#08. 都市ブライヒェン
Tシャツとルームパンツは脱げないので、その上からダブレットを着て、粗布のズボンを履き、マントをはおる。
粗末なブーツの履きごこちは悪いが、素足でいるよりずっとマシだった。
左脚は、ひざ下で失っているので、ひろった手ごろな枝を杖の代わりにしている。
もっともめだってしまう黒髪は、ゆいあげて固くむすび、頭巾ですっぽり覆い隠した。
「うん、これなら、人前に出ても騒ぎは起きないでしょう」
イツキの全身を検分して、レイシィは言った。
「とけこめてマス?」
「正直に言えば、やっぱりその肌の白さ。わたしたちの感覚ではだいぶ気持ち悪い。
くどいようだけど、外見だけでかなり悪印象を抱かれるということは、自覚しておいて。
まあ見た感じ、農民以下の外道、つまりだれかの奴隷。
見た感じというか、事実そうなんだけど」
──手きびしいデスね。
この世界には、人間はみんな平等、などという思想はないようだ。
しかし問答無用で殺されないだけ、改善したと思うべきだろう。
黒髪を隠しているかぎりは、外道という名の「身分」があるのだ。
最下層の身分でも、あると、ないでは、まるでちがう。
「当然、その衣類代もツケておくからね」
「へあー。ナントカして、貯めて返しマス」
神妙に(?)答えてから、ふとリオンに目をやる。
「リオンの服装は、チョット変わってマスよね?」
それを言うなら、レイシィの服装だって、イツキとはかなり異なる。
ただこちらは、動きやすさを考慮しつつ、複雑に重ね着したローブとマント、それに高級感のある編み上げブーツであって、イツキに与えられた服装をグレードアップした感じ。
それに比してリオンの服装は、なんか根本的に方向性がちがう。
赤色の、フードがついた、足もとまで丈のあるマント。
しかしマントの下は、ずいぶん肌の露出が多い。黒っぽい革製のベストとパンツ、腹部は外気に晒されている。それに指なしのグローブ。
全体に、鋲を打って補強してあった。
イツキの感覚で言えば、パンクっぽいファッションだ。
「たしかに獣人族は、ぴったりした革製品が好きよね。
人間が、まして女性がそんな服装だと、はしたないと思われてしまうけど」
レイシィが説明してくれるが、リオンに、はしたないという感覚はなさそうだ。
「動きやすいのがいちばんいいよ。
ほんとはマントもイヤなんだけどなー、内側に武器とか隠せるからさ」
「魔法使いも、重ねたローブの下に触媒なんかを仕込むから、発想はおなじね。
わたしたち、旅人の服装は実用性最優先だから。
そういう意味では、イツキの、下着みたいな服装の方がよほど奇妙よ。あなたの国じゃ、みんなそうなの?」
「や、そーゆーワケでは……」
「強いて言えば、貴族の寝巻着みたい」
レイシィの連想はかなり正解に近い。
事実、イツキは、似たようなデザインのシャツとパンツを年中、着まわしており、寝る時も着替えていなかった。
外出せず、エアコンの完備した空間で暮らしていたからこそ、可能な服装だ。
そのライフスタイルは、こっちの世界では、よほど裕福な貴族のそれに近いだろう。
イツキの世界の基準でいっても、彼女の家は、裕福な部類であったわけで。
「マア、デモ、こっちでは片脚の乞食デスよ」
自虐的にイツキは言った。
「そうね。それと、黒髪は本当に用心して隠してね。
見つかれば、悪魔の手先と思われて、即、火刑台か絞首台送りだから」
レイシィに念を押される。
それはつまり、人々のなかにいるかぎり、片時も気が休まらないということだ。
ため息交じりに返事を返した。
◆
森にたたずむベルガの小屋を出たあと、レイシィがあやつる馬の後ろに乗せてもらって、村の中心をめざした。
中心にはブライヒェンという都市がある。都市の外周、ぐるりを農村が囲んでいるのだ。
第一城壁の門で、番人に用向きを問われるが、形式的なものであり、顔パスも同然だった。
その内側は、低所得層の市民たちの居住区になっている。
都市は通常、円錐状に建てられる。中心に近づくにつれて、第三城壁まであり、セキュリティレベルが高くなる。
レイシィは第二城壁もパスして、第二市区まで、めんどうな手続きなしで入ることができるらしい。
市内の、下層民と上層民がまじわる、いちばん活気のある区域。
バルデン王国で二番目におおきな都市なのだと教わる。ほとんどの国民にとって、あこがれの大都会。
しかしイツキの感覚では、都会的とは言いがたかった。
人口密度が高く、ごみごみしている。
ぼんやりしてると人と衝突したり、悪ければ馬に蹴飛ばされそうだ。
なにやらエキゾチックな香辛料っぽい刺激臭に、フルーツのような甘い香り、人々の体臭、家畜の肥料、それに、人糞のにおいが混じっている。
活気とか生活感なんて言葉では足りないほどの、混沌たるエネルギーに満ちている……ちょっとたじたじとするほどに。
まあ、イツキの知る都会の暮らしというのも、人工的に管理されすぎて無味無臭、反対方向に極端であったのかも知れないが。
この市区にある治療施設が、目的地だった。
イツキの左脚は、ベルガとレイシィが能うかぎり最良の治療をほどこしたおかげで、良好な状態にある。それでも、専門の治癒師に診せないわけにはいかない。
なにより、きちんとした義足を作らないと、断面から、肉が下がって骨が露出し、また化膿してしまう。
義足はもちろんオーダーメイドになる。耐久性も必須なので、ブラックウッド製、もっともシンプルで安価なものでも、完成に一〇日を要した。
だいたい銀貨五〇枚の出費。
イツキの、レイシィへの借金は合計二〇〇枚ということになる。
ちゃんとした義足を装着しても、バランスが取れず、立つだけでもむずかしい。
そんなイツキに、レイシィは言った。
「じゃあ、わたしたちも時間をむだにしたくないから、都市で適当に仕事、さがすわね。
あなたは、とっとと歩けるようになって、そうね……今日から三週間、あげる。
そのあいだに、まずは銀貨三〇枚、義足代にも足りないけれど、とにかく自力で稼いで役に立つことを証明しなさい。
でなければ、売り飛ばす。わたしにも買い手のアテならあるの。
ただ、確実に、死んだ方がマシなあつかいを受けるわ。状況、理解した?」
「はいな。わかりマシタ」
杖にしがみつくことで、どうにか立った姿勢をキープしているイツキに、
「せいぜい、がんばれなー!」
リオンも一声、かけてから、ふたりとも馬で駆け去ってしまい。
イツキは向きを変えようとして、転んだ。……重いため息を落とす。
読んでくださってありがとうございます♪
【次回】#09. 酒場にて(1)、3月20日(金)更新予定。
内容としては、イツキが金策に苦労したり、まずいエールで呑んだくれたりします。お酒は二十歳になってからー!