#06. 魔女の家(3)
「ね、あなたのその衣服。見た感じ、ずいぶん強力な魔法がかかっているみたい。
それをゆずってもらって、チャラにできるかも知れない。
あなたを殺して奪うほど、さすがにわたしたち、あこぎじゃないし。
ちょっと脱いでみせてもらえるかしら」
レイシィの代案は、邪教徒とやらに売り飛ばされるよりは、ずっとマシだった。
イツキの世界では安物の衣服でも、こっちの世界の布としては上質なものだろう。
イツキはすなおにシャツを脱ごうとして、そのことに気がついた。
シャツも、ルームパンツも、まったく汚れていない。そんなはずはないのだ。泥にまみれ、血と汗をさんざん吸ったはず。破れたり、ほつれたりしていてもおかしくない。
なのに、新品同様……というか、元の世界で着ていた時の状態のままだ。それに、衣服でつつまれた体が清潔であることにも気がついた。
半袖からむき出しの腕は、汚れて垢じみている。脚の傷だって化膿した。
だが衣服と、衣服に守られた部分は、損耗を受けないのかも知れない。
そういう効果が付与されているなら、こっちでは、強力な魔法がかかったものとして、特別の価値があるだろう。
「どうかした? この場には女しかいないわよ」
レイシィにうながされ、「あ、ハイ、そーゆーコトではなくて」とつぶやきながら、ばっさり脱いだ。
ちなみにブラジャーは着けていなかった。
必要を感じるほど胸がなかったのと、あとめんどくさかったから。
数分後、衣服を譲ることは、不可能だとわかった。
イツキの体から、離すことができないのだ。
シャツがイツキの肌に触れている面積が、一割から二割程度になると、そこでぴたりと離れなくなる。
つまり脱ぐことは可能なのだが、シャツの一部分がイツキのどこか、腕などに接していなければならず、それ以上は引き離せない。
リオンも興味を惹かれたようで、
「これさ、イツキにくっついてる部分の、皮ごとひん剥いたらいいんじゃね?」
物騒な提案をして、「まあちょっと試すだけだから」と実践しようとしたのだが。
シャツの伸縮性が許すかぎり、伸びるだけで、それ以上はどうにもならない。
どうしてもというのなら、本当に、接面の肉を刃物で削ぐしか方法がなさそうだが、さすがにだれもそこまでやろうとは言わなかった。
「それなら、こうしたらどうなるんだ?」
リオンは、イツキの腹を、獣人族のじょうぶな爪でシャツの上からがりっと引っかいた。
「イターっ!」
イツキは声をあげるが、しかしシャツは破れていない。
レイシィが、すそをめくってみると、イツキの腹にみみず腫れのような痕は残っていた。
「なるほど、衝撃をすべて吸収するわけじゃないのね。とくに、殴りつけるようなダメージには弱いと。
それでも、これだけ丈夫で、軽くて身軽に動けるなら、鎧甲冑よりずっと高性能じゃない」
ため息をついた。
「相当な値打ちものだけど、イツキから離せないのでは意味がない」
「やっぱり、邪教徒に売りましょう」
黙ってようすを見ていたベルガが、平坦な口調で結論した。
「ちょ、チョット待ってクダサイよ。ナニカ、方法があるカモ……」
「そうはいっても、ベルガもわたしも慈善家ではないからね。
あなたに、いわば先行投資したぶん、確実に稼ぎたいわけよ」
こちらも淡々とした口調がかえって恐ろしい。
──ヤバイ。ヤバイ。ナニカ思いつかないと、マジで売り飛ばされル。
──この人たち、感情で判断しないケド、情にほだされるコトもナイ。
ほかに使えるものがないか。
この人たちに利用価値をアピールできるようなもの……。
◆
この世界にイツキが持ち込んだものは、どうやらすべて特殊な力をおびている。
共通点として、第一に《破壊できない》ということ。厳密には《状態保持》で、この世界に持ち込まれた瞬間の状態を、留めようとする。
第二に《イツキの体から引き離せない》ことで、一割から二割程度、イツキの体に接点を保とうとする。
それに加えて、その道具、本来の用途が、拡張されているようだ。
ポケットから、スマートコンピュータを取り出す。
ここが異世界であると理解した上で、あらためて、どう使えるのか、検証してみた。
通話機能が使えないことは、すでにわかっている。
ネットは利用できるのだが、元の世界のネットにつながっているわけではない。
こっちにきた瞬間に作られた、《インターネットのコピー》とでも呼ぶべき膨大な情報にアクセスしているらしい。
コピーは、オリジナルとちがい、コピーが生まれた瞬間の状態で凍結しており、更新されない。
具体的には、四月一三日以降、更新された情報が存在しない。当然、双方向的なやり取りも不可能だ。
もとの世界の、ネット上の情報が、こちらの世界で役に立つのか? これは応用次第だと思う。
もし、スマコンの機能をレイシィにシェアできれば、発想が広がりそうなのだが、無理だった。
イツキがスマコンを手にしたまま、レイシィに差し出して、さわらせてみたが、彼女が画面をタップしても、まったく無反応なのだ。
それに、レイシィには異世界の文字が読めない。
ただ、動画や音楽を再生してみせたところ、レイシィとリオンは歓声をあげ、テンション爆上がりだった。
ベルガは、未知の恐怖を感じたようで、ドン引きしていた。
……とにかく、こっちの住人に、相当なインパクトを与えることができるわけだ。
ネットより、使い道が明確な機能は、光だった。
こちらの世界で、光は、非常に需要が大きい。
しかし、薪や油を燃やすにせよ、魔法を使うにせよ、コストが高い。
この点、イツキのスマコンは、《状態保持》のため充電が切れる心配がなく、LEDライトを無制限に使える。
ルームパンツのポケットは《ものを収納する》機能が拡張され、なかが異空間になっていた。
無限ではないのかも知れないが、試してみたかぎり、いくらでもものが入る。
なかに入れて手放した瞬間、吸い込まれるかのように、重さも体積も消える。
それは、イツキ自身が「どれを取り出そう」と意識しながら、ポケットに手を突っ込まないかぎり出てこない。他人が、イツキのポケットに勝手に手を突っ込んでも、取り出すことはできない。
レイシィ曰く、こっちの世界の魔法技術でも似たようなことは再現できるが、イツキのそれは、相当高度なものらしい。
ただし、残念なのは、ポケットの口がちいさいことだった。
具体的に、イツキの手に収まる程度のものしか入らない。このサイズ制限はかなりきびしい。
「それでも、とにかく、イツキの持ちものには独特の力がある。
そしてそれは、イツキにしかあつかえない。
こうなると、イツキを早急に手放すのは惜しいわね」
レイシィが宣言したので、イツキはほっとした。
「あら、勝手に決めないで欲しいわぁ」
ベルガが、どこか冷たい声で言う。
イツキは、彼女がいつの間にか、みょうな形にねじくれた棒……いや、杖を手にしていることに気がついた。
歩行の支えにするためのものではなさそうだった。
読んでくださってありがとうございます♪
【次回】#07. 魔女の家(4)、3月6日(金)更新予定。
内容としては、ベルガの家における、最終エピソードとなります。イツキの今後が決まります(本人の意志を無視して)。