超重力騎兵グラビスタ(仮)
キキィン! オラクル・ギアをニュートラルにし攻撃を受け流した後、リバースを掛けて逆の重力場を発生させた。相手の機体は惑星の重力に抗うすべを無くし金属の塊へと圧縮されたまま深い海に落下して行った。「ふん、この星も落ちた、次は地球と呼ばれる星に移るか」力こそ正義だと戦士は笑った……
その戦士の名はケイオスと言い、彼は騎兵グラビスタの使い手であった。グラビスタに乗り込んだケイオスは、地球の大気圏外に他の9機体と共に転送された。「美しい星だな……」ケイオスは、目の前の青く光る星にしばらく眼を奪われた。その光景は幼少より戦士として育てられた彼の心を癒した。
10体のグラビスタで構成されたリナックス小隊は、ゆっくりと地上への降下を始めた。ケイオスは、先程の感情を仕舞い込み戦士としての自分に切り替えた。戦場では余計な感傷は命取りになる。振り払うかのようにオラクル・ギアの出力を上げて降下を続けた。力こそ最も美しい物なのだ、そう信じて
地上に降り立った小隊は隊長リナックスの指示により各方面に散らばった。ケイオスとシャッダは、比較的生物反応の乏しい地域での情報収集を命じられた。シャッダは、農村地帯で付近の家畜を掴んでは放り投げていた。それを呆れて見ていたケイオスは、微かな攻撃行動をグラビスタが感知したのに気付いた。
「やめなさい!」翻訳システムが攻撃の主の声を告げた。見ると一人の少女がグラビスタに向かって石を投げていた。ケイオスは、その少女に釘付けになった。折れそうな細い腕で投げられた石ころは、機体に何の損傷も与えない。ただその少女の眼は、あの時見た地球と同じ美しい澄んだ青い色だった……
「くっ、この下等生物がっ!」シャッダは、忌々しそうに叫び、少女を握り潰そうとグラビスタのアームを伸ばした。驚いた事に少女は逃げもせず、シャッダの機体を真っ直ぐな青い瞳で睨みつけた。少女の揺るぎない意志はケイオスの中の何かを弾けさせた。本当の……強さ……?
気付いた時にはシャッダの騎兵は、ひしゃげて横たわっていた。俺は味方を裏切り少女を守ったのだ。「ねえ、貴方はいったいどうしたいの」
「ああ、俺は、まず君の名前が知りたい」
「ありがとう」「ありがとう? 変わった名前だな」「ふふ、ありがとうはお礼の言葉、名前はカレントよ」
「礼などいらない、それよりカレントは、もう帰れ。そろそろ隊の連中にもバレてる頃だろう」「嫌だけど」「何を言ってるんだ、死ぬぞ」
「だったら私ごと、この星を守ってよ」
確かに放っておけば数日でこの星は占拠されるだろう。対抗できる兵力など無いのだから……
「しょうがないな」
元より戦士の絆など無かった。星の民は戦士として培養器で育成される。誰もが親の顔も知らず、愛情や友情などは切り捨てられる世界だった。
勝ち得た力のみが自己の存在価値でしかなかった。そんな見ず知らずの自分を頼る少女は、酷く愚かで、だからこそ愛おしく思えた。
「ケイオス、俺の名だ」そう言ってグラビスタの後部座席にカレントを押し込め、自分は操縦席に乗り込んだ。「ケイオス……混沌……かしら、不思議な名前ね」「ふん、どうでもいい、それより一番厄介な奴が来たようだ」現れたグラビスタは、真紅の機体。隊長リナックスの騎兵だった。
オラクル・ギアは乗り手の精神力をエネルギーとして変換する装置なのだがリナックスは、その意味でも超一級の戦士であると言えた。「ケイオス! 裏切り行為はデータロガーに記録されているぞ。貴様は、もはや粛正対象でしか無い」
リナックスは最強の敵としてケイオスに攻撃を仕掛けた。
二体のグラビスタの作り出した重力場が重なる度に空間が歪み破裂音が響いた。騎兵同士の戦いは、精神力の勝る物が一方を飲み込む形で決着するのだがお互いの戦闘力が均衡している場合、戦いは長引く。他のグラビスタがやって来る前に勝負を付けなければケイオスに勝ち目はなかった。
「やるか⁉︎」
ケイオスは、二つの重力場を生み出し干渉させた。以前の戦闘の中で偶然見つけた重力の刃、ケイオスは仲間にも知らせず、今まで温存して来たのだった。生み出された重力の斬撃は、リナックスの機体を分断した。その瞬間、騎兵は爆発を起こし周囲に青い光を放った……。
