表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗黒転生/異世界がマジで殺しにきてる  作者: 猿谷ちひろ
3rd - Sympathy for the Devil
34/41

#03. 荒野(2)

【2,623文字】


 イツキは、夜魔に「憑依された」などと表現するより、もっと深いレベルで融合してしまったらしい。

 そうと理解すると、絶望からかえって理性的な思考が生まれた。


 まず、自分と、夜魔の、考えていることが入り交ざって、やりにくい。

 はっきり区別をつける必要がある。


「名前を、名乗りナサイ。言葉に出してデス」


 しずかに告げると、夜魔は、首をかしげた。

 名前などないのかも知れないと思ったが、相手は奇怪なうなり声で答えた。


「ゲルュィーイ゛」


「……それでは()()、主従関係を明確にしておきマス。

 あくまでワタシがマスター、アナタはスレイヴの立場デス。

 自分の許可なく、勝手なコトは許しマセン」


「仰せのままに、()()()

 アンタが主で、オレが従。

 夜と冥府の神にかけて誓い、ここに契約する」


 ゲリはどこか面白がっているように、あっさり言い放った。

 予想していた反応とちがう。信用できるわけがない。

 その考えを読んだかのように、ゲリは言った。


「心配ねェよ。オレはもう呪令に縛られた。

 ねえさんに犬コロみてェに忠実さ」


 意外なことに、ゲリの言葉には、ウソがなかった。

 部分的に同化してしまっているせいだろう、そのことが、イツキには感覚的にわかった。

 ただ口約束を交わしただけだが、いまので本当に主従の契約がむすばれ、それに、ゲリは、逆らうことができない。たしかだ。


 ──ナゼだ。ワタシが優位に立ったダケ。

 ──この契約、コイツになんの得がある?


「さてなァ? 考えるだけ、むだかも知れねェぜ?

 種族がちがうんだ、でけえ溝がある、価値観のちがいってヤツさ」


「ゲリ。ワタシの考えを、無断で読むのはヤメナサイ」


「あいにくだが、わざとじゃねェことでは従えないンだよ。

 姐さんにも、オレの思念が流れ込むのを、とめられねェだろ。

 それとおなじなんだよォ」


 夜魔の思念。

 それには、本当にうんざりさせられる。

 夜魔の内面は、ウワサ以上に、荒廃し、腐りきっていた。残虐非道、品性下劣なサディストだ。破壊衝動と破滅願望のかたまりだ。

 シャットアウトできればどんなにいいかと思うが、否応なく流れ込んでくる。


「そのカラダで四八人殺した、感じるよな? 覚えてるよな?

 半数以上は女子どもだった。

 ああそれと正確には五〇人、ちょうどだぜ……妊婦がふたりいたからなァ」


「や・め・ろ」


 吐き気をこらえながら、低い声で命じた。

 ゲリは楽しげに応じる。


「姐さんがごちそうを食ったとするだろ?

 王さまから、その味を〝忘れろ〟と命令されても、はいわかりましたと忘れられねェだろォ?

 自分にも不可能なことは命令しないでくださいませな、ご主人サマァ」


 比ゆ的な意味でも人を食ったようにうそぶくゲリに、憎しみを覚える。

 スマコンのフラッシュをあびせてやろうか。

 その考えが伝わったらしい。ぞくり、と身を震わせて、うれしそうにゲリは言った。


「これはこれは、ごほうびをいただけるんですかァ? ご主人サマ」


「……どういう、意味デスか?」


 死ぬほど強い光をあびせられると、夜魔は、全身に、幾千、幾万の灼けた針でつらぬかれるような激痛を覚え、これがたまらなく快感であるらしい。

 しかしこの、死という快楽は、夜魔といえども、一度しか味わえない。

 ところがゲリにかぎっては、イツキの影のなかでしばらく眠れば復活できる。


「姐さんには感謝してもしきれねェ。何度でも、死を味わえるなんてなァ」


 イツキは歯ぎしりしたい思いで、考える。

 この変態を弱らせる方法がないか。


「自分が、アナタに、〝影のなかから出てくるな〟と命令したらドウしマス?

