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奇妙な駅

作者: 東雲 葵

 誰も信じてはくれないだろうが、私が遭遇した不思議な体験をここに記しておこうと思う。




 いつもどおり仕事に向かう電車に乗っていた時の事である。始発駅から乗ったにもかかわらず席に座ることが出来ず、その駅から次に人の動きのありそうな大きな駅までの約二十分ほどそのまま揺られることとなった。目的地までは約一時間。次の駅で座れなければ、その先座れる可能性は皆無である。座れなかったという精神的なショックもあり、仕事前だというのに既に足がだるさを感じるような、そんな状態だったのを覚えている。


 運よく次の大きな駅で目の前に座っていた人物が退き、私はすかさずその席へと腰掛けた。一番端の席は手すりがついていて身体をもたれさせることが出来る、私のお気に入りの席だった。仕事用の鞄を膝に乗せ抱きかかえるように持つ。ただでさえ朝が早く眠いのに二十分も立っていたため、体力回復のためにこの先の四十分は寝て過ごそうと思ったのだ。


 座れてからどれくらい立っただろうか。不意に、周りに人の気配が感じられなくなった気がした。一瞬意識が飛んでいた気もするが、それにしたって朝の通勤時間の電車から誰もいなくなることなどそうあることではない。寝過ごして乗降する人の少ない駅まで来てしまったのだろうか。不安に駆られて目を開けてみると、少なくとも自分の見える範囲内に人は見当たらなかった。


 不気味さを感じ辺りを見回そうと身体を起こそうとしてみる。しかしまだ意識がはっきりしなく、金縛りに掛かっているかのように体が動かせなかった。開いているドアの先には駅名が表示されているはずの駅名標があるのだが、下部までしか視線を動かせず、駅名を確認することが出来なかった。


 重く、重く、意識さえぼんやりしている。人の気配は無いのに、周りからはひそひそと人が会話するような声というか音というか、そんなものが聞こえてきた。不気味さを感じているのに、不思議と怖いという感覚は無かった。


 身体を持ち上げようとするのをやめて力を抜き、手すりに身体を預けた。視線も無理に上げようとする事をやめると、自分からは足元しか見えない状態になった。しばらくすると、私の視界に子供の足が入ってきた。


「お姉さん…貴女は行かないんですね」


 掛けられた言葉の意味が分からなかった。声は少年のようでもあり、少女のようでもあった。近づいてきたその足の主を確認しようと視界を上げようとするが、さっき以上に動くことが出来ない。自分の目の前に来た足は細く白いものだった。


「大丈夫、返事はいりません。ここで降りたくないのなら、声に返事をしてはいけない」


 こことはこの駅を指しているのだろう。この駅は目的地ではないが、もし居眠りをしているうちに目的地を過ぎしてしまっているならば降りなくてはいけない。駅名を確認できない現状、降りるべきなのかどうかも私にはわからなかった。


 子供の声に返事をしようとしたが声が出せなかった。それを見越しているかのように、目の前の子供は言葉を続ける。少年のような声だったものが、言葉が進むうちに少女のような声に変わっていく。意図的に変えているのかと考えはしたが、それにしては最初と最後の声であまりに変化がありすぎる。心なしか、口調も変わっているように思えた。


「そろそろ、電車は駅を発つ。そうなれば動けるはず」


 変化した少女の声が私に告げる。降りるべきだったのか、確認が取れないまま乗車口のドアが閉まる音がした。


 少女が言っていたとおり、ドアがしまった途端体のダルさが嘘のように消えた。顔を上げると、駅の様子を見ることが出来た。ドアの向こうに青い髪の少女が立っている。しかし、彼女は背を向けているため顔は見えなかった。


 この駅は地下鉄の駅のような造りをしていた。トンネルの中に駅が作られているような、そんな感じだった。車内にはやはり人の姿が見当たらない。誰もいない車両に一人、電車が走り出すまでの時間が酷く遅く感じた。


 電車が動き出すと、駅から改札口へ行くために続いているらしい階段が見えた。そこを上り下りしているのは、人の形をしていない異形のもの。そこで初めて私は恐怖を感じた。私が背にしていた側の窓からは、駅とは反対側の壁が見える。そこには触手のようなものが描かれた大きな絵が、点々といくつも飾られていた。


 やがてトンネルを抜けると、ピンクや黄色の花びらが舞う場所に出た。神社などで良く見かけるのぼりが出ているが、どれも文字が読めないものだった。文字は読めないのに、その場所が「願いを叶えてくれる場所」だということを私はなぜか直感的に理解できた。不思議な気分だった。





 はっ、と目を覚ますと目的地の一つ手前の駅だった。いつの間にか私は眠っていたようだった。


 あの駅でのことは、あまりにもはっきりと記憶に残りすぎている。人の居なくなった車内も、酷く体が重く感じたあの感覚も、夢というにはリアルすぎた。きっと、私はあの駅で降りるべきではなかったのだろう。あの駅はきっとこの世界とは異なる場所にあるものだ。あそこで降りたら、きっとこちらの世界には戻れない。


 少女の言葉に返事をしていたら、あの駅で降りてしまっていたら、一体どうなっていたのだろうか。いまでも、それを考えてしまう。次、同じことがあったのなら、私はあの駅で降りてしまうのかもしれない。


 そうなってしまう前に、私はこの事をこうして記しておきたいと思う。どうか私が消えた後、私の行方を捜さないで欲しい。きっと、私は戻れない場所に行ってしまうのだから。



-----


 ある女性が行方不明になった。その女性の部屋にはある日見た夢の内容が書かれた手記が残されていたという。その手記は、めぐりめぐって私のもとへと来た。とても興味深い内容だ。


『この夢に出て来た奇妙な駅は、実在するのではないか』


 そう思わせるのには充分な内容だった。この駅の存在が嘘に思えず、私はこれを手に入れて以来毎日の電車通勤が楽しみになった。しかし、望みどおり見つけてしまったら私は彼女同様帰れなくなるだろう。


 その時に備えて、こうして記録を残しておこうと思う。私が消えたとき、駅の存在が真実であると証明できるだろう。



-----


 という、不思議なノートを見つけた。このノートの持ち主は、居なくなってしまったのだろうか。これを拾った日から、私はそれが気になって仕方が無い。


 彼が行方不明になってしまったのだとしたら、私はその駅に導かれてしまうかもしれないのだから……。


手記のようなタイプの小説に挑戦してみました。

ホラーを書くのは初めてですが、少しはひやりと感じていただけていれば幸いです。

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