前編
いつからだろう。変な感じ。君のこと、考えるだけで胸が熱くなる。どうしてだろう。なんで君なんだろう。
太陽は文句を言ってやろうかと思うほどほど眩しい。
空を見ると、この季節だけ雲がもくもくと背伸びをしている。秋はあんなにうっすらしてるのに。
「はぁ〜、あっつい。」
口を開けば暑い、眠い、だるいしか言っていない気がする。
「美玖〜、大丈夫?スポドリあげよっか?」
「灯里〜!ありがと〜!」
私は親友の灯里から貰ったスポーツドリンクを一気に流し込んだ。
「ぷっはぁ〜っ、おいしいぃ!こんなに美味しかったっけこれ。」
「まぁ、この天気だとしょうがないよね。今日38度超えるって。」
「暑すぎるよ〜。死んじゃいそう。なんでこんな暑い日に部活なんてあるの〜?」
「まぁ、大会が刻々と近づいてるからね。先生も先輩も焦ってたよ。『あと一週間しかないーっ!』って。」
夏休みに入って二週目。我がテニス部はすぐそばまで近づいてる大会に向け、気合が入ってた。
と言っても、気合が入っているのは先生と先輩だけ。
一年の私達はやる気が全くもって出なかった。
「よしっ!今日の練習をはここまで!もっとやりたい気持ちもあるが、熱中症になってもらっては困るからな。しっかり休むように。」と先生は言った。
その言葉がまるで回復の魔法のように感じた。
「はぁ〜、ようやく終わったぁ。灯里、コンビニでアイス買わない?」
「ごめん、このあと塾があって。」
「あっ、そっか。じゃあ、またね。」
「うん。次の練習は木曜日だからね!忘れないでね!」
「そうだっけ?!忘れてた!ありがとー!」
(しょうがない、一人で買いに行きますか。)
駐輪場の自転車を押しながら、私はコンビニに向かった。
私が住んでいる街は、決して都会とは言えない海沿いの街。コンビニだって、近所に二軒しかない。しかも結構遠い。自転車通学で良かったと思える点がそれだ。
この時期はやっぱり飲めるアイスに限る。甘いバニラの香りがなんともたまらない。
冷たいアイスが喉を通る感覚を楽しみながら、家路を歩いた。
家に着いた時、隣の家のドアが開いた。
「おっ、よう美玖。部活帰りか?」
「星那、どこか出かけるの?今日サッカー部は練習ないでしょ?」
「お袋にパシられるんだよ。こんな暑いのに。」
「あ〜っ!それ、部活終わりの私に言う?!」
「お前、そのゴミ、絶対アイス食ってただろ。」
「ずっと外にいたんだからそのくらい食べさせてよ」
「ま、いいや。とりあえず行ってくるわ。じゃあな。」
「うん。じゃあね。」
星那は自転車に乗って走っていった。
その背中を、私はボーッと見ていた。
(はっ!なんであいつの背中見てるの私?! 疲れてるのかな?)
早く休もう。私は家に入り、吸い込まれるようにベットに飛び込んだ。
木曜日、また地獄の練習日だ。
上からこれでもかと暑い光が降ってくる。
(シャワー浴びたい。もう溺れるくらいシャワー浴びたい。)
そんなことを暑さでやられている頭で考えながら、ただただ黄色いボールを打ち返していた。
休憩中、灯里の口からとある言葉が溢れた。
「美玖、私ね。好きな人できた。」
「え?!そうなの?!」
あまりの驚きに暑さが吹き飛んだ、気がした。
灯里は私の学校でも上位に入るくらい顔が良い。ファンクラブがあるくらいだ。それに友達も多い。こんな私とずっと仲良くしてくれるのが不思議なくらいに。でも、今まで恋の話なんてしてこなかった。だからこそ驚いたし、嬉しいかった。
「誰?!誰なの?!」
私は、やや食いつき気味に聞いた。
灯里の顔は、少し暗かった。
「あのね、美玖にはあまり言いにくいんだけど。私の好きな人は、、、」
その言葉に続いて、灯里は重そうな口を開いた。
「、、、飯島、星那くん。」
「、、、え?」
頭が真っ白になった。灯里から聞いた名前は間違いなくあいつだった。一言一句同じ名前。
「飯島星那って、あの?」
「うん。美玖の幼馴染の、飯島星那くん。」
「な、なんだぁ〜!星那が好きなんだぁ〜!知らなかった!ねね、どうして星那のこと好きになったの?」
「サッカー部の練習を見てて、サッカーを全力で頑張る姿を見て、カッコいいなって。」
「なるほどねぇ〜」
私は出来るだけ声のトーンと表情を明るくした。
もちろん心はそんなに穏やかではない。
(、、、ん?なんでだろう。なんで私はこんなに動揺しているの?)
自分でも分からなかった。私の鼓動は心と裏腹にどんどん加速していた。
(でも、灯里の初恋なんだ。応援しなきゃ。)
灯里にはいつも助けられていたし、友達として大好きな人。
そんな灯里の恋は応援したい。親友の恋は応援する、それが普通だろう。
「星那はさ、いい人だよ。優しいし、明るいし。本当に、いい人。だからさっ!付き合って損はないっ!幼馴染の私が保証する!」
私は灯里に満面の笑顔を見せた。
「、、、美玖は、優しいね。ありがとう。」
「でもあいつ、恋には鈍感そうだからなぁ。よしっ!私も協力するよ!」
「ほんと?!」
「うん!大切な友達の恋だもん!応援しなくっちゃ!」
「みくぅ〜、ありがと〜〜」
「おい!!城田!池本!いつまで休憩している!練習再開するぞ!」
「あちゃー、呼ばれちゃったね。灯里、行こ!」
「うん!」
灯里はとても明るい笑顔になった。私はそれが嬉しかった。
でも、何かスッキリしない気持ちがあった。
心に黒いモヤがかかったような。
夏休みといえば海!青春といえば海!