ホッとする間もなく残りの騎兵が次々と現れる。彼らが陣形を組んで向かって来るのであればケイオスは生き残る事が難しかったかも知れない。だが個人の功績だけを求める彼らは我先に攻撃を仕掛けるばかりで、もはや隊長クラスの戦闘力を持つケイオスの敵ではなかった。精神力が尽きる頃、戦闘は終わった。
グラビスタから降りたケイオスは消耗し切っていた。ふらふらとその場に倒れ込みそのまま眠り込んでしまった。眼を覚ましたケイオスの目の前に自分を覗き込むカレントの顔があった。「な、何をしている」「ふふふ、ひざまくら」ケイオスの頭はカレントの膝の上に乗せられていたのだ。
白髪の黒騎士の異名を持ち恐れられたケイオスだったが今は慌ててカレントの膝から飛び起きた。そして出来るだけ平静を装った声で言った。「家まで送ろう、もう襲われる心配は無い」カレントの家はすぐ近くの丘の上にあった。しかし、誰もいる様子はなかった。
「おじいちゃんが亡くなって私はずっと一人で暮らしているわ」「そうか、不便はないのか」「もう慣れたわ、それより今日は泊まっていって」
ケイオスはカレントの強引な誘いを断り切れず家に泊まる事になった。しかし、ケイオスにはまだやらなければならない事があったのだ。「戦いはまだ終わっていない」
日が沈みカレントが寝静まった頃、ケイオスは一人家を出てグラビスタに乗り込んだ。このままでは追加の部隊が転送されて来る事は間違いない。
ならば近くのワームホールさえ閉じてしまえば転送ルートを潰す事が出来る筈だ。グラビスタのオラクル・ギアを暴発させる。それがケイオスの考えだった。
大気圏を突き抜けワームホールまで一気に突き進む。燃料はあと僅かだが帰る予定もなかった。
「さて、終わらせるか……」ケイオスは、ギアをバーストモードに切り替えた。精神力のリミッターを解除して放出する為、臨界点を超えた機体は大爆発を起こす。あの美しい星を少女をケイオスは守りたかった。
ケイオスは、オラクル・ギアのプレートデバイスに手のひらを乗せた。平らな板状の装置は、ケイオスの精神力を吸い取ってエネルギーを蓄積していく。だがバーストモードにあと少しの所でケイオスの精神力が尽きてしまった。やはり戦闘に費やした精神力は、まだ回復していなかったのだ。
さらに悪い事にレーダーにいくつかのグラビスタの反応が現れた。星からの部隊がこちらに転送されてきているのだろう。もう残された時間はあまりなかった。だがケイオスにはどうすることも出来ない。絶望感がケイオスを襲った……。「俺はカレントを救えないのか……」
苛立ち、プレートデバイスに叩きつけた手に誰かの手が重ねられた。居るはずのない誰か……
驚いたケイオスの視界に入って来たのは、あの時と同じ青く澄んだ瞳。「カ、カレント! どうして?」「見ず知らずの私の命を救う為に全てを敵にするなんて馬鹿な人、だけど貴方は私のとても大切な人……」
カレントは、ケイオスが出て行く事に気付いていたのだった。寝たふりをしてグラビスタに乗り込んでいたのだ。そして後戻りが出来ないことも理解しているとカレントの眼差しが告げていた。重ねた小さな手からカレントの温もりが伝わった。
二人は寄り添い、ありったけの精神力をギアに注ぎ込んだ。
バーストモードになったオラクル・ギアは、その回転を加速しあり得ない程の重力場を生み出した。転送されつつあった星からの騎兵は、次々に呑み込まれ消滅していった。やがて臨界点を越えたケイオスの機体は、暴発し青い光を放った。
機体の一部は青い隕石となり地球にも降り注いだ。
膨大な重力場でワームホールは、ねじ切れて、その役割を終えた。地上の人々は、空に光った青い光を神のお告げだと後々まで語り継いだが星を救った戦士と少女の存在は遂に誰に知られる事も無かった。ただ二人が守りたかった地球は、今も青く美しく輝いていた、その願いはだけは叶えられたのだった……
海岸で遊ぶ親子の姿があった。小さい男の子は貝殻を拾い集めて母親に見せていた。「おとーしゃんは、来ないの?」「後で来るわよ」「やったあ」男の子の青い瞳が輝いた。丘の上に見える親子の家は細長い金属の変わった家だった。それは例えば脱出用の小型ロケットの形に見えるのかもしれない……