婚約破棄、星と剣。
「エレナ・フォン・アストレア! 貴様との婚約を破棄する!」
何言ってるんだろう。
正直、最初に頭の中に浮かんだのがそれだった。目の前にいる金髪のイケメン——純王子様的な感じの人は、クロード・フォン・アルストロメリア。栄えあるこの国、アルストロメリア王国の第一王子様である。
ここはアルストロメリア王国魔術学院中央広場。多くの貴族が集まる場所で、王子様はそう言い放った。
そしてその隣で、うっとりした様子でクロード王子を見ているのはアメリア・フォン・アマリリス。確かアマリリス男爵家の、第二子……だったかしら。
いやだって、男爵家の家系図なんて余程仲が良いか利益にでもならない限り覚えないでしょう。私と彼女は初見だし、アマリリス男爵家は法衣貴族で役職も重要じゃないし。
ああ、私のことを教えていなかったわね。
私はこの王子様が言った通り、エレナ・フォン・アストレア。アストレア侯爵家の長女で、年は彼らと同じ十七歳。
「あら、私、何かいたしましたでしょうか?」
さて、それが何故こんなことになっているかと言うと。
少々面倒臭い事態なのだが、まず彼の発言からもわかると思うが、私と彼、クロードは婚約関係にある。いえ、あったと言うべきかしら。
まあとにかく、これには王国の事情が関連している。
この国では、古い家系を大事にする保守派に、新しいものを取り入れることを望む革新派が王国の覇権を争っており、それらを冷めた目で見るのが中立派、という系図が見事出来上がっている。
それには当然、王太子の妃——将来の王妃となる人物の親子関係も重要な要素に含まれる。
もしも保守派貴族の娘を娶れば保守派に形勢が傾き、また逆も然り。そんなことをすれば王宮が戦火に当てられる時が早まってしまう。
現国王はそれを危険視し、中立派筆頭たる我がアストレア侯爵家の娘、つまり私を婚約者とすることで均衡を保とうとした。
侯爵家は王侯を除いた貴族の中で二番目に位が高く、公爵家であろうと下手に攻撃できない。しかも我が家は防衛に対しての一角を担っているため、捨て身覚悟で攻撃すれば彼らが望む覇権そのものが消え失せる可能性が高い。
なので現国王は良い判断をしたと言える、のだが。
「惚けるな! 貴様がアメリアに嫌がらせを続けているのは知ってるぞ!」
あら初耳、って違う違う、そうじゃなかったわ。
あろうことかこの王子様は、ガッチガチの保守派であるアマリリス男爵家の娘、アメリア嬢に惚れ込み、社交界の場でアプローチを行なったのだ。しかも、正規の婚約者である私を放って。
面子を何よりも大事にする貴族として、あまりに致命的な一撃。それは保たれてきた均衡を揺らし、崩し、破壊する一撃でもあった。
せめてまだ中立派なら良かった。しかし、アマリリス男爵家は保守派の中でも過激派だ。これに乗じて何かやらかすに違いない。
そう思った国王は王太子クロードを呼び出し、アマリリス男爵令嬢を諦めるという内容をオブラートに包み、言い放った。
しかし恋は盲目、悲しいかなクロードは父が私たちの恋を邪魔するのだと暴走。順調に暗君どころではない王への道を歩んでいる。
「あら、それは初耳ですわね。詳しくお伺いしても?」
「ふん、ここまで来て惚けるが毒婦めが」
正直これでもカチンと来た。アストレアの者を毒婦と称すか、盆暗が……と内心毒を吐いてしまう。でも表には出さない。それが貴族の嗜みであるから。
目の前の王子様は感情を一切隠していないが。本当に何を学んで来たのかしら。
「貴様が私たちの目がないところで、アメリアのドレスを踏み付け、転ばせた事も彼女の口から聞いた。階段から落とされそうになった事もな。どうだ、これが何よりの証拠だ!」
いや実際、彼女の口から聞いたところで真実かどうかはわからないでしょう。他に子がいないことをここまで恨んだことはないわよ、現国王様。
なんたってこんな盆暗を、私が苦労して五歳の頃から抑えていたと思っているの。あなたたちが教育してくれることを祈ってよ? なのにそれでこれ、って。
……ふぅ、少し落ち着こう。
「それは確たる証拠があってのこと?」
「当たり前だろう。彼女がそう言っていたからな!」
……あたまいたい。
アメリア嬢がハーレム築いていたのは薄々察していたけど、まさかここまで阿呆になっているとは。こいつらが元々馬鹿なのか、それともアメリア嬢の才能故か。出来れば後者であってほしい……。
「ですが、物的証拠は? 論的証拠だけでは、真実か否かわかりませんわよ」
私の言った言葉に、大多数の貴族が少しだけ頷いた。
「ふん、貴様が物的証拠など残すわけがなかろうが!」
そもそもやっていないんでないんですけどね。
まあとにかく、彼の指摘は中々に的を射ていると言えよう。やったとしても、残すわけがないし。
「そうですか。でしたらその論的証拠、あなた方以外にも証明してくれますわね?」
「……ぐ」
そこは買収くらいやっておきなさいな。まあやろうとしても、できないでしょうけど。
「とにかくだ! 貴様との婚約は破棄する! 貴様も学園からは追放だ!」
「承知いたしましたわ。それでは、あなた方の幸せと永遠なる安寧を祈ります」
もうこんな阿呆共に付き合ってやれるか。
私は一人だけ、実家から連れて来た侍女を連れ添って、私室に戻った。
「これで邪魔者は消えた。ゆっくりできるな」
「ええ、そうですね」
そう乳繰り合う二人を、冷めた目で見ながら。
彼と彼女はわかっているのだろうか。自分たちが、国を滅ぼすかもしれない引き金を引いたことに。そして放たれた弾丸は、あらゆる奇運に因果を捻じ曲げられ、既に取り返しのつかない位置まで侵犯していることに。
——その頃、王城では——
「なんと、なんということだ……!」
