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暗黒転生/異世界がマジで殺しにきてる  作者: 猿谷ちひろ
3rd - Sympathy for the Devil
33/41

#02. 荒野(1)

【2,891字】


 夜明けとともに、イツキは目を覚ました。

 とはいえ頭がぼんやりして、現実感を欠き、夢のなかにいるかのようだ。


 ──……ココはドコ?


 病に疲れきった老人の目のようにどろりと灰色ににごった空。

 荒れ果てて、ごつごつとひび割れた大地を、朝日が照らしはじめている。

 枯れた木々が、まばらに突き出し、救いを求める亡者の手のように虚空をつかもうとしている。


 イツキ自身の服装は、ぼろ切れがかろうじて体に引っかかっているような状態だった。

 脱ぐ、という表現も適切ではない、もはや衣服のていを成していない切れはしを、引きむしって捨てる。右足の履きものもなくしていた。


 Tシャツに、ルームパンツの姿になる。

 四肢はひどく汚れており、少し伸びすぎた爪も、まっ黒だ。

 髪だって、にかわで固めたようにごわごわする。

 かけられた幻術の効果は解けており、本来の黒髪にもどっていた。


 口のなかがねばついて気持ち悪い。


 思いついて《いくらでもものが入る》ポケットをさぐり、ちいさな水筒を出した。

 口をすすいで、吐き出す。吐き出した水は汚らしい茶色ににごっていた。水は貴重ではあるが、もう一度だけ、口をすすぐ……さっぱりした。


 ポケットの、中身をぜんぶ出してあらためてみる。

 細長い形状の水筒がふたつに、数日分の行糧。

 ナイフにロープ、釣り具など、雑多な小物。

 金は、銀貨二三枚に、銅貨が四〇〇枚くらい。


 イツキの私物に加えて、仲間からあずかっていたものがふくまれるので、けっこういろいろ持っていた。

 ポケットの口がちいさいため、ひとつずつ、入れたり出したりしないといけない。

 取り出して検分し、再びすべてしまうだけで、時間がかかった。


 煙草を一本、咥えて、火口箱で着火した。

 深々と煙を吸い込むと、少し気分がマシになる。


 スマコンを出して、日記アプリを確認する。

 自分が書いた最後の記録を読み返す。

 森で、三頭の馬の番をしながら、レイシィとリオンがもどるのを待ちながら書いたものだ。

 カレンダーで日付を逆算する。


 ──一五日間、経ってマスね。


 その間、なにをしていたのか。

 記憶がすっぽり欠落していた。


 スマコンのカメラを自分に向けて、鏡の代わりにする。

 思わず、ぎょっとした。これが自分の顔か。

 もともと痩せてはいたが、さらに肉が落ちて骨と皮という感じだ。落ちくぼんだ目の下には、クマがどす黒くべったりと張り付いている。

 いまにも餓死しそうに見えるが、紫色に変化した瞳は、強い生命力を宿してぎらついていた。


 イツキはあてもなく、暗鬱な空と、色褪せた大地、荒涼とした景色のなかを、左の義足を引きずって歩きはじめた。

 やがて日がかたむいた。


 ◆


 夜とともに悪夢がおとずれた。

 記憶の断片が脳裏に明滅する。


 人間の体にナイフを突き入れる感触。

 すすり泣きと命乞い。

 むせるような血臭と、ナマの臓物のにおい。

 生きながら切り刻まれる人々の顔に浮かぶ苦悶と狂気。


 無数の死に顔。

 無数の光を失くした目が、怨みを込めてイツキを見つめる。


 数十人分の死の苦しみを味わっていた。

 頭を地に打ちつけ、爪で体をかきむしる。

 手が、硬いものに触れた。とがった形の石ころ。

 苦しみから逃れたい一心で、自分の首筋に押しつけてごりごりと削いだ。


 皮と肉が破れ、黒っぽくて重い体液が流れ出す。

 しかし死の安らぎをむかえる前に、傷はふさがってしまった。


 ──おいおい、自殺なんてバチ当たりなマネ、してンじゃねェよ。


 いつの間にか夜魔がいて、イツキを嘲笑っていた。

 発狂寸前だったイツキの正気は、怒りによってつなぎ留められた。


 ──おまえ……わたしのからだを使ったな……!

 ──だから、ちゃんと返したじゃねェか、五体満足でよ。

 ──答えろ、どうすればわたしは死ねる?

