#02. 豊沃祭
イツキは明け方に叩き起こされた。
爆発みたいな騒音。
なにごとかと窓に飛びついた。
人々の歓声、調子っぱずれの音楽。お祭り騒ぎである。
早朝からハイテンションな、レイシィとリオンに急き立てられて、街に繰り出した。
リオンはともかく、レイシィはクールなイメージがあったので、ちょっと意外だ。
しかし街の人々も、とにかくよく笑う。
見知らぬ通行人同士で肩がぶつかっても、ふだんなら険悪になるのに、とびきりのジョークでも飛ばしたように、大笑いですれちがうのだ。
「エルガーナに感謝!」
「マリアナに感謝!」
人々はあいさつのようにがなり合う。
そんなざわめきを、かき消すような音楽。
メロディも、規則正しいリズムもお構いなしだ。
実際、楽器をさわったこともないような男や女が、鍋やフライパンを楽器代わりに、行進するバンドに飛び入り参加しても、笑顔で受け入れられている。
この空気のなかで冷静でいるのは難しい。
気がつくとイツキも笑っていた。
バランスを崩して、文字どおり笑い転げ、起き上がろうとしてまた転び、それがおかしくて笑った。
苦しくなるまで笑って、のどが渇く。
だが財布を出してもいないのに、気づくとどこからか、エールをついだジョッキを押しつけられている。
人込みのなかで揉みくちゃにされながら、何度飲み干しても、気がつくと、こぼしてしまうほどなみなみとつがれたジョッキが手のなかにあり、きりがない。
「なあ! そろそろ店に入ろうぜ!」
「そうね! メイン・ディッシュを食べないと!」
リオンとレイシィがやり取りする。ふたりとも、大声を出さないと聞こえない。
適当な店に入ったが、ここも人がぎっしりだ。
「三人なんだけどお! 空いてないかしら!?」
レイシィが大声をあげると、
「おう! 三人なら、おれたちもう出るからここ座んな!」
「ありがとお! あなたたちにマリアナの祝福を!」
知らない男たちが席をあけてくれた。
椅子について、やっと一息つく。
「はぁ~~、すっごい、デスね……」
「すげえだろ! イツキの国にも祭りはあるか?」
「あったかナァ? や、少なくともコレほどではナイデスね」
「今日の豊沃祭というのは、エルガーナのお恵みに感謝すると同時に、新節にマリアナをお迎えする祭りなのね。
だから世界中で、地と水に属する食材は天恵になるの」
天恵とは、天の民、つまり貴族のお恵みであり、要は破格の割引セールで、その負担は領主が持つらしい。
対象になるのは、穀物、根菜、マメ類、貝、魚、エールなど。
「ナルホド。それで、注文しナイんデスか?」
「祭りの日に食べるのは、****と****に決まってるからね」
「あはははははは! ナンデスかソレ!」
まったく意味がわからない発音の響きに、つい思いきり笑ってしまう。
イツキの《異言翻訳》が効かないということは、イツキの世界に該当するものがない料理なのだろう。
はっきり言ってこの世界の料理は、めちゃくちゃまずい。
しかしイツキはもうその基準に慣れたので、常ならぬ祭りのごちそうというのがどんなものか、楽しみだ。
やがて、大皿が二枚と、三人分の取り皿が運ばれてきた。
「ホホウ、これはこれは……?」
とりあえず、手前の大皿を見てみる。
大地の色だ。肉の、煮込み料理なのはわかる。肉の周囲を彩るのは、ジャガイモとタマネギ。
上からぱらぱらとかけてある粉が、砂利にしか見えない。
「見てないで、食べてみたら?」
レイシィにうながされて、ふたりよりも遅れて、イツキも皿にとった。
フォークを使って口に運ぶ。
メインの肉は、トリのささみを煮込んだような食感。麦と土の味に、ざらざらした舌触りの塩気。
噛みしめるほどに、土くさい味が広がる……が、悪くない。
「ウン……イケますネ。なんの肉デスか?」
「これはね、シャケの肉よ」
分厚く切ったシャケを、ジャガイモやタマネギといっしょにエールで煮込み、食土と塩で味つけた料理。
地の民……農民にとって、食用の土は、日常的に口にするなじみ深いものだ。
