#11. 酒場にて(3)
「あ、いたいた。コリー、あんた、飲んだくれるのも大概にしな」
話しかけてきた女は、コリーの姉だとすぐにわかった。おなじ緑黄色の髪をポニーテールにしており、顔だちも似ている。
言葉とは裏腹に、どかっと腰を下ろし、自分のジョッキに酒をつぐ。
「いいじゃん、べつに。
ああ、整備工に会ってきたけど、もう終わったって。料金はいつもどおり」
コリーの言葉には答えずに、女はイツキをあごで示す。
「彼女は?」
「イツキ。同業の連中と飲むのも飽きてきて、変わった奴と飲みたくて話しかけた」
コリーはすなおに答える。
「イツキ、これはおいらの姉ちゃん、メラニーな」
「ドモー」紹介されたので、イツキはあいさつした。
「ネレイエ? ……がこんなところにいるわけないか。
たしかに変わってるわ。素性がわからない」
メラニーは小首をかしげる。
〝ネレイエ〟ってなんだろうと少し気になったが、
「自分は、奴隷ナノデスが、ご主人さまは用事があって、留守番シテルんデスよ」
「だからって、昼間っから酒かい? バレたら大目玉だろうに。
豪胆なのか、莫迦なのか」
メラニーは面白がっている口ぶりだ。
さらに、弟から、イツキの借金について聞かされると、無遠慮に大笑いした。
「二〇〇枚。桁ちがいだね。なかなかどうして、大物じゃないか!」
ひとしきり笑ってから、イツキの方に身を乗り出す。
「なんでまた、そんなことになったんだい?」
目にありありと好奇心を浮かばせて、訊いてくる。
さて、どう答えたものか。
この姉弟は、気さくで話し好きであることが見て取れる。
それにレイシィに共通して、好奇心が強そうだ。そこそこ信用できそうな気がするが、油断はできない。
「幸い、すぐに全額返せと言われているワケではナイのデスが。
さしあたって、三〇枚、稼がないとイケナイのデス」
はぐらかすような答え方をしたが、メラニーは追及せず、そりゃ難儀だねえ、とだけ言った。
「体を売ろうにも、あんた、病気持ちみたいだし」
「姉ちゃんでも、一晩、銀貨一枚がせいぜいだもんね」
「もっと足もとを見られることもざらだよ」とメラニーは顔をしかめた。
コリーは中学生、メラニーだってイツキとそう変わらない……せいぜい高校三年生くらいだろう。
まして姉弟で、平然とこんな会話を交わすのだから、つくづく常識がちがう。
「で、稼げなければ、どこかに売り飛ばすと?
あんたを、大金で買う奴もいなさそうだけど、まあ、腹いせってところか」
「レイシ……じゃないヮ、主人は、アテがあるって言ってマシタ。
自分なんかを、二〇〇枚で買う人って、想像デキマス?」
メラニーは少し考える。
「ただのおどしって可能性は?」
「ナイと思いマス」
「なら、少なくともカタギじゃないのはまちがいない。
医学の発展とやらのために生きたまま解体されるとか……地下で催される殺りくショーの出演者になるとか……」
聞いただけで、目まいがする。
せっかく、気分よく飲み食いしてたのに、一気に現実に引きもどされた思いだ。
あたりまえだが、逃げる、ということはもちろん、考えた。
しかしイツキは人並みに歩くことさえできない。
たとえばの話、馬を盗んでも、乗馬の経験なんてない、振り落とされるのがオチだろう。
とつぜん、外で悲鳴が上がった。
飛び出すと、ドラゴンが火を噴いて暴れている。
その時、イツキの秘められた力が覚醒した。
腕のなかに光り輝くロケットランチャーが出現する。
ドラゴンは木っ端みじんに吹き飛んだ。
国王が言う、「勇者よ、世界を救ってくれた礼に銀貨三〇枚を授けよう」。
イツキはばかばかしくなって考えるのをやめた。
瓶から、自分のジョッキに、なみなみとエールをつぐ。
一気に干す。
そしてばたんと突っ伏した。
「ふにゃら。銀貨三〇枚~~……」
コリーとメラニーは同情交じりの視線を向ける。
「しかしそんな高額の報酬が出るのは、夜魔退治くらいのものだしなー」
コリーが漏らした言葉に、イツキのなかでなにかが反応した。
──夜魔。
がばっと顔を上げる。
「モノを知らなくてスミマセン。その、夜魔のコト、詳しく教えてもらえマセンか?」
ふたりは、きょとんとして顔を見合わせる。
「夜魔を知らない?
イツキそれ、変わってるとか、無学って程度じゃねえよ。いくら外道でも、どうやって暮らしてきたんだ?」
思いきり怪しまれてしまった。
「……まあ、いいじゃないか。教えてやりなよ」
ちょっと沈黙があったのち、メラニーが言う。
まあ、いいけどさ、とコリーは説明を始めた。
読んでくださってありがとうございます♪
【次回】#12. 酒場にて(4)、4月3日(金)公開予定。
内容としては、夜魔についての説明です。イツキが遭遇したアレはなんだったのか、早い段階でちゃんと説明しておく必要を感じまして~。