#01. 皆瀬創生
悪魔の群れが、あとからあとから湧いてくる。
地獄の軍勢、破壊と殺りくの化身たち。
男は単身、挑んでいた。
踊るように目まぐるしく、叩き斬り、撃ち砕き、殲滅していく。
がむしゃらに攻めるだけではなく、すべての攻撃を寸で回避し、避けきれないものはジャスト・ガードからカウンターを入れる。
……一〇一階層、ノーダメージでクリアし、自己ベストを一七秒更新した。
◆
「うーん……。イヤー、イヤイヤイヤ」
無線LANコントローラーの持ち主は、片手でぼさぼさのロングヘアをぐしぐしとかく。
ジト目で、画面を上目づかいでにらみつけ、不明瞭にもぐもぐつぶやいた。
「まだイケるっしょコレ。終わりが見えネェナー」
『デスメイクライフ5』。
大人気スタイリッシュアクションゲームの最新作である。
発売決定から、プレオーダーして手に入れ、ほぼちょうど一か月が経つ。
とうにトロフィーコンプリートし、いまはもっぱら、戦闘に特化した″ブラッディキャッスル″と呼ばれるモードばかりプレイしていた。
現在の最速クリアタイムは四四分二六秒。
だが、まだまだちぢめられるような気がして、ほかのゲームができない。
「ま、楽しーからいーんデスケド、ネ」
イツキは、チェシャ猫のようにキヒヒと笑い。
使用キャラクタにヴァイスを選び、もはや何度目かわからない、ブラッディキャッスルをはじめから再開した。
イツキは、美少女でとおるだけの素質にめぐまれている。
しかし身長一四四センチ、体重三三キロ。小柄なのはしかたないとしても、痩せすぎだった。
しわくちゃの半袖Tシャツには、毛筆体で大きく″働いたら負け″とプリントしてある。
下は三分丈のルームパンツで、素足でだらしなく胡坐をかいていた。
度の強い黒縁メガネは、購入の際、おしゃれという要素をまったく考慮しなかったことがうかがい知れる。
本来ならプラス点であるはずの肌の白さは、不健康な印象を与え、じっさい、三年間におよんで、一度も直射日光に当たっていない。
三白眼の下に、血行不良により青いクマができている。
長すぎる黒髪は、ろくに手入れしていないにもかかわらず艶やかだが、せっかく髪質にめぐまれていても寝ぐせがついてぼさぼさだった。
唇は赤く、形もいいのに、ゲームに没頭してしまりのない笑みを浮かべている。
八重歯がめだち、歯並びは少々悪いため、もしここが二次元ならば、まちがいなくギザ歯で描かれることだろう。
最後に、猫背なのもよくない。
おかげで彼女は、統合的な印象としては、美少女どころか、陰キャの一言に尽きた。
外は桜の舞う季節、新しい制服に身をつつんだ生徒たちが、期待と不安を胸にして、始業式に出席している。
イツキがふつうの女の子なら、一六歳の誕生日をむかえたばかりの高校一年生として、そのなかに加わっているはずだ。
けれども彼女は、きょうが始業式であることさえ知らなかった。
彼女がきちんとチェックするのは、新作ゲームの発売日くらいのもので、ほかには関心がない。
いまごろ、おない年の人間のほとんどは学校にいるのだろう。
そのくらいの認識はあるが、現実感を欠いた他人事だった。
狭い教室に大人数がつめこまれ、黙々と黒板を向いてロボットみたいにノートを取る、異様な雰囲気に耐えられない。
友だちなんて、想像しただけでわずらわしくてげんなりするし、コイビトなどという存在に至っては、それに輪をかけてひどいにちがいない。
イツキは三年前から、ひきこもりである。
そしてその選択は正しいと思っている。
三時間ほどプレイして、四回、ブラッディキャッスルをクリアした。
さすがに、軽く疲れを覚える。
伸びをする……シャツのすそからへそがのぞき、背骨や肩まわりがポキポキ鳴った。
「あふう」
少しだけ、空腹を感じた。
一階に降りれば、リビングキッチンの大きな冷蔵庫に、冷凍の弁当がおさまっている。
親が定期契約してくれている、宅配弁当だ。
イツキが自室から出てこなくなると、母親は、とくにさわぐこともなく、あっさり容認した。
寛容というより無関心。もともと会話の少ない家だった。
生まれた時から、イツキは父親を知らないし、知りたいと思ったこともない。
母は──親としてはともかく、社会人としてはきわめて有能で、収入は安定していた。
弁当を電子レンジで解凍して食べようか、イツキは少し迷ってから、ブラッディキャッスルをもう一周することにした。
先ほどのプレイで、一か所、凡ミスがあったのが気に食わなかったのだ。
四〇層、アルテミシア戦。本体が召喚したビットからの攻撃が画面外から飛んできて、不覚にもうっかり被弾した。
今回、順調にノーダメージでアルテミシアまでたどり着き。
──二分で沈めてヤリマス、覚悟しやがれデスよ。
汚名返上とばかり、気合を入れる。
画面内のヴァイスは、深紅の長剣スカーレットディーヴァを左肩に乗せて。
右手の拳銃ブラックビューティをサイド・グリップで正面に構え。
「チェックメイト!」
イツキのやる気を反映するかのように、決めぜりふを吐く。
すっかりヴァイスになりきっているイツキは、その背後で、自室のドアが、音もなく開くのに気づかない。
◆
翌、四月一四日、少女が自室で変質者に惨殺されたと、Webニュースで報じられたが、イツキがその記事を読むことはなかった。