現国王、アーリヌス・フォン・アルストロメリアは、隠密が息を荒げながら報告して来た内容を聞いて、足元が崩れるような虚無感と焦燥を味わっていた。
思わず王座から落ち、床に膝をついてしまう。王としてあるまじき体勢だが、ことここに至ってはそんなことを気にしていられなかったのだ。
「あの馬鹿共は私の話を聞いていたのか! エレナ嬢が奴らにとって最後の温情だったというのに! 奴らの最後の情けだったというのに!」
王は絶叫した。己の息子が脳裏に浮かび、無意義にギリッと歯を食いしばる。
「確実に、戦火が起こる! 王宮どころか、諸外国も巻き込む最悪の戦火が! そんなこともわからなくなっていたのか彼奴らは!」
そうして一通り叫んだ後、血まみれの自分の手を見て、冷静とまではいかないものの静かになる。
そして己を見つめる臣下、それもこの場に残ることを許された者達を見て、枯れそうな声で呻いた。
「私の、せいか。私が息子だからと、判断を渋ったのがいけなかったのか。いや、悠長にしていたのが、怠惰だったのが一番の罪か。
私の甘さが、今回の事態を招いてしまった……」
王は嘆き、顔を手で覆う。
今回の件で確実に、保守派が勢い付くだろう。長年保たれてきた歪な均衡は崩壊し、王宮を中心として分裂する。
当然それは隠蔽できるほど甘い事柄ではなく、他国、それも近隣国のイキシア帝国はそれを察し、軍事介入を行ってくるだろう。
そうすれば、開戦は避けられない。避けられたとしても、ほぼ属国のような立場になる。
そうすれば国民の信用は失われる。信用というのは得るのは容易いが、失うと取り戻すのは難しい。
「畏れながら、陛下」
落ち着いたのを見て、宰相が前に出る。
「何だ、申してみよ」
「では、僭越ながら。王子があんなことになってしまったのは、陛下だけではなく私たちにも責任がございます。あまり一人で、気に病まれないでください。
それよりも今は、過去を嘆くより未来を案じましょう」
「……そう、だな。よし、我が民達のためにも、被害を抑えねばなるまい」
こうして王は、民達を守るために本格的な緩和活動を開始した。
しかしながら、臣下にすら「あんなこと」呼ばわりされる王子の事を考えると、少しだけ哀れかもしれない。
——エレナ視点——
部屋に戻った後、学院を出る日程を明日に決めた。
それまでに色々と積もる準備を終え、後腐れなくここを出ていくためだ。
別にこの学院に通っていなくても、社交界には出れる。しばらくは王子に捨てられた女と嘲笑されるだろうが、幼い頃よりその程度で感情は動かなくしてある。
「ふぅ……」
「エレナ様、あとは私がやりますので、お休みください」
少し作業に疲れて息を漏らした私に、家から連れて来た侍女、アンナがそう言った。
彼女は同じ中立派男爵家の令嬢だったのだけど、そこで奉公としてアストレア家に送られて来た少女だ。そこで他の侍女たちにいじめられているところを助けてから、妙に懐かれている。
同い年で、当たり前のことをしただけなんだけれど。
「しかし、アンナ」
「本来こういうことは私達従者の仕事です。エレナ様が行う必要はありません。
それに……少しだけ他のことに没頭していないと、王子を殺しに行ってしまいそうで」
「あぁ……」
アンナはメイドのはずなのに、アストレア家が抱える暗部『烏』に所属していて、戦闘技術と隠密技術はその『烏』の筆頭格に匹敵する。
なのでお父様は護衛も兼ねてアンナに任せたのだ。勿論連れていく気だったけれど。
そんな彼女なら、王子の護衛をすり抜けて暗殺してしまいそうで怖い。容姿は綺麗だが、気配を完全に遮断していることもあるから余計に。
「わかったわ。私はテラスにでも出ているわね」
「彼処なら人もおりますし、今の時間なら〝彼〟もいるから大丈夫でしょう。……不本意ですが」
「まあまあ」
私とアンナは、誰もいない場所ではこのような友人関係を築いている。アンナは私に絶対の忠誠を誓ってくれているけど、それだけじゃ寂しいのよ。
婚約破棄されたのが昼。で、今が三時くらいかしら。確かに今なら、彼がいるでしょうね。
私は振り分けられた部屋——と言っても、実家の私室に匹敵する広さ——を出ると、男女混合のテラスに向かった。
——彼女よ——
——まぁ、陛下に捨てられた情婦ではございませんか——
——しっ、彼女に聞かれたら——
「……喧しいわね」
などなど、好き勝手に言ってくれる。ていうかわかっているのかしら、彼女たち。戦争が起きるかもしれないのだけれど。
少数はそれに気付いているようで、すれ違うと軽く会釈をして来た。少数しかいないのが悲しい。
そこから裏手に回り、いつも彼がいる場所を見る。
「……ん。……んねんだったな」
「ええ、そうですね」
誰か、黒髪に銀髪メッシュの騎士の格好をした男が、彼に話しかけている。私は反射的に身を隠し、陰から様子を伺った。
……が、その一言で会話が終わったらしく、男は私がいる通路の反対側から出て行った。
彼ははぁ、とため息を吐くと、石造りの柵から体を乗り出し、街を見下げる。彼の銀髪混じりの黒髪が、風にたなびいていた。
「……いるんでしょう、エレナ」
「あら、わかっていたの?」
「兄上でもあるまいし」
ハ、と彼は笑う。
彼の名はヴァリエート・フォン・アンスリウム。アンスリウム子爵家の次男だ。兄上とは、先ほどの男でしょうね。
光を吸収する黒髪に、銀髪のメッシュ。貴族らしい蒼穹の目に、女の私も羨ましくなる健康的な白い肌。顔立ちは女としても美人と言われるほどだが、身長は百八十センチを超えているだろう。更に騎士風の服の上からでもわかる細身で筋肉質な体。
世が世なら王子様でも文句はない容姿だ。少なくとも私はそう思う。
何故侯爵家の私と、それよりも二階級下である彼が話しているのかと言うと。
「王子はとことん馬鹿ね。魔力対抗体質のあなたを蔑むなんて」
