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暗黒転生/異世界がマジで殺しにきてる  作者: 猿谷ちひろ
2nd - Girls Just Want to Have Fun
21/41

#05. 野外生活(3)

 少し早いが、飲み水の確保もできることから、その場で夜を明かすことになった。


 シカ肉はリオンの手によって、いくつかのブロックに解体され、湧き水の流れにひたしてある。

 冷却して鮮度を保ちながら、血抜きをする、理想的な状態だ。


 野営の支度は、夏場なのでそれほどやることがない。

 レイシィとリオンは、天然の物資をさがして周囲を散策に行った。


 ろくに歩けない上に、使えるものの見分けがつかないイツキは、必然、留守番になる。

 異変を感じたら、大声で叫べと言われているが、周囲はおだやかそのものだ。


 一度、トイレに行った。

 野外でも、一か所に滞在する時は簡易トイレを作るが、一晩だけならそこまでしない。

 野営地から離れて、穴を掘り、そのなかに排泄するだけだ。

 すませたあとは、葉っぱなどで拭いて、すべてきちんと埋めておく。

 初めはかなり抵抗があったが、いい加減、慣れた。

 それに、ルームパンツのなかは《状態保持》効果が働く。雑菌のたぐいは、時間の経過とともに分解され、清潔が保たれる。


 仲間はまだもどりそうにない。

 イツキはスマコンを取り出して、検索を始めた。

 伝聞による知識は、あらかじめ知っていても、実践においては案外、役に立たない。

 では、スマコンの情報収集機能は無意味かというと、決してそんなことはない。

 体験したあとで、明文化されたかたちで復習すると、面白いように頭に入るし、反省点や改善点も見えてくる。


 シカ肉は初夏がうまいらしい。エサが豊富な春にたっぷり栄養を摂っているためだ。

 いまはたぶん、それほど旬を外していない。期待できそうだ。


 朝食をしっかりとる代わりに、夕食は軽めなのがいつものパターンだ。

 しかし今夜は、新鮮なうちに肉をたらふく食べる。支度をしながら、みんな気分が浮き立っていた。


 イツキのルームパンツのポケットは、ものがいくらでも入り、重さも気にしなくていいので、重宝している。

 野花ですでに検証済みなのだが、期待どおり、《状態保持》効果が作用し、ポケットに入れた瞬間の状態のまま、劣化しない。

 ポケットサイズのものしか収納できないのは残念だが、旅の利便性がかなり高まっていた。


 ◆


 イツキはシカ肉を口にするのは初めてではない。ブライヒェンの宿で、コリーに奢ってもらったことがある。

 それでも、野外で仲間と焚き火を囲って食べると、一層うまく感じた。

 まして自分がトドメを刺した命だと思うと、感慨深い。

 ちょっと獣くさいが、濃厚な肉の味だ。

 ちなみに、リオンが率先して硬い部位を食べ、レイシィとイツキにはやわらかい部位があてがわれている。


「いーんデスか? リオンが一人で狩ったのに、自分なんてナンニモしてナイデスのに」


 イツキは遠慮したが、リオンに気にするなと言われた。


「あたしらと人間じゃ、あごの力がぜんぜんちがうんだよ。歯応えがある方がうまい。

 ……ついでに言えば、レイは一応、雇い主だしな」


 そういえば、リオンはレイシィの〝用心棒〟だと言っていた。


 食事が終わると、沸かした湯で茶を淹れながら、だれからともなく煙草を取り出した。

 イツキは喫煙の経験がない、というか未成年だったので、元の世界の煙草と比較することはできない。

 だが、この世界で一般的だという細身の葉巻は、多少、いがらっぽいものの、イグサに似たフレーバーはどこか懐かしい香りがして。

 リラックス作用と、軽い酩酊感があり、正直、すっかり気に入っている。


 満天の星空は、この世界に来て驚いたことのひとつだ。

 初めて見た時はちょっと言葉を失ったほど、壮麗だ。


「ところで、おふたりはどうやって知り合ったんデス?」


 イツキは満たされた気分で、星空をながめ、紫煙を吐きながら訊いた。前々からなんとなし、知りたかったことだ。

 リオンが先に口を開く。


「あたしはルナキア出身だけど、地元の集落でごたついて、ちょっと居づらくなってね。

 べつの集落に、簡単に入れてもらうこともできないし。

 人間に混じって暮らすにも、獣人ってだけでナメられるし」


「とおりかかったわたしは、力仕事担当の仲間を募集中だったから、ちょうどよかったわけ。

 見つからなければ最悪、ベルガにたのんでゴーレムを作ってもらうつもりでいたけど、あいつ、吹っかけるからね」


 レイシィはちょっと思い出す表情をした。

 が、思い直したようにイツキに目を向ける。


「それより、明日は目的地に着くから、依頼内容を説明するわね。

