#05. 野外生活(3)
少し早いが、飲み水の確保もできることから、その場で夜を明かすことになった。
シカ肉はリオンの手によって、いくつかのブロックに解体され、湧き水の流れにひたしてある。
冷却して鮮度を保ちながら、血抜きをする、理想的な状態だ。
野営の支度は、夏場なのでそれほどやることがない。
レイシィとリオンは、天然の物資をさがして周囲を散策に行った。
ろくに歩けない上に、使えるものの見分けがつかないイツキは、必然、留守番になる。
異変を感じたら、大声で叫べと言われているが、周囲はおだやかそのものだ。
一度、トイレに行った。
野外でも、一か所に滞在する時は簡易トイレを作るが、一晩だけならそこまでしない。
野営地から離れて、穴を掘り、そのなかに排泄するだけだ。
すませたあとは、葉っぱなどで拭いて、すべてきちんと埋めておく。
初めはかなり抵抗があったが、いい加減、慣れた。
それに、ルームパンツのなかは《状態保持》効果が働く。雑菌のたぐいは、時間の経過とともに分解され、清潔が保たれる。
仲間はまだもどりそうにない。
イツキはスマコンを取り出して、検索を始めた。
伝聞による知識は、あらかじめ知っていても、実践においては案外、役に立たない。
では、スマコンの情報収集機能は無意味かというと、決してそんなことはない。
体験したあとで、明文化されたかたちで復習すると、面白いように頭に入るし、反省点や改善点も見えてくる。
シカ肉は初夏がうまいらしい。エサが豊富な春にたっぷり栄養を摂っているためだ。
いまはたぶん、それほど旬を外していない。期待できそうだ。
朝食をしっかりとる代わりに、夕食は軽めなのがいつものパターンだ。
しかし今夜は、新鮮なうちに肉をたらふく食べる。支度をしながら、みんな気分が浮き立っていた。
イツキのルームパンツのポケットは、ものがいくらでも入り、重さも気にしなくていいので、重宝している。
野花ですでに検証済みなのだが、期待どおり、《状態保持》効果が作用し、ポケットに入れた瞬間の状態のまま、劣化しない。
ポケットサイズのものしか収納できないのは残念だが、旅の利便性がかなり高まっていた。
◆
イツキはシカ肉を口にするのは初めてではない。ブライヒェンの宿で、コリーに奢ってもらったことがある。
それでも、野外で仲間と焚き火を囲って食べると、一層うまく感じた。
まして自分がトドメを刺した命だと思うと、感慨深い。
ちょっと獣くさいが、濃厚な肉の味だ。
ちなみに、リオンが率先して硬い部位を食べ、レイシィとイツキにはやわらかい部位があてがわれている。
「いーんデスか? リオンが一人で狩ったのに、自分なんてナンニモしてナイデスのに」
イツキは遠慮したが、リオンに気にするなと言われた。
「あたしらと人間じゃ、あごの力がぜんぜんちがうんだよ。歯応えがある方がうまい。
……ついでに言えば、レイは一応、雇い主だしな」
そういえば、リオンはレイシィの〝用心棒〟だと言っていた。
食事が終わると、沸かした湯で茶を淹れながら、だれからともなく煙草を取り出した。
イツキは喫煙の経験がない、というか未成年だったので、元の世界の煙草と比較することはできない。
だが、この世界で一般的だという細身の葉巻は、多少、いがらっぽいものの、イグサに似たフレーバーはどこか懐かしい香りがして。
リラックス作用と、軽い酩酊感があり、正直、すっかり気に入っている。
満天の星空は、この世界に来て驚いたことのひとつだ。
初めて見た時はちょっと言葉を失ったほど、壮麗だ。
「ところで、おふたりはどうやって知り合ったんデス?」
イツキは満たされた気分で、星空をながめ、紫煙を吐きながら訊いた。前々からなんとなし、知りたかったことだ。
リオンが先に口を開く。
「あたしはルナキア出身だけど、地元の集落でごたついて、ちょっと居づらくなってね。
べつの集落に、簡単に入れてもらうこともできないし。
人間に混じって暮らすにも、獣人ってだけでナメられるし」
「とおりかかったわたしは、力仕事担当の仲間を募集中だったから、ちょうどよかったわけ。
見つからなければ最悪、ベルガにたのんでゴーレムを作ってもらうつもりでいたけど、あいつ、吹っかけるからね」
レイシィはちょっと思い出す表情をした。
が、思い直したようにイツキに目を向ける。
「それより、明日は目的地に着くから、依頼内容を説明するわね。
依頼人は、近くの町長。
ナタン・ウラントという初老の地学師が、町はずれの屋敷に住んでいたの。
