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暗黒転生/異世界がマジで殺しにきてる  作者: 猿谷ちひろ
3rd - Sympathy for the Devil
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#10. 老師(2)

【3261字】


「しかし先生、自分、すでに五〇人、罪のない人を殺害してマス。

 ワタシなんかが生きていてもイイのデショウかねー?」


「その答えをすでに出しているからこそ、こんな老骨に師事するのであろう?」


 そのとおりだ。他人に訊くようなことではない。

 だまって死なないのなら、すでに生を選んでいるということだ。

 ただ、自分の存在をだれかに肯定してほしいだけだった。


 だが、アズィズが肯定したところで、イツキは、自分が楽になることを許せないだろう。

 夜魔の記憶と衝動も、否応なくイツキを苦しめつづけるだろう。

 愚問だった。


 ◆


 魔法がこの世界で重用される、ある意味ではもっとも重要な用途。

 それは遠隔通信手段である。


 魔法通信に先立って、この世界は物質マテリアル界と非物質エセリアル界に分かたれるという概念がある。

 非物質界に《潜行シンク》できなければ始まらない。


 体を、安全で、安心できる場所に横たえて、目を閉じる。

 一本の線を引き、その上に立つ自分を想像する。

 その自分が、自分そのものと感じられるほど、集中する。

 なにもない空間に、リラックスして直立している自分、その足下の地面さえ、リアルに感じられるほど、集中する。


 こうして自我の置き場を、肉体から霊体にシフトする。


 そのあと、後ろに倒れて《潜行》するのだが、これがかなりむずかしい。

 現実に、直立したまま、全身の力を抜いて、後ろに倒れるのとおなじことだ。

 つい、バランスを取ろうとしたり、無意識に体をこわばらせたりしてしまうだろう。

 だが無意識の抵抗が生じているかぎり、《潜行》は成功しない。


 うまく落ちれば、横たわる自分の体を見下ろすことができる。


 霊体で移動するにはコツがいり、慣れるまでは水あめのなかを泳ぐように不自由だ。

 しかし慣れれば、速度は向上し、周辺を偵察することができる。

 他人の霊体に攻撃して意識を奪うこともできるし、自分の魔法耐性も高まる。

 アドレスを知っている場所には、瞬時に移動することもできる。とはいえ長時間、肉体を離れるのは危険なのだが。


 魔法使い同士で《霊絡リンク》、つまりアドレスを交換するためには、左手に切り傷を付けてから、握手して、血を交ぜる。

 イツキとレイシィは《霊絡》しているはずだが、イツキは無属性であり、アドレスを読み取れなかったので、レイシィは困惑していたのだ。


 物質界に《帰昇ライズ》するのも、《潜行》同様に練習がいる。

 最初イツキはうまく行かず、アズィズのフォローがないと肉体にもどれなかった。


 最低限、意のままに《潜行シンク》と《帰昇ライズ》できるまで、訓練した。

 これだけできれば、応用は、これから独学していける。


 いちいち《潜行》までしなくても、《霊話コール》はできるのだが、そのためには、先んじて理論と、物質界と非物質界の行き来を体感しておく必要があるのだった。


 ◆


 最後に学んだのは、攻撃である。

 もちろん、ちゃんとした攻撃系統の魔術ではなく、プレーンな魔力をぶつけるだけでは、効果は薄い。

 それでも練習と工夫次第で、かなりの力を引き出せる。


 適当な岩石に、左手をあてて、接面から送り込むように力を解放する。

 〝発動〟の技法のひとつ、《魔掌タッチ》。事前にどれだけの力を貯めていたかにもよるが、岩石に細かなヒビくらいは入れることができた。

 殴りつけるように力を送る《魔拳フィスト》は、タイミングがむずかしくなるが、もっと出力が上がる。

 慣れれば、相手を失神させる、スタンガン程度の威力は見込めるらしい。


 しかし、魔法を使う利点は、なんといっても遠距離攻撃だ。


 単純にリリースするだけでは、数メートル先の相手を「見えない手で、どんと突き飛ばす」くらいがせいぜいになる。

 だが、指先から一点集中して力を放つ《魔撃シュート》では、弓矢で射抜く程度の破壊力を得られる。


 チャージ完了までの時間短縮や、精度が向上するまで、何百発も撃った。


 いちど、ほんの少し気がゆるんでおり、暴発させてしまった。

 人差し指の先に激痛が走り、見れば、指先が黒く焼け焦げて、爪がほぼ剥がれかけていた。

