表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗黒転生/異世界がマジで殺しにきてる  作者: 猿谷ちひろ
3rd - Sympathy for the Devil
39/41

#08. 邪教徒(3)

【3063字】


 ハーラルは比較的広い自分の住居に、負傷のひどい者たちを運び込ませた。

 アズィズも、化けミミズの最初の一撃を受けているのだが、


「わしはなんともない。こんな時のために魔術を修めておるのだ。

 祀長、それよりも負傷者を助けねばならぬ」と、ハーラルとともに治療にあたった。 


 どうにか、死者は出さずにすみそうだ。

 ほかのことは、オロフとイブールをリーダーに任せておけば、問題ないだろう。


 もともとまずしい集落に、化けミミズの襲撃は痛手だった。

 だが、軽くてすんだともいえる。


 緊急性のある仕事がひと段落すると、当然ながら、イツキという異邦人をどうあつかうべきかが問題になった。

 オロフは、


「あれはきっと荒野の悪魔だ。殺してしまうか、そうでなくても追放するべきだ。

 夜魔をわれわれにけしかけて、皆殺しにする気かも知れない。

 化けミミズだって、あの女が呼びよせたにちがいない」と主張し、


 イブールは、


「いや、彼女は夜闇を統べる方の使いだ。あのお姿を見れば明白だ。

 化けミミズを撃退できたのも、あの人のおかげではないか」と述べる。


 この両者に賛同するものが、だいたい半分ずつおり、結論が出ない。


 やがて、これまで沈黙を守っていたアズィズが言った。


「とにかく、私が本人と話をしてみよう」


 有無を言わせぬ口調で、同伴者も断った。

 アズィズの人望は厚く、異を唱える者はいなかった。


 ◆


 イツキは溶けたアイスクリームのように笑みくずれている。

 幼稚園児くらいの男の子の目を、両手の親指で圧しつぶす。

 右の眼球を突き破り、左の眼球はつるりと逃げた。

 腕のなかでかわいらしく跳ねる子どもの体を、その母親に向けて突き飛ばし、返してやった。


 母親は、我が子を抱きとめて、潰れた眼球を押しもどそうとするが、すべってうまくいかず、眼窩からは泡立てられた桃色と灰色のクリームがあふれてくる。

 ああ、ああ、大丈夫よ、大丈夫だからねと母親はくりかえし、イツキが近づいても反応しなかった。

 その首筋に陶器のかけらを立てて、切り開く。それでも彼女は我が子の名を呼びつづけていた。その口から出るのは言葉ではなく、もう血泡だけなのに、ごぽごぽと我が子の名を呼ぶ。

 ランタンを倒して仕上げを炎にまかせ、イツキは外に出る。


 まだまだ殺し足りない。

 口の端に興奮した馬のように泡を溜めて、奇怪な中腰で、義足の不自由を感じさせない異常なバランス感覚で機敏に動き、つぎの獲物をもとめる。


 ……──。


 自分の悲鳴で目を覚ました。

 ただの夢ではなく、ラグナの町で起きたことの記憶の一部だとわかっている。

 死ぬまで安眠は許されないのだろう。


 前よりも厳重に拘束されて、倉庫のすみに転がされていた。

 コリーとメラニーの姿はない。


 ──一服、ヤりたい気分デスが。


 いまは後ろ手にしっかり縛られているので、ポケットから煙草を取り出すこともできなかった。


 どのくらい時間が経ったのかわからない。

 やがて、人影が姿を見せた。

 フード付きローブのせいで近づくまでわからなかったが、アズィズだ。

 一瞬、顔色が悪く見えた。


 彼は骨製のナイフで、荒縄を切ってくれた。

 イツキはこすれて皮が剥けた手首をさすりながら、礼を述べる。

 ついでに煙草を吸ってもいいか訊いてみるが、これは残念ながら却下された。


「そなたの処遇を決めかねて、集落は困惑しておる。

 いくつか質問に答えていただきたい」


 それはそうだろうと思っていた。しかし予想よりはずっと穏便だ。

 極力、アズィズに好印象をもたれるようにふるまえば、解放されるかも知れない。


「夜魔を使役し、黒い髪をもつ、あなたはいったい何者なのか?」


 直球だった。

 アイデンティティ・クライシスのまっただなかにある人間に、このうえなく答えにくい質問である。


「……はてさて、ワタシは人か魔か?

