表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗黒転生/異世界がマジで殺しにきてる  作者: 猿谷ちひろ
1st - Die Die My Darling
6/41

#05. 魔女の家(2)

 つぎに目が覚めた時、イツキはずいぶん楽になっていた。熱も下がっているようだ。

 左脚の断面には、清潔な包帯を巻かれている。


 イツキは、藁の上にシーツを敷いた寝床から、上半身を起こした。


 最初に、リオンが視界に入る。

 床にじかに座り、壁にもたれ、革袋からラッパ飲みしていた。中身はおそらく酒らしい。

 レイシィとベルガをさがして視線を横にやると、


「待ってよぉ……。水の三、商人に変えるわぁ」


「おっと。はい、水、警士ね」


「五、六、騎士に学師」


「王よ、ないでしょう?」


「ああもう! 忌々しい。……なぁんてね、夜よ、あがり」


 レイシィはちいさく悪態をついて、テーブルをごつんと叩く。

 向かいに座るベルガは、じゃらじゃらと銅貨をかき集める。


「いまのがポーチに入れてたぜんぶ、だったわよねぇ? 全財産スる前におりたら、お嬢ちゃん?」


「うるさい。ちょっと取ってくるから待ってなさいベルガ」


 イツキが見ていると、椅子から立ち上がりかけたレイシィと目が合った。

 ベルガも、こちらに気づく。


「エット……お世話になりマシタ」


 とりあえず、あらためて礼を述べた。

 いささか荒っぽいこともされたが、農村における塩対応に比較するかぎり、神対応と評価せざるを得ない。


「どういたしまして。

 それじゃあ、質問に答えてもらうわよ」


 レイシィはくわえていた煙草をもみ消しながら言う。

 その要求は当然であり、是非もない。


「でも、イツキが助かったいきさつは、教えてあげる。森で倒れていたあなたを、ベルガが見つけて、この住まいに運んで手当てした。

 けれど、自分の力だけでは助からないと判断して、わたしたちに協力を求めた。

 それで、わたしとリオンもここにいる。わかった?」


 イツキはうなずく。


「じゃあ、最初の質問だけど、イツキは何者? どこからきたの?」


 答えづらい質問ではあるが、適当なことを言っても、すぐにぼろが出るだろう。

 へたなウソは心証を悪くするだけだ。


「異世界からきマシタ。どうしてなのかワカリマセン。

 とにかく気がついたら、森にいて、村に近づいても、追い払われて。

 森で怪物に襲われて、ベルガさんに助けてもらった次第デス。

 ……信じてもらえマスかね?」


 レイシィとベルガは顔を見合わせる。そして、引きつづきレイシィが口を開いた。


「とりあえず、イツキのしゃべり方って、おかしいのよね。ふつうの人間は気づかないでしょうけど、なにか、意思疎通……いえ、翻訳の魔法を使っているみたい。

 それに、なんかこう、ぎこちないっていうか」


「ア、ぎこちナイのは、もとからデス。

 自分、コミュ障なんでー。

 なんか発音、おかしーんデスよね、サーセン。

 デモ、魔法なのか、なんなのか、ナニカの力が働いて、会話デキテルのはたしかデス」


 レイシィはちょっと考えてから、ふところから筆記用具を取り出して、書きつけたものをイツキに見せた。


「五柱神の導きが汝とともにあらんことを」


 イツキが音読すると、レイシィは目を丸くする。


「古代語よ? これは学師でもないと読めないわ。どこで習ったの?」


「見たこともナイ、文字デス。でも見れば、意味は、頭に浮かびマス」


 ふーん、とレイシィは興味深そうに鼻を鳴らす。


「異国語の翻訳と、識字を同時にこなす魔法ねえ。わたしの知るかぎりでは、そんなものは存在しない。

 それにその髪。そんな、黒髪の人間なんて、ウワサにも聞いたことがない。

 その軽装で長旅ができたはずがないし……」


 むずかしい顔で考え込む。そして、結論した。


「異世界から来た、ね。

 ちょっと飛躍するけど、とりあえず、信じましょう」


 イツキは思わず深く息をついた。とりあえず、理解者を得られたという安堵感。


「つまり大海の彼方から()()()()()のよね? あなたは時空魔法の達人なのかしら」


「へあ?」


 どうもまだ誤解があるらしい。

