#08. 屋敷の調査(2)
レイシィとイツキが、屋敷の主の部屋を調べていると、一階を調べ終えたリオンも合流した。
「広間と応接間、台所や貯蔵庫もひととおり見てきた。絵画に銀食器、酒まで、金になりそうなものはだいたい盗まれてる。
侵入者は足跡の種類から見て、六人から八人。
どこから入ったのかははっきりしない。少なくとも壊されている出入り口はひとつもなかった」
「なるほど。じゃあリオン、この部屋はどう見る?」
使用人の部屋とちがい、広く、金のかかった内装だ。手前は書き物机と本棚があり、奥は寝室になっている。
しかしひどく荒らされている。金目のものがいちばん見つかりそうな部屋だから、当然だろう。
「んー、まず、あたしには価値はわからないけど、一か所、まとめて抜けてるな」
リオンは本棚を指さした。そこはイツキも気になっていた。
「そうね。ナタン・ウラントの『農耕』原本は全四巻だと聞いたことがある。
スペースから見て、たぶんまちがいない。それなりの値がつくでしょうね。
ただ、足がつきやすい盗品だわ。販売ルートを持ってるのかしら」
「けっこう手慣れた感じがするな。
この部屋もだし、一階でも、無価値なものはうっちゃらかしてあったよ。
アホな盗人ならなんでも持っていくからな。時間はあったみたいだし」
ふたりのやり取りを聞きながら、イツキも自分なりに観察してみる。
たしかに……ヒントなしでは気づかなかっただろうが、これは手当たり次第ではない。
ある程度、金目になりそうなものを、ピンポイントで探した感じだ。
そして、寝室の床に、これも仰向けの死体。
服装から見ても、この遺体がウラント氏でまちがいあるまい。
「なにでやられた? んー、飛び道具? ……このにおい……火薬だ」
リオンが検分しながらつぶやく。
レイシィは眼鏡をずらして、裸眼で周囲を見まわしながら、生返事をした。
そして、ふと気づいたように言う。
「イツキ、あなたも眼鏡で視えないものが視えるんでしょ?」
「あ、ハイ、そーいやそうデシタね」
イツキは、「魔法の眼鏡よ、視えろ、視えろ~」と、心のなかで念じてみる。
フィルタをかけたように、彩度が色褪せて、世界が異なるかたちで眼前に広がった。
しかし……。
なにを、どう、視ようというのか。
イツキの自覚がはっきりしていないと、視えるものも視えないらしい。
この感覚、うまく伝わるか心許なかったが、レイシィに話した。
「ああ……たしかに、最低限の理論が頭にないと、魔導器も扱えないものね。
イツキに基本的な知識がないから、機能が引き出せないということか。
えっと、魔法というのは、使われると、痕跡が場に残るものなのよ。
魔法によって、残りやすいもの、そうでないものがあるし、使い手が痕跡を意図的に隠そうとすることもある。
だから読み取りは、技術と経験がいるんだけど、少なくともわたしは、ここで、だいたいどのくらい前に、どんな魔法が使われたのかが、わかる」
「ハェ……。そーゆーもんデスか」
──ホントに鑑識みたいデス。
──まるで指紋、あるいは線条痕デスね。
どのくらい前に、どんな魔法が使われたか、痕跡が残る。
それが自分にも、視えるはず。
そうと意識して、イツキはもう一度目を凝らす。
「……アー!」
思わず大声をあげてしまった。
いきなり情報が流れ込んできたのだ。視覚情報ではあるのだが、これはなんとも、未知の感覚だ。
圧倒されながら、どうにか、自分に理解できるかたちに落とし込もうとする。
たとえば……。これはサーモグラフィーで録画された、再現映像なのだ、と考えてみた。
すると途端に、視ているものの意味がクリアになった。
──なにコレ、面白ーい。
「加害者は、男性。被害者に向けて、冷たいナイフを、イッパイ飛ばしてマス。
コトが起きたのは……二四日前、から、その翌日にかけての真夜中」
イツキの言葉に、レイシィは少し驚く。《解析》は基本にカテゴライズされるが、わりと高度な魔術だ。
