#14. 旅の仲間
「二八、二九、三〇枚あるわね。
……ふぅん。意外とやるじゃない」
レイシィは、どこか面白くなさそうだった。
「やりィ! えらいぞイツキ。さぁレイ、三枚の約束だよな」
「チッ。わかってるわよ」
舌打ちして、リオンに金を渡すレイシィ。賭けをしていたらしい。
「それにしても、どうやって稼いだの? ぜったい無理だと思ってたのに」
──無理だと思ってたんデスか。
──この人、ドSだナァ。
やはり、余分に稼いだ一〇枚は隠し持っておこう。
いずれにせよ、レイシィに借金があることは変わらないが、バカ正直にいま渡すよりも使い道があるかも知れない。
イツキはレイシィに答えて、夜魔のこと、コリーとメラニーのことを話した。
「はあ? 夜魔を倒した? 初耳なんだけど」
「す、スミマセン。いろいろあって言いそびれてたってゆーか。
ってゆーか、言ってマセンでしたっけ?」
「怪物に襲われたとは聞いたけど、てっきりオオカミだと思ってたわよ」
レイシィは思い出す。
「でも、足首の傷を見た時、みょうに断面がきれいだとは思ったわ。
だけど、その時点ではすでに化膿がひどくて、あんまりわからなかったのよね。
ベルガに、イツキを見つけた時の状況をもっとくわしく訊くべきだったか……」
「まあ、すぎたことはいーんじゃねえの。
それよか、あたしはイツキに夜魔を倒せたことのが不思議なんだけど」
「そうね、リオンの言うとおりだわ。
その、板みたいな道具が光るのは見せてもらったけど、夜魔を遠ざけることはできても、倒せるとは思えない」
宿の、室内である。他人の目がないので、実演してもいいだろう。
イツキはスマコンを操作して、フラッシュの機能を見せた。
「わッ!?」
レイシィとリオンはそろって声をあげ、ぽかんとしている。
「な……なんなのよそれ!? そんなこともできたの!?」
レイシィが心底、驚いているのを見るのは、イツキ的に、ちょっと気分がいい。
「うへへ、スゴイでしょ」と無意識にドヤ顔になる。
「なんて強い光……信じられない。そりゃあ夜魔も即死するわ。
そんなことができるのに、なんであなた大ケガしたのよ」
それは、あの時はイツキが夜魔というものを知らなかったせいだ。
いや、いまだって、楽勝だとは思えない。
イツキには戦いの心得がまったくないし、夜魔はすばやく、狡猾だ。
スマコンを取り出しても、もし夜魔が、それが武器であることに気づいたら?
フラッシュを浴びせるのに先んじて、手首から斬り飛ばされたら、終わりだ。そのあとどんなふうに殺されるかは考えたくもない。
「なるほど……。わたしの魔法、リオンの体術、それにイツキの光。
息がぴったり合ってたら、夜魔退治で鳴らせそうだけど、甘く考えない方がよさそうね」
レイシィはうなずいて、それからイツキに笑顔を向けた。
「ともあれ、あなたは合格よ。
借金は返してもらうけど、もうどこかに売り飛ばすとは言わないわ」
「もとからそんな気、なかったろ」
「あら、リオン、わたしがそんなにやさしいと思う?」
「思わないけど、こんなめずらしい人間に興味持たないはずがないもん。
面白がって手放さないだろ、レイの性格なら」
イツキは、自分がこのふたりに出会ったのは幸運と思うべきなのかどうか、悩んでいた。
しかし、まあ、なんだかんだでまだ生きている。それは事実だし、それだけで十分かも知れない。
頭を切り替えて、べつの疑問を投げかける。
「ところで、あの姉弟に会って、チョット気になったコトがあったんデスケド」
イツキは、レイシィの緑黄色のツインテールを見つめながら言った。
「あのふたり、レイシィと髪の色がおなじデシタ。
ダケド、市内では青灰色の髪の人もチラホラ見るんデスよね。
それと、村の人たちはみんな茶色い髪デシタし、ベルガだけは例外的に灰色……。
もしかして、もしかすると、髪の色と身分が関係アリマス?」
レイシィはちょっと黙っていた。なにか、虚を突かれたという感じ。
代わりにリオンが、
「イツキってさ、あたしより莫迦?」
いや、と気を取り直したらしいレイシィが入る。