──そっか、地と水の祭りダカラ、対応する階級の好みに合わせてあるワケだ。
その思いつきを口にすると、レイシィはうなずいた。
ただし、店ごと、想定される客層に合わせて、食べやすくアレンジを加えるという。
たとえば地層階級にとってのごちそうは、風層階級にとってはゲテモノだからだ。
「でも、この店は、なるべく手を加えない方針みたいね。
適当に選んだんだけど、ちょっと通好みのお店に入っちゃったみたい」
もう片方の大皿は、青という、およそ料理らしからぬどぎつい色彩がまず目を惹く。
一口サイズのブロック状に切った肉と、それに貝類の炒め物である。最初、野菜かと思ったものは、どうやら海藻だ。
口に入れた瞬間、強い生臭さと酸味があり、そのあと、ちょっと濃いと感じるほどしょっぱい。
しかしどことなく、イツキにとってなじみ深い味わいがあって、こちらも決して悪くない。
「気に入ったか? ガルムで味つけたブタなんて、一年に一回しか食えないぞ」
リオンはニコニコしながらイツキの三倍くらいのペースで食べていた。
そのせいで、運ばれてきた時は多すぎるのではないかと思っていた量がいまは心許ない。
「アー、これ、お醤油と、お酢、あとオイスターソースに似てるんだ。
こっちもイケますネー、チョット故郷の味デスよ。酢豚っぽくもあるナー。
うん、そう、シーフード酢豚」
青いのは、魚醤に、ある種のイカの血液やイカスミを混ぜた、水の民が重用する青醤という調味料の色らしい。
生臭さの奥に広がる旨味を感じることができた。
レイシィは、イツキも食事を楽しんでいることを横目に確かめながら、おなじ料理と、それにラムを追加でオーダーした。
リオンが満腹するには、何軒か食堂をはしごしないといけない。でないと一軒を食いつぶしてしまい、店に迷惑がかかるのだ。
ふだんから常人の三倍は食べるリオンだが、実は遠慮していることをレイシィは知っている。
祭りの時くらい、好きなだけ食べさせてやらないと。
ラムを口にしたイツキが、予想どおり咽せ返ったので、レイシィは笑った。
船乗りに好まれるこの酒の強さは、エールとは比較にならない。
そのあと、しばらく食べ歩いてから、レイシィは頃合いを見て、目をつけておいた、第二市区で最大の酒場に移ることにした。
「……もお、自分、飲めまへんれすよお……」
前後不覚のイツキを、リオンがお姫様抱っこでヒョイと持ち上げて運んだ。
◆
「イツキ、これからが本番なんだから、しっかりして。
ほら、もう始まってるわよ」
レイシィに揺り起こされて、イツキは、酒場で目を覚ます。
見れば、リオンが、見知らぬ男と卓を挟んでにらみ合っていた。
リオンは酒を干して、だんっとカップを叩きつけ、牙を剥いてにやりと笑う。
相手の男はフラフラしているが、周囲にはやし立てられて、何とか自分の酒杯をあけ……そのまま後ろに倒れた。
リオンがこっちにはしゃいだ声をかける。
「まだまだいけるよレイシィ! イツキも、どんどん賭けて!」
状況が理解できると、イツキはまた楽しくなってきた。
レイシィと目を見交わして、かなりの額を提示する……レイシィは首を振り、もっと上乗せする。
周囲の酔客たちも、酒が入って気が大きくなっており、また小柄なリオンをあなどって、面白いように乗ってくる。
獣人の巨漢が挑んできた時、イツキはさすがにおりようかと思ったが、レイシィの表情は自信たっぷり「問題ない」と語っていた。
問題なかった、獣人の男を合わせて、それからリオンは四人、連続で潰した。
リオンに賭けつづけたレイシィとイツキは、しこたま儲けて、祭りの一日目を終えた。
読んでくださってありがとうございます♪
【次回】#03. 野外生活(1)、5月8日(金)更新予定。
内容としては、旅が始まります。連載開始から、通算18話目で、ようやくフィールドマップに出るという……。展開が早いなろう小説なら、たぶんとっくにホーンラビットかオオカミくらい倒してるぞ!