 イツキはその爪を噛み、ぶちりとむしり取る。痛みは、油断した自分へのいましめだと思うことにした。

 それ以降は、しばらくほかの指で練習した。


 剥がれた爪がもとどおりに生えるころには、三メートルくらいの距離なら、かなりの精度で狙った箇所に着弾できるようになった。


 同時に、《防壁シールド》も教わった。

 手のひらから、魔力を、盾のような形に、練りかためて伸ばす。

 これは攻撃よりずっとかんたんだった……強度を高めるには、まだまだ訓練が必要だが。


 ◆


 今朝は、いつになく空が曇っている。

 こんなことはめずらしい。

 ともあれ、気の滅入るような曇天でも、日差しに照りつけられるよりずっといい。


 イツキは、アズィズの目の前で、指示に従い、ひととおりのことをやってみせる。

 その結果に、老師は満足した。


「私に教えられるのはここまでだ。

 最初で最後の弟子は、まこと優秀であった」


「は? ソレはどーゆう……」


 おおきな岩石にもたれているアズィズは、おだやかな視線をイツキより遠くに向けた。

 イツキが振り返ると、ハーラル、それにふたりの若者……たしかオロフとイブールが近づいてきていた。


「アズィズどの。期日までの首尾はどうでしたかな」


「上々じゃよ、ハーラル祀長。

 そのふたりはなすべきことを心得ておるようじゃな。

 私は黙っていたはずだが?」


 オロフとイブールは、無表情に、穴を掘りはじめた。

 イツキはわけがわからないものの、ふたりのこわばった顔は、悲しみをこらえているせいだと気がついた。

 ハーラルが苦い笑いを浮かべて、答える。


「わしもすっかり年をとった。頭のめぐりが悪い。

 それでもな、一定期間後に若者をふたりともなって、会いにきてほしいと言われれば、さすがにわかったよ。

 あんたの強がるくせは、むかしから変わらぬ」


「引き伸ばしても先が見えておったのでな。

 私の夜がくる前に、最後の仕事はなにかと考えた。

 それはもう、成った。

 自分の蒔いた種がなにを生み出すか見とどけることはかなわぬが、良きものと信じておる」


 ふたりの会話を聞いていると、なんとなく事情がわかる。

 どうやらアズィズは化けミミズの攻撃を受けた時点で、自分が致命傷を負ったと悟っていたらしい。

 死期に、ハーラルに迎えを頼んでおいてから、イツキをともなって荒野に出た。

 魔術で自身を延命しながら、自分が感じている苦痛を隠して、なに食わぬ顔でイツキに指導した。


 ──うん。ハイ。ナルホドね。


 状況は理解できても、感情がともなわず、イツキは突っ立っている自分がただ間抜けに思えた。

 アズィズは、安らいだ表情に、しかしいまやくっきりと死相を浮かべている。


「光のなかで視えざるものが、闇のなかで視えることもある。

 人は太陽にあざむかれ、夜に救われることもある」


 声が聞き取りづらいので、イツキは近寄り、ひざまずいた。


「世界がいかなさだめをそなたに課すとも、まことの善にして大いなる御旨にゆだねよ。

 おのれの力をうたがい、にごった目で見てはならぬ。

 見えるものがすべてと決めつけてはならぬ。

 さすればそなたの力は、本当にこの世に呪いと災いをもたらすものとなってしまう」


「イヤイヤ、自分そんな大層なモンじゃナイってか、ただの人殺しッスよ」


 思わずさえぎってから、あ、こういうところがKYってかコミュ障なんだよなーワタシ、と反省する。

 ここは雰囲気的に、だまって神妙に聞く場面だろう。

 が、アズィズにはもうイツキの返答は聞こえていないようだった。


「よいか。ゆめ忘れるな。

 われわれは選ぶことはできるが、支配することはできん。

 そなたの力も……」


 老人はそこで激しく咳き込み、言葉をつづけるだけの体力を使い切った。

 イツキを見上げ、最後に苦笑いを浮かべてから、低く深く吐き出す息とともに、表情からなにかが抜け落ちていく。

 かすかに震えていたまぶたが静止すると、アズィズはもうどこにもいなくなっていた。


 イツキは気まずいみたいな思いで、少し言葉をさがしてから、


「お世話になりました」


 ぽつりとそれだけ呟いて、師の埋葬に立ち会った。


 曇天はいつしかちいさく硬い雨粒を落とし、四人の邪教徒と枯れた地を濡らした。





 次回から不定期更新とします。

 更新予定や近況は、活動報告でお知らせ致します。

 完結までおつきあいいただけると幸甚です。

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