 イツキにとっては〝異世界転生〟で意味が通じてしまうが、こちらの世界の人間にはそういう概念がない。

 どうやら、「異世界」を、「ものすごく遠い異国」の意味だと思われている。

 しかし訂正するのは困難というか、不可能に近い気がする。


「自分の意思ではナイんデスよ? だからその、時空魔法? も、使えないデス。

 自分がなぜココにいるのか、スッカリ混乱している状態でして……」


 そこだけ、とにかく強調しておいた。

 同時に、すごく気になっていたことを質問する。


「あの、黒髪って、コッチじゃ、そこまでオカシイんデスか?」


「あー、うん。無色の……つまり灰色の髪は外道アウトサイダーの証だから、ベルガだって、村に住まわせてもらえない。彼女の場合、ヘビの目だから余計にってこともあるんだけど。

 とにかくそんなまっ黒の髪は、いったいどんな罪を犯せば、そこまで神々から呪われるんだ、って感じ。

 警告しておくけど、世界中どこにいっても、だれもがイツキを殺そうとするわよ」


 薄々察してはいたが、そこまでか。

 黒髪への過剰な忌避は、このへんの地域の、迷信深い農民ならではの、限定的なものなのではないか、という、一縷の望みがあったのだが。

 ……しかしレイシィの言葉どおりなら、なぜ、ひろって治療までしてもらえたのかという疑問がわく。


「でもベルガさんは自分を助けてくれマシタよね?」


「敬称はいい。ベルガ、どうして助けたの?」


「邪教徒にね、ちょっとツテがあるのね。

 あの人たちになら、いい値がつくかも知れないと思ったのぉ」


 ベルガは即答し、レイシィはうなずいた。


「なるほど、あの連中の感性には、ぴったりかも。

 めずらしがって、買うでしょうね」


 イツキの商品価値という話になっている。


「あのー、つかぬことをうかがいマスが、人権って知ってマス?」


「身分証明でもあるの?」


 レイシィにすぐ訊き返された。

 着の身着のまま、気がついたらこっちにいたので、そんなものあるはずがない。

 もしあっても、仮に、学生証を提示しても無意味だろう。


「それに、あなたは瀕死の重傷だったのよ? 治療は無料ロハじゃない。

 ベルガは《治癒ヒール》の触媒を使いきって、それに作り置きの薬湯をほとんどぜんぶ、あなたに飲ませてる。

 わたしも貴重なアセラス膏を使った。

 言わば、あなたは、わたしたちに多額の借金があるわけ」


「…………」


「ベルガが考えたとおり、邪教徒に売り飛ばされても文句は言えない立場よ?

 それなら、わたしたち、もとを取ってお釣りがくるし」


 恩着せがましいわけでもなく、論理的な口ぶりだった。


「じ、邪教徒、とは?」


 イツキがおそるおそる問うと、レイシィは首をかしげる。


「言われてみると、よくわからないわね。

 わたしら魔女は、多少の交流はあるけれど、閉鎖的な秘密主義だから」


「あいつら、きらい! アタマおかしいもん!」


 いささかろれつの怪しい口調で、いきなりリオンが発言した。

 レイシィがあとを引き継ぐ。


「そうね、行動原理が独特で予測しづらい。

 ただ、とにかく五柱神に敵対してるから、イツキの外見になにかの価値を見出すのはまちがいない。

 邪神の子として祀りあげるか、へんな儀式のいけにえにするか、そこまでは知らないけど」


 イヤすぎる、とイツキは思った。しかし、どうすればいいのだろう。

 もとの世界でさえ、働いた経験はないし、こっちでは、そもそも人々から拒絶される。

 考えてみれば、仮に、黒髪が忌み嫌われなくても、知らない世界で活用できるスキルなんてあるわけがない。

 自分はただのモラトリアム人間で、こちらではなんの後ろ盾も、身分証明もないのだ。


 ──異世界転生、詰みじゃん!


 これではチート能力でもないことには、物語が始まる前に死んでしまう。


「ステータス・オープン」


「は?」


 ちいさくつぶやくと、レイシィがきょとんとした。


「……なんでもないデス」





 読んでくださってありがとうございます♪


 【次回】#06. 魔女の家(3)、2月28日(金)更新予定。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