「仕方ないだろう。俺はいるだけで嫌われているんだ。そうでなくとも、あんなビッチに靡くなんて死んでも嫌だね」
「ふふっ、そうね、星斬りさん?」
「……その名はやめてくれよ」
彼は世界の歴史上、数人しか確認されていなかった特異体質、魔力対抗体質だ。
魔力対抗体質——それは、己の魔術適性が存在しない代わりに、魔力に対する絶対的な優位性のことを示す。
体外に魔力を放出できず、手に持ったものにしか魔力を浸透させられないと言う弱点を持つが、それを補って余りある能力を持つ。
まず、自分の体と魔力を浸透させたものには魔術が一切効かなくなる。魔力そのものが弾かれるからだ。更に物体に浸透させた魔力すら、剣を通してでも無力化できる。
魔術師はもれなく役立たずになるし、魔術剣士は魔術を利用した剣技が使えなくなる。純粋に自分の剣技のみで戦うことになるのだ。
ついでにあらゆる存在には魔力が宿っているので、殺傷力が割り増しされる。
もっともそれを知っているのは王国の重鎮と、アストレア家だけ。
「『星』に愛された一族、アストレア。その系譜にある私の星を斬ったのだから、少しは誇ってもいいと思いますわよ?」
「そもそも俺としては、あそこまでしないと斬れないアストレアの『星』に異議を申し立てたい」
さっきからアストレアの星、と言っているけど、それは血に宿る力のこと。
アストレアの一族が扱える唯一の力にして、最強の力。それが魔術適性、『星』。勿論私も例外ではなく、星適性を有している。
広範囲にも対応可能な星属性は、昔からアルストロメリア王国の守護を一手に担ってきた。だからこそ武術の訓練も参加するし、幼い頃から魔術を磨いている。
私と彼、ヴァリエートが初めて出会ったのは、早朝の訓練場だった。
「……」
息の乱れなく、一心に剣を振る同い年くらいの青年。
私も最初は大した興味もなく、アンナと試合をしていたのだ。しかし視線を感じて横を見ると、じっとこちらを見る姿が。
「……何かしら?」
「いえ、なんと言いますか……。貴族令嬢なのに、凄い動きだなと。そちらの侍女さんもそんじょそこらの貴族子息なら相手にならないでしょうし」
「私は家の事情でこうしているだけですわ。勿論、好きと言うこともありますが」
「はあ……。珍しい人だ」
そう言うと、彼はまた素振りを再開した。
彼の素振りはとても綺麗で、何千何万と基礎を繰り返してきたと言うことが理解できる。動きに癖がなく、最速で剣を振る。
その精度は、結構な負けず嫌いである私にすら剣技のみでは勝てないだろうと思わせるほどだった。
「……良い使い手ですね」
アンナが小さく呟く。私はそれに、首を振って同意する。悔しいけどね。
そして私たちも試合を再開し、その日は何事もなく終わった。
「今思えば、あの時あなたは私のことを気づいていなかったわよね」
「いやだって、まさかアストレア家の令嬢があんなことをするとは思わなかったから。紫髪混じりの銀髪に紫紺の目って、珍しいけどいないわけじゃないし」
普通、貴族として侯爵家の人間は覚えておかないとダメだと思うわ。
話がずれたわね。問題が起きたのは、その次の日の早朝よ。
私は昨日と同じで、アンナと一緒に訓練場に赴いた……のだけれど。
「反撃してみろよ、ほら!」
「……っ」
彼は同じ髪を持つ、年上の青年たちに囲まれていた。
ただ見目だけが麗しく、彼のような技量も何もない。装備品は一級品だが、それを使いこなせていない。
なのに彼は反撃せず、自分の腕を断ち切るような致命傷コースのみを受け流し、擦り傷を大量に作っていた。最もそれすらも、青年たちは気づいていなかっただろうけど。
「ダッセー、何もできないのかよ」
「いや、アルバート殿の剣技が彼を圧倒しているのだろう」
「……彼らの目は節穴なのかしら?」
「いえ、単純に愚鈍なだけでしょう」
アンナも中々に毒舌ね。当たり前のことを指摘しただけだけど。
ある程度武術を齧ったものなら、どう見ても彼の方が格上だと気付くはずだ。なのに彼らは本心からそう言っている。本当に何をしにきたのかしら。
さすがに苛立った。彼をリンチする根性なしどもにも、何もしない彼にも。
「あなたたち、何をしてらっしゃるのかしら」
「は……って、げえっ!?」
「ア、アストレア嬢!?」
どうやら私のことは知っていたようで、こちらを見て驚いている。感情を隠せ馬鹿どもが。
彼は私を見て、信じられないとでも言うように目を見開いている。まぁ、アストレア家は侯爵位の貴族家。その娘が訓練場で訓練していると知ったら、それは驚くか。
「もう一度聞くわ。この訓練場で、何をしていたのかしら?」
笑顔、だけど目が笑っていない。母上直伝、目が笑っていない笑顔よ。母上がやるとかなり怖いから、母上似の容姿の私でも怖いはず。
案の定男たちは青くなり、震えている。良い様ね。
「……答えないと言うならば、よろしい。ここは武に励むべき場所。あなた方のような者達は相応しくありませんわ」
「は、ハッ!」
男たちは蜘蛛の子が散るのように、慌てて訓練場から出て行った。
「……驚きました。まさかアストレア家の令嬢様だったとは……」
「……何故、何もしなかったです?」
「え?」
「何故何もしなかったのか、そう聞いていますの」
彼は床に倒れたまま、罰が悪そうに笑った。
「……彼は私の兄でして。私は男爵家から送られてきたメイドの母から生まれた庶子なのですが、兄は貴族の正室から生まれた嫡子なのです。
ですので、私は兄から嫌われているのです」
「あなたの家名と、名は?」
「私の名はヴァリエート・フォン・アンスリウム。兄の名はアルバート・フォン・アンスリウムです。アンスリウム子爵家の次男ですよ」
アンスリウム子爵家と言えば、優秀な騎士を輩出してきた家で、中立派の貴族だったはず。
なのに何故、彼の兄はそんな保守派のような行動を——?
