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暗黒転生/異世界がマジで殺しにきてる  作者: 猿谷ちひろ
2nd - Girls Just Want to Have Fun
28/41

#12. チコ一家(3)

 レイシィは、リオンといっしょに地面に這いつくばったまま、銃創のぐあいをたずねた。


「右腕が動かしづらいな。でも戦えないほどじゃない」


 痩せ我慢している口調でもない。いちばん危惧した、バイタルエリアの損傷はまぬがれたらしい。

 レイシィはひとまず安堵しつつ、魔術を発動させた。

 《蜃気楼ミラージュ》。ほとんど瞬時にして、六つの、幻のデコイを出現させる。一流の幻術使いとしての面目躍如といえる。

 ゲルグ銃の装填時間から考えて、そろそろ次弾がくるだろう。

 その命中率で、リオンへのヒットがまぐれ当たりだったのかどうかがわかる。


 ──轟音。


 もっとも入り口側に近い、デコイが打ち消された。

 着弾点は上半身、やはり正確な狙いだった。

 撃ってきたのは、レイシィとリオンが通ってきた通路の陰からだ。


 とりあえずひとつわかったのは、一本道を通ってきたつもりだが、途中で脇道を見逃したということだ。

 周囲に気をつけてはいたが、アルゴの背中を追って走ったから、チェックが不十分だった。

 この広間のどこかに、入り口側へ抜ける狭路があるのだろう。


 レイシィは以前、バルデン護国騎士団員の知人に、ゲルグ銃の機構と、射撃練習のようすを見せてもらったことがある。

 あつかいに慣れた人間なら、この距離ではまず外さない。

 だが、野盗たちは銃を見るのがはじめてだったはず……。

 はじめて銃をさわるなら、この薄暗いなかでは、狙いを定めるどころか、弾を込めるのもむずかしいと思うのだが。


 とにかく、ずっと腹這いになっていても仕方がない。

 レイシィとリオンは立ち上がった。

 レイシィの目眩ましが効くことは証明された。狙いが正確でも、本物を撃たないと意味がない。


 ピアージョもまた、立ち上がった。


「へえ、まだやるんだ? お仲間同様、あんたも粗挽ミンチになりたいわけね」


 リオンが挑発するが、ピアージョは軽く腰を落とし、剣──アネラスをしっかり両手で構えて、切っ先を地に向ける。ラギスト流剣術の基本的な構え。


「……おまえの粗暴な力押しでどうにかなるほど、おれの技は甘くない」


 額に汗を浮かべている。リオンから受けたダメージが、効いていないはずはない。

 だが、持ち前の冷静さを取りもどしている。

 仲間の援護射撃が、彼をすっかり勇気づけてしまったのだろう。


 レイシィの選択肢として、精神魔法がある。

 だがこの系統の術は、敵に心理的ストレスを与えたり、乱したりするもので、覚悟を決め、臨戦状態になった人間には効きにくい。

 もちろん構築に時間をかければ効果は高まるが、それなら、幻影魔法で守りを固める方が無難だろう。


 レイシィは、射手について、先ほど思いついたことを確認した。


「ねえチコ! 仮にも頭領なら、女に撃たせてないで勝負に出たらどう?