 人間を食べなければ、イツカ、餓死スルのデハ?」


「夜魔はしぶといンだ。ハンパなく時間がかかるぜ。

 まァ欲求不満は溜まっちまうが、オレの欲望は姐さんにも流れ込むってことを忘れンなよ。

 ガマンくらべだなァ。ニンゲンの理性と、夜魔の欲望、どっちが強いだろうなァ?」


 イツキは、ゲリがかんたんに主従契約をむすんだ理由がわかってきた。

 どうあれ、両者は離れることができないのだし、ゲリはこの状況を楽しんでいる。


「そうだ、オマエの肉は痩せこけて、心も弱弱しく無力。

 ゆっくり、ゆーっくり時間をかけて、内側から犯してやるよォ」


 どうやら、やはり、自殺するしかなさそうだ。

 イツキの肉体は、夜魔からエネルギー供給を得ながら、変容してしまっている。

 それでも不死身ではないだろう。


「あいにくそれもイイ考えだとは言えねエ。

 肉をそこなえば、たしかにオレもイツキも同時に弱っていく。

 だが、オレの精神の方が強いってことを忘れるなよ、姐御。

 アンタが弱れば、一時的に契約の呪力も薄れるンだ。その隙に、オレはそのカラダを乗っ取る。そのあとは、おなじことになるんだよォ」


 イツキの自我は、眠った状態になり、そのあいだ、ゲリが肉体の支配者となる。

 ゲリは、殺りくしてエネルギーを補給し、じゅうぶん回復してから、イツキに体を返すだけのことだ。


 周囲に、まったく人がいない場所で、自殺をこころみればどうか?


 夜魔は、動物をエサにしても力を得られる。

 人間のものよりはるかに劣るが、動物にだって痛覚はあり、生存本能に根ざした原始的な恐怖もあるからだ。

 もしも、ゲリが動物で食いつなぎながら、人里までたどりつけばどうなるか。


「オレはニンゲンのガキを殺して、食って、それから姐御に体を返すかもなァ。

 どんな気分になる。気がつくと、目の前にはらわたをぶち撒けたガキの死体が転がってて、口のなかに血とはらわたの味が残っていたら?

 人質みてェなモンさ。姐さんが気をしっかり保ってないと、だれかが殺されるンだよォ」


 努めて冷静を保っていたイツキだが、ぷつん、と頭のなかで張りつめたものが切れる感じがした。

 イツキは声にならない叫びをあげながら、両手で地面を殴りつける。めちゃくちゃに、何度も何度も何度も何度も。

 やがて息がきれた。ぜえぜえと荒く呼吸する。

 両手は、黒い血にまみれている。肉が削げ、骨が見えていた。


 憤怒という鎮痛剤が切れてみると、笑ってしまうほどに痛い。

 かわききった哄笑が、夜の荒野に響く。

 両手の無残な損傷は、少し経つと再生した。


「ははははははは!」


 人間と魔物は、声をそろえて笑った。


「ゲリぃぃいい!」


 イツキは吠える。


「殺してやる! 必ず殺してやる!」


「そりゃアいい! オレは死ぬのが大好きだ、殺すこととおなじくらいなァ!」


 ぎりり、と下唇を噛みちぎってから、イツキは冷静になる。


 とりあえず、ゲリに「失せろ」と命じた。

 夜魔はすなおにしたがい、イツキの影のなかに沈んで姿を消した。





 読んでくださってありがとうございます♪


 【次回】#04. 荒野(3)、8月21日(金)更新予定。


 内容としては、まだ夜魔との対話がもうちょっと続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] いわゆるバディ物というよりセカイ系なイメージが強くなってきた気がします。世界そのものがどうこうではないけど物語としては二人の関係が全てに繋がっているあたりが(´・ω・`) 死が二人を分かつま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