「アルバート・フォン・アンスリウムと言えばクロード王子の幼なじみで、結構な頻度で共に行動しています。その時に保守派と関わりを持ち、保守派に近い考え方を持ったのではないかと」
アンナが耳打ちしてくれる。なるほどね、彼もそうですと頷いているし。
……だけど。それでも、苛つかないのは別問題だ。感情は隠せる。我慢もできる。けど、とても苛立つ。
彼がそんな事をされていることに、ではない。甘んじて敗者の位置にいる事にだ。
「私と戦いなさい、ヴァリエート・フォン・アンスリウム」
「……え? いや、何故です?」
「これは命令ですわ」
一回ボコしてやる。そう思い、私は訓練場の端に立つ。
彼も少し戸惑っていたようだけど、諦めたのか私と反対側の位置に立った。扉はアンナが閉めてくれたから、もう問題はないわね。
「それでは——始め!」
ダッ、と剣を構えた彼が一気に加速し、こちらに向かってくる。
速い——けど!
「星よ」
私の周りに、直径五センチほどの青く光る魔力の玉が数え切れないほど生み出される。それを一気に、彼に向かって解き放った。
「それが星……かッ!」
彼はそれを見極め、紙一重で躱していく。背後で星が爆発するが、それを気にもかけない。
だが、少しおかしい。何故魔力に焼かれない——?
「ふっ!」
魔力で強化された剣が迫る。しかし、その直後地面が爆発した。
簡単な事。地面に星を仕込んだまで!
「はぁッ!」
「ちっ!」
私も剣を抜き、吹き飛ぶ彼に追い打ちをかける。彼は舌打ちを一つ打つと、後ろに飛び退いた。
「ぜぁッ!」
——基本攻撃剣技・飛剣——
彼の剣に魔力が集まり、不可視のオーラ——剣圧が発生する。
それを彼は私に向かって振り翳し、飛ばした!
私も星で相殺する。余波がくるが、私は星に関する攻撃は無効化できる!
彼も持つであろう魔力視で魔力の爆風を見通し、先にいる彼を視認。
「お返しよッ!」
私も飛剣を使用し、魔力の爆風ごと剣圧を飛ばす。私の魔力量はA+、最高ランクだ。故にこの程度では、魔力切れなどしない!
彼の飛剣に比べ、薄く、脆い。しかしながら攻撃力は、魔力を混ぜ込んでいるので彼の飛剣を凌ぐ!
が、彼は。
「洒落臭いッ!」
——基本防御剣技・流水——
何千何万と繰り返したとわかる、流れるような動き。まるで水が流れるが如く自然なそれは、私の飛剣を軽く逸らした。
なんて無駄のない——!
「呵ッ!」
——飛剣応用剣技・天翔剣——
先ほどの飛剣よりも、何倍も強力な剣技。
私もすかさず星をぶつけ、相殺——!?
「な、あっ!?」
横に飛び、無様に躱す。
私の星が、押し負けた? いえ、あれは——
まるで消滅させたかのようなものだった。まさか、彼は——!
「魔力対抗体質……!?」
「バレたか、でも、仕方ない……!」
気付けば、彼は正面に迫っていた。
「はッ!」
——基本攻撃剣技・斬鉄——
効果範囲は狭い分、屈指の攻撃力を持つ剣が迫る!
星はもう間に合わない。なら、私も魔力を剣に装填。斬鉄で、対抗する——ッ!
「「はぁぁぁぁあ!」」
二人の叫びが反響し、剣がぶつかり合う。
しかし魔力対抗体質の彼が持つ剣に触れた事で、こちらの剣に込めた魔力も削られていく。なんて厄介な——
だが、しかし。
ズドガァン!
私と彼の間に星が出現。それが爆発し、周囲に破壊と衝撃を振りまく。
私は無効化したが、衝撃に逆らわず後ろに飛ぶ。彼も衝撃を受けて後ろに吹っ飛んだが、火傷は少ししか負っていない。さすが魔力対抗体質、星ですらこの程度なんて。普通の属性魔術では、ほとんど傷を付けられないだろう。
「……仕切り直しか」
「ええ。……でも、私の魔力量も残り少ないし、次生み出した星で終わりにしない?」
「わかった。俺も久々に全開で、少し疲れた」
彼も同意してくれたようだ。
まだ現存する星を収束し、一つの大きな星を生み出す。更に魔力を注ぎ込み、また肥大化したものを限界まで収束。直径一メートル程度だが、その破壊力は形容しがたい。この訓練場もかなり壊れるだろう。
でも、ここで手加減なんて——出来るはずがない。
「『星天火生三昧』」
「——天歩」
彼は地面を蹴り上げて高く飛び、更に空中を蹴ると、そのまま剣を振り上げた。
そして——極星が迫る。
いくら魔力対抗体質でも、あのエネルギーは受ければ弾き切れない。そうすれば——私の勝ち。
そう思った私の耳に、彼の声が聞こえてきた。それはエネルギーの球から鳴る音よりも小さいはずなのに、はっきりと。
「——隔世」
——斬鉄派生奥義・隔世——
「なっ……」
スパン、と。
極星が、真っ二つに切れた。ただ消滅したのではない。剣に収束させた波動と自身の剣の腕で、極星の形を崩さず断ち切ったのだ。
それがどれだけ困難なことか——それは、想像に難くない。
——でも。
まだ、負けていない!