 ──どうすればオレを殺せる?


 イツキは石ころを握りしめ、腕や太ももを手あたりしだい、切り裂くが、黒くドロリとした体液が少し流れるだけで、傷はふさがってしまう。


 ──わたしから離れろ! 離れろよ、ああ耐えられない、逃げたい逃がせ逃がして!

 ──逃げたい、逃げたい! 笑わせるぜイツキ、自分の影からどうやって逃げる?


 イツキは言葉にならない叫びをあげた。


「……そうカンタンに壊れちまってもつまらねェ。特別サービスだ、教えてやるよ」


 夜魔が呆れたように〝言葉に出して〟言った。


「オマエの人間性が弱くなりすぎてンだよ。

 そのぶん、不足をおぎなうためにオレから力が流れる。食ったエサの苦悶までいっしょにだ。

 オレにとっちゃア愉しい記憶だがなァ」


「だから……どうしろって言うんだよ!?」


「体力を回復させろ。なにか食うとか」


 夜魔の答えは、納得のいくものだった。

 直観的に、正解だとわかった。

 黒パンや干し肉を、つぎからつぎに取り出して、餓狼のようにむさぼり食らう。

 はずみで口のなかを噛んでも気づかず、血といっしょに呑みくだす。


 数日分の行糧を食べつくしてしまうと、ようやくおぞましい夜魔の記憶の奔流がとまった。

 人心地、ついて、どうにか平静をとりもどした。

 イツキは少し考えてから、夜魔に向かって言った。


「自分の意識がナイあいだ、アナタがナニをしたか、教えナサイ」


「そりゃかまわねェが、平気か? また取り乱されてもめんどくせェんだがね」


「平気デス。……断片的には、思い出してしまいマシタ、カラ」


 それならと、夜魔は話しはじめた。

 ただ、あくまで夜魔の感覚がベースなので、理解しづらいところがあった。

 イツキは推測でおぎない、質問をはさみつつ、状況を整理した。


 ◆


 両者の意識は、一時的に混濁した。

 しかしイツキの自我が強まると同時に、入り込んだ異物に対して激烈な拒絶反応が起き、昏倒した。

 イツキの体は、しばらく飲まず食わずだったが、エルマーを殺して得た夜魔の力が供給されて衰弱死することはなかった。

 その後、より強靭な夜魔の意識が先に目覚めて、イツキの肉体を支配した。


 夜のうちにいったん、ラグナを離れ、郊外で一昼夜、ようすを見た。人間の肉体に慣れる必要があったし、レイシィやリオンと交戦したくなかったからだ。

 片脚が義足の体ではあるが、夜魔のバランス感覚をもって、二本の前脚と一本の後脚として動かせば、さほど不自由は感じなかった。

 しばらく様子見の時間をあけてから、町にもどって、殺りくした。


 用心深く、ひとりも逃がさないように殺し尽くした。

 夜魔は、殺し屋としてはとんでもなく有能なのだ。

 だが、そのためにずいぶん苦労した。

 時間をかけて楽しめた殺しもあったが、ほとんどは逃げたり、助けを呼んだりさせないために、すばやく殺すほかになくて、味気ない気分になった。


 夜魔はこの体の損得を考えてみた。


 昼でも活動できるのはたしかに利点だ。

 しかし人間の体は、やはり鈍重で脆弱だ。

 獲物を破壊するための牙や爪もなく、いちいち道具を使わないと、人体を壊せない。

 初めはちょっと面白かったが、飽きた。道具を介してでは、殺しの実感にとぼしい。

 このまま時間が経てば、眠っているイツキの意識は完全に消滅して、この肉体に定着してしまう……。


 けっきょく、夜魔は、人目につかない荒野に移動してから、意図的にイツキに肉体をあけわたした。

 日がのぼり、夜魔の力が弱まったので、イツキは目を覚ましたのだった。





 読んでくださってありがとうございます♪


 【次回】#02. 荒野(2)、8月14日(金)更新予定。


 内容としては、引きつづきイツキと夜魔の話です。

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― 新着の感想 ―
[一言]  人心地、ついて、どうにか平静をとりもどした。 ↑ これ程の『人心地』もそうはあるまい(´;ω;`) 夜魔、ずいぶんと殺したみたいですね(>ω<) あの最初の村だったら同情心も湧かないんで…
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