#06. ラグナの町
ブライヒェンの南に位置する林を抜けて、さらに進み、ミッシス川に合流するところにラグナの町がある。
宿屋を中心に、三〇にも満たない家屋が建っているだけの、ちいさな宿場町だ。
旅人たちは、酒場やギルドで密に情報交換をおこない、各地に点在するこういった町の位置をよく把握している。
少し見ただけで、イツキの目にもわかった。この町はちいさいが、機能的によくととのっている。
子どもたちが元気に走りまわっており、のどかだ。
なにはともあれ、町の中心である宿屋に向かう。
宿の主人を兼業している町長に会うのはもちろん、休憩したいし物資も欲しい。
馬を休ませ、飲料水や保存食、それにちょっとした雑貨も販売していたので、消耗品をいくらか買う。店を担当している水の民の女は、宿の主人の妻だろう。
シカの毛皮を引き取ってもらい、支払いの足しにした。
食堂に腰を落ち着けて、ウサギ肉とリーキのシチュー、マスのフライ、黒パンの食事をとる。
やけにうまい。野外生活のあとだからかと思ったが、その点を差し引いても美味だ。
そう感じているのは、レイシィやリオンもおなじらしい。
三人が冒険者だと聞くと、宿の主人は喜んだ。
「ウラント先生の屋敷では、たしかになにかが起こってる。ここの連中も不安がってるんだ。
おれは町長ってことになってはいるが、この店の切り盛りしかできやしない。
あんたたちが来てくれて助かるよ。メシ代と宿泊費くらい、タダにさせてくれ」
レイシィは礼を言い、情報提供を求めた。
「先生はしずかに暮らしたいようだが、なにぶんお年だ。だからこの町から男が三人、住み込みで世話しに行ってる。
交代で休暇をもらってな、時期的にエンリヒのせがれが帰るはずなんだが、もうずっと帰りが遅れてるんだ。
なあ、エンリヒ!」
主人が厨房に声をかけると、エプロンを着けた、ひげの中年が顔を出す。
エンリヒは主人と同様、三人の素性を知ると喜んだ。
「おお、恵み深きマリアナ! ……いや、勇敢なるゼフィーロに感謝するべきか」
もともとは、もっとおおきな町で個人料理店を経営していたという。
適性から、事務と接客を妻が、調理を彼が担当していた。
しかし妻に先立たれたことをきっかけに店をたたんで、息子のエルマーをつれて、この町にやってきた。この宿の主人と旧知の仲であり、料理人として雇ってもらったということだ。
「もうおれの家族はあれしかいないんでね。打ち明けた話、心配で仕方ないんですよ。
顔合わせりゃ喧嘩ばかりしてたから、それに嫌気が差してあいつはお屋敷で雇ってもらったんでしょうがね。おれに似て要領が悪いから、勤まるもんかと思ったが、ウラント先生には気に入っていただけたらしくて、まあ、安心してたんだ。
休暇の時期にはなんだかんだで、必ず町にもどって来てたし。
それが一〇日以上も沙汰なしだ。エルマーの奴を連れ帰ってくれたら、おれからも礼をさせてもらいますよ。もう、何度自分で様子を見に行こうと思ったことか」
エンリヒは、濃い眉毛を悲しそうに下げて語った。
──息子さんのコトが、大事なんだナァ。
イツキは感心した。
自分の母親の場合なら、元の世界におけるイツキが「消えた」のか、「死んだ」のか定かではないが、せいせいしているのじゃなかろうか。
──イヤ、さすがにソレは言いすぎか。
──でもナイか。……どうだろう。
そのエルマーという人が、ぶじであることを願った。
宿の主人が、友人に痛ましい視線を向ける。
「この男の気持ちはわかるんだがね、危ないから必死で止めてるんだよ。
だが、あんたたちの到着がもう少し遅れていたら、エンリヒは黙って行っちまってただろうな」
エンリヒの表情を見るに、図星らしい。
「住み込みの使用人は、あとふたりいるのよね? そのふたりはどんな人間?」レイシィが訊いた。
エルマーはおもに料理や炊事を担当、ベンとフーゴはそれ以外の雑務。エルマーの休暇中は、料理もこのふたりが一時的に担当していた。
エルマーが水の民なのに対して、ふたりは地の民だが、屋敷という職場内では、さほど身分にとらわれずうまくやっている様子だったという。
ベンは明るく、人好きのする男で、町では気が利くとか、賢いという評判だった。ただ、農業の単調さを嫌っていたので、使用人の職を得た時、周囲も適職だと思ったそうだ。
フーゴは、エンリヒの表現を借りれば「うすのろ」だが、体格のいい力持ちで、言われた仕事は黙々とこなすような男だった……。
町でも情報収集をしてみる。
住民のほとんどは地の民、たまに水の民が混じる。
イツキはここで歓待され、だれからも好意的なまなざしを向けられることに感激していた。
それはレイシィが、上流階級の、しかも町のトラブルを解決にきてくれた人間であり、イツキはそのお伴であるから、なのだが。
かくも歓迎されるのは、こっちの世界にきてから、はじめてである。
自分なりに、町の役に立ちたいものだ、と内心で気合を入れてみたりする。
教会の司祭にも話を訊くと、イスペルタ人が怪しいという証言が得られた。
たしかにこのへんはイスペルタ共和国とのくにざかいだが、少なくとも過去数十年にわたり、トラブルが起きたことはないらしいので、信ぴょう性のほどはわからない。
三人は、宿で一泊しようか迷ったが、時間的に早すぎる。日中のちょうどまんなかに鳴る、午鐘の少し前だ。
けっきょく町を出て、問題の屋敷に向かうことにした。
読んでくださってありがとうございます♪
【次回】#07. 屋敷の調査(1)、6月5日(金)更新予定。
内容としては、こう、ブキミな屋内にそっと足を踏み入れる時のですね、ちょっと怖くてちょっとワクワクするような感じを出したかったのですが、どうでしょう。