 自分でもよくワカリマセン。

 そもそも異世界からきたので、こっちの常識さえおぼつかナイのデス」


「それは、常闇の国から来られたということか?」


 イツキの言う〝異世界〟を、また、この人物なりの文脈で解釈されている。

 どう答えるべきか、迷っていると、重ねて問われる。


「闇夜と冥府を統べる方がとうとう、この世の調和をとりもどすために、あなたを遣わされたのか?」


 話がおおきくなっている。

 まあ、プラス方向の誤解なら、あえて訂正しなくてもいい気もするが、できもしないことを期待されるのはこまる。

 へたなごまかしを口にして、あとでぼろが出たら、その方が心証が悪いだろう。


「えーとデスね、ご老人。

 ワタシがこの世界にいるのは、自分の意思ではアリマセン。

 ダカラ、もしかするとその、神サマの意思かもシレマセン。

 しかしそうだとしても、いったい神はワタシになにをお望みなのか? 自分にはワカラナイのデスよ」


 アズィズは考え、考え、ゆっくりと口を開いた。


「ふむ……そなた自身にわからぬことは、私にもわからぬ。

 ただ、夜魔を使役する力をもつ者には、なにがしかの役割があるのであろう。

 この集落には、そなたを恐れている者もいる。

 そこでどうであろう、もしも当てがないのなら、しばし私とともに荒野に出るのは?」


 ──んっ? 自分さがしを手伝ってくれるってコト、デスかね。

 ──怪しまれたままここにいるより、ずっとマシかも。


 イツキはけっきょく、アズィズに弟子入りすることになった。


 ちなみに、コリーとメラニーのことを聞くと、ミミズ退治に協力した功績が認められ、解放されたそうだ。

 ただ、魔動車の修理に時間がかかり、しばらく集落から動けそうにないらしい。


 ◆


 アズィズから、いまや邪教徒のあいだにしか伝わらない、裏の歴史を教わった。

 邪教徒たちは秘密主義なので、こんな機会がなければ、イツキが知ることはできなかっただろう。

 知識欲のかたまりみたいな性格だったレイシィにさえ、教わることのなかった話だ。


 アズィズは、若いころ、パルノー市立学院を卒業しているらしく。

 ということは、火層階級であったわけで、どのような人生を経ていまに至るのか、話せば長い物語があるのだろうが。

 とにかく、老師の説明はわかりやすかった。


 光の五柱神とは、天のエルブロ、地のエルガーナ、そしてそのあいだに生まれた三人の子ども、アギオ、ゼフィーロ、マリアナだ。

 では、夜の神とはなんなのか。


 もともと古い神話では、いちばん最初に生まれた娘がいたのだ。

 しかしその子は、黒髪であることが忌まれ、じつの親である神によって殺された。

 彼女は地下にくだって国を作り、痩せた娘の姿のまま、不遇なる死者たちの神となった。


「その御名を、暗冥神ンザヴェイラという」


 かつて、世界の四大国、バルデン、ランシール、ルナキア、イスペルタは争っていた。

 鉄と炎の時代であり、また多神教の時代でもあった。


 その当時は、ンザヴェイラ信仰は正式に認められていたし、〝第六の元素〟冥をあやつる魔術も使われていた。


 しかし、約一五〇年前、四栄和平条約が締結され、超国家的な聖教会が創立された時。

 聖教会は、ンザヴェイラ信仰を禁忌とし、その名を口にすることも、書き記すことも厳重に禁じた。

 ンザヴェイラも、五柱神以外のその他の神霊もすべて、表の歴史から抹消された。


 邪教徒と呼ばれる者たちは、共同体ごと、それぞれの〝褪せし神〟を崇拝しており、生活様式も異なるが。

 共通して、他の〝褪せし神〟を尊重するとともに、ンザヴェイラには格別の篤信をおいている。

 夜魔という災いは、ンザヴェイラ、他の神々、それに不遇なる死者たちの魂が怒っている証であり、破滅のさきぶれである。

 正しい信仰、世界の調和をとりもどすことが、救いに至る唯一の道である……という信念をシェアしている。





 読んでくださってありがとうございます♪


 【次回】#09. 老師(1)、9月25日(金)更新予定。


 内容としては、魔法の基礎の説明。どこかのタイミングで、くわしめに書きたかったんですよね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