もしかすると、知識がきちんとあれば、自分以上に、イツキの方が視えるのかも知れない。
「これは、《氷結片》という、気象魔法の一種。
それと、魔法の練度は、五段階で表されるの。
厳密な線引きはあいまいになるけど、見習い、初級、中級、上級、達人……」
「その区分なら中級という気がシマス。この使い手は、気象魔法の中級者。
ア、待ってクダサイね、それに」
レイシィの言葉をさえぎったイツキは、眼鏡越しに視えるものに意識を集中した。
まだまだ、もっと、わかることがある。
「この使い手、隠そうとしてナイ、イエ、隠す能力がアリマセンね。
二五歳くらいかナァ。階層は外道、異国の人だと思いマス。
水のほか、風にも適性アリ。ダケド、ぜんぜんきたえてナイ。自覚ナイのカモ。
魔術を放った時、かなり気持ちが乱れてたミタイ。ビックリしてあわてて撃ってル。
デモ、殺しに躊躇があったワケじゃナイっぽい。ってコトは反撃された?」
レイシィは絶句していた。自分にはそこまで視えないので、正誤の判断がつかない。
しかしイツキが出まかせを言う理由もないので、信頼性は高い。
「おーい、火薬のにおいがするんだってば、あたしの話も聞けよお!」
蚊帳の外に置かれたリオンが不服な声をあげる。
レイシィは気を取り直して、思考をめぐらせた。
「ちょっと状況を整理しましょう」
◆
深夜、住人が寝静まってから、使用人の一人が、玄関を開けて野盗たちを手引きする。
侵入者は六人か七人。
ひとりめの使用人は、睡眠中に殺される。
ふたりめの使用人は、異変に気づき、空き部屋に逃げたが、やはり殺害される。
ウラント氏も騒ぎに気がつくが、籠城をえらんだ、もしくは外に逃げるには遅すぎた。
室内で、ゲルグ銃を構えて待ち伏せる。
侵入者に発砲するが、弾は外れた。
おそらくウラント氏が次弾を装填するか、賊の魔法の発動が先か、きわどいタイミングだっただろう。
だが遅れをとったのは屋敷の主人の方だった。
内通者は野盗たちに合流して、ともに金品を荒らし、屋敷をあとにする。
もちろんゲルグ銃も盗んだ。
バルデンは世界一、銃の生産量が多い国だが、それでも希少で高価な品だ。盗まれないはずがない。
「ほら、寝室の壁にフックがあるでしょう。銃はもともと、そこに掛けてあったのよ」
イツキとリオンは指された箇所を見て、納得する。
フックの形は、ちょっと独特で、剣がかかっていたようには見えない。銃だと言われると、なんとなくそう見える。
「屋敷に裏切者がいたって話も、うなずけるよ。
無理やり入った感じがないからな。
あと、イツキは犯人が異国の人間だって言ったな? わかんのか?」
「この世界の地理を知りマセンケド、ブライヒェンの人々とは、なんかチガウ気がしマス。
といって、リオンにはぜんぜん似てナイ、確実に、獣人ではナイ。
ダカラ、外国の人なのカナーと」
「あたしたち、魔法は使わんからね」
そう、獣人ではないだろう。レイシィは考えてみる。
イツキはこの世界に来てから、バルデン王国の人間としか、接していないはずだ。
それに比して「なにかちがう」というのなら、位置的にイスペルタ共和国の人間である線が濃い。
「イスペルタの盗賊の一味が、本国で活動しづらくなり、くにざかいを越えてきた……ありそうな話。
この屋敷は立地が悪い、六人以上もいれば襲撃できそう。
ただ、力押しを避けて、わざわざ使用人のひとりを抱き込んでるんだから、リーダーはなかなか慎重なのね」
これだけのことがわかれば、十分ともいえるのだが。
レイシィはこれ以上、調べるか、仲間と相談して決めることにする。
外では、西日が傾き始めていた。
読んでくださってありがとうございます♪
【次回】#09. 屋敷の調査(3)、6月19日(金)更新予定。
内容としては、屋敷の調査のシーンの最終話です。酒飲んで一泊します。余談ですが、作者は酒も煙草もやらないので、作中のキャラクタにやらせて楽しんでるようなところがあります。