 手下がほとんど全滅したんだから、自分で仇を討つのがスジじゃないの」


 少し間があったが、男が暗がりから姿を現した。

 ひゅんひゅん、と槍を回転させながら、悠然と歩み寄ってくる。


「ああ、ずいぶんやってくれたな。

 正直、小便くせえ小娘ふたりに、ここまでコケにされて頭に来てるぜ。

 楽に死ねると思うなよ」


 いちおう、読みは当たったわけだ。

 カルメンは化身魔法を使う。

 一般に、鉄と魔法は併用しづらいものだが、化身魔法の一部は例外的に、あまり支障がないといわれている。

 ネコに《変身ポリモーフ》できるなら、より単純な《暗視ダークサイト》が使えないはずがない。魔術で視界を確保していたのだ。


 チコからの槍を避けながら、援護射撃にも注意を払う……。

 自分の身体能力ではきつい。そう判断したレイシィは、背中を合わせたリオンに伝えた。


「ごめんだけど代わって。後ろのふたり、わたしには勝ち目がない」


「それはかまわないけど、この剣士もかなり強いぞ。大丈夫か?」


 ふたりはくるりと立ち位置を入れ替えた。


「いくらリオンでも、二対一では苦しいと思う。あなたもケガしてるんだしね。

 ピアージョを倒したら援護につくから、それまで持ちこたえて」


「……あいよ」


 リオンはレイシィの言葉に安心し、唇の端を吊り上げた。勝算があるのだ。

 ならば、自分の仕事は考えることではなく、動きまわること。


 レイシィは魔力を駆使して、ピアージョと交戦する。

 魔法使いが、戦士を相手に、接近戦を余儀なくされるのは、もっとも避けたい事態だ。

 不幸中の幸いは、ピアージョの剣術は守りが主体であることだ。レイシィは幻影魔法と精神魔法を併用しながら時間をかせいだ。


 ピアージョもあわてなかった。魔法使いという連中は、思いもよらない隠し玉を持っていることがある。深追いは危険だ。

 長期戦になれば、自分の体力と、相手の魔力、どちらが尽きるのが先か、という話になるが……ピアージョは自分でも意外なほど、落ち着いていた。あばらの痛みも気にならない。この調子なら、ローリスクな立ち回りをつづけていれば必ず勝てる。確信があった。


 だから、自分の方が先に息が上がっていることに気づいた時、ピアージョはわけがわからなかった。

 とにかく、これはもたもたしていられない。積極的に攻撃し、勝負を決めるべきだ。

 守りを重視するスタイルとはいえ、こちらは剣術のプロである。本気で攻めかかれば、ひ弱な魔法使いが動きについてこられるはずがない。

 それなのに、ひょいひょいと避けられる。状況に理解が追いつかないまま、ピアージョの焦りは頂点に達した。


「ば……莫迦な! なぜ、当たらん……! いったいどうなっ」


 途中で言葉は血のかたまりに変わった。

 ふいに、視界が黄色く染まり、激しい耳鳴りがする。胸が痛む、苦しい。そのまま意識が闇に吸い込まれていく。死にぎわに女の言葉を聞いたが、けっきょく意味はわからなかった。


「あなたの動きが鈍すぎるの。わたしでもかわせるほどにね。

 疲れたでしょ? おやすみ」


 レイシィは、ピアージョに精神魔法をかけていたのだ。

 ひとつは《沈静カーム》。もうひとつの魔術がメインなので出力を高められなかったことと、もともとこれは味方にかけるものであり、不快刺激がないため、ピアージョは自覚できなかった。

 そしてメインは《痛覚阻害ペインレス》である。

 ピアージョは気づかずに動きまわり、体内で折れた肋骨が、やがて内臓を傷つけ、内出血が始まった。貧血と酸欠で倒れたのだ。


 リオンは、獣人族の特性として、もともとある程度は夜目が利く。

 加えて、チコの攻撃は、太刀筋が単調であり、見切るのはむずかしいことではなかった。

 槍と斧ではリーチがちがいすぎる。そのため、こっちから攻撃できないのは不満だが、リオンの役目はチコとカルメンを釘づけにしておくことだ。それがはっきりわかっているから、焦らなかった。