「っ!? それはっ……!」
「——穿て」
私の手にある、一つの星。
それは私の手の中で爆発し、魔力に所以しない破壊の衝撃波を放出した。
彼が剣を盾に防御するが——駄目だ。
それでは受け切れず、彼の腕をズタズタに引き裂く。
彼はそのまま地面に落ち、凄まじい音を立てながら体から着地した。
勝った。
その実感が、体から溢れる。けれど。
「アンナー! 彼を治療してあげて!」
まずは治す方が、先よね。
「——こんな感じだったかしら」
「そうだね。俺全力でやったんだから」
あの時引き裂いた腕は、アンナの治療魔術によって完治した。あれは焦ったわよ。
「まさかアストレアの星が、あそこまで強いとは」
「これでも王国の守護を担ってきたんだもの。舐めないでほしいわね」
王国の守護、と聞いて、彼は俯いた。
そして、小さく言ってくる。
「……王子との件は?」
「そうね……多分、王宮が分裂するわ」
「……で、その責を取らされるのは」
「間違いなく私……でしょうね」
はぁ、と二人揃ってため息をつく。
そうなのだ。私が責任を取るハメになるのだ。ふざけんなと叫びたい。本当に。
王太子の婚約者は、王太子が離れぬようにする。他の貴族との問題を起こさぬためだ。私もそれに従ってできるだけ王子から離れず、問題を起こさないように立ち回っていた。
なのに、アレは。
私が少し要件で外した隙に、王子の懐へまんまと潜り込んだ。本来なら護衛のはずの奴らも骨抜きにされていたから、容易だったろう。
そして、どのような方法でか王子を惚れさせた……という訳だ。
「あの馬鹿……なんであんなビッチに靡くのよ」
「……これは一つの推測だけど」
「何?」
「エレナは男を引っ張り、必要な時には立てるような人だろう?」
「……まぁ、父上からはそう言われたわね」
「でも、それが王子には気に入らなかったんだと思う。エレナは王子に対して弟のように接していた。王子は女が粋がるな、なんてほざいていたのを覚えてる。一々口煩い女が煩わしくて。
そんな折、従順なアメリア嬢が現れた。自分の言葉を文句も言わずに聞いてくれて、男に従う守ってあげたくなる女子。そんな人に甘えたんだよ、王子は」
「……何よそれ。さすがに呆れたわ」
「うーん……例えなんだけどさ。
エレナに王子が、執務を放って会いにきてくれたとする。そして彼はこう言った。執務よりも、君との時間が大事だよと。この言葉をエレナはどう思う?」
「そんなの仕事放り出して遊んでるだけじゃない。愛想尽かすわね」
「それがエレナの答え、正論だ。でもアメリア嬢は違う。ときめいちゃうんだよ。自分の都合のいいことを受け入れてくれる女の子……まぁ、王子みたいな人なら惚れるよね」
それが正しいとは限らないけど、と彼はそう付け足した。
私はそう聞いて、酷く納得したわ。確かにあの王子ならそうでしょうね。
……でも、それと同時に一つの不安が芽生えて。
「……ヴァリエもそうなの?」
「俺を王子と一緒にしないでくれないか。少なくとも俺はアメリア嬢みたいな令嬢より、エレナみたいなお母さん的な人の方が好きだよ」
にっ、と彼は笑う。ヴァリエ、とは彼の愛称だ。
その笑顔に、顔が赤くなる。思わずそっぽ向いてしまった。
「……ともあれ、今日でお別れだね」
「ええ。王子に学院追放を言い渡されちゃったし。……じゃあね」
私は翻り、表側のテラスに出ようとした。
おそらく、もう会えないだろう。何かの偶然で会えたとしても、元々の爵位に差がある。今のように話せないのは明らかだった。
けれど。
「元気で。いつか、また会おう」
「……ええ」
私には、そうとしか言えなかった。
◇◆◇
ごとん、がらん。
自由気ままな馬車の旅、アストレア侯爵領は王都から結構近いので、普通に行ったら二日ほどかかる。早く行ったら一日ほどかしら。というかそんなに早く行ったら、私のお尻が痛くなる。
振動を和らげるものってないのかしら。
「確か大昔、異世界からの迷い人がさすぺんしょんというマジックアイテムを作ったとの記録があります。しかし今では作り方は失伝してしまったようですが」
「そういうことは残していれば民達も喜ぶでしょうに」
民がいるからこそ私たち貴族は生活できる。最近ではそんなこともわからない愚者どもが増えてきていて、大変嘆かわしい。筆頭は王子だ。
アンナと雑談しながら、侯爵領に向かう。外の景色も綺麗ね。
「……畏れながら、エレナ様」
と、急に馬車の御者が話しかけてきた。確か彼も貴族だったはず。
「何かしら?」
「……いえ、大分印象とは違うなと思いまして」
「そうでしょうか? 私、いつも通りに振る舞っているはずなのですが」
「王子から聞いた話では……その、失礼に当たるかと思いますが、とてもキツい性格の方らしいと」
思わず笑ってしまう。確かに私は目つきは鋭いし、冷徹に見えることもあるだろう。でも私がキツいことを言うのは、ごく当たり前のことだけだ。
アメリア嬢への嫌味も、王子達と節操を慎め、を多少キツく言っただけのこと。
「うふふ、そうかしら」
「ですが貴女様は、侍女と友人のような関係を築き、先ほどは民達も喜ぶ、と仰っていました。そんな方が、アメリア嬢にそんなことをするとはどうにも……」
「——では一つ。
真実なんて、案外簡単に歪められてしまうものよ。虚像と真実、それを見極めるのはとても難しい。私程度では、踊らされてしまうこともあるわ。
けれど、考えることは大切よ。そして導き出した答えには、その人間なりの誠実さを以て答える。
貴女が私のことをそう思うなら、それも一つの答えよ。もしかしたら私はやったのかもしれないし、やっていないのかもしれない。考えていれば答えが出るかなんて、そんなことはないわ。
だから、私は考え、動くの。失敗すればその原因も考え、無くす努力をする。
