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暗黒転生/異世界がマジで殺しにきてる  作者: 猿谷ちひろ
1st - Die Die My Darling
14/41

#13. 酒場にて(5)

「コリー、夜魔を倒せば、銀三〇枚の報酬が出るんデスか?」


「うん、まあ、領主さまが事態を重く見れば、たいていもっと出るけど……」


 コリーはどこか歯切れが悪い。

 メラニーが割って入った。


「最近、この近くに現れた夜魔の顛末は、イツキもさすがに知ってるだろう?」


 イツキはもちろん知っている。ある意味では、きっとだれよりも。

 あの、オオカミと肉食恐竜の合いの子みたいな、紫の目をした漆黒の怪物。

 ほかならぬ自分が、スマコンのフラッシュという異世界の力を利用して倒したのだ。


 だが、その代償に左脚を失い、長期間動けなかったから、その後のことは知らない。

 事実、知らないし、直観的に、なにも知らないふりをした。


「あたしたちにとっちゃ、とんでもない幸運だったんだよ。夜魔さまさまってところだね」


「姉ちゃん、その話は……」


 さえぎろうとしたコリーを、姉はとどめた。


「イツキにはべつに明かしてもいいよ。どうせ外道の証言に耳を貸す者はいない」


 そう言ってメラニーは話をつづけた。


「あたしたちは行商人だ。町から町、村から村へ旅をする。

 コリーは少しは腕が立つから、害獣退治を引き受けることもある」


「と、いっても大ネズミや大グモくらいしか相手にしないぜ?