学師は火の民で、裕福だからふつうは都市部に住む。ウラントももともとはブライヒェンに住んでたんだけど、変わり者というか、さわがしいのが嫌いなのかもね。
これまでの貯金をはたいて、わざわざ不便なところに屋敷を建てて隠居していた。
その人物と連絡が取れないので、なにが起きてるのか調べて欲しいという話」
ぱっと聞いた感じでは、それほど深刻な事件には思えない。
それに、それってレイシィの仕事なのだろうか。
イツキの常識では、警察が動く案件だ。
レイシィは世間知らずの仲間に説明する。
「この場合、町長は、まず、愚かじゃないかぎり独力で解決しようとはしないわ。
真っ先に考えつく可能性は、夜魔か強盗だから、手紙で助けを求める。
その送り先だけど、あんまり、いきなり領主に直訴はしないわね。事件性がはっきりしていないと、領主が警団を派遣するとは考えにくいから。
それで、冒険者ギルドで処理されるの」
「ソモソモ、冒険者という職業が、自分のなかではあいまいナノデス」
イツキに訊かれて、レイシィは一瞬、返答に詰まる。
言われてみると、文脈によって微妙に意味合いが変わる言葉である。イツキにぴんと来ないのは当然かも知れない。
まあこの場合、武芸に自信と実績のある旅人のことだ。
その下のカテゴリとして、用心棒とか、退治屋とか、発掘屋とか、探偵とか、賞金稼ぎや復讐請負人ということになる。
もちろん特化して、探偵専門とか、賞金稼ぎ専門といった看板をかかげる者もいるのだが。
「つまり、日雇いのトラブルシューターってコトデスね」
イツキは納得したようだった。
なお、冒険者ギルドの役割は、冒険者間の互助や、依頼人と請負人の取り引きが円滑に行われるよう、仲介すること。その代わり手数料を取る。
他のギルドも似たようなもので、基本とする目的は教育、互助、仲介、規格化だ。そうレイシィは補足した。
「それで、今回の仕事なんだけど。
相手が野盗だった場合、わたしは対人戦が得意。並みの相手なら複数でも問題ない。
魔法が効かなければリオンが前衛になる。
やりにくい敵は悪霊や夜魔なんだけど、その場合、イツキの光を攻撃の要にしつつ、わたしとリオンはイツキの護衛に専念……。
まあ、現場を見てからね。比較的、危険の少ない仕事を選んだつもりだけど、気を抜かないで」
ちょっと緊張の面持ちでうなずくイツキを横目に、レイシィは考える。
今回の仕事は、先行きを占うための軽い試験のようなものだ。
レイシィはリオンと組むことで、仕事の選択肢を増やし、稼ぎをだいたい三倍に引き上げた。
リオンの取り分は公平に半分にしているから、純益は一・五倍だ。
そして、新たにイツキを迎えたことで、さらに柔軟な対応が可能なチームを作ろうとしている。
三人で動いて、三人分しか稼げないなら、あまり意味がない。
チームの息がそろうまで、どうしても時間がかかる。イツキの場合、この世界の常識も駆け足で教えないといけない。
コンビで三倍の稼ぎなら、チームでは六倍まで引き上げたい。
その見とおしが立たないようなら、イツキを連れまわす意味は薄い。
レイシィから見て、これまでのところ、イツキはかなりよくやっている。
それに、ただ会話しているだけでも、さまざまな発見があり、興味が尽きない。
風の民であり、魔法使いという立場の自分は、常識に囚われない思考をしている自負があった。
しかしイツキの見方や考え方は、レイシィがまったく思いもつかないような解釈や、可能性を示唆することがあり、刺激的なのだ。
だが、片脚というハンディキャップを抱えて、暴力に身をさらす鉄火場に立つ適性があるかは、まだわからない。
向いていないようなら、危険な旅には同行させない方が本人のためだ。
その場合、古い友人にイツキの身柄を預けよう、とレイシィは考えている。
あの人物には高い地位がある。イツキにとっておそらくいちばん安全な場所だ。イツキの計算能力を活かせる仕事も与えてもらえるはずだ。
レイシィとリオンはコンビにもどり、旅をつづけるが、イツキには会いたい時に会いに行ける。ほぼ最良の形だろう。
読んでくださってありがとうございます♪
実は、ファンタジーを書くことにした時点で「絶対、外でうんこする場面を書こう」と心に誓っていました。気が済みました(←なんなんだ)。
【次回】#06. ラグナの町、5月29日(金)更新予定。
内容としては、序盤のちょっと難易度高めのサブクエストを受けるイメージです。




