#10. チコ一家(1)
「昨日は《解析》で、〝この場でなにが起きたか〟を視てもらったわよね。
《追跡》という魔術もあるの。
あなたの眼鏡は、それに近い機能も持っていると思う。
今度は、あの時に痕跡を残した人物の、足取りをたどるイメージで、もう一度、調べてみて」
「かしこまー。魔法の眼鏡、発動デース」
前にいたのとおなじ位置に、人の痕跡はすぐに補足できる。
その人間が使った魔術ではなく、人間そのものに焦点を合わせて、集中する。
〝視えざるもの〟に注意していると、〝視えるもの〟への注意がおろそかになる。
つまり家具にぶつかったり、つまずいたりしそうになるのだ。
レイシィに手を引いてもらいながら、痕跡を追いかけた結果、屋敷の正面玄関から出て、南西へ向かったことがわかった。
「この方角なら、山岳地帯になるはずよ。行ってみましょう」
交戦するかどうかはさておき、もう少し調べていこう、という結論である。
途中、イツキの眼鏡でもさすがに見失い、それ以降はカンで進むことになる。
「あのー、ナンデ犯人は、ワザワザ魔術を使ったんデショウか?」
みちみち、イツキは疑問を口にした。
現場に指紋をべったり残すようなものだ。現に、そのせいで、こうして追跡されている。
計画的な犯行と、ちぐはぐな気がする。
「それは、主人の思いがけない反撃を受けて、あわてて使ったからよ。あと、あなたほど優秀なトレーサーの存在は想定外なんでしょう。
でも、そう、魔法は便利だけど、こういうリスクがあるから、賢い犯罪者はなるべく使わないものなの。
イツキは呑み込みが早いわね」
ちいさな森で馬を降り、つないだ。
森の先は岩場になり、くだりのゆるやかな崖と斜面になっている。そして川の流れを見下ろすことができた。
位置的に、ラグナの町の近くを流れていたミッシス川の、下流に当たる。
野盗も川沿いに拠点を作っている可能性が高い。
この近く、歩きで探索できる範囲に、野盗の隠れ家があると思われる。
「あ、火のにおいがする。それに、魚を焼いたにおいだ」
そうリオンがつぶやいてから、隠れ家を見つけるまで時間はかからなかった。
水場にほど近い洞窟だ。これ以上、いい場所はないだろう。
◆
オレンジ色の西日を背にして、つまり逆光で見つかりにくい方角から、様子をうかがう。
見張りの男がふたり。
ひとりは、釣竿を川に伸べ、もうひとりは、繕いものをしている。
時おり、周囲を気にする素振りはあるが、イツキのしろうと目にも、隙だらけに見える。
ここまできたら、もうやってしまおうと、レイシィとリオンは決めている。
リオンは音もなく近づいてから、飛びかかった。
あっという間に、首をへし折って殺す。戦斧を抜くまでもない。
残されたひとりは、「おわあ!?」と叫んで、川へと倒れ込む仲間を尻目に、泡を食って洞窟の方向に逃げ出す。
「《眩暈》」
待ち構えていたレイシィが一〇メートルもない距離から、左手を差し伸べてつぶやく。単純な魔術、この距離で狙うなら、杖を使わなくても外さない。走る男は殴られたかのようによろめいた。
半回転し、たたらを踏んで、進行方向もわからなくなったらしい。酔っ払ったような千鳥足で、おろおろしている。
身体能力の低いレイシィでも、こんな状態の男に近づくのは、造作ないことだ。
「クソ……!」
男はレイシィに気がつくと、力なく毒づきながら、焦点の合わない目つきで、ダガーを構えようとした。
それに先んじて、レイシィは男の顔を、両手で挟むようにつかむ。
男は、ダガーを取り落として、かくんとひざをつく。
レイシィは男を押さえたまま、唇を動かしている。早口でなにか、囁くように。
一〇秒とかからず、男の目から光が消えて、ぽかんと開けた口からよだれを一筋、垂らした。
「もう安全よ」
声をかけられて、イツキも近づいていく。
「コレは《魅了》の魔術デスか?」
「いいえ、名もない即席魔法。後遺症に配慮してやる必要はなかったから、たとえるなら頭の錠前に炸薬を突っ込んで破錠したわ。
莫迦にならないよう加減はしたから、もういくらでも泥を吐く。
さて……あなたたちは、近くの屋敷を襲撃したわね?」
