#07. 邪教徒(2)
【3,764字】
ハーラルにもっと訊きたいことがあったし、そこからコリーとメラニーを救う突破口を見つけたかったのだが、祭儀の支度があるからと行ってしまった。
イツキは解放され、邪教徒たちとおそろいのローブを一着、もらったが、集落の人々が働いているのをぼんやり見ていることしかできない。
なすすべもなく、月の見えない夜がおとずれる。
集落の中心は広場になっていて、そこには石碑が建っていた。
ローブの下にヤギの皮衣を着、革製の帯をしめた老人が、特別の敬意を受けている。
禿頭には染みが目立ち、一〇〇歳以上にも見えるのに、活力に満ちた印象がある。
ハーラルが、イツキに紹介してくれた。
禿頭の老人は渇きが原の隠者であり、儀式の時だけ、この隠れ里に顔を見せてくれるという。
彼はアズィズと名乗り、イツキもかんたんに自己紹介した。
「そなたの神の名は、失礼ながら私も知らぬ。よほどいにしえの御神なのであろうな」
「あっハイ。ギワカワユスさまワッショイ」
「我らとともに黒月の儀にあずかることに、差し障りはあるか?」
「モチロンございマセンデスよ。邪神さまワッショイ」
他の村人たちに混じり、地面に座ることを許された。
白い染料でフェイスペイントをほどこしている者がちらほら。顔全体を白塗りにしている者もいる。
コリーとメラニーは拘束されたまま、全員が車座にかこむ中央、オベリスクのそばに立たせられており、その脇には、斧を手にした男が立っていた。
イツキは顔を伏せて他人のふりをする。見捨てる気はないが、いまはどうしようもない。
アズィズが最初に、おおきな石製の盃から、うやうやしく中身をひと口、飲む。
その盃はハーラルへ、そして信徒たちの手から手へ伝わり、イツキの手もとに到着した。
ひと口、飲んで、となりの人間にわたす。
青くさくて苦い緑色のどろどろだが、どうにかガマンして飲み込んだ。
全員に盃がまわると、ハーラルが信徒たちを代表して祈祷をはじめた。
雰囲気としては、イツキの知る〝お経〟に近い。低音で、抑揚をつけながら、うねるように高まっていく。
先ほど飲んだ、おそらく植物性幻覚剤のせいか、イツキは浮遊感と一体感につつまれていた。
しずかな熱気のなか、かがり火がゆらめくさまに魅了される。
しかしハーラルの祈祷が終わり、処刑人が斧を構え、コリーが木製の台の前にひざまづかされた段になって、イツキは我に返り、
「ちょ、ストーップ!」
思わず、大声をあげて立ちあがっていた。
いっせいに信徒たちの視線が突き刺さる。
後先考えず、思わず制止してしまったが、だいじな儀式を中断させたりして、これはつぎの言動をまちがえるとぶじにはすまない。
夜魔ゲリは……だめだ。コリーとメラニー、ふたりを救うために、この場にいる全員を皆殺しにするのは解決とはいえない。
「さ、ささささ差し出がましいようデスが、にえの前座といたしマシテ、歌を一遍、夜神さまに、そしてみなさまがた兄弟、姉妹に披露したいと思いマス!」
周囲が呆気にとられている隙に、スマート・コンピュータを出して操作する。
「わが宗派に古来伝わる門外不出の頌歌、キットお気に召すかと!」
北欧のソロ・プロジェクト、ヴォーカルしかいない、超マニアックなアカペラ・デプレッシブ・ブラック。
ボリュームを最大にして再生し、ポケットにしまう。
生きてあることの苦しみと、死の救いを讃える、すすり泣くようなヒョーヒョーヴォーカルに合わせて口パクした。
「おまえらたぶんこーゆーの好きだろ」という苦しまぎれの思いつきであったが、人々は幻覚剤の作用もあってか、だまって聞き入っている。
いや、涙で白塗りメイクを流してしまっている者もいる。どうやら好意的に受け入れられているようである。
デプレは基本的に長い。かなり時間稼ぎができるはずだ。ありがとうデプレ。
……しかしこのあとどうしよう。
夜明けまで引き延ばせれば、黒月の儀とやらは、新月の夜に決まっているのだから、コリーとメラニーは一か月、長生きできる。
そのあいだに、自分が邪教徒たちと仲良くなって、なんとか説得を……いや、夜明けまで引っ張るのはさすがにむりだろう。
いい案が浮かばないまま、曲が終わりに近づいて、イツキは焦った。
しかし周囲は、飽きた様子もなく聴き入っている。
このジャンルに、これだけ理解を得られるとは……おまえら最高のリスナーだよ。このまま朝まで引っ張れるか。
思えば、ブラックメタルの背景には、先祖伝来の土着の信仰を、侵略者に奪われた怒りと怨みがある。邪教徒たちと思想的に似ているのだ。
「おお……! すばらしい頌歌でしたぞ!」
曲が終わったタイミングで、ハーラルが声をあげた。感涙にむせんでいる。
DSMBの魅力が世界の壁を越えて伝わったのはうれしいが、それどころではない。
「我らが神もお喜びであろう!
