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暗黒転生/異世界がマジで殺しにきてる  作者: 猿谷ちひろ
3rd - Sympathy for the Devil
37/41

#06. 邪教徒(1)

【2,818字】


 たいまつの灯かりのもと、村人たちの髪は、一様に消炭色チャコールだった。

 通常、農民は土褐色アースブラウンであるはずだ。


 野盗のコミュニティ?

 しかし突きつけられている武器は、鎌である。ほかを見ても、鍬や棍棒、せいぜいナイフ。

 いちばん武器っぽいのは弓矢だが、形状はたぶん狩猟用だ。


 水の民以下には、とくに許可証がないかぎり武装権がないのだが、もし野盗ならそんな決まりは守らないだろう。

 服装は、粗布のフード付きローブだが、統一されていることにアイデンティティのようなものを感じる。


 ──なァ殺そうぜ、これ殺していいだろ、正当防衛ってヤツだろォ?


 ──だまってしずかにシテナサイ。


 イツキが武器を持っていないことをざっとボディチェックされた、といってもTシャツにルームパンツの軽装なので、見ただけでもわかるだろう。


 村の中心から離れた、倉庫のようなところに押し込められる。

 糞便臭がする。

 もっともこの世界では、人がいるところ、都市でもどこでもけっこう糞便臭がするのだが、せまい空間にこもって空気が悪かった。


 腰まわりに縄をしっかりくくられて、柱につなぎとめられる。

 多少は動けるし、両手は自由だが、縄は後ろで特殊な結び方をされており、自力で解くのはむずかしい。

 加えて、外から錠をかけられる。

 ゲリの手を借りれば、縄を切ることも錠を壊すこともたやすいが、とりあえずようすを見ることにした。


 目が慣れると、先客がいることに気づく。

 べつの柱につながれて、ふたり、背中合わせに座り込んで、うなだれている。


「コンバンハ。お互い、災難デスネー」


 話しかけてみると、相手はぴくりと反応した。


「その声……まさか、イツキかい?」


「オヤ? 驚きマシタ。メラニー、それにコリー、デスね?

 コレは奇遇デス。いったいコンナところでナニを?」


「おいらたちが趣味で縛られてるとでも?