あなたも考えなさいな。それで出た答えなら、少なくとも私は尊重しましょう」
そして何も考えずに行動するのは、ただの馬鹿だ。わかると思うけど王子ね。
「……はい、エレナ様」
「ええ。——と、見えたわね」
懐かしい、何年ぶりかしら。
我が領地——アストレア侯爵領が、近づいてきていた。
突然だが、アストレア侯爵領は豊かだ。
大地は肥え、水は潤い、新緑は広い。更にアストレア侯爵家が星属性という凄まじい武力を持ち、守護を担ってきた家だからか近隣領主との諍いも少ない。
常に余裕を保っているため、人間は日々の生活を余裕を持って送っている。なので荒んだ者達はゼロとは言わないが他の領地より数が少ない。
父達も民がいなければ貴族は生活できない、という私の価値観を育てたが故の価値観を持っていたため、頻繁に巡回に出かけていた。
なので、領民からの評判も良い。私もだ。
なので、当然こうなる。
「お嬢様ー! 無事に帰ってくださってありがとうございます!」
「王子様もあんな良い人を捨てるなんて……」
「ほんっと罰当たりだよな!」
馬車が通る道の脇に、多数の領民がいる。
彼らは私を慕ってくれている民達だ。暗殺などの対策故窓から顔を出すことはできないが、手を振ることはできる。
ああ、やはりここは居心地が良い。ドロドロとした学院よりも、何倍も。
庭に入ると、何人もの使用人が私を出迎えてくれた。
皆一様に、泣いていたけれど。
「あぁ、お可哀想にお嬢様……!」
「くぅ、王子めっ!」
「この執事、無念でございます……」
「み、みんなちょっと落ち着きなさい。私は父に挨拶に向かいます。そのあとにお話ししましょう。
ですがこれだけは言わせてください——ありがとう」
「「「お嬢様〜〜!」」」
でもちょっと、うるさいかな。
屋敷の中を歩き、父の執務室に向かう。途中すれ違った使用人が、おいたわしやと声をかけてくる。彼らにも軽く会釈をし、歩き去る。とても感謝しているけど、事態はかなりやばいのよ。
コンコン——
「父上、エレナです」
「エレナか。入れ」
冷たいが、ずっと聞いていたいと思うような綺麗な声。
我が父、ヘンドリクス・フォン・アストレアの声だ。
扉を開け、中に入る。
中にいたのは、美中年という言葉が似合う人間だった。
私と同じ紫髪が混ざった銀髪は、年を経ても変わらない。キツそうな目も紫紺の色で、引き込まれるよう。顔は年を取っても凛々しく、若々しい。いや、寧ろ年を取ったおかげで威厳を漂わせるようになり、魅力が増したと言えるかしら。
あ、これは客観的な意見であって、父に懸念しているとかじゃないわよ。
「父上、エレナ・フォン・アストレア、只今帰還致しました」
「うむ。それで、扉は閉めたか?」
「ええ、しっかりと」
「そうか……」
父上は椅子から立つと、こちらに歩み寄る。子である私ですら気圧されるその重圧感に、無意識のうちにジリ、と後ろに下がった。
そして——
「良かった……! 大丈夫だったか、エレナ……!」
ギュ、と抱きしめてきたのだ。うん、いつも通りの父上ね。
「大丈夫ですわ。ですから、落ち着きなさって」
「口調も元に戻してくれないか。すまないエレナ、私があんな申し出を受けたから……」
「……大丈夫よ父上。そりゃ疲れたけど、国のためだと思えば文句はないわ。今じゃその努力も、無駄になってしまったけど」
正直あんな男に興味ないし。
父上は苦しげに笑うと、椅子に座り直る。
「……やはり、分裂は避けられないか」
「ええ。アマリリス家は急速に保守派の中で力をつけていて、保守派全体の力も増してきている。すぐに均衡が崩れて分裂するわ。で、イキシア帝国が介入して、戦争が始まる」
元々イキシア帝国は、保守派革新派中立派と分かれているアルストロメリア王国に目を付けていた。
イキシアもアルストロメリアも、この大陸では敵うものがいないほどの国家。そしてイキシアがアルストロメリアを全てではなくとも合併すれば、確実に国同士のパワーバランスも崩れる。
イキシアが大陸を統一するのも、時間の問題だ。
「戦争ではなく介入という名目故、我らアストレアが出れない。国家の誓約がここまで忌々しいと思ったことはない……!」
「落ち着いて父上。今回は、私が出でれるから」
「わかっている。わかっているからこそだ!」
アストレアはその力故、本格的な戦争でしか他の国に武力を振るうことは許されない。古から伝えられてきた誓約だからだ。
しかし、今回の責任を取る。そういう名目で、私だけは戦争に駆り出されるだろう。
「確かにお前は強い。数百年ぶりに、我らが女神アストレアより寵愛を授かった身だからな。だが、何故まだ十七のお前があの馬鹿王子の責任を取らねばならん!
本当に、消し去ってやりたいわ……!」
私はまだ十七。しかし星の力に関しては、一族の中で歴代最高と言われるほどだ。その理由とは、彼——ヴァリエが魔力対抗体質であるのと同じように、私も特異体質であるから。
特異体質・星女神の寵愛——
星の力が強大になり、更に毒なども無効化するという貴族にとっては最高の代物。ついでに私が夫として認めたものにも毒物の無効化は適応される。私が王太子の婚約者として選ばれたのにも、この加護が一因となったのは否定できない。
「……私はやるわ」
「……エレナ」
「この国が戦火に包まれれば、民達は嘆き、悲しむ。そんなのは見たくないの」
今の私の顔は、とても無理な笑顔に写っていることだろう。
だって、怖いもの。
「見て、父上。手の震えが止まらないのよ……」
「……エレナ」
「……怖い。死にたくない。なんで私がそんなことまでしないといけないの?」
「……エレナ」
「私だって望んであんな男の婚約者になんかならなかった! 国のために、民のためにって思って頑張ってきた!
