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暗黒転生/異世界がマジで殺しにきてる  作者: 猿谷ちひろ
2nd - Girls Just Want to Have Fun
29/41

#13. 暗い森(1)

 レイシィ、リオンと別れ、馬をつないだ場所にもどるあいだに、濡れねずみになってしまった。

 これなら、洞窟の入り口で雨宿りしていた方がよかったのではないか。


 ──イヤ、危険すぎマスね。


 あのふたりは、容赦なく暴れるにちがいない。

 運よく生き残った野盗が、奥から殺気立って飛び出してくるかもしれない。

 あのふたりと対峙して、命があった、悪運の強い野盗がもしもいて、イツキを目にすれば、すぐに仲間だと気づくだろう。

 イツキに戦闘力はゼロだ、確実に殺される。

 やはりレイシィが気づかってくれたとおり、なるべく離れておいた方がいい。


 登りの傾斜で足場は悪く、途中から風雨が強まった。

 転倒すれば大ケガの危険があるので、細心の注意を払ってゆっくり進んだ。


 それでも、短距離の移動なので、ちゃんとこうしてもどってこれた。

 ちいさな森では、三頭の馬も、叩きつけるような雨の下、心なしか悄然としているように見えた。


 ダブレットやズボンはぐっしょりだが、その下のシャツとルームパンツには《状態保持》効果が働き、少しは体温を守ってくれる。

 自分の移動速度の遅さを考えると、レイシィとリオンが仮に手こずったとしても、もう、敵を全滅させているのではないか。

 あのふたりが負ける心配は、まず、しなくていいと思う。


 ──いまにも、意気揚揚と帰ってくるんじゃナイかナ。


 その点については楽観していたが、しかしこの雨のせいか、気がふさいでしかたがなかった。

 いや、天気なんてどうでもいい。

 イツキは暴力について考え込んでいて、その思索が彼女の気分を滅入らせていたのだ。


 食べるためにシカを殺す。

 それは、なんだか腑に落ちた。

 イツキは殺すことについて、正面から考えてみたこともなかったくせに、体験が先んじる格好になった。

 それなのに、その行為は感覚的にすとんと飲み込めるものがあった。

 その気づきは、なにかすがすがしいものでさえあった。


 殺されないために、あるいは殺させないために、敵を殺す。

 これだってつまるところ、「生きるために」と正当化しているわけで、おそらくレイシィとリオンにとってはまちがいなく、シカを殺すことの延長線上にあるのだろう。

 いや、犯罪者を殺すことは、シカよりオオカミに例える方が適切か。

 しかしこっちは、釈然としないのはなぜだろう。

 もやもやと不愉快で、すがすがしさとは程遠い。


 無意識にスマコンを取り出していた自分に、イツキは苦笑した。

 自分で考えなくても、データの海のなかで検索すれば答えが見つかるつもりでいるのだ。


 ──ソレってつまり、自分って莫迦だってコトデスね。


 ため息をつきながら、習慣化しているきょうの日記を書いておく。

 雨に濡れても、《状態保持》のため、絶対に壊れる心配はない。


 手持ち無沙汰に数日前の記録を読み返すと、エンリヒの料理の味が思い出されて、我ながらのん気なことに、空腹感を覚えた。

 それと同時に、たまらなく「帰りたい」と思った。


 ◆


 男は、洞窟に敵襲が発覚した時、なによりも先に、どうふるまうのが自分にとっていちばん得かを考えた。これまでの人生で常にそうしてきたように。

 軽率に逃げ出して、仲間入りをはたしたばかりの野盗たちから、不興を買うのは望ましくない。

 しかし野盗たちが負けるなら、自分だけ逃げ出すべきである。

 野盗と異なり、男はカタギにもどってやりなおす選択肢も準備してあるのだから。


 最初は頭領のそばにいたが、趨勢をみて、徐々に後退した。

 洞窟の奥にいても、激しい戦闘の音が聞こえてくる。

 しばらく、耳をすませてようすをうかがったが、ここも危険だと判断し、はしごを使って地表に出た。


 嵐のおかげで、視界が悪く、移動の形跡も残りにくいだろう。

 その代わり、自分も周囲の状況を把握しにくい。


 どう動くのが自分にとって最善か、思いめぐらしながら歩いていて、木立のなかに光を認めた。

 ランタン……いや魔法の光のようだ。単独とはどういうことだろう。

 男は、ダガーを取り出した。

 頭領に手渡され、寝ているフーゴののどを切り裂くのに使ったものだ。イスペルタ製のデザインがめずらしいと言うと、頭領は、気に入ったのならくれてやる、と言った。初めて人を殺った記念だ、と。

