#13. 酒場にて(5)
「コリー、夜魔を倒せば、銀三〇枚の報酬が出るんデスか?」
「うん、まあ、領主さまが事態を重く見れば、たいていもっと出るけど……」
コリーはどこか歯切れが悪い。
メラニーが割って入った。
「最近、この近くに現れた夜魔の顛末は、イツキもさすがに知ってるだろう?」
イツキはもちろん知っている。ある意味では、きっとだれよりも。
あの、オオカミと肉食恐竜の合いの子みたいな、紫の目をした漆黒の怪物。
ほかならぬ自分が、スマコンのフラッシュという異世界の力を利用して倒したのだ。
だが、その代償に左脚を失い、長期間動けなかったから、その後のことは知らない。
事実、知らないし、直観的に、なにも知らないふりをした。
「あたしたちにとっちゃ、とんでもない幸運だったんだよ。夜魔さまさまってところだね」
「姉ちゃん、その話は……」
さえぎろうとしたコリーを、姉はとどめた。
「イツキにはべつに明かしてもいいよ。どうせ外道の証言に耳を貸す者はいない」
そう言ってメラニーは話をつづけた。
「あたしたちは行商人だ。町から町、村から村へ旅をする。
コリーは少しは腕が立つから、害獣退治を引き受けることもある」
「と、いっても大ネズミや大グモくらいしか相手にしないぜ?
夜魔どころか、オオカミだっておっかねえよ」
イツキは黙って先をうながした。
「この都市に住むタイセン男爵はお得意さまのひとりでね、時々お声がかかる。
あの時もそうだったんだ、昨節の半ばごろのことさ。
ちょうど、近くに夜魔が現れたってウワサがあったんだけど、男爵さまのお呼びを断れるわけがない。
用心しながら、ここまで来たんだ。森は、日中に突っ切るようにしてね」
「日没前に市内に入っちまえば危険はないからな。
日暮れ前に着いて、その時もここ、この宿に泊まったんだよ。
祭りの前だったよな、姉ちゃん?」
「商売人なら日付は正確に覚えておきな。六の週の三日だよ。
翌朝、男爵さまにご用向きを訊きに、お屋敷まで行ったのさ。そしたら、夜魔を倒してくれたってえらく感謝されてね。
いや、最初は誤解を解こうとしたんだよ? すぐ本物が名乗り出るだろうと思ったし。
ところが、だれも名乗り出ない。夜魔が、勝手に消えるはずもない。けっきょく、あたしたちの手柄ってことになった」
くっくっ、とメラニーが声を漏らし、コリーも少し気まずそうに笑う。
「報酬は銀二〇枚。夜魔退治にしては安すぎる。
男爵が領主に、自分が呼んだ人間が夜魔を倒したんだって説明して、謝礼を受け取り、天引きした報酬をおいらたちによこしたんだな。
そこはちょっとむかつくけど、なにもしてねえのにもらえる金に、文句を言えた義理じゃねえ。
ふつうに稼ごうと思ったら大金だしな」
「そりゃマア、そうデショウネー」
イツキは平静を装って、話を最後まで聞くことにする。
「男爵さまの用件は、末のご令嬢がランシールの騎士に降嫁するので、婚礼式に気の利いた手土産を持たせたい。
お相手の騎士は酔狂なことに、海の珍味に目がないらしくてね」
「イスペルタまでひとっ走り、クルマを飛ばして、キャビアと魚醤を買いつけて来たってわけ。
再創祭を楽しめねえのは残念だったけど、余裕がなかったからな、あの国のが最高級なんだ。
で、ぶじ、数日前にお届けに上がって、夜魔退治の好印象もあったんだろうな、駄賃を割増しでいただいた。
いまは羽を伸ばしてるのさ」
「ナルホド」
イツキは卑屈な笑みを浮かべてみせた。
「ソレで、自分もおこぼれにあずかってるってワケデスね。
……ちな、いくらくらい儲かりマシタ?」
「えっと、諸経費を差っ引いて……」
メラニーは頭のなかでそろばんを弾く。
「夜魔退治の二〇枚はべつに、純益は銀一五枚といったところか。
だからコリー、つぎの商売の元手にもしたいし、そろそろ仕事にもどらないと」
「えー? それでもまだ、三〇は余裕で残ってるだろ。
予定外の収入だったんだからさ、もうちょっと遊んでってもいいんじゃねえの」
「イエ、コリー、お楽しみはこれまでデス」
イツキが割って入ったので、姉弟はきょとんとした。
「自分に銀四〇枚、払ってもらいマスから」
ふたりは彼女が酔って、冗談を言ったと思ったようだ。
あいにく、そうではない。
イツキは、夜魔を倒したのは自分だと明かした。
「は……あはは、なにを言い出すかと思えば」
メラニーは顔を引き攣らせた。
