#07. 屋敷の調査(1)
二階建て、ひとりで住むには広すぎるだろう。
ただし火の民の基準でいえば、比較的、粗末な屋敷である。ウラントはそれほど著名な学師ではなかった。
外観から、なんとなく不吉な印象を受けるのは、先入観のせいだけではない。
庭は寂寞と、雑草が伸びて荒れており、人の気配が感じられなかった。
玄関を前に、レイシィは目配せする。
それを受けて、イツキは少し後退し。
リオンは、ふだんは腰から下げている、両刃型の斧を握った。リーチは短いが、取りまわしと威力にすぐれた得物だ。
レイシィは観音開きのドアを開け放つと同時に、その陰に隠れる。
覗き込むように様子をうかがってから、リオンが先に屋内に入り、
「こりゃあまた……派手に荒らしやがったもんだ」
ざっと見わたして、あきれた声を出した。
「どう見ても押し込み強盗だな。住人を皆殺しにして、金目の物をさがしたんだと思うよ」
「そのようね。野盗の仕業だとは思うけど、決めてかかるのはよしましょう。
じゃあ、手分けして調べましょうか。
リオンは一階をお願い、イツキはわたしについてきて」
そう言うと、レイシィはイツキの手を取って、広間から二階に向かう。
イツキは脚が不自由だ。手を握ってもらえないと、階段を登るのはつらい。
レイシィはもう一方の左手には、杖を構えている。魔術を使うような状況は考えにくいが、念のための用心だ。
廊下が二手に分かれる。レイシィは少しだけ考えてから、右に進んだ。
手を離さないでいてくれるので、イツキ的にはありがたい。……物理的にも、心理的にも。
「どーにも……陰気くさいカンジ、デスね。外はまだ明るいデスのに」
「日が長いけど、そろそろ夕刻が近いわよ。でも、たしかに外はまだ明るい。
薄暗いのは、窓が少ないせいでしょうね」
廊下の先には、ドアが四つ。
三部屋のドアは内側に向けて開きっぱなし。左手前の部屋のみ、ドアが閉まっている。
レイシィはまず、左手前のドアを、杖でゆっくり突いて、開けた。
安っぽい寝台と、最低限の家具。使用人の部屋だろう。
使われていた形跡はあるが、荒らされてはいない。
レイシィは粗末なキャビネットを調べ、空っぽであることを確認した。
廊下に出てすぐ向かいの部屋は、開け放たれたドアから、腐敗臭がただよってくる。
イツキは思わず戸口で立ち尽くしたが、レイシィは迷わず寝台に向かい、シーツをそっと剥ぎ取った。
匂いが強くなる。イツキは寝台に横たわる、黒ずんで干からびた亡骸を見た。
とても近づく気になれないが、レイシィに手招きされる。
──うう……。イヤだナァ。
しぶしぶ、左の義足を引きずりながら近づく。
腐肉がこびりついているが、ほぼ白骨化した死体。
自身ののどもとを、両手で押さえるような姿勢だ。
「これは、刃物でのどを掻き切られたんだと思うわ」
そう言って、レイシィは、ぼろぼろになった死体の衣類を検分した。
なにも見つからなかったようで、部屋をあとにする。イツキもつづく。
廊下に出て奥の部屋、左右、どちらもドアが開いている。
レイシィは左の部屋から調べる。内装はおなじ、死体はなし。
イツキの目で見ても、気になることはなかった。
その向かい、右奥の、最後の部屋。
ここにも死体だ。仰向けに床に倒れている。
「さっきの、三番目の部屋、シーツが乱れていたのに気づいた?」
「……気づきませんデシタ」
自分には探偵の才能はないのかも知れない。
「そしてこの、四番目の部屋。なにがあったのかしらね?」
レイシィは、なにかに気づいていて、訊いているのだろうか。
イツキは気をつけて観察してみる。
つい、死体に気を取られるが、全体をよく見ると、この四番目の部屋は、とくに埃が厚い。
住み込みの使用人は三人だったはず。ここは空き部屋で、物置にさえ使われていなかったのだろう。
死体は、安らかに息絶えたようには見えない。
損傷がある……おそらく正面から斬られたのではないか。
もしかして、と内側に向けて開いたドアの、表側を注目すると、力づくで破られた形跡が見つかった。
イツキは頭のなかで、時系列に沿って並べてみる。
「手前、右、二番目の部屋の死体は、眠っているところを、刃物で殺されタ。
三番目の部屋で眠っていた人物は、物音を聞いたのカモしれマセン。
あわてて飛び起きて、向かいの空き部屋に隠れる。
ダケド扉を破って侵入され、正面から斬り殺されタ……どうデスか」
レイシィはイツキの見立てに満足する。
イツキを試しているわけではない。
いや、たしかにそれもあるのだが、レイシィとて、自分の見立てに絶対の自信があるわけではない。
ふたりの意見が一致すれば、確度が増すということだ。
それと、レイシィは、寝首をかかれた遺体の、体格がよかったことに気がついていた。
あれはフーゴという男のものであった可能性が高い。
眼前の、四番目の部屋の死体を、検めてみる。
ペンダントを着けている。細い金製の鎖の先は、ロケットになっていて、そのなかには青い髪の女性の肖像画があった。
レイシィはそのペンダントをそっと外し、しまうと、立ち上がってイツキを振り向いた。
「つぎは反対側の廊下に向かいましょう。きっと主人の寝室よ」
「ハイ。……あ、手を握ってクダサイ」
「難儀ね」レイシィはめんどくさそうにイツキの手を取る。
読んでくださってありがとうございます♪
【次回】#08. 屋敷の調査(2)、6月12日(金)更新予定。
内容としては、見てのとおり「このへんはちょっとミステリ風味を出したいな」などと思っておりますわけですよ。真実はいつもひとつ。