さあ、いまこそその異教徒どもの穢れた血をささげるのだ!」
祀長の下知を受けた処刑人は、「フゴーッ!」と応えながら斧を振り上げた。刃はかがり火を照り返し、すでに血濡れているかのようだ。
信徒たちのテンションは絶頂にして、もはや、夜魔でさえ止められそうにない。
斧が振り下ろされる。
それはコリーの首を断つ代わりに、地面にざくりと食い込んだ。
だれも立っていられない。
悲鳴と怒号が渦巻く。
ものすごい地震だった。
小屋のひとつが爆発するように粉々になり、代わりに黒々とした塔がそびえ立った。
「化けミミズだ!」
だれかが叫ぶ。
いったん直立した塔は、ぐにゃりと胴震いすると、頭部をもたげて錆びた金属をこすり合わせるような咆哮をあげた。
巨大な四つの牙、その内側はさらに複雑な構造をして、ちいさく鋭い牙がグロテスクにならんでいる。
五人や一〇人、ひと口で食べられてしまいそうだ。
「ゲリ、カモーン! ヤれマスか!?」
「面白くもねェ仕事だがご命令とあらば、なァ!」
人々は悲鳴をあげて逃走するが、イツキは大ミミズの前にとどまった。ゲリはイツキからある程度しか離れられない。イツキが逃げたら戦えない。
すぐ目前に、ミミズの巨大な口が迫る。
「そぉい!」
イツキは拳で虚空を殴りつけた。その動きをゲリが、漆黒の巨大なトゲ付き鉄球のような姿に変化してトレースする。
激しく殴打されたミミズは横転し、轟音とともに砂塵を巻きあげた。
さらに地面から無数のとがった岩石が宙に浮き、弾丸のように降りそそぐ。
アズィズの攻撃魔法に、ハーラルも手を貸しているらしい。
大ミミズは頭部の向きを変えて、ふたりの老人に襲いかかる。
前に立っていたアズィズが、衝撃で吹き飛び、一軒の小屋の壁をぶち破って見えなくなった。
「アズィズどの!」ハーラルが助けに向かう。
だが、ミミズはアズィズを噛み砕くつもりだった。
それができなかったのは、とっさにゲリが、ミミズの胴体を刺しつらぬいて、地面に釘付けしたせいだ。
大ミミズは攻撃範囲が制限され、地中に逃げることもかなわない状態だ。
「ナイス! ゲリ、そのまま押さえてて!」
イツキは叫ぶ。大ミミズに動きまわられると、移動に制限があるゲリが不利だ。
それでも一対一の戦いならば、ただ、敵を固定しているだけでは勝ち目がなく、ジリ貧になってしまうが……。
集落の住人たちの大半が、鬨の声をあげながら、手に手に斧や鎌を取ってもどってきた。かれらは茨の道を歩む邪教徒である。ふつうの農民よりずっと肝が据わっている。
なにより、老いた指導者たちが戦っているのに、自分たちが隠れているわけにはいかない。
化けミミズの体長は、一〇メートルを優に越えるだろう。そしてタフだった。
だれかが、コリーとメラニーから没収していた武器を、本人たちに返してやり、戦闘に加わらせた。
ふたりにとっては逃げ出すチャンスでもあったが、成り行き上、逃げづらい空気であったし、魔動車を捨てて荒野に逃げても、行き倒れになる可能性が高い。
けっきょく、その場にいた全員が共闘した。
ゲリがしっかり敵の動きを封じているおかげで、味方に被害は少ない。
それでも、疲労が色濃くなっていた。コリーの剣は折れてしまったし、メラニーの矢も尽きていた。もともと武器ではない農具はとうに使いものにならなくなっている。
ミミズも弱ってはいるが、単純な構造の体になかなか致命傷を与えられない。
「姉御! やべェぜ夜が明けちまう!」
「ええ、こーなりゃイチかバチかデス!」
ゲリが深い攻撃を入れるためには、イツキも怪物に近づくことになりリスクが高まるが、そうも言っていられない。
ゲリはボルトのような姿形を解除して、ミミズを放した。
ミミズの頭部までかなり距離がある。通常形態にもどったゲリはイツキを背中に乗せて、一気に跳躍した。イツキは、空中で、ゲリの背を蹴って離脱。
それと同時に夜魔は全身を巨大な刃に変えて、そのまま突っ込んだ。
漆黒の大剣が、ミミズの頭を一刀両断した。
朝日が射す寸前、そのままゲリは地中にもぐり、イツキの影に同化する。
イツキの方は三メートルほどの距離を落下し、背中から地面に叩きつけられていた。
一瞬、背骨が折れたかと錯覚したが、シャツの防御力もあって、いちおうぶじだ……ずいぶん痛くはあるが。
頭巾はどこかに吹っ飛んで、長い黒髪が乱れている。
──自分、もう、動けマセン。
──石をぶつけるなり、好きにしてクダサイ。
投げやりに目を閉じて、そのまま軽い失神状態におちいった。
読んでくださってありがとうございます♪
【次回】#08. 邪教徒(3)、9月18日(金)更新予定。
内容としては、この集落がイツキをどうあつかうか、みたいな話です。




