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暗黒転生/異世界がマジで殺しにきてる  作者: 猿谷ちひろ
2nd - Girls Just Want to Have Fun
30/41

#14. 暗い森(2)

 どしゃあ、とエルマーが横ざまに転倒する。


 イツキは目を開けて、見た。

 男のひざ丈のブーツがひとそろい、雨に打たれながら、行儀よく立っている。

 エルマーはその向こうで、ぬかるみのなかでもがいていた。


「くそっ、すべる、おれの靴を取ってくれ、なあおれの靴を取ってくれよ」


 そんなことを言っている。


 ──ハア? カンベンしてクダサイよ。

 ──フザケてナイで、ヤるならサッサと……。


 そしてイツキは気がついた、ブーツの中身が詰まっていることに。

 それでは起き上がれないはずだ。

 エルマーはもがいているが、その両脚はこっけいなほど短い。

 あれでは、仮に立てたとしても、小柄なイツキとおなじくらいの背丈かも知れない。


 どろどろと遠雷が聞こえる。

 それよりも高く、野太い男の絶叫が森に響きわたった。

 状況を理解するよりも先に、痛覚刺激を自覚したらしい。


 ──ああ、助かったぜ……!

 ──もっと苦しめ! もっとおびえろ!


 昏い歓喜が、イツキの心を満たしていく。


「う、う、ウソだろ、夜魔が、こんな、どこから」


 エルマーの言葉が意味をなしたのは、そこまでだった。

 その後は、舌をもつれさせ、時おり、短い悲鳴をあげたり、すすり泣くだけだった。


 切り刻まれていく。

 噛み砕かれていく。


 イツキは姿勢を変えた。両腕で体をささえて向きを変え、木の幹に背中をあずけて座り込んだ。

 不思議なほど身も心も軽い。


 いつしか雨はやんでいる。

 濡れた土のにおいに混じる血臭は甘い。

 無意識に、ギザ歯を剥いて笑い、よだれを垂らしていた。


 血肉の花が咲き乱れている。

 あたり一面に人間であったもののピースが散らばっている。

 その中心、イツキから二メートルくらいの距離に、闇がわだかまっている。


 そいつは振り向いて、歩み寄ってきた。

 尖った背ビレと、湾曲した鉤爪、それに牙は、光沢のない漆黒だ。

 夜魔は深紫色ディープパープルの舌を出し、ぎざぎざの歯列を剥き出して、笑った。

 イツキの表情もそれとよく似ている。


 ──おひさしぶりデスね。スマコンで、殺したつもりデシタが。

 ──オレも死んだと思ったよ。


 イツキがこの世界にきて、最初に遭遇した夜魔。

 そいつの思念が、イツキのなかに流れ込んでくる。


 夜魔は強烈な光を浴びせられ、いったん、意識を失った。

 だがそのあと、イツキの影のなかに同化している自分に気づいた。


 夜魔は通常、日中は、地中深くに沈み込んで光から身を守る。

 だが地中を移動することはできない。そのまま夜を待つだけだ。

 しかしイツキの影と同化していれば、ちがった。意志とは関係なく、影といっしょに移動していた。


 それでも、生物のように表現すれば、瀕死の重体だった。

 影に潜り込んだまま、回復を待つしかできなかった。

 少しずつ力がもどってきて、ようやく元どおりに実体化できた。

 ちょうど男がいたので、食らった。


 ──つまり、ずっと自分にとっ憑いてた、って理解で、いーんデスかね?


 ──おかしな感じだぜ。閉じ込められてるみてェでもあるが、悪ィ気分じゃねェ。

 ──とにかくオレはもうアンタの影から出たら、消えちまうンだと思う。


 ──自分もヘンな気分デス。

 ──アナタの思考や感情が流れ込んでくル。


 とにかく、この怪物は、いま、エルマーから自分を助けてくれた。

 夜魔自身の生存のためにも、宿主であるイツキを助けざるを得ないのだ。

 しかし好きでイツキを助けるわけではない。

 むしろ、できることならば……。


 ──なァ、テメエのカラダ、オレによこせよ。

 ──お断りデス、そしたら自分、サイコなシリアルキラーになっちゃうってコト、デショ?

