#05. 魔女の家(2)
つぎに目が覚めた時、イツキはずいぶん楽になっていた。熱も下がっているようだ。
左脚の断面には、清潔な包帯を巻かれている。
イツキは、藁の上にシーツを敷いた寝床から、上半身を起こした。
最初に、リオンが視界に入る。
床にじかに座り、壁にもたれ、革袋からラッパ飲みしていた。中身はおそらく酒らしい。
レイシィとベルガをさがして視線を横にやると、
「待ってよぉ……。水の三、商人に変えるわぁ」
「おっと。はい、水、警士ね」
「五、六、騎士に学師」
「王よ、ないでしょう?」
「ああもう! 忌々しい。……なぁんてね、夜よ、あがり」
レイシィはちいさく悪態をついて、テーブルをごつんと叩く。
向かいに座るベルガは、じゃらじゃらと銅貨をかき集める。
「いまのがポーチに入れてたぜんぶ、だったわよねぇ? 全財産スる前におりたら、お嬢ちゃん?」
「うるさい。ちょっと取ってくるから待ってなさいベルガ」
イツキが見ていると、椅子から立ち上がりかけたレイシィと目が合った。
ベルガも、こちらに気づく。
「エット……お世話になりマシタ」
とりあえず、あらためて礼を述べた。
いささか荒っぽいこともされたが、農村における塩対応に比較するかぎり、神対応と評価せざるを得ない。
「どういたしまして。
それじゃあ、質問に答えてもらうわよ」
レイシィはくわえていた煙草をもみ消しながら言う。
その要求は当然であり、是非もない。
「でも、イツキが助かったいきさつは、教えてあげる。森で倒れていたあなたを、ベルガが見つけて、この住まいに運んで手当てした。
けれど、自分の力だけでは助からないと判断して、わたしたちに協力を求めた。
それで、わたしとリオンもここにいる。わかった?」
イツキはうなずく。
「じゃあ、最初の質問だけど、イツキは何者? どこからきたの?」
答えづらい質問ではあるが、適当なことを言っても、すぐにぼろが出るだろう。
へたなウソは心証を悪くするだけだ。
「異世界からきマシタ。どうしてなのかワカリマセン。
とにかく気がついたら、森にいて、村に近づいても、追い払われて。
森で怪物に襲われて、ベルガさんに助けてもらった次第デス。
……信じてもらえマスかね?」
レイシィとベルガは顔を見合わせる。そして、引きつづきレイシィが口を開いた。
「とりあえず、イツキのしゃべり方って、おかしいのよね。ふつうの人間は気づかないでしょうけど、なにか、意思疎通……いえ、翻訳の魔法を使っているみたい。
それに、なんかこう、ぎこちないっていうか」
「ア、ぎこちナイのは、もとからデス。
自分、コミュ障なんでー。
なんか発音、おかしーんデスよね、サーセン。
デモ、魔法なのか、なんなのか、ナニカの力が働いて、会話デキテルのはたしかデス」
レイシィはちょっと考えてから、ふところから筆記用具を取り出して、書きつけたものをイツキに見せた。
「五柱神の導きが汝とともにあらんことを」
イツキが音読すると、レイシィは目を丸くする。
「古代語よ? これは学師でもないと読めないわ。どこで習ったの?」
「見たこともナイ、文字デス。でも見れば、意味は、頭に浮かびマス」
ふーん、とレイシィは興味深そうに鼻を鳴らす。
「異国語の翻訳と、識字を同時にこなす魔法ねえ。わたしの知るかぎりでは、そんなものは存在しない。
それにその髪。そんな、黒髪の人間なんて、ウワサにも聞いたことがない。
その軽装で長旅ができたはずがないし……」
むずかしい顔で考え込む。そして、結論した。
「異世界から来た、ね。
ちょっと飛躍するけど、とりあえず、信じましょう」
イツキは思わず深く息をついた。とりあえず、理解者を得られたという安堵感。
「つまり大海の彼方から飛んできたのよね? あなたは時空魔法の達人なのかしら」
「へあ?」
どうもまだ誤解があるらしい。
