表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗黒転生/異世界がマジで殺しにきてる  作者: 猿谷ちひろ
1st - Die Die My Darling
10/41

#09. 酒場にて(1)

 イツキは、毎日、必死で歩く練習をした。とりあえず自力で移動できないことにはなにもできない。

 杖を使えば、かろうじて、トイレに行くくらいはできたが……。


 松葉杖が切実に欲しい。

 両脇に二本、杖があれば、格段に安定するだろう。

 しかしこれもまたオーダーメイドになる。イツキは身長一四四センチであるし。

 これ以上、借金を増やすわけにはいかなかった。


 杖なしで歩けるようになるまで、二〇日以上を費やした。

 それでも歩行速度は、常人のせいぜい半分くらいだ。


 ◆


「スミマセン。エールをもう一杯」


 第二市区、酒場兼宿屋に、イツキは宿泊している。


 安物のエールは、なまぬるく、のどごし最悪、どろどろざらざらしている。

 これなら水の方がよほどいいのだが、なぜか水よりもエールの方が安価なのだ。

 支払いは、レイシィから「一文無しではさすがになにもできないだろうから」とわずかな軍資金を借り受けている。


 で、がまんして飲んでいたら慣れてきた。

 以前に酒を飲んだ経験はなかったが、アルコール度数はたぶん、五パーセント未満だろう。

 それでもほのかに酔える。思考が鈍磨する感覚が、暗い考えしか浮かばないイツキにとってはありがたい。

 木製のジョッキでエールをすすりながら、つまみの、イナゴとナッツ類を炒ったものをカリカリとかじり、時おり、ため息をついた。


 第二市区は本来、奴隷階級の者がいるべき場所ではない。

 この宿の部屋は、レイシィの名義で──いや、エシャルという偽名を使っていたが──借りてもらったが、イツキがひとりで飲んでいると、白い目で見られる。

 ただ、いちばんすみっこの暗がりで、安酒をやっているぶんには、周囲もそっとしておいてくれた。


 黒髪がばれたら、殺される。頭巾で隠しているだけでは心もとなく、極力、人目を避けたい。

 必要がないかぎり、太陽の下に出たくなかった。


 この数日は、金を工面しようと努めた。


 酒場は流れ者にとって、仕事の斡旋所でもある。

 依頼内容は掲示板で知ることができた。


 ──いわゆるサイドクエスト、デスね。

 ──しかしソレでさえ……ハードル高すぎィ!


 どの仕事も、まず、ふつうに歩けること。多くは、馬に乗れることも前提になっている。


 たとえば、近距離の宅配で銀貨三枚か四枚。

 しかし文面から判断して、往復、一〇日くらいかかりそうだ。


 最低賃金の仕事は、雑用を丸一日、一〇時間以上めいっぱい働いて、報酬は銅貨で二〇〇枚である。ちなみに銅貨一〇〇〇枚で、銀貨一枚に相当する。

 こんな仕事でさえ、足が不自由なイツキには不可能だ。


 冒険者ギルドでも仕事は見つかるらしいが、より、ハードな内容になる。

 人目に触れるリスクをおかしてまで、確認に行くのはやめた。


 可能性として、イツキはデスクワークならば、スマコンを活用することで、この世界のだれよりも有能に複雑な計算ができる。

 おそらく、大規模な商取引、教育、軍事、政治などの現場では、需要があるはずだ。

 しかしそういう仕事が、酒場の掲示板などで募集されるわけがない。

 上流階級にコネがあるか、信頼と実績の担保がないと雇ってもらえないだろう。


 ほかの知識チートはできないか。たとえば、なにかクラフトできないだろうか。

 結論からいえば、だめだった。

 この世界は資源が少ないので、人々の生活の知恵により、可能性のあるものはあらかたすでに、イツキが思いつく以上に作られている。


 イツキの「清潔にしていないと、病気になる」という知識は、潜在的な価値は計り知れない。

 こちらの人々は衛生状態に、ドン引きするレベルで無関心だ。


 たとえばこの宿〝緑の兎亭〟はミドルクラスだが、ベッドはくさいし、シラミが湧いている。それはもう「シラミですがなにか?」と言わんばかり当然の顔をしていて、

「ああ、自分の方がアウェーなのだナァ」と思い知らされたものだ。

 石けんは、存在はするが、ほとんど有効利用されていない。


「石けんをもっと使って、清潔を保て、肥溜めと水場はできるかぎり遠ざけろ、医療現場では消毒を徹底しろ」


 この知識が実践されれば、人々は健康になり、有病率、死亡率が低下して、国家規模の益があるだろう。

 しかしそれは、みんながイツキの発言に真剣な注意を払い、忠実に守り、しばらく経ってようやく価値が実感されるものだ。

 すぐ金に換えることはできない。


 今日は、こちらの暦では、地の節、第七の週、四日と呼ぶ。

 レイシィがくれた猶予は三週間だが、この世界の一週間とは、七日ではなく、一〇日を意味する。

 つまり三〇日あったのだが、すでに二八日がすぎ、明日が期限だ。


 今日、一日で、銀貨三〇枚を稼ぐ。どう考えても不可能だろう。


 ──もはや、安酒で酔っ払うしかネェ!


 イツキが自棄を起こしているのも、むりはないのだった。


 おおきくため息をつきながら、テーブルの上に突っ伏した。

 酒場の喧騒のなか、楽士がギターをつま弾いている。

 ごくシンプルなリズムと旋律だが、なかなかいい雰囲気だ。


 ──スマコンで、音楽を流すコトもデキルんデスが……。


 イツキの好きなハードロック、ヘヴィメタルは論外として、クラシックなどは、この世界の人間にも受け入れられるだろう。

 しかし楽器も持たずに音だけ流せば、未知の魔法として、おそらく人々は面白がるより、怖がるだろう。


 この世界の人々はきわめて保守的で、見慣れないものに警戒する。

 レイシィやベルガが、例外なのだ。彼女たち自身、〝魔女〟というはみだし者であるから、偏見がなく、常識に囚われていない。

 首だけ、横に向けて、店内を見わたす……一般人は、そうではない。


 もし、仮に、スマコンの音楽で好評を得られたとしても、酒場の音楽家に支払われる報酬なんて、たかが知れているだろう。

 イツキは、頬に、テーブルのでこぼこした感触を感じながら、目を閉じた。


 ──売り飛ばされたその先で、ドンナ目に、遭うんデスかね?

 ──考えても、仕方がナイデスケド。


 どん、と顔のすぐそばにナイフが突き立てられた。

 びくっとして見上げると、大男が敵意をむき出しに見下ろしている。


「なんでおまえが、こんなところにいやがるんだ? なにを企んでる。

 まあいい、警卒を呼べばおまえは縛り首、確実だ」





 読んでくださってありがとうございます♪


 【次回】#10. 酒場にて(2)、3月27日(金)更新予定。


 内容としては、新キャラクタが登場します。考えてみるとこの人、比較的ちゃんと出番のある、数少ない男性キャラクタです。なおこの世界には「お酒は二十歳になってから」という決まりは存在しません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