 イツキこそなんだよ、ご主人さまに愛想つかされて邪教徒に売られたのか?」


 ああ……なるほど。ウワサに聞いていた邪教徒。

 ここは、邪教徒の集落だったのだ。


 ふたりの話では、行商の移動中、新しいルートを開拓しようとして知らない道に入り、間の悪いことにエンジントラブルが起きて立ち往生。

 集落を見つけて、助けをもとめて近づいたところ、捕まってしまったらしい。


「エンジントラブル……デスか?」


 みょうに近代的な表現に、イツキが首をかしげると、説明してくれた。

 この世界には魔動車という移動手段があるらしい。

 ルーン石なる高価なアイテムを動力源にするが、移動速度は馬なんて比較にならない。商用の中型魔動車を所有するのは、あまねく行商人たちの夢だ。

 邪教徒どもにその価値がわかるか怪しい。自分たちの命より、クルマの方が心配なくらいだ、と若い商人の姉弟は苦々しくぼやいた。


「街道をはずれなければ、こんなことにはならなかったんだぜ。

 姉ちゃんが、渇きが原を突っ切ろうなんて言い張るからさ」


「決まりきった交易路を使ってたら、商売仇に差をつけられないだろ。

 無難な商いで満足してちゃあだめなんだよ、常に前進しないと」


「邪教徒に監禁されるのが前進なのかよ」


「あたしはもっと慎重に近づけって言ったじゃないか、なのにコリーが『おーい助けてくれー』なんて間抜けな声あげてさ、捕まっちまったのはあんたのせいだろうに」


 際限なく口論がつづきそうだったので、イツキはさえぎって、いつから捕まっているのか訊いた。

 六日前からだそうで、まだ生かされている、邪教徒の意図はわからないらしい。


 ◆


 翌朝、ひとりの男が三人分の食事を運んできてくれた。

 麦粥に、干からびた肉片。たぶんトカゲかヘビの肉だろう、イツキはさんざん食べたのでわかる。それに干し柿に似たドライフルーツと、水。

 囚人用というわけではなく、ここの標準的な食事だと思う。土壌がまずしくて、ろくな作物が育たないのだ。


「や、ありがとうゴザイマス。

 ところで、訊いてもイイデスカ? 自分たちが捕まってる理由トカ?」


「むだだよ、イツキ。こいつら共通語がわからないんだ。村長は少しだけ話せるみたいだけどね」


 メラニーが疲れたように言ったが、男がだまりこんだのは、驚いたせいだ。


「……われらの言葉がわかるのか?」


 イツキはできるだけ愛想よく、


「モチロン。自分も、五柱神に仇なす身。おなじ、荒ら野の放逐者デスカラ」


「祀長さまをお呼びしてくる。しばし、待たれよ」


 男はどこかかしこまった口調になり、外に出て行った。

 イツキは食事に手をつける。ゲテモノではない、まともな人間の食事はありがたい。

 コリーとメラニーの視線を感じる。

 それはそうだろう、イツキの言葉は、ふたりには共通語として聞こえ、邪教徒には、かれらの言語として聞こえたはずだから。


 やがて、こわいあごひげを伸ばした老人が姿を見せる。

 痩せているが、目の光、それに所作はきびきびと、精力的なものを感じる。

 老人の指示で、一緒にもどってきた男が、イツキの拘束を解いてくれた。


「わしはこの集落の長、ハーラルと申す。

 まさか同胞とは思わず、失礼をお詫びしたい」


 あっさり信用されている。

 言葉がわかるということが、やはりポイントが高いようだ。


「この集落によそから人間がおとずれることはまれでしてな。

 どこからきたのか、訊いてもよろしいか?」


「えーと、その、荒野で苦行? したり祈ったり? ミタイナ。

 それで、たまたまお仲間の集落を見つけたので、ごあいさつをしたくてデスね」


 ハーラルはちょっと思案にくれて、それから口を開いた。


「それにしてもずいぶん軽装ですな。

 いくらなんでも最低限の準備はないと、苦行の前に死んでしまいそうだが」


「うーと、それは……」なんとかそれっぽく答えなければ。「どのくらい生きられるかも、神にゆだねるつもりデシタもので」


「おお、それは立派なお心がけ。あなたの拝神を訊いても?」


「へあ? エ、エット……い、偉大なるギザカワユスさま、デス」


 ハーラルは再び、今度はしばらくのあいだ、考え込んだ。


「……聞いたこともない……」


 でしょうね。


 沈黙がいたたまれず、イツキから話しかける。


「そ、ソレにしてもおたがい、心外でアリマスね、じ、邪教徒だなんて呼ばれテ」


「まことである!」


 急に大声を出されたので、イツキは心臓が止まりそうになった。

 しかし熱っぽく語りはじめたハーラルから、邪教徒がどういう存在なのか、ある程度、わかってきた。


 聖教会の創立とともに、光の五柱神への信仰が徹底された。

 同時に、それ以前に存在した神々や精霊は〝邪〟とみなされるようになったのだ。

 邪教徒は、言わば近代化の波に逆らい、古い伝統的な信仰を守っている。

 ウワサに聞くほど、やばい人たちではないのかも知れない。


「今宵は新たな月が生まれる夜。我ら、邪教徒と呼ばれる屈辱を甘んじて受け入れる者にとって、もっともだいじな黒月の儀。

 夜闇を統べる方にそこのふたりの異教徒をいけにえにささげるのじゃ」


「えっあ? そ、そうデスよね!」


 前言撤回、調子を合わせつつ、イツキは内心でつぶやいた。


 ──やっべ……。





 読んでくださってありがとうございます♪


 【次回】#07. 邪教徒(2)、9月11日(金)更新予定。


 内容としては、コリーとメラニーを救えるのか~? みたいな。

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