「あんたも金が必要で、せっぱつまってるんだろう。でもそんな話、だれも信じないよ」
「証拠は? 夜魔は死体が残らない。なんの痕跡も残らない。
ま、だからこそ、あんなカンタンにおいらたちの手柄にされたんだけど」
──ホウ、抜け抜けと。まだバックレるつもりデスか。
「たしかに、自分が夜魔を倒したと、証明はできマセン」
イツキは、自分のジョッキを握る指先が白くなっていることに気がついて。
力を抜き、感情を抑えて、ゆっくりと言った。
「しかし、アナタたちが夜魔を倒したワケでもナイ。
にもかかわらず、男爵から金を受け取った……つまりは男爵相手に詐欺をした。
それって、バレたら、相当、ヤバくナイデスか?」
テーブルの上にスマコンを置いて、録音したファイルを再生する。
「……いや、最初は誤解を解こうとしたんだよ? ……結局、あたしたちの手柄ってことになった」
「……なにもしてねえのにもらえる金に、文句を言えた義理じゃねえ……」
鮮明に、自分たちの声を聞かされて、コリーとメラニーは愕然とした。
生まれてはじめて見る道具だろう。
「このスマ……じゃないヮ、魔導器は、破壊デキマセン。ソレに」
コリーが動いた。イツキの手から、スマコンを奪おうとしたのだ。電光石火の早業だった。
しかしそれは、イツキの手から離れない。
「おっとさすが、手癖が悪いデス。デモ、コレは自分から離れナイ、離せナイ。
奪い取ろうと思ったら、殺すしかナイ、デショウね。
ダケド、自分も莫迦じゃナイので、モウひと気のない場所には行きマセンよ」
このまま、人どおりの多い道を使って、役人にこの音声を提出すれば。
コリーとメラニーはお得意さまを失うどころか、逃げても、詐欺罪で指名手配されるだろう。
外道の証言に耳を貸す者はいなくても、コリーとメラニー本人の声は、男爵も、その使用人も覚えている。
イツキはまだこの世界の刑法にくわしくないが、きびしいことは察している。
「チェックメイト」
イツキは好きなゲームの主人公の決めぜりふを使ってみた。
「おどす気かい、外道風情が」
「モチロン」
どすの利いた声を出すメラニーに、イツキはギザ歯を見せて笑う。
「ソレがイヤなら、金をよこせデスよ。
あいえ、そのうち二〇は、返せ、デスね。
もともと自分のモノ、デスカラ」
コリーが先に、意外とあっさり折れた。
「……悪いことはできねえな。姉ちゃん、イツキに分があるよ。
その代わり、四〇枚で水に流してくれるんだろうな?」
「ソレはお約束しマスよ。もっとゆするなんて考えてマセン。
自分も肩身の狭い外道デス、欲をかいたらロクなことがなさそうデスカラ」
メラニーはイツキをにらんでいたが、やがて、ふっと嘆息する。
「あたしのしくじりだ。見た目で油断したよ。
だけど、ひとつ教えてくれない? ほんとうにあんたが夜魔を倒したの?」
イツキはちょっと考えてみて、答えても問題ないと判断した。
「イエス。この魔導器を使いマシタ」
「どうやって?」
「閃光を出せるんデスよ。ランプの明るさなんて、比較にもならナイような。
マア、自分も夜魔に片脚、取られちゃいマシタケド」
半信半疑といった表情のメラニーに、イツキは金を持ってくるよう、急かした。
相手は不承不承、席を立つ。
「コリー、酒がなくなってマスケド? お肉ももっと食べたいなーん」
「……イツキ、けっこうふてぶてしいな」
コリーはぶつくさ言いながら、注文を追加した。
その目のなかに、抑制された憎しみの色をみとめ、イツキはちょっと悲しくなった。
すぐにそんな感傷を打ち消す。行きがかり上、敵対したものはしょうがない。
いまは人情より友情より、金が最優先、ついでにうまい酒と料理だ。
きげんよく飲み食いしていると、メラニーがもどり、苦虫を噛み潰したような顔で、ポーチごとよこした。
周囲をうかがい、注目がないことをたしかめてから、金を数える。
銀貨、四〇枚。
「毎度ドーモ。キヒヒ……」
鼻白んだ表情の姉弟をよそに、イツキはちいさくガッツポーズを取る。
しかもレイシィが提示した条件よりも、一〇枚も余計に稼いだ。
──どう見てもファインプレーです、本当にありがとうゴザイマシタ。
読んでくださってありがとうございます♪
【次回】#14. 旅の仲間、4月17日(金)更新予定。
内容としては、ふつうにレイシィとリオンが戻ってきて1st(第一章)をしめくくります。




