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暗黒転生/異世界がマジで殺しにきてる  作者: 猿谷ちひろ
3rd - Sympathy for the Devil
36/41

#05. 荒野(4)

【2,566字】


 あてもなく歩きつづけていると、先が、途中で切り立った崖になっていた。

 崖下まで、たっぷり三〇メートルはある。

 そこから、遠く、細く煙があがっているのが見えた。どうやら村があるようだ。


 しかし村はどうでもいい。この高さが重要だ。

 これはひょっとして、手っ取り早い解決策かも知れない。


 ポケットからナイフを取り出し、自分の腕を、無造作に切り裂いた。

 血液は、まだ黒っぽく、粘度があるが、前よりは人間らしい赤みがもどっている。

 再生にも時間がかかった。


 ちょっとやそっと、再生力があっても、ここから飛びおりれば、さすがに即死だろう。

 運悪く、生きていても、全身の骨が砕け、ぐしゃぐしゃに損壊しているだろう。けっきょくそのまま死ねるだろう。


 ──おい……? なにを考えてる。

 ──やめておけ。そうカンタンには死なねェゾ。


 ゲリが、思念を送ってくる。

 日中は影から出られないため、この方法でしか対話できないのだ。

 その思念には、焦りが感じられた。


 たしかに、自分で思う以上にこの肉体はしぶとくて、苦痛が長引くかも知れない。

 それでも、やはり死ねる可能性が高い。

 ゲリの焦りが、かえって裏づけを与えてくれた。


 終わりの見えない悪夢から脱け出す可能性があるのなら、どんなことだろうと、ためしてみる価値はある。


 ──やめろバカ野郎! オマエが思ってるよりずっと、死ぬのに時間がかかるぞ!

 ──わかってねェ、イツキ、必ずオマエは後悔する、やめておけ!


 ──……ほざいてろ。


 この世界には、死後の地獄は存在するのだろうか?

 もしあるのなら、そこが自分の居場所に相応しい。

 崖っぷちに立ち、イツキは薄く笑みさえ浮かべながら。

 一三階の屋上に相当する高さから、重力に身をまかせていく。


 その時、ポケットのなかのスマコンから、着信音が鳴った。


 転落寸前だったイツキは、重心を後ろにもどしつつ、両腕をばたばた振りまわして、あやうく姿勢を立て直す。


 一息つく余裕もなく、スマコンを出した。


 デフォルトから設定を変えていない、着信音が鳴りつづけている。

 考える猶予もなく、イツキの指は機械的に動き、画面をタップして、応答していた。


「……キちゃん……生きて……の?……ぶじ……」


 ひどい雑音の奥に、途切れ途切れにざらついた声が聞こえる。

 男か女かもわからない。

 けれど。


「お母さん? もしもし? ……わたしです! 聞こえないの!?」


 耳をすませ、声を張りあげる。

 けれども通話は途切れてしまった。


 こちらからかけようとしても、やはり、機能しておらず無反応だった。

 何度ためしても、むだだった。


 通話が切れる直前、奇跡のように一瞬だけ、クリアに母親の声が聞こえた。

 それは「あなたはなにを……」と聞こえた。


 ──いや、ほんとうに。自分はなにをやってるんだ?


 生きるために殺すこと。

 守るために殺すこと。

 快楽のために殺すこと。

 そして、自殺。


 こういったことについて、よく考えたことがなかった。

 しかし異世界とか関係なく、これらは思いのほかみぢかな問題だった。


 ──自殺は……なんかちょっとチガイマスね。


 たしかにイツキは無差別殺人犯だし、これからも殺す危険がある。いや、夜魔の本質から言って、確実に殺すだろう。

 好きでやるわけではないが、それは殺される側にとってはなんの気休めにもならない。

 命を奪うことは、取り返しがつかない。

 しかしだからこそ、自分の命についても、慎重になりたい。


 いまのイツキには、自殺が、自分にふさわしい罰であるという確信がないのだ。


 深く考えもせず、死んでラクになるのはずるい気がする。

 といって、罪とは? 罰とは? などとごちゃごちゃ考えることを理由に、生きながらえてもずるい気がする。

 自分ではよくわからないからって、神だか、法律だか、第三者の判断にゆだねるのもまた、ずるい気がする。

 どうあれ卑劣というか、すでに自分が取り返しのつかない状態だと受け入れたうえで、どれがいちばんマシなのだろうという話だ。


 もちろんすべては生者の理屈だ。

 死者は、殺人者を怨むことも裁くこともできない。

 この絶対的な不均衡と不可逆性が、殺人が悪であるゆえんだ。

 このことについて考える時間を得るために、生きて、罪を重ねるという矛盾。


 ふいにイツキは嘔吐した。

 吐くものがなくなり、黄色い胃液だけになり、それさえ出てこなくなっても、胃袋はけいれんしつづけた。

 涙と鼻水とよだれを垂れ流しながら、ゲエゲエとのどを鳴らした。


 ──イツキ? オマエ、なにをやってるんだ?


 ──ええホント、ワタシなにやってんですかね。

 ──そりゃア夜魔でさえ呆れるヮ。


 嘔吐の発作がおさまると、とりあえず生きることにした。

 そうなると、情報が欲しいし、食料や衣類も必要だ。

 人間と接触しなければならない。

 崖の上から見える村。


 ◆


 義足を引きずりながら、徒歩で近づけば、何日もかかるだろう。


 やむを得ず、ゲリに頼ることにした。

 ゲリは、ノコギリのような背ビレを引っ込めて、イツキが騎乗しやすいよう姿を変えた。

 こんな奴に体を密着させるのは、心理的には抵抗がある。

 それでも、乗ってしまうと、必死でしがみつかなければならなかった。びょうびょうと風がうなり、目も開けていられない。

 夜間、限定だが、ゲリがすぐれた移動手段であることは認めざるを得ない。


 村、というより集落に近づいた。

 イツキの髪は幻術が解けて黒にもどっている。

 所持物のなかに、使えそうな布切れがあったので、それを頭巾にして髪を隠した。


 それでも、シャツにルームパンツという服装は相当おかしく思われるだろう。

 不用意に近づけば、面倒なことになるに決まっている。


 いったん夜を待って、偵察することにした。

 もちろん常夜灯が光っているので、ゲリは影のなかに隠れている。

 建ち並んでいる粗末な小屋の数から判断して、たぶん、住民は二〇人から三〇人。


 ──皆殺しにするってェのはどうだ? 欲しいものは奪えばいい。


 ──アナタはソレしかナイんデスか、もーいーからおとなしくシテナサイ。


 イツキが知るかぎり、この世界の人間はみんな早寝、早起きだ。

 夜間は寝静まっているはず。

 なのに……違和感を、はっきりと背後の気配として知覚した時にはおそかった。

 ひやりとする金属が、首筋に押し当てられる。


「動くな。おまえは何者だ?」


 ゲリに任せれば、嬉々として惨殺するだろう。

 そしてそのまま、皆殺しルートに入ってしまう。

 イツキは抵抗をあきらめた。





 読んでくださってありがとうございます♪


 【次回】#06. 邪教徒(1)、9月4日(金)更新予定。


 内容としては、謎の村で……あ、タイトルに邪教徒って書いてますね。

 あと意外な(でもない)人物と再会したりとか。

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