#09. 老師(1)
【2854字】
イツキはアズィズについて渇きが原に出た。
アズイズの拠点は、歩いて半日ほどの距離。
日中のぎらぎら照りつける太陽や、夜間の冷たい風をいくらかしのげる、岩陰だった。
ここでイツキは、語られざるこの世界の歴史や、邪教徒のこと。
それと並行して、魔法のあつかいを学んだ。
暮らしは、覚悟していたよりはかなり快適だった。
夜間の冷え込みはきびしいが、イツキはどうせ眠ることができないので、一晩中焚き火の番をする。
口にするものは、水と、干したナツメヤシだけだ。
イツキはひとりで荒野をさまよっていたので、粗食は苦にならない。
なにより、イツキが歓喜したのは、ここには温泉が湧き出していることだ。
スマコンで調べた結果、たぶんナトリウム硫酸塩泉だと思われる。
好きな時に湯につかることができるのは、なにものにも代えがたい至福だった。
◆
「そなたはまったく眠っていないようじゃな。夜ごと、心が乱れきっておる」
焚き火をはさんで向き合った老師に訊かれた。
「はあ、デモ、寝不足では死にマセンので」
「苦しみ、恐れ、おびえ、それでいて血を渇望し、愉悦を感じておるようだ。
夜魔を御しかねておるな?」
「……そッスね」
認めてしまうと、けっきょく、ラグナの町を全滅させてしまったことも、告白していた。
やはり、だれかに聞いてほしかったのだと思う。
「正直、自分が死ねば解決スルなら、ソレでも構いマセンのデスが。
自分と夜魔の関係は、そう単純なモノでもナイようで。
自分が夜魔より強くなるしかナイのカナと。
そんなワケで、魔法を教えてもらえるのはありがたいデスね」
「夜の力は、死の力。それを支配下に置くとは、人の身にはすぎたことよ」
「やー、自分の場合、すでに人間を逸脱シテル気が……」
「基本的な魔法のあつかいは教えてやれるだろう。
精神をきたえることはできる。
そなたがもとめる〝力〟には、ほど遠いかも知れぬがな」
◆
魔法を学ぶには、魔法使ギルドに入るのが一般的だ。
だが、ギルドへの加入が許されるためには、営利権をもつ水の民以上の身分がなければならない。
農民、また外道にして、幸か不幸か魔法の才能をもつ者は、魔道、もしくは魔女と呼ばれ、たいていは冷遇される。
とりわけ魔法への理解が薄いバルデンなどでは、地域によっては迫害に遭い、地下活動を強いられる。
そこで各地に、魔道の互助グループであるカヴンが点在する。
カヴンは正式な組織ではなく、ほとんどの場合、リーダーの気質で特色が決まる。
水のあわないグループに所属することになった者はたいへんだ。
そのうえ、異なるカヴンのあいだで、敵対関係になることさえあり……。
富裕層の出身であるアズィズの場合、少なくともそういった苦労とは無縁であった。
体系的にきっちりと魔学を修めており、イツキにとって最良の教師だった。
魔法を使う第一段階は、元素を可視化することだ。
生まれついての魔眼の持ち主なら、意識しなくてもできる。
魔眼がなくても、意識を〝集中〟すれば視える……もしこれすらできないのなら、魔法使いにはなれない。
イツキは、眼鏡にそなわった力で視ることはできる。
しかし五元素のすべてに適正がない。
ゆえに魔法が使えない……はずだった。
「ところが、六番目の元素があるのじゃよ。
教会が禁忌としたために、いまやわれらにのみ伝わる秘術、いや邪法だの禁呪だのと呼ばれておるがな」
そう言われると、不自然に思っていたのである。
地と風、水と火が対立するのに、天にだけ、対立する元素が存在しないのはなぜか。
しかし、いくら目を凝らしても、視界のなかに、六番目の色彩は視えない。
イツキは思いついて、地面に左手をあてた。
「そう、〝冥〟は地中に埋もれておる。
そなたはその力をあやつることができるだろう。
なにせ、夜魔を使役しているのだから」
左手に磁力があるようなイメージで、地下から力を吸い寄せる。
じゅうぶん、貯めてから、手のひらを上に向けて、紫色の光球を作った。もちろんこれは不可視の光だ。
「これで、正式な手順で呼ばれるところの〝集中〟ののち、〝抽出〟から〝純化〟まで、ほとんどできておる。
だが、むずかしくなるのはここからじゃ」
第四段階、〝構築〟で、格段に複雑になる。
元素を魔力に純化したのち、どのような現象を引き起こすかを決めるのだ。
よほど熟達した使い手は、イメージのなかだけで魔法を組み立てるが、定められた呪文や呪印で、対応する魔術を発現する方が安定する。
ただ、冥属性の魔法の研究は禁じられているため、公式化した魔術が知られていない。
魔法の基礎から、ある程度の応用は利くが、基本的に邪法の使い手は独学を余儀なくされる。
さらにいえば違法であるから、うかつに使うと罰せられる。
魔法犯罪者への処罰は、教会法が定めており、世界中で共通する。左手の切断だ。
イツキは、アズィズから邪法ではなく、基本魔法にカテゴライズされる《推圧》を習った。
触媒を必要としないうえに、比較的、習得しやすく、応用が利き、イツキの役に立ちそうな術をアズィズが選んだのだ。
〝構築〟から〝発動〟までをマスターするために、イツキは精神をすり減らし、辛抱を重ね、幾日も修行に励んだ。
温泉がなければ、心折れていたと思う。
素手から、エネルギーを放射するのはたいへん危険なことだ。
ちいさな力であっても、ちょっと失敗しただけで、火傷ですめばマシな方、悪ければ指を吹き飛ばしたり、左手ごとちぎれてしまうこともある。
この点、杖を使うことで安全性は高まるのだが、楽をすることを体が覚えてしまう。
ゆっくり時間をかけて訓練するならともかく、アズィズは基本だけ駆け足で教えようとしているので、はじめから杖なしで慣れた方がいいと判断した。
魔力を、さらに加工して、最適化した力に変換する。これは、できるようになった。
あとは最後の第五段階、〝発動〟だ。
「……《推圧》!」
手のひらを突き出して解放する。
慎重に力を抑えたが、イツキは反動で後ろに吹っ飛んだ。
ただ、魔術の発動に、わざわざ言葉にして高らかに発声する必然は、いちどやってみると理解できた。
発動の直前は、なにか、ゲームのFPSにたとえれば、震える手でライフルスコープをのぞき込んでいるような不安定感がある。
この時、発声することで、照準がすっと定まるような……多少のオートエイム補正がかかるような感覚があるのだ。
もちろん熟達すれば、補正は必要ないだろう。
無言で魔法を放つ方が、とくに攻撃の際などは有利だろう。
しかしイツキにとっては、まだまだ手がとどかない領域の話である。
プールした魔力を、地面に向けて三分の二ほど解放、自身の体を空中に打ち上げる。
地面に激突する直前、残りのエネルギーを逆噴射して安全に着地する。
左手は血まみれになり、何度も地面に叩きつけられ、打撲とアザを増やした。
それでも何度も、何度も、何度もくりかえす。
自分を痛めつけるかのように、訓練に没頭した。
思い悩む余力もなくなれば、夜が比較的、すごしやすい。
数えきれないほどくりかえし、かなり正確にコントロールできるようになった。
読んでくださってありがとうございます♪
【次回】#10. 老師(2)、10月2日(金)更新予定。
内容としては、引き続き修行のようすで、遠隔通信魔法、攻撃魔法の説明。3rdの最終話となります。