イツキの国ではきっとそうじゃないんだわ、だとすれば、そこに気づいたのはむしろ察しがいいのかも。
そうひとりごちてから、説明してくれた。
「そうよ、髪の色でその人間が属している階層がわかる。
農民は茶、庶民は青、自由民は緑、騎士や学師は赤で、王侯貴族はきれいな金髪。
その、メラニーとコリーって商人、それにわたしは、風層階級。
おもに商人、冒険者、芸術家、魔法使いなんかの階層ね」
基本的には、それぞれの階層で住み分けており、他の階層とかかわるのは、めずらしいことらしい。
おなじ階層の者同士でしか、結婚しないから、生まれてくる子どもも当然その階層に属すことになる。
ただ、新生児の髪は、そのままなら灰色だ。
聖職者から、身分に相応しい洗礼を受けることで、髪の色が変わる。
「エ、髪の色が変わル?」
思わず訊き返したが、あたりまえでしょう、という顔をされる。
「だから外道というのは、五柱神、いずれの祝福も受けていないということなのね。
犯罪を犯したりして、司祭から祝福の取り消しを受けると、消炭色の髪に変わる……正確にはもどると言うべきかしら。
外道はつまり、本人が罪人であるか、罪人の子孫。または孤児や私生児なの。
それでも、まっ黒の髪の人間なんていないから、イツキは異質で不吉なのよ」
この世界で、髪の色が、いかに重要視されるかはわかった。
イツキも聖職者の祝福を受ければ……いや、だめだ。
まず、聖職者どころか、人前に出ていけないのだ。それに、異世界人である自分の髪は、変色しないかも知れない。
……ふとイツキは思いついた。
「染めればイイのデハ?」
「ああ、それ、重罪。
それに髪だけ染めたって、生まれた時からの立ちいふるまいや雰囲気で、まず、所属階層はバレる。
髪をぜんぶ剃るのは聖職者だけで、そうじゃない人間が勝手にやったらこれも罪になる。
ついでに言うと、病気や、高齢者で、髪がまったく生えてない場合は、首に色のついた布を巻いたりして、所属を示すことになってるわ」
だめか。いいアイデアだと思ったぶん、イツキは落胆した。
どうにかならないものだろうか。頭巾で髪を隠していても、こんなもの、ちょっとしたはずみで解けてしまう。
気が気ではなくて、ものすごくストレスなのだ。
「なあイツキ。灰色に染めたらいいんじゃね?」
リオンが言った。
「……エッ?」
「染めてることがバレたところで、黒髪がもともとヤバいんだからさ」
「…………」
そうだ。黒髪というだけで殺されるなら、髪を染める罪なんてリスクのうちに入らない。
立ち居振る舞いに関しても、この世界の常識を知らないイツキは、どの道、″無教養の外道″以外の真似はできない。
イツキは、思わず、両手でリオンの手を握りしめた。
髪を染めて外道に成りきれば、この世界でも、人目を気にせずにやっていける。
あはははは、笑いながら握った手をぶんぶん振る。
リオンはされるがまま、ただ、呆れた顔をしていた。
「やっぱイツキ、あたしより莫迦だろ」
「ハイそうデスね」
「わたしはとっくに思いついてたけどね」
イツキもリオンも、同時にレイシィを振り向く。
レイシィはにこやかに言った。
「いつイツキが自分で気づくかなと思って、見てた」
「転生したらご主人サマがドSすぎる件について」
「なに言ってるのかわからないけど、わたしなりの親切よ?
この世界にあなたの保護者はいない、なんでも自分で考えないと、長生きできないもの」
まあ、それはたしかにそうかも知れない。
「それと、借金は忘れてもらっちゃ困るけど、もうわたしご主人さまじゃないわ。
大金を貸しているとはいえ、基本的には対等というか、まあその、仲間? みたいな?
いや、わたしに借金が銀一七〇枚残ってるという、立場はわきまえていて欲しいけど」
──メチャクチャ借金、強調してくるじゃナイデスか。
とはいえ、ほぼ、仲間と認めてもらえたようで、それは正直なところうれしかった。
読んでくださってありがとうございます♪
【次回】#01. 日記アプリ、4月24日(金)更新予定。
内容としては、第二章のオープニングであり、イツキ自身が書いている文章からの抜粋、みたいな設定です。




