表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗黒転生/異世界がマジで殺しにきてる  作者: 猿谷ちひろ
1st - Die Die My Darling
8/41

#07. 魔女の家(4)

「レイシィ。あなたに協力はしてもらったけど、この子を拾ったのはわたしよぉ?」


 ベルガが口をとがらせる。

 間延びした口調は変わらないが、杖を構え、目つきが鋭くなっている。


「まあ、その主張はもっともね」


 レイシィは答えながら、眼鏡を外す。細い鎖でつないであって、首から下げるかたちになった。

 眼鏡をはずしただけ。それなのに、レイシィのまわりに威圧的な空気が生まれる。


 リオンを見れば、もっとあからさまだ。手に握っているのは、投げナイフだろう。


 ──……ええー? コワイ。


 つぎの瞬間、ベルガとレイシィのあいだで、見えない力がぶつかった。

 はたで見ているイツキが、たじろぐような圧。

 杖をかざしたベルガと、レイシィのあいだで、気流のようなものが渦巻いている。

 目を凝らすと、くっきりしてきた。


 空間に、色のついた砂のような、細かな粒子が見える。

 レイシィの周囲には、緑と金。

 ベルガの方は、杖の先端に青い燐光を集めている。

 両者は色のついた粒子を操っている。ちょうど、磁石で砂鉄を吸い寄せるように。


 なぜ自分にこんなものが視えるんだろう、と考えて、イツキは思い至る。

 眼鏡の、《ものを視る》機能が拡張されて、視えざる力の流れが、視えているのだろう。


 刻々とかたちを変えてうねる力の流れは、互いの隙をうかがっているようだ。


「魔女の杖は、軽々しく人に向けていいものじゃないわよ」


 言い終わると同時に、レイシィは左の手のひらを前に突き出す。

 粒子が、瞬時に収束し放たれる。

 ビーム光線的なそれを、ベルガは左手で受け止めた。その手から粒子が薄く、盾のように拡がっており、それに阻まれた光線は、ぱきーん、とでもいったような高音とともに霧散した。


「軽はずみに発砲したのはあなた」


 言葉とともに、右手の杖を薙ぐ。

 杖の途中から、水銀のようなものがからみつき、稲刈り鎌に似た形状に伸びて、その刃がレイシィの首を切り裂いた。

 しかしレイシィの姿は、液体のように揺らめいてかき消え、ベルガの側面に出現する。

 そして不敵に笑んでみせた。


「よく狙いなさいな」


 ベルガは舌打ちして向きを変え、リオンに背中を見せた。

 びゅ、と風がうなる。

 放たれたナイフはしかし、ベルガのうなじに突き立つ寸前で、鞭のようにしなる青い光に弾かれて。

 軌道を逸らされ回転し、壁に刺さった。


「ちょっとぉ……本気で、投げたわね?」


 ベルガが杖をおろしたとたん、張りつめていた空気がゆるむ。

 無防備に、レイシィに背を向けて、ベルガは壁に刺さったナイフを引き抜くと、リオンに放り投げる。


「ババアもわりとマジだったろ?」


 ぱし、と受け取りながらリオンが応じる。


「若いのに、冗談も通じないのねぇ。二対一で正面から仕掛けるわけがないじゃない」


「ま、そうでしょうね。互いの手のうちを知っているわたしたちで争っても、長引いて疲れるだけだし……」


 レイシィも眼鏡をかけなおした。


「でも、不満は不満なのよぉ?

 お金持ちの後ろ盾があるあなたとちがって、わたしはかつかつなんだから。

 その子、レイシィに譲ってもいいけど、わたしの取り分をちょうだいよ」


「わかってる。かけひきするほど、知らない仲でもなし……銀貨七〇枚でどう?」


冗談シェアツ! 倍よぉ、一四〇」


「八〇よ、業突張り(ゲーツェハル)


「一三〇」


 レイシィは、ため息を吐いてから言った。


「一〇〇。これで納得できないなら、それこそ本気でやりあうしかない」


「……ま、妥当だわぁ。成立」


 そう聞くと、レイシィは外に出ていった。

 イツキはあとで知ったことだが、外の馬に金を積んであったのだ。不用心なようだが、魔法で防犯対策をしてある。

 取引相手の姿が見えなくなると、ベルガはほくそ笑んだ。


「邪教徒に売るより、得しちゃったかもぉ。

 でも、その子にそんな価値があるのかしらね。リオンも、いいの?」


「銭勘定はレイに任せてるからな。

 あたしは用心棒であって、金はこていく……? アレだし」


 リオンは投げナイフをもてあそびながら、興味なさそうに答えた。

 固定給、と言いたかったのだと思う。


 別れぎわ、ベルガはレイシィに言った。


「もう一〇年以上経つ。話したように、カヴンの連中に訊いても手がかりはなし。

 まぁわたしの情報網なんてたいしたことないけれど。

 さすがにあきらめた方がいいんじゃないかしらねぇ?」


「わたしには彼女が生きていることがわかるの。

 償わないわけにはいかないわ。

 それよりあなたこそ、夜魔は退治されたらしいけど、当分村人は気が立っているでしょうから気をつけなさいよ」


 ベルガは片方の唇の端だけ吊り上げた。


「ええ、また顔を見せにいらっしゃい。つぎもロイヤルで負かせてあげる」


 レイシィは少し苦笑して、「じゃあね、元気で(ヴェーレ・カーヴェ)」と軽く手を振った。


 ◆


 かくして、イツキの所有権はレイシィに移った。


「しかし、平然と人身売買してマシタよねー」


「イツキの国ではどうか知らないけど、こっちじゃ日常茶飯事よ。ふつうの奴隷で、相場は銀貨六〇枚くらいね。

 言っちゃ悪いけど、イツキの外見では、タダでも買い手がつかないでしょうけど」


「あたしら獣人だって、安く買い叩かれるからなー。腕っぷしなら、人間よりも強いのにさ」


 リオンがフォローというか、補足する。


「ベルガがあなたを邪教徒に売ったとしても、あの人たちもまずしいから、まあよくても八〇枚くらいの稼ぎを想定していたはずよ。

 わたしはあとくされがないように、ちょっと奮発したわけ。意味、わかる?」


「え? ハイ。ベルガさん……ベルガは、予想より二〇枚、儲かったワケデスよね」


 道理でほくほくしていたはずだ。


 レイシィはちょっと、意外そうな顔をしていた。

 訊けば、出自が商人か、かなり上流階級でないと、教育を受ける機会はないらしい。

 もしくは、レイシィやベルガのような、フリーランスの実力主義者であるか。


 イツキは自慢ではないが、ひきこもりとはいえ、三桁くらいまでなら、乗算、除算もそらでできる。

 これはこちらの世界では、ちょっとした特技になるようだ。

 それに、語学力と識字……。

 ないよりマシだが、地味なスキルであることは否めない。


「そういうことだから、あなたには銀貨一〇〇枚。

 いえ、手間と時間、諸々、込みで、最低でも一五〇枚以上の利益を生み出してもらわないと困るの。

 のんびりしてたら、どこかに売り飛ばすわよ?」


 レイシィあらため新しいご主人さまは容赦なく無茶振りしてくる。

 こっちには地味なスキルしかないというのに。





 読んでくださってありがとうございます♪


 【次回】#07. 城塞都市ブライヒェン、3月13日(金)更新予定。


 内容としては、イツキが、レイシィとリオンに連れられて、近くの大都市に行きます。手当てを受けたとはいえ、義足を作らないといけませんので。領主さまに会えたりは……しません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