海沿いに住んでいる私達からすると海なんていつでも泳げるけど、今日はちょっと特別だ。
それは、[灯里と星那をくっつけよう大作戦!]
灯里の恋に協力すると言った以上、何か手助けになることをしたかった。
とりあえず、くっつくような環境を用意しようと思い、私、灯里、星那、そして星那の友達の秋村悠斗くんと一緒に海水浴に来たのだ。
ちなみに悠斗くんはこっち側、協力者だ。
彼は灯里ファンクラブの一員。「灯里の水着姿見れるよ〜」なんて言ったらすぐに協力してくれた。
悠斗くんは灯里をアイドルとして見ているようで、灯里が誰を好きになろうが関係ないらしい。
そんなこんなで、私達は海での1日を過ごしたのだが、ここで問題が起きた。
((やべぇ、くっつけ方が分かんねぇ。))
ただ今、悠斗くんと私で緊急会議中である。
そう。環境を用意したのはいいものの、中身を全く考えてなかった。
今の状況は、ただ仲良し4人組が楽しく海で遊んでいるだけだ。
そうこうしているうちに、夕方になってしまった。
「やばい、こっからどうする?」
「んー、ぶっちゃけ俺は池本さんの水着姿見れたから大満足なんだけど。」
「それを条件に協力を要請したんでしょう?!あーもう、どうしよっかなぁ。」
頭の中は絶賛混雑中だ。そもそも、恋愛経験のない私が2人をくっつけようなど無理にもほどがあった。
「秋村くんさ、男性代表として聞くけど、どんな状況だと女子に惚れる?」
「そーだなぁ、いっそ2人きりになれば惚れるかもな。」
「ふーん、、、あっ!そっか!!」
そうだ!簡単な話だ!2人きりにすればいい!
「秋村くん!そういうことだよ!」
「はぁ?2人きりにするってことか?なんかベタすぎねぇ?」
「そうかもしれないけど、それでも惚れるんなら問題ない!」
「楽観的だなぁ。」
そうと決まればあとは作戦だ。どうやって2人きりのするか。
2人きりになるということは、私と秋村くんが離脱しなければならない。
それも自然に。ちゃんとした理由を考えなくては。
「じゃあ、こうしない?この近くにお墓あるでしょう?」
「あるけど、それが?肝試しでもすんの?」
「ご名答。夏といえば肝試し!即席のくじでも作ってそれで2組に分けるの。1組は驚かせる側になる。
灯里は結構怖がりだから、いい感じに相乗効果で好きになるんじゃない?」
「安易な考えだな。ま、それ以外方法思いつかねぇし、それでやってみるか。」
「よし!それじゃくじを作ろう!あの2人がペアになるようにね!」
「驚かせるペアって、どうやって決めんの?」
「大丈夫、星那はじゃんけんめちゃくちゃ弱いから。」
「なるほどね。」
こうして、灯里と星那をくっつけよう大作戦は終盤を迎える。
計画は順調に進んだ。灯里と星那がペアになり、星那はジャンケンで負け、私と秋村くんが驚かせる側になった。
「ルールは簡単!この階段の上にある墓場にペアで行って帰ってくる、それだけ!」
「おい美玖、マジでやんのか?あの墓場、出るって噂のとこだぞ。」
「えぇ〜〜、出るのぉ〜〜?」
怖がりの灯里は案の定、まだ始まってすらいないのにブルブル震えている。
「へぇ〜?星那、あんた怖いの〜?」
「そっそんなわけねえだろ!いいよ、行ってやるよ!」
「よしっ!それじゃあ、私と秋村くんは上に行くね。準備ができたら連絡するわ。」
そう言って、私と秋村くんは階段を登った。
「なぁ、さっきの震えてる池本さん。めっちゃ可愛かった。」
「はいはい。さ、着いたよ。」
その墓場は崖の上にあった。
(噂では、この崖で飛び降りた人の霊が出るんだっけ。落ちないように気をつけなきゃ。)
「なぁ、城田はそこでいいのかよ。崖のすぐそばじゃん。」
「大丈夫、結構距離とってるから。じゃ、連絡するよ。」
「おう、気をつけてな。」
私と秋村くんは身を隠し、2人の到着を待った。
「ほ、ほほほんとにででで出るのぉ?」
この分かりやすいビビりっぷり、灯里の声だ。
「だ、大丈夫。ただの噂だよ。」
星那の声、ちゃんと2人で到着したようだ。
少し間を置いたあと、
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
恐ろしい雄叫びと高音の悲鳴が聞こえた。
(秋村くん、マジになりすぎだって。私もちょっと怖かったよ。)
秋村くんが驚かせたということは、次は私の番だ。
少しずつ2人の足音が近づいてくる。
(よし、思いっきり驚かせちゃおう。秋村くんに負けないようにね。)
2人の足音が目の前に来た瞬間、私は飛び出した。
その時だった。湿気をたくさん含んだ地面が私の足を滑らせた。
私の体は勢いよく飛び出した分、ものすごい勢いで後ろに傾いた。
その先は崖だった。戻ろうとしても私の体は言うことを聞かなかった。
そして、私は空中に浮いている感覚を覚えた。
(嘘、私、本当に。)
少し星那の姿が見えたような気がした。
そこで、私の記憶は途切れた。
楽しんで頂けましたか?
この作品は二部構成となっています。
次回、いつになるかは分かりませんが、
暇つぶし程度でも読んでいただけたら嬉しいです。