イツキにとっては〝異世界転生〟で意味が通じてしまうが、こちらの世界の人間にはそういう概念がない。
どうやら、「異世界」を、「ものすごく遠い異国」の意味だと思われている。
しかし訂正するのは困難というか、不可能に近い気がする。
「自分の意思ではナイんデスよ? だからその、時空魔法? も、使えないデス。
自分がなぜココにいるのか、スッカリ混乱している状態でして……」
そこだけ、とにかく強調しておいた。
同時に、すごく気になっていたことを質問する。
「あの、黒髪って、コッチじゃ、そこまでオカシイんデスか?」
「あー、うん。無色の……つまり灰色の髪は外道の証だから、ベルガだって、村に住まわせてもらえない。彼女の場合、ヘビの目だから余計にってこともあるんだけど。
とにかくそんなまっ黒の髪は、いったいどんな罪を犯せば、そこまで神々から呪われるんだ、って感じ。
警告しておくけど、世界中どこにいっても、だれもがイツキを殺そうとするわよ」
薄々察してはいたが、そこまでか。
黒髪への過剰な忌避は、このへんの地域の、迷信深い農民ならではの、限定的なものなのではないか、という、一縷の望みがあったのだが。
……しかしレイシィの言葉どおりなら、なぜ、ひろって治療までしてもらえたのかという疑問がわく。
「でもベルガさんは自分を助けてくれマシタよね?」
「敬称はいい。ベルガ、どうして助けたの?」
「邪教徒にね、ちょっとツテがあるのね。
あの人たちになら、いい値がつくかも知れないと思ったのぉ」
ベルガは即答し、レイシィはうなずいた。
「なるほど、あの連中の感性には、ぴったりかも。
めずらしがって、買うでしょうね」
イツキの商品価値という話になっている。
「あのー、つかぬことをうかがいマスが、人権って知ってマス?」
「身分証明でもあるの?」
レイシィにすぐ訊き返された。
着の身着のまま、気がついたらこっちにいたので、そんなものあるはずがない。
もしあっても、仮に、学生証を提示しても無意味だろう。
「それに、あなたは瀕死の重傷だったのよ? 治療は無料じゃない。
ベルガは《治癒》の触媒を使いきって、それに作り置きの薬湯をほとんどぜんぶ、あなたに飲ませてる。
わたしも貴重なアセラス膏を使った。
言わば、あなたは、わたしたちに多額の借金があるわけ」
「…………」
「ベルガが考えたとおり、邪教徒に売り飛ばされても文句は言えない立場よ?
それなら、わたしたち、もとを取ってお釣りがくるし」
恩着せがましいわけでもなく、論理的な口ぶりだった。
「じ、邪教徒、とは?」
イツキがおそるおそる問うと、レイシィは首をかしげる。
「言われてみると、よくわからないわね。
わたしら魔女は、多少の交流はあるけれど、閉鎖的な秘密主義だから」
「あいつら、きらい! アタマおかしいもん!」
いささかろれつの怪しい口調で、いきなりリオンが発言した。
レイシィがあとを引き継ぐ。
「そうね、行動原理が独特で予測しづらい。
ただ、とにかく五柱神に敵対してるから、イツキの外見になにかの価値を見出すのはまちがいない。
邪神の子として祀りあげるか、へんな儀式のいけにえにするか、そこまでは知らないけど」
イヤすぎる、とイツキは思った。しかし、どうすればいいのだろう。
もとの世界でさえ、働いた経験はないし、こっちでは、そもそも人々から拒絶される。
考えてみれば、仮に、黒髪が忌み嫌われなくても、知らない世界で活用できるスキルなんてあるわけがない。
自分はただのモラトリアム人間で、こちらではなんの後ろ盾も、身分証明もないのだ。
──異世界転生、詰みじゃん!
これではチート能力でもないことには、物語が始まる前に死んでしまう。
「ステータス・オープン」
「は?」
ちいさくつぶやくと、レイシィがきょとんとした。
「……なんでもないデス」
読んでくださってありがとうございます♪
【次回】#06. 魔女の家(3)、2月28日(金)更新予定。