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暗黒転生/異世界がマジで殺しにきてる  作者: 猿谷ちひろ
1st - Die Die My Darling
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#12. 酒場にて(4)

 夜魔やまとは、最強にして最悪の害獣だ。

 オオカミやクマなどの害獣とは根本的に異なり、そもそも生物ではない。

 毛並みのようにも見える闇をまとっており、姿形しけいは多様にして、おなじ姿の夜魔が目撃されたことはない。

 まるで悪霊のように、瘴気がこごって、実体化したものと考えられている。


 知性は高く、どうやら言語さえ使っているらしいことがわかってきた。

 もしも夜魔に、言語による意思疎通が可能なら、精神魔法や呪令など、ある種の魔法攻撃が有効かも知れない。


 夜魔の言語を解き明かすことが、対策につながると期待されており、各国で研究しているが、いまだ成果は出ていない。

 それは不明瞭であり、おそろしく難解で、そもそも夜魔と遭遇して生存した人間というのが、まず、めったにいないのだ。

 どうしようもなくデータ不足。


 夜魔が害獣より脅威なのは、単純に強靭で凶悪、しかも狡猾であるということによる。


 村の男たちが総出で、運がよければ一匹の夜魔をどうにか討伐できるかどうか。

 もちろん、オオカミ退治などとは比較にならない犠牲を、覚悟した上での話だ。

 そして夜魔は個体差がおおきく、いまのは最弱の場合である。

 強い夜魔なら、逆に村のひとつやふたつ、滅ぼしてしまうこともめずらしくない。


 このあたりに伝わる、最強と思われる例では、国が編成した騎士団の小隊──つまり装備も技術も一流の手練れ二〇人以上が、一匹の夜魔を討伐に向かい、全滅したという。

 こうなると害獣退治の次元ではない。小規模な戦争に近い。


「それはさすがに、ウワサに尾ひれがついてるんじゃねえかって、おいらは思うけど。

 ……いや、わかんねえな、夜魔のことは」


 コリーは感想をはさんでから、説明をつづける。


 夜魔はきわめて貪欲で、捕食対象に人間を好む。

 人間の血肉を介して、正確には、苦痛や恐怖といった感情を食べる。


「感情を食べる?」


 イツキの疑問に、姉弟はうなずいた。


「肉そのものを食うわけじゃねえから、満腹しない……底なしなんだ。

 夜魔は獲物を、時間をかけてなぶり殺しにする。たいていは苦痛のあまり発狂してから、ようやく命を絶たれることになる。

 これよりもひどい死に方はねえ」


「だから、夜魔に襲われた時の唯一の対策は、すばやく自死することなのさ。

 もっといいのは、そもそも遭遇しないことだけどね」


 夜魔はその名が示すとおり、夜にしか活動しない。

 星明かり程度の薄明ならともかく、光には近づくことさえできない。


 城壁に守られていない、市外の村や町、邸宅、また野営の際は、一晩中灯かりをつけておくことが常識だ。


 教会に、義務であるところの献金をちゃんと収めていれば、定期的に聖燈を受け取ることができる。

 縦に細くとがった、正四面体のランタンである。ちなみにこの細長いピラミッドのような形状は、聖教会のシンボルでもある。

 燃焼ではなく、魔力で光を発している点において、仕組みは魔燈と変わらない。


 ただ聖燈は、天栄神の加護を受けた、夜魔がとくべつ嫌がる光を放つ。

 人間の目にはそれほど強い光ではないが、広範囲を照らし、また、長時間もつように調整されている。

 夜魔除けに最適な、生活必需品なのだ。


 もちろん火でも、魔燈でも代用はできるが、コストパフォーマンスは悪くなる。


 常夜灯の確保が、どうしてもままならなくなったまずしい農家などは、日が落ちる前に一家心中してしまうことが多い。

 夜魔が今夜、襲ってくるとはかぎらない。

 しかし今夜はぶじでも、明日は? 明後日は?

 飢えに苦しみながら、夜ごと、おびえて暮らすことを思って、絶望してしまうのだ。


 光に弱い夜魔が、日中をどうやってやりすごしているのか?

 地中深くにもぐっているという説が有力だ。

 夜魔に襲われ、生存した人間による、「地面から夜魔がわいて出た」という証言もある。


 ただ、おそらくはもぐったまま、地中を移動することはできない。

 もしもそれが可能なら、地中をとおって光をやりすごし、たとえば、市内の、暗がりで地表に姿を現し、人間を襲うことができるはずだからだ。


 この世界は、光の五柱神の箱庭と呼ばれている。


 神々の母、ふくよかで慈愛に満ちた女神、地をつかさどるエルガーナ。

 その娘、気性の激しい美女とされる、水をつかさどるマリアナ。

 その兄にして恋人でもある、気まぐれな芸術家、風をつかさどるゼフィーロ。

 長兄であり、文武両道の偉丈夫、火をつかさどるアギオ。

 神々の父、厳格にして公正なる、天をつかさどるエルブロ。


 しかし祝福されているはずのこの世界で、夜魔の役割は不可解である。

 オオカミやクマといった肉食獣は、食物連鎖のなかに組み込まれているが、夜魔はそうではない。

 世界に害悪しかもたらさない。


 どんな歴戦の勇者でも、夜魔と聞けば震えあがって、ランタンに火を入れ、神に祈る……。

 夜魔とはそうした存在だ。





 読んでくださってありがとうございます♪


 【次回】#13. 酒場にて(5)、4月10日(金)更新予定。


 今回はザ・説明回になってしまいましたが、次回で話が進み、酒場のシーンが決着します。ちなみに1st(第一章)は、その次の#14で終わります。

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