 依頼人は、近くの町長。

 ナタン・ウラントという初老の地学師が、町はずれの屋敷に住んでいたの。

 学師は火の民で、裕福だからふつうは都市部に住む。ウラントももともとはブライヒェンに住んでたんだけど、変わり者というか、さわがしいのが嫌いなのかもね。

 これまでの貯金をはたいて、わざわざ不便なところに屋敷を建てて隠居していた。

 その人物と連絡が取れないので、なにが起きてるのか調べて欲しいという話」


 ぱっと聞いた感じでは、それほど深刻な事件には思えない。

 それに、それってレイシィの仕事なのだろうか。

 イツキの常識では、警察が動く案件だ。


 レイシィは世間知らずの仲間に説明する。


「この場合、町長は、まず、愚かじゃないかぎり独力で解決しようとはしないわ。

 真っ先に考えつく可能性は、夜魔か強盗だから、手紙で助けを求める。

 その送り先だけど、あんまり、いきなり領主に直訴はしないわね。事件性がはっきりしていないと、領主が警団を派遣するとは考えにくいから。

 それで、冒険者ギルドで処理されるの」


「ソモソモ、冒険者という職業が、自分のなかではあいまいナノデス」


 イツキに訊かれて、レイシィは一瞬、返答に詰まる。

 言われてみると、文脈によって微妙に意味合いが変わる言葉である。イツキにぴんと来ないのは当然かも知れない。


 まあこの場合、武芸に自信と実績のある旅人のことだ。

 その下のカテゴリとして、用心棒とか、退治屋とか、発掘屋とか、探偵とか、賞金稼ぎや復讐請負人ということになる。

 もちろん特化して、探偵専門とか、賞金稼ぎ専門といった看板をかかげる者もいるのだが。


「つまり、日雇いのトラブルシューターってコトデスね」


 イツキは納得したようだった。


 なお、冒険者ギルドの役割は、冒険者間の互助や、依頼人と請負人の取り引きが円滑に行われるよう、仲介すること。その代わり手数料を取る。

 他のギルドも似たようなもので、基本とする目的は教育、互助、仲介、規格化だ。そうレイシィは補足した。


「それで、今回の仕事なんだけど。

 相手が野盗だった場合、わたしは対人戦が得意。並みの相手なら複数でも問題ない。

 魔法が効かなければリオンが前衛になる。

 やりにくい敵は悪霊や夜魔なんだけど、その場合、イツキの光を攻撃の要にしつつ、わたしとリオンはイツキの護衛に専念……。

 まあ、現場を見てからね。比較的、危険の少ない仕事を選んだつもりだけど、気を抜かないで」


 ちょっと緊張の面持ちでうなずくイツキを横目に、レイシィは考える。

 今回の仕事は、先行きを占うための軽い試験のようなものだ。


 レイシィはリオンと組むことで、仕事の選択肢を増やし、稼ぎをだいたい三倍に引き上げた。

 リオンの取り分は公平に半分にしているから、純益は一・五倍だ。


 そして、新たにイツキを迎えたことで、さらに柔軟な対応が可能なチームを作ろうとしている。

 三人で動いて、三人分しか稼げないなら、あまり意味がない。

 チームの息がそろうまで、どうしても時間がかかる。イツキの場合、この世界の常識も駆け足で教えないといけない。


 コンビで三倍の稼ぎなら、チームでは六倍まで引き上げたい。

 その見とおしが立たないようなら、イツキを連れまわす意味は薄い。


 レイシィから見て、これまでのところ、イツキはかなりよくやっている。

 それに、ただ会話しているだけでも、さまざまな発見があり、興味が尽きない。

 風の民であり、魔法使いという立場の自分は、常識に囚われない思考をしている自負があった。

 しかしイツキの見方や考え方は、レイシィがまったく思いもつかないような解釈や、可能性を示唆することがあり、刺激的なのだ。


 だが、片脚というハンディキャップを抱えて、暴力に身をさらす鉄火場に立つ適性があるかは、まだわからない。

 向いていないようなら、危険な旅には同行させない方が本人のためだ。


 その場合、古い友人にイツキの身柄を預けよう、とレイシィは考えている。

 あの人物には高い地位がある。イツキにとっておそらくいちばん安全な場所だ。イツキの計算能力を活かせる仕事も与えてもらえるはずだ。

 レイシィとリオンはコンビにもどり、旅をつづけるが、イツキには会いたい時に会いに行ける。ほぼ最良の形だろう。





 読んでくださってありがとうございます♪

 実は、ファンタジーを書くことにした時点で「絶対、外でうんこする場面を書こう」と心に誓っていました。気が済みました(←なんなんだ)。


 【次回】#06. ラグナの町、5月29日(金)更新予定。


 内容としては、序盤のちょっと難易度高めのサブクエストを受けるイメージです。

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