#01. 日記アプリ
第七週、六日、地節。
これから記録をつけることにする。
この世界で覚えるべきことがあまりにも多いからだ。
スマコンの日記アプリを使えば、紛失の心配がない。
今日は一日がかりで、レイシィにいろいろ調べられた。
いわゆる鑑定だろう。ステータス画面が見えるのかどうかは知らないが。
左の手のひらを、浅くでいいからナイフで切るように言われた。レイシィ自身もそうした。
そして、左手で握手した。
すると、なにか、表現しづらいが、力が流れ、交じり合い、つながるような感覚を覚えた。
私にはやはり「異言翻訳」の能力がそなわっているようだ。
また、五元素すべてに、適性が皆無であり、驚かれた。
人間は大なり小なり、この適性を持ち、平均を上回っていれば魔法使いの才能があるということだ。
魔法の才能がなくても、いくらかの適性は認められ、その人間ならではの波形が出る。
ところが、私の場合、地水火風天、いずれに対してもゼロ。
言うなれば「無属性」であり、こんな人間は初めて見たそうだ。
まあ異世界人ですからね。
私以外に、転生者は存在しないのだろうか?
明日から三日間、好きにしろと言われた。
レイシィとリオンは仕事かなにか、するらしい。
私が足手まといなのはわかるが、せわしない人たちだ。
そう言うと、貧乏暇無しよ、と言っていた。
レイシィ、貧乏か?
ベルガに銀貨一〇〇枚、即決で払っていた。
私の治療と義足の金も。
コリーとメラニーは、下級貴族と取引がある。たぶん、あの若さに不釣り合いなほど、成功している商人なのだろう。
しかしレイシィも、引けを取らない程度には金を持っている印象がある。
顔が広いみたいなので、パトロンでもいるのかしら。
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第七週、七日、地節。
私の黒髪問題については、灰色に染めて外道に成りきるという解決策が出た。
しかしそんな質のいい染料が都合よくあるのか?
あっさりレイシィが解決。髪に、幻覚の魔法をかけてくれた。
正確にいうとディスガイズという魔術だそうで。
自分で鏡で見ても、カンペキに、灰色に見える。
魔法って便利。
効果は、長期間しっかり持続するから心配いらないそうだ。
それと、革紐の先についたおおきなメダルを手渡された。
これは「ご主人さまのお使いで、外出許可をいただいてます」と周囲に示すもの。
首に下げておけば、外道がひとりでうろついてても、からまれたり、石を投げられたりしない。
動きやすくなる。助かる。
もっと早く貸してくれたらよかったのに、とつい漏らしたところ、奴隷を買う予定などなかったので、発行手続きに手間がかかったらしい。
朝のうちに、レイシィとリオンは出て行った。
私も軽い朝食をとり、街へ。
レイシィにすすめられたとおり、教会に。
書架の本を見てもいいか訊くと、うろんな顔をされたが、私のメダルに目をやると、しぶしぶ、許可をくれた。
ほとんど一日、本読んでた。
まとまらない。
字が読めても、無数の前提が知ってて当然で書いてあり、頭に入らない。
かと思えば、ぶ厚い本、一冊まるまる、超まわりくどく、内容は、私の世界の小学生でも知ってることだったりする。
それと神話やおとぎ話と、実話の区別がつかない。
収穫、あったような、なかったような。
見習い僧? に今日は何年ですかと聞いてみた。
変な顔をされたが、煌栄一五三年と教えてくれた。
煌栄元年に、四大国(バルデン、ランシール、ルナキア、イスペルタ)のあいだで、和平条約が結ばれたんだそうだ。
じゃあこの世界は平和なんですね。
そう言うと、むずかしい顔でにごされた。
平和でもない……ということか。
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第七週、八日、地節。
歩きにくい。
だが、少しは慣れたかも。
