれが全て!」
「それだけ!?」
「さっきも言ったけど深い関わりは無いんだってば!」
「そ、そうだったわね」
「眠くて話に集中できてないでしょ?」
「えっ……」
「いーのいーの! 無理しないで今日は寝ましょ! ね!」
「そうね……実際今日は色々あって疲れたし……お言葉に甘えてお開きにしましょうか」
「うん! それがいいよ!」
「分かったわ。 それじゃまた明日、おやすみなさい」
「おやすみ!」
雫ちゃんの元気なおやすみを聞いて電話を切る。
そして電気を消し、布団を被って私は目を閉じた。
正気とは思えないほど忙しい夏ですね。
勘弁。