 夜魔どころか、オオカミだっておっかねえよ」


 イツキは黙って先をうながした。


「この都市に住むタイセン男爵はお得意さまのひとりでね、時々お声がかかる。

 あの時もそうだったんだ、昨節の半ばごろのことさ。

 ちょうど、近くに夜魔が現れたってウワサがあったんだけど、男爵さまのお呼びを断れるわけがない。

 用心しながら、ここまで来たんだ。森は、日中に突っ切るようにしてね」


「日没前に市内に入っちまえば危険はないからな。

 日暮れ前に着いて、その時もここ、この宿に泊まったんだよ。

 祭りの前だったよな、姉ちゃん?」


「商売人なら日付は正確に覚えておきな。六の週の三日だよ。

 翌朝、男爵さまにご用向きを訊きに、お屋敷まで行ったのさ。そしたら、夜魔を倒してくれたってえらく感謝されてね。

 いや、最初は誤解を解こうとしたんだよ? すぐ本物が名乗り出るだろうと思ったし。

 ところが、だれも名乗り出ない。夜魔が、勝手に消えるはずもない。けっきょく、あたしたちの手柄ってことになった」


 くっくっ、とメラニーが声を漏らし、コリーも少し気まずそうに笑う。


「報酬は銀二〇枚。夜魔退治にしては安すぎる。

 男爵が領主に、自分が呼んだ人間が夜魔を倒したんだって説明して、謝礼を受け取り、天引きした報酬をおいらたちによこしたんだな。

 そこはちょっとむかつくけど、なにもしてねえのにもらえる金に、文句を言えた義理じゃねえ。

 ふつうに稼ごうと思ったら大金だしな」


「そりゃマア、そうデショウネー」


 イツキは平静を装って、話を最後まで聞くことにする。


「男爵さまの用件は、末のご令嬢がランシールの騎士に降嫁するので、婚礼式に気の利いた手土産を持たせたい。

 お相手の騎士は酔狂なことに、海の珍味に目がないらしくてね」


「イスペルタまでひとっ走り、クルマを飛ばして、キャビアと魚醤を買いつけて来たってわけ。

 再創祭を楽しめねえのは残念だったけど、余裕がなかったからな、あの国のが最高級なんだ。

 で、ぶじ、数日前にお届けに上がって、夜魔退治の好印象もあったんだろうな、駄賃を割増しでいただいた。

 いまは羽を伸ばしてるのさ」


「ナルホド」


 イツキは卑屈な笑みを浮かべてみせた。


「ソレで、自分もおこぼれにあずかってるってワケデスね。

 ……ちな、いくらくらい儲かりマシタ?」


「えっと、諸経費を差っ引いて……」


 メラニーは頭のなかでそろばんを弾く。


「夜魔退治の二〇枚はべつに、純益は銀一五枚といったところか。

 だからコリー、つぎの商売の元手にもしたいし、そろそろ仕事にもどらないと」


「えー? それでもまだ、三〇は余裕で残ってるだろ。

 予定外の収入だったんだからさ、もうちょっと遊んでってもいいんじゃねえの」


「イエ、コリー、お楽しみはこれまでデス」


 イツキが割って入ったので、姉弟はきょとんとした。


「自分に銀四〇枚、払ってもらいマスから」


 ふたりは彼女が酔って、冗談を言ったと思ったようだ。

 あいにく、そうではない。


 イツキは、夜魔を倒したのは自分だと明かした。


「は……あはは、なにを言い出すかと思えば」


 メラニーは顔を引き攣らせた。


「あんたも金が必要で、せっぱつまってるんだろう。でもそんな話、だれも信じないよ」


「証拠は? 夜魔は死体が残らない。なんの痕跡も残らない。

 ま、だからこそ、あんなカンタンにおいらたちの手柄にされたんだけど」


 ──ホウ、抜け抜けと。まだバックレるつもりデスか。


「たしかに、自分が夜魔を倒したと、証明はできマセン」


 イツキは、自分のジョッキを握る指先が白くなっていることに気がついて。

 力を抜き、感情を抑えて、ゆっくりと言った。


「しかし、アナタたちが夜魔を倒したワケでもナイ。

 にもかかわらず、男爵から金を受け取った……つまりは男爵相手に詐欺をした。

 それって、バレたら、相当、ヤバくナイデスか?」


 テーブルの上にスマコンを置いて、録音したファイルを再生する。


「……いや、最初は誤解を解こうとしたんだよ? ……結局、あたしたちの手柄ってことになった」


「……なにもしてねえのにもらえる金に、文句を言えた義理じゃねえ……」


 鮮明に、自分たちの声を聞かされて、コリーとメラニーは愕然とした。

 生まれてはじめて見る道具だろう。


「このスマ……じゃないヮ、魔導器は、破壊デキマセン。ソレに」


 コリーが動いた。イツキの手から、スマコンを奪おうとしたのだ。電光石火の早業だった。

 しかしそれは、イツキの手から離れない。


「おっとさすが、手癖が悪いデス。デモ、コレは自分から離れナイ、離せナイ。

 奪い取ろうと思ったら、殺すしかナイ、デショウね。

 ダケド、自分も莫迦じゃナイので、モウひと気のない場所には行きマセンよ」


 このまま、人どおりの多い道を使って、役人にこの音声を提出すれば。

 コリーとメラニーはお得意さまを失うどころか、逃げても、詐欺罪で指名手配されるだろう。

 外道の証言に耳を貸す者はいなくても、コリーとメラニー本人の声は、男爵も、その使用人も覚えている。

 イツキはまだこの世界の刑法にくわしくないが、きびしいことは察している。


()()()()()()()


 イツキは好きなゲームの主人公の決めぜりふを使ってみた。


()()()()()()()()()()()


「モチロン」


 どすの利いた声を出すメラニーに、イツキはギザ歯を見せて笑う。


「ソレがイヤなら、金をよこせデスよ。

 あいえ、そのうち二〇は、返せ、デスね。

 もともと自分のモノ、デスカラ」


 コリーが先に、意外とあっさり折れた。


「……悪いことはできねえな。姉ちゃん、イツキに分があるよ。

 その代わり、四〇枚で水に流してくれるんだろうな?」


「ソレはお約束しマスよ。もっとゆするなんて考えてマセン。

 自分も肩身の狭い外道デス、欲をかいたらロクなことがなさそうデスカラ」


 メラニーはイツキをにらんでいたが、やがて、ふっと嘆息する。


「あたしのしくじりだ。見た目で油断したよ。

 だけど、ひとつ教えてくれない? ほんとうにあんたが夜魔を倒したの?」


 イツキはちょっと考えてみて、答えても問題ないと判断した。


「イエス。この魔導器を使いマシタ」


「どうやって?」


「閃光を出せるんデスよ。ランプの明るさなんて、比較にもならナイような。

 マア、自分も夜魔に片脚、取られちゃいマシタケド」


 半信半疑といった表情のメラニーに、イツキは金を持ってくるよう、急かした。

 相手は不承不承、席を立つ。


「コリー、酒がなくなってマスケド? お肉ももっと食べたいなーん」


「……イツキ、けっこうふてぶてしいな」


 コリーはぶつくさ言いながら、注文を追加した。

 その目のなかに、抑制された憎しみの色をみとめ、イツキはちょっと悲しくなった。

 すぐにそんな感傷を打ち消す。行きがかり上、敵対したものはしょうがない。

 いまは人情より友情より、金が最優先、ついでにうまい酒と料理だ。


 きげんよく飲み食いしていると、メラニーがもどり、苦虫を噛み潰したような顔で、ポーチごとよこした。

 周囲をうかがい、注目がないことをたしかめてから、金を数える。

 銀貨、四〇枚。


「毎度ドーモ。キヒヒ……」


 鼻白んだ表情の姉弟をよそに、イツキはちいさくガッツポーズを取る。

 しかもレイシィが提示した条件よりも、一〇枚も余計に稼いだ。


 ──どう見てもファインプレーです、本当にありがとうゴザイマシタ。





 読んでくださってありがとうございます♪


 【次回】#14. 旅の仲間、4月17日(金)更新予定。


 内容としては、ふつうにレイシィとリオンが戻ってきて1st(第一章)をしめくくります。

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