でも結局、全部無駄になった! 私が築き上げたものを根本から崩されて、それでも尚私は解放されない……!」
だめだ、それ以上は言ってはいけない。
『エレナ』として、言っちゃいけないんだ。——でも。
押さえつけていた感情の坩堝が、決壊して。
「もう、嫌……嫌ぁ……」
たったそれだけの本音が、溢れた。
「……エレナ。私は君の父だ」
「……」
「存分に甘えていいし、泣いていい。親には、感情を隠さないでくれないか」
「……っ!」
立ち上がっていた父上に抱き着く。
本来なら、だめな行為。でも、今だけは。そんな私の甘えを察してくれたのか、父上は優しく頭を撫でてくれた。
——暫しの間、執務室に年若い女の嗚咽が響いていた。
「エレナっ……」
「は、母上、苦しい」
「あっ、ごめんなさいね。とにかくお帰りなさい、エレナ」
「……はい。母上」
母上、ジャンヌ・フォン・アストレアが、父上と同じように優しく抱きしめてくる。
母上は金髪碧眼の美しい方で、私の顔は大体母上似だ。目とかは父上だけど、それも二人の子だと証明できて嬉しい。
「兄上は?」
「今大急ぎでこちらに向かってるわ。ユリアを連れてね」
「それなら安心です」
ユリアとは、兄上の婚約者の女性のことだ。
フルネームはユリア・フォン・ルドベキア。ルドベキア伯爵家の長女で、兄上、ルイス・フォン・アストレアと大変仲が睦まじい。久しぶりに帰ってきてはラブラブだったのを覚えている。
今は軍の中尉を務めていたはず。書類仕事もできて腕も立ち、指揮能力も高いので自力でここまで成り上がったそうだ。
正直、自慢の兄である。ブラコンと言うことなかれ。否定はしないけど。
「とりあえず今日はゆっくりしなさい。会議はルイスを加えて行うから」
「わかりました母上、今日はもう休みます」
と言っても、普通にお風呂には入るわ。
私は最後に母上と父上に会釈すると、浴室に歩いて行った。
……その後ろで、アンナが二人に何かを話していることにも気付かずに。
——ヘンドリクス視点——
最初、その噂を聞いた時には耳を疑った。
——クロード王太子が、婚約者のエレナ嬢を放って男爵令嬢に執心している——
そしてその後、エレナに付けた『烏』から同じような報告を聞いた。正直、頭を抱えるしかない。
「あの馬鹿王子は……」
小さな頃から自尊心が強い子だとは思っていた。自尊心が強かろうと、実力が伴っていれば良いのだ。
しかし、まったく見合っていない。自尊心のみが高く、傲慢な馬鹿王子。
昔から、エレナを王子の婚約者にするのには反対だった。
エレナは彼を嫌っていたし、『星』に適性を持つのはアストレア家の直系のみ。
ならば他の家にアストレア家の直系を迎えさせればいいのではないかと思うかもしれないが、それは違う。望まぬ婚姻では『星』は受け継がれず、望む婚姻であってもその時代の一子、アストレア家を担う者以外の者の子供からは、段々と『星』が薄れていく。
一代目の『星』でも他の属性で代用可能なまでに弱体化してしまうのだ。次の代からは更に弱くなり、他の属性の方がマシという状態になる。
だから王家に渡る可能性はない。
だが、それを抜きにしてもエレナを婚約者にするのは反対だ。王子は職務をエレナ任せにし、自分は遊び呆けている。
エレナはそれすらもこなして王子を監視しているようだが、それも王子の劣等感等を刺激するだけ。よって一層愚かな行動は続いた。
だが、さすがに王子でも国が分かれていることは把握していると思ったのだ。
しかし結果はこのざま。
「ああ、クソ……」
戦争は起きる。それはもう確定事項だ。
ただ今は、婚約破棄という汚点を残されてしまったエレナの事だけが心配だった。
が。
「ヘンドリクス様……一つ、お耳に入れたい事が」
遠慮がちに、『烏』の一人がそう言ってきた。なんか嫌な予感がする。
その予感は的中した。
「エレナ様が、ある男性と会っておられます」
「……もう一度頼む」
「エレナ様が、とある男性と、密会しております」
「そこまで詳しく言うでないわ!」
なんだこの『烏』は。性格悪くないか。
「相手は誰だ……」
「アンスリウム子爵家次男、ヴァリエート・フォン・アンスリウムです」
「ヴァリエート・フォン・アンスリウム……魔力対抗体質か」
国防を担うアストレア家は、情報の収集ルートは王家に次ぐ。
権力も公爵家級だ。何故公爵ではないのかと言うと、公爵になれば王位継承権が発生してしまう。もしもの確率でアストレア家が王家になってしまった場合、それは古の誓約に反することとなる。
——王を支え、民を守れ——
それが、誓約の一つ。
「動機は?」
「どうやら模擬戦をし、親しくなったようです。アンナによると、エレナ様が向こうで素の口調で話せる唯一の異性だとか」
「ふむ……」
それはかなり難しいぞ。私ですらエレナが異性の貴族と素の口調で話したところは見た事がないと言うのに。
「そのヴァリエートの人相は?」
「銀髪混じりの黒髪に、青い目。年齢十七、身長は百八十程で、筋肉質で細身。容姿は上位貴族にも匹敵し、世が世なら王子でも通用するでしょう。剣の腕は円卓の騎士の称号持ちに匹敵し、未だ伸びる模様。いつかは剣聖、そして円卓の騎士王の称号も狙えるかと。
性格は良く、相手の話を聞き続ける辛抱強さとどんな相手とも平等に接する事が可能な平等心を持ちます。また努力も怠らず、世間を達観した目で見ている様子」
「……それで魔力対抗体質か。非の打ち所がないな」
唯一あるとしたら家格だろうか。子爵家と侯爵家では、二階級の差がある。婚約は不可能だ。
「我が娘はそんな相手に懸想しているのだな……」
「いえ、と言うよりも二人とも気付いていないと思われます」
「……」
そういえばエレナは昔から冷めた目で貴族子息を見つめていたか……。初恋なぞある訳ないか。恋の感情など知らないのも道理だな。
「仕方ない。これから私達は戦争の開戦に備える。中立派の貴族達も察しているだろうから、声をかけてくれ」
「承知しました」
さて、忙しくなるぞ。
その後予想通り、愚かな王子はエレナと婚約破棄。エレナはこの領地に帰ってきて——そして、やっと感情を露わにしてくれた。
アンナからも話を聞き、『烏』の情報が嘘ではないと断定。くぅ、なんと虚しい。
ともかく、エレナの事は、父親として守らねば。そう心に決め、今日も机に向き合うのだった。
——エレナ視点——
「ふう……」
やっぱり実家のお風呂は落ち着くわねー……。
私は何代か前にアストレア家に嫁入りした異世界人の女性、アザミ様の血が出たのか、お風呂が好きだ。
「お疲れでしたでしょう、エレナ様」
「そんな事ない、と言いたいけれど、確かに疲れたわ」
子爵家から奉公人として家に来たメイドのマリーが、気さくに問いかけてくる。他の貴族などがいる場所ではダメだが、私たちの目しかないここでは大丈夫だ。
ちなみに、護衛は彼女達が兼ねている。アンナほどではなくとも、かなりの使い手だからね。何度も思うけど、メイドって何かしら。
「……」
「……な、何? 目が怖いわよ?」
「……エレナ様、また成長なさいましたね」
マリーが私の体の一部分……胸を暗い目で見つめる。思わず腕で隠してしまった。そして聞こえる舌打ち。
大変下世話な話なのだが、マリーはその……何がとは言わないが絶壁だ。
「学院に行く前はどのくらいでした?」
「ええっと、D……」
「今はどのくらいですか?」
「E……」
「理不尽な世界ですね」
マリー怖いわ、目が怖いわ! あと他のメイド達もにじり寄って来ないで!