レイシィの質問に、虚ろな表情の男は答える。
「おれたちは、近くの屋敷を襲撃した」
「イスペルタ人よね? パルノー近郊から北上してきたの?」
問われるがまま、たどたどしく答える。
パルノーの警卒に追われ、仕事がやりにくくなり、渇きが原を越えてバルデン方面に移動した。
頭領の名前はチコ。
仲間は合計、七人。それに、金に目がくらんだ、屋敷の使用人が加わって、八人。
ただし、ひとりは先ほどリオンにやられたし、この男自身も除外すれば、残りは六人。
レイシィは、イスペルタのチコ一家に聞き覚えがあった。
異国の人間でも、情報通の旅人ならば、小耳に挟んだことがあるだろう。
その程度の悪評はある。
つまりこれは、気軽に請け負える楽な仕事などではなかったのだ。
しかし乗りかかった船だ、ここまで来たら手を引けない。
「屋敷を襲撃した時のこと、それに六人の仲間について、あなたの知っていることをすべて話しなさい」
「襲撃のこと……仲間のこと……。おれの知っていることをすべて話す」
ネフは、お頭に次ぐ立場にいるが、いけ好かないヘビ野郎だ。屋敷に前もって、内通者を仕込む提案をして、実際に使用人に接触したのもこいつだ。
ベンは手はずどおり、屋敷の玄関を開けて、おれたちを迎え入れた。
チコのお頭は、アルゴとピアージョをつれて、まずベンの案内で使用人室へ向かった。屋敷の主人は老いぼれだから問題ない。それより、使用人を先に始末に行ったんだ。
おれとカルメンは、ネフを臨時のリーダーとして、別行動だった。じじいをおどして、金品をさがす役割だ。もちろん用がすんだらじじいも殺す予定だった。
カルメンは仲間で唯一の女で、お頭の情婦だ。魔法が使えるらしくて、おれは一度ネコに変身するところを見たことがある。
ネフも左手を使うが、いつでも安全圏にいやがる。だけどあの時は油断して、じじいに銃をぶっ放されてちびりそうになってた。
むしろ使用人どもの方が楽に片づいたって、あとでアルゴに聞いた。アルゴはおれの兄貴なんだ。短剣と、投石器の扱いは慣れたもんだが、腕を振るうまでもなかったらしい。
それを言うなら、ピアージョもだ。あいつはどこで学んだのか知らないが、剣術を使う。お頭も槍を使うが我流だから、一対一で戦ったら、ピアージョが勝つかも知れない。
ベンは、まず最初にフーゴって使用人を殺ろうと提案したらしい。体がでかくて、抵抗したら面倒だから寝てるところを殺るべきだって。
お頭はベンに短刀を渡した。覚悟を見たかったんだろう。しかしアルゴの話じゃ、ベンはうすら笑いを浮かべながら昨日までの仲間ののどを平然とかき切った……不気味な野郎だって、兄貴は言ってた。
最後の使用人は逃げようとしたが、こいつもピアージョが斬り殺したそうだ。
あとは、盗めるだけ盗んでずらかった。近くに人家もないし、ままごとみたいに気楽な仕事だ。お頭はゲルグ銃が手に入って喜んでたな。本物の銃なんて初めて見た。
この新しい隠れ処は全員、気に入ってる。
近くにちっぽけな町もある。略奪し放題だ。おれにも分け前が十分あるだろう……。
「ふぅん……聞いた感じ、なかなかバランスの取れた構成ね。
これは油断しない方がよさそう。
リオンもなにか訊きたいこと、ある?」
「いや、こいつからはもうなんも出ないだろ」
そうね、いちばん下っ端みたいだし。レイシィはそうつぶやいてから、酒場で安酒を注文するより、気軽な調子で言った。
「じゃあ、あなた、もう死になさい」
「じゃあ、おれ、もう死ぬ」
男は、足もとに落ちていた自分の刃物を拾い、のどを掻き切って倒れた。
同情するような相手ではないが、イツキの感覚ではやはり抵抗がある。
しかし、とも思う。こいつらを放っておくとラグナの町が危険なのだ。老人だろうが、女、子どもだろうが躊躇なく殺すような連中だ。
そう考えると、レイシィたちのやり方は冷徹ではあるが、その妥当性は認めざるを得ないのかも知れない。
読んでくださってありがとうございます♪
【次回】#11. チコ一家(2)、7月3日(金)更新予定。
内容としては、はじめて本格的に戦闘シーンを書きます。イツキが不在の話。