 時々、銃弾が飛来するが、どれも見当ちがいの、幻影のデコイに当たる。

 しかも、はじめのうちは慎重だった女は、いまや身を隠さず、おそらく無意識にだろうがかなり近づいてきており、歯を剥き出した怒りの形相で銃をかまえている。

 撃っても撃っても空振りで、いちいち槊杖さくじょうで弾を込めるのも面倒くさく、完全に頭に血がのぼっているようだ。

 せめて姿勢に気を配ればいいものを、立ち撃ちである。


 リオンにとっては、カルメンが近づいてくる方がやりやすいのだ。

 本人は、単純に、命中率が高まると錯覚しているらしいが。

 銃口がどこを向いているか、はっきり見えるから、リオンは自分が狙われると、さり気なく位置を調整してあいだにチコを挟んだ。こうすれば撃てない。


なにやってんだ(テスタ・デ・カッツォ)、カルメン! さっさと撃ち殺しちまえよ!」


「うるさいね! あんたこそそんなメスガキ相手にあしらわれてンじゃないか!」


 カルメンの発砲、これもミス。


「《視覚阻害ブラインドネス》」


 背中にその声を聞くと同時に、リオンは疾駆。


 チコの視界はとつぜん闇に閉ざされた。闇は死を連想させ、死への恐怖を呼び覚ました。情婦の前であられもない悲鳴をあげずにすんだだけ、幸いだったとするべきか。

 声より先に斧が一閃し、チコの頭は洞窟の天井にぶつかって転がる。


 弾を込めようとしていたカルメンは、ゲルグ銃を放り出して逃げ出した。

 すかさずリオンが投げた戦斧は、カルメンの背骨を断ち、内臓破裂を起こして即死させた。


 ◆


 唯一、ネフだけ生きていた。

 攻撃に不向きなレイシィの全力では、短時間、気絶させるのがせいぜいだったのだ。

 拘束しておいて、あとで警団に引きわたすつもりだったのだが、この男は余計なことを言った。


「タダですむと思うなよ。私はギルティーナにもつながりがあるんだ。

 私を殺せば、組織を敵にまわすことになる。賢明になるがいい」


「ダイナ、カロライナ、聞き覚えは?」


 知るか、とネフが吐き捨てると、レイシィはリオンに、バルデンの符丁で『殺せ』と伝える。

 ネフは勉強家だったのか、それとも雰囲気で察したか。

 彼の頭は、「お、おい待て! 私を殺せば組織に追われるんだぞ、本当だぞ!」と叫んでから、胴体と別離した。


「すでに追われているのよ、わたしは」


 レイシィは首なし死体に告げた。


 自分たちの損傷をあらためる。レイシィは賦活魔法を使えないが、よく効く傷薬を常備している。

 レイシィは全身に、ネフの魔術と、ピアージョの剣により切り傷を負っているが、命に別条はない。

 リオンもほとんどは軽傷だが、肩の銃創だけは出血が止まっていなかったので、応急手当てをした。弾は幸い貫通していた。


 洞窟に突入する前に、イツキには、馬のところまで引き返し、森で待つように指示しておいた。

 待ちくたびれていることだろう。


 入り口に引き返そうとした時、ふと、リオンが気づいた。

 かすかな水の音。奥から聞こえてくる。

 向かってみると、天井から水が伝って流れていた。外は嵐になっているはずだ。雨水が侵入している、つまり上方に抜け道がある。

 はしごが掛けてあり、そこから出られるようになっていた。

 上がってみると、このルートは、地表からは目立たないように隠されていた。


「帰りが近道できたわね」


 レイシィは全身に強い雨を浴びながら、機嫌のいい声を出す。自分の血や返り血で、全身が汚れていて気持ち悪かったのだ。

 リオンは、地表の出入り口を調べていたが、緊張した声音で言った。


「しばらく前に人間がとおった形跡があるよ。

 例の使用人のベンって奴がここから逃げたんだと思う」


 レイシィも、リオンがなにを危惧したのか悟った。

 可能性は低い。まさかとは思う。

 ベンとイツキが鉢合わせした可能性。





 読んでくださってありがとうございます♪


 【次回】#13. 暗い森(1)、7月17日(金)更新予定。


 内容としては、少し時間が巻き戻った時点から、一方そのころイツキは……みたいな。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  レイシィは、ピアージョに精神魔法をかけていたのだ。 ↑ 《沈静カーム》も《痛覚阻害ペインレス》も通常なら味方や要救助者にかけてあげるであろう魔法をこんな風に使うなんて(≧▽≦) 苦痛の無…
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