 男は記念の品を後ろ手に、慎重に近づいて行った。


 ◆


「よう、こんばんは! ひでえ雨だなあ!」


 大声をかけられて、イツキはびくりとした。

 夜闇のなかからふいに現れたかのように、近くに男が笑顔で立っている。

 雨風のせいで、物音に気づかなかったのだろうし、男が声をおおきくしたのもそのためだろう。

 しかしイツキは驚かされて、まだドキドキしていたし、なんだかいやな気がしている。


「見たところ、馬の番をさせられてるみたいだな。

 ひどいご主人さまだねえ。あんた、気をつけないと風邪引いちまうよ」


 人好きのする笑顔に、気さくな口調。

 野盗っぽくは見えないが、イツキは警戒していた。

 決して油断はしていないつもりだった。

 それでも、ほがらかな表情のまま、眉一つ動かさず女を全力で殴る人間は想定できていなかった。


 泥のうえに血の混じったつばを吐きながら、思う。


 ──だめデスね、自分、まだまだ甘いんだナァ。


 身を起こそうとしても、脚に力が入らない。

 男はイツキに目線を合わせるように、かがんで、ダガーを突きつける。


「あんたと、馬を二頭、殺して、残った馬をもらって逃げることにするよ。

 どうにもヤバイ気がするし、こういう時のカンは外れたことがないんだ」


 イツキに武器はないし、あっても使えない。

 スマコンのフラッシュも、悪霊や夜魔には致命的でも、人間相手ではちょっと驚かせるだけだろう。

 会話で時間を稼ぐのが、自分にできるせいぜいだ。


「アナタがナニをしたか、知ってマス。

 自分の仲間も、ソレに、報告を受けた警団もサスガに動くデショウ。

 そうカンタンに逃げられルと思いマス?」


「警団が手配するのは、地の民のベンだ。青い髪のおれは嫌疑をまぬがれる。

 どこか遠くで、名前を変えてやりなおすことにするよ」


 そう、暗くてすぐにはわからなかったが、この男の髪は青灰色ブルーグレイだ。

 絶対とは言えないが、逃げおおせる算段がある。


 ──イヤ、デモ、気づいてないフリした方が、時間、稼げるか。


「ナニ言ってるんデス? アナタがベン、デショウ。

 ああ、エンリヒさんがカワイソウ。息子を殺シタ犯人を教えてあげたいデス」


 目の前に火花が散って、イツキは転がり、木立に強くぶつかった。

 燃えるように顔面が熱く、蛇口をひねったようないきおいで鼻血が流れ出す。

 ダガーの金属製の柄頭で殴られたのだ、と遅れて理解する。

 前歯が折れなかったのは幸いだが、唇が裂けたようだ。


「可哀想なのはおれだろうが!」


 男は突然、感情的な怒声をはりあげた。

 そして、フラットな口調になってつづける。


「おふくろが死んだのがけちのつきはじめさ。おれは婚約してたんだ。

 相手は町の資産家のお嬢さんでね、たらしこむのにどれだけ苦労したことか。

 だが親父は店をたたんでこんな田舎に引っ越した。おれの苦労はむだになった。こんな郊外じゃ一生成功できない。

 いっそ野盗になる方が、いい暮らしができそうだろう?」


 そこで一瞬、声を詰まらせる。

 イツキはその顔を見上げて、自分の目をうたがった。

 雨に濡れているのかと思ったが、ちがう。泣いている。

 エルマーは心の底から自分をあわれんでいた。


「なのに、あんたの仲間のせいでぶち壊しだ。

 どうして幸せをつかもうと努力する平凡な男を、よってたかってじゃまするんだ?

 だけど、おれは自分の身は自分で守るぞ。

 文句ばかり垂れてなにもしないような連中とはちがうんだ」


 ダガーをかまえて、近づいてくる。

 男の履いたひざ丈のブーツが、イツキの顔に泥水を跳ねかけた。


 ──レイシィ。時間切れデスよ……。

 ──借金を返せナイのは、アナタが遅いせいデスカラね。


 イツキは固く目を閉じた。

 夜よりも黒々とした殺意が、嬉々として刃を振るう。





 読んでくださってありがとうございます♪


 【次回】#14. 暗い森(2)、7月24日(金)更新予定。


 内容としては、2ndの最終話です。

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[一言]  ──レイシィ。時間切れデスよ……。  ──借金を返せナイのは、アナタが遅いせいデスカラね。 ↑ リイシィには黙ってたら分からないけど、ワザワザ誘き寄せたのは自分やでwww(ノ´∀`*)何の…
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