 ──その方が人生、楽しいぜ? さっきも殺されかけてたじゃねェか。

 ──黙れデスよ。影に入れてやってルだけデモ、ありがたく思いナサイ。

 ──ナメるなよ、ニンゲンが。奪い取ってやるよ。

 ──ふふふふ、困りマシタ。追い出す方法、わかりマセンし。


 おかしなことになったものだ。

 イツキは他人事のように面白がっていた。

 いま時点、両者は同時に、死の、あるいは消滅へのストレスから自由になり、その解放感をごちゃ混ぜに共有してハイになっていた。


 ふと夜魔は、巨大なオオカミに似た耳をピクリと動かすと、イツキの影のなかに、とぷんと液体のように沈んだ。

 どうしたのだろう、と思っていると、ふたりの仲間が姿を見せた。


 ◆


 レイシィとリオンは、息を切らして走ってきた。

 そしてイツキの無事らしい姿を認め、笑顔で駆け寄ろうとして、ただならぬようすに気づいた。

 イツキは相当ひどく、殴られたようだ。

 だが、幸いほかに外傷はない。


 しかしこの、周囲に散らばる肉片は?


 ここまで人体を執拗に、徹底的に破壊するもの。

 夜魔しか考えられない。


 イツキは、やはり、野盗の生き残りに襲われた。

 しかしそこにたまたま夜魔が出現し、野盗を食らう。

 その夜魔を、イツキがスマコンで撃退した……それだけの話なら、どんなによかったか。


 レイシィの直観は、そうではないと告げていた。

 正体不明の不安。


「レイシィ、リオン、無事だったんデスね、よかったデス」


 イツキは微笑む。

 その表情に、なぜこんなにも不吉なものを感じるのだろう。


「イツキ……なにがあった?」


 そうたずねるリオンの声も、あからさまに震えていた。

 リオンの、獣人の本能もまた、異常事態であることを告げていた。


「ナニって? ナニも。ふたりがもどらなくて退屈デシタよ。

 デモ、新しい友だちがデキタからいーんデスケド。

 オモチャで遊んでマシタ。……味も悪くなかった、腹が減ってたからな」


 レイシィは、いくつか、イツキを問いつめたが、ほどなくあきらめた。要領を得ないのだ。


 自分たちも傷だらけなのを忘れて、イツキの手当てを始める。

 水筒の水で布を濡らして、血と泥の汚れをていねいに落としてやる。

 イツキはされるがまま、ニコニコしていた。


 イツキは、目ばかりぎらつかせて、時おり、思い出し笑いをする。

 とびきり愉快な秘めごとを思い出したかのように、くつくつとのどを鳴らす。


 そうこうするうちに夜が白み始めた。

 それと同時に、イツキの笑みが消えた。

 代わりに、さまざまな表情が浮かび始める。


 当惑。疑念。不安。焦燥。混乱。恐怖。苦痛。


「おああぁぁああ──!」


 爪を立てるように、両手で頭を抱える。

 目と、口を、限界まで開いて、長々と叫んだ。

 そして唐突に、糸が切れたあやつり人形のように、くたりと倒れた。


「おいっ! どうしたんだよお?」


 リオンが、まるで幼児のようにうろたえている。


 レイシィはイツキを抱き起したが、その体は軽く、氷のように冷たくて、痙攣している。

 てんかんの発作を思わせた。

 眼球が、不規則に忙しく運動しているが、おそらくなにも見えていない。

 血の気を失った唇が、たどたどしく動いた。


「……お母さん。お母さん。……どこにいるの? 帰りたいよ」


 うわごとのようにつぶやいていたが、やがて完全に気を失った。


 レイシィは、古い友人のことを思い出していた。

 助けがいる。これはなにか、手に負えないことになっている。

 あのランシールの辺境伯の、支援と知識が必要だ。





 読んでくださってありがとうございます♪

 イツキを襲った夜魔のことなんて、みんな忘れてるんじゃないかしらと不安な話でした(^^;


 【次回】#01. ベルキュリア邸、7月31日(金)更新予定。


 内容としては、ちょいちょい話題になっていた〝レイシィの後ろ盾〟の人物の顔見せです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 殺した筈の夜魔との共生Σ(゜Д゜)呪わしい絆が出来たもんですね。 ダークホラーのようであり児童書かお伽噺のようでもります。不可避な理不尽感が。 影との同化……スマコンのアプリに入ってたりして…
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