ふつうの歩行速度にはまだまだ及ばないし、油断すると転ぶけど。
一生、もう走れないと思うと、両足があるうちにもっと走っておけばよかったような気もしないでもない。
中層市民が住まう第二市区では、もっとも多様な人種が見られた。
緑の髪の人々が大半を占めているが、時おり、青髪、赤髪の人間も見かける。
驚くほどでかい、獣人の巨漢とすれちがうこともある。
広場では、音楽家や軽業師が、芸を披露していた。
屋台で買った、ウサギ肉の串焼きを食べ、リンゴ果汁の水割りを飲みながら、あまり目立たないように気をつけつつ、ちょっと見てた。
ここでも面白いことはある。
とはいえやっぱり、できることなら、積みゲーをたくさんためこんだエアコン完備の自室に帰りたいけど。
コリーとメラニーいないか、無意識に探してた自分に気づく。
会うと気まずいからなのか、人恋しいからなのか、自分でも判じかねたが。
こちらに来てから、コネがまったくないことの怖さみたいの、実感してるのはたしかだ。
IDさえあればネット通販でなんでも手に入る世界じゃない。
私はレイシィに拾われたわけだが、でなければ物乞いだ。
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第七週、九日、地節。
第一市区まで行ってみようかと思ったのだが、遠すぎて断念した。
私の移動速度では、日が暮れる前に往復できない。
まあ、レイシィから、第一市区の一角を占める外道街には、危ないから近づくなと言われているし。
今日は早めに宿に戻った。
魔法について、これまでに知ったことを書き留めておこう。
魔法使いというのは、目に見えないがそこらへんにある、五種類の元素を操る術者。
生まれつきの適性によって、利用できる元素は異なる。
ただ、地と風、水と火は対立するので、両方扱える人間はいない。
元素は、意識して注視することで、うっすら色づいて視える。
女性ではたまに、意識しなくても、視えないものが視える目を持って、生まれてくる。
それは必ず、左目になり、魔眼と呼ぶ。ベルガの左目だ。
瞳のない、黒水晶に、ひび割れたウロコ状の模様が走ったあの目。
魔法使いの地位は、意外なほど低いという。
魔眼の見た目が不気味であることも、差別を助長している。
魔法を使えないマジョリティからすると得体の知れない力なので、利用はされるが、嫌われる、みたいな感じのようだ。
想像だが、レイシィもかなり苦労人なのではないかと思う。
この世界では、人間の価値が五段階に分かれており、人口比はおそらくピラミッド型……農民がもっとも多く、貴族は少ないはずだ。
レイシィの身分は、庶民とエリートの中間だから、けっこう高いわけだ。
そのわりに彼女はなんだかんだ、社会的弱者にやさしい。外道や獣人に目線が近い。
とはいえ、いつまで私の面倒を見てくれるかどうかはわからない。
自立の手段が欲しい。
ぶっちゃけ、じつは自分にすごい魔法の才能があったりするんじゃないかなと、期待していた。
それが皆無ということで、正直、へこんだ。
〝異世界人ならではの特性〟がマイナス方向に出るとか、これなんて無理ゲー。
しかし、仮に実践的な魔法使いレベルの才能があったとしても、才能を伸ばす機会さえないのだ。
一般に、見習いや学生というのは、最高でも一五歳まで。
一六歳以上は、おとなであり社会人であり、女性なら結婚してもおかしくない。
すでに一六歳の私が、この世界で、なんらかの技術、魔法でも料理でも裁縫でも、教育を受けるチャンスは存在しない。
ノーフューチャーというか、八方塞がりというか……。
考えるほど気が滅入る。
もう寝る。
読んでくださってありがとうございます♪
【次回】#02. 豊沃祭、5月1日(金)更新予定。
内容としては、お祭りです。第一章が、ちょっとドゥーミー(暗いし遅い)だったので、二章はもう少しファスト&キャッチーにしようみたいな感じで、序盤ににぎやかなエピソードを入れます。