「きゃあああ!?」
「男に触らせてたりしてませんよね?」
「し、しなっ、んっ、揉まないでっ!」
「うふふふ、柔らかいですねー……。これも血統でしょうか?」
とりあえずやめて! 私にそっちの気はないのよ!
その後しばらくメイドに揉みくちゃにされ(その間に髪洗いとかは済まされていた。いつやったのかしら)、メイド長が不審に思って見にくるまで続いたのだった。
「酷い目にあったわ……」
ネグリジェに着替え、大きなベッドに横たわりながら息を吐く。ベッドカウンターに置いたスタンドライトが、モダン風の淡く綺麗な光を発している。
「……」
でも、自分でもわかるくらい、今の私はおかしかった。
あの時、メイドに言われた「男に触らせてたりしてませんよね」という言葉が、妙に頭に残る。
「はあ……」
……もうやめましょう。
早く寝て、今後に備えないと。
私はそう、頭の中に浮かぶ感情に蓋を閉じ。
見えないふりして、眠ったのだった。
◇◆◇
——ヴァリエート視点——
次の日——
クロード王太子が、アマリリス男爵家の次女を公式に王太子妃に選定。民達はそんな身分の垣根を超えたラブロマンスに憧れ、二人の姿絵も売られた。
しかしその裏では、王宮分裂と帝国介入の危機が迫る。中立派の貴族達は緊迫した状況に陥っているが、保守派と革新派は相も変わらず争い合っていた。
それがこの国の実情だ。武辺者の俺でも、この位の事はわかる。
正直、馬鹿なんじゃないのかと思う。
保守派だの革新派だのは偉そうに自分の主張を声高々に叫んでいるけど、イキシア帝国に敗北すればそんな事に意味はなくなる。
属国扱いで、国家間の騒動にはイキシアが確実に介入してくる。民達はおろか自分達までも奴隷となるかもしれないのに、何故そんなに呑気にいられるのか。
兄は今では、立派な保守派だ。
クロード王太子も完全に保守派よりの思考になっている。それでいて自分の都合のいいことばかりに解釈するご都合主義だから、手に負えない。
「悪いな、ヴァリエート。手伝ってもらって」
「いいさ。俺だって徴兵されるんだろう? だったら無関係じゃない」
父さん、ヴァン・フォン・アンスリウムに付き合って、大量の剣や鎧を運ぶ。手綱とかも運んでいて、明らかに戦争用だ。
アンスリウム子爵家は騎士の名家。当然戦争には参加する。
ちなみに、ここは実家の武器庫だ。昨日エレナが帰った後、愛馬に乗った父さんが全力で迎えに来た。
「にしても、なんでお前は上位貴族から生まれなかったんだ?」
「さあね。まあ、俺は父さんが親で良かったと思ってる。子爵家当主ヴァン・フォン・アンスリウムとしてじゃなく、親として接してくれたから」
「嬉しいことを言うねぇ」
父さんは近衛騎士団現副団長だ。剣の腕は全体的に斬鉄を応用した技で、その強さと立ち振る舞いから称号、円卓の騎士を受勲されている。俺の騎士としての目標だ。
円卓の騎士には十二種の別種があり、同じ円卓の騎士でも円卓の騎士や円卓の騎士だったりする。
平常時は普通のいいお父さんだけどね。
「ま、剣の腕と身体能力じゃ完全に抜かれたがな」
「俺は一日中鍛錬に時間を注ぎ込めたからね。そのかわり貴族作法は危ういけど」
「大丈夫だ、今はな。どちらにしろ、アルバートよりは良い」
「ああ……」
剣の腕も俺より低く、身体能力も劣り、貴族作法も俺より危うい。
おまけに客観的に見て俺の方が容姿が良いらしく、そして頭が良いそうだ。ここまで揃っていると、なんと言うか……哀れでしかない。
「……兄さんのことは置いておこう」
「お前のその優しさが傷つけることもあるんだぜ? とにかく、聴きたい事がある」
突如父さんが真剣な顔になり、騎士としての一面を見せる。
思わず、生唾を飲み込んだ。
「お前、学院でエレナ様と親しくしていたと言うのは本当か?」
「少なくとも、王子よりは」
「ふむ……さて、これが本題だ。お前はエレナ様を慕っているのか?」
口調は変わらず。しかし本能に呼びかける威圧は、俺を萎縮させるほどに強い。
もしもはぐらかしたり嘘を吐けば、切られる。
「……わからない。慕っているかと問われれば慕っているし、好きか嫌いか無関心かで選ぶなら好きに入る。
けれど、それが男女の仲となると途端にわからなくなる」
「何故?」
「人間が怖いから。男も女も誰も彼も。権力に靡き、武力を恐れ、知力を妬む。力に溺れて傲慢になり、研鑽を怠る怠惰でもある。
英雄を敬う癖に恐れ、挙げ句の果てには骨の髄まで貪り尽くす。そして裏切られれば嬉々として糾弾し、人類の敵に仕立て上げる。
エレナは違うと思いたい。でもさ、俺と仲良くしていた癖に兄さんに会うと途端に俺を蔑む女も男も腐る程いた。親が愛人だからと蔑む奴も腐る程いた。
そう簡単に信じることはできない」
思い出したくもない記憶。
昔、俺と遊んでて、愛想をよくしてくれる女がいた。
でもそいつは、兄さんに取り入るために俺に近づいただけだった。
昔、武を競った友がいた。
でもそいつは、俺を罠にはめて殺そうとした。俺に嫉妬していたらしい。
皆々みんな愚かで醜く。
それ故に、とても人間らしい。
だからこそ、俺は人に一歩引いて接して来た。
けど、エレナとは何故か仲良くなれた。
いつの間にか戦うことになり、いつの間にか話すようになり、いつの間にか愛称で呼ぶ仲になっていた。不満じゃない。寧ろ嬉しい。
「なるほどな……あいわかった」
「どうしたのさ」
「まあ、そこら辺のプライベートな話は自分で解決してもらうとして……それを解決したら、お前に渡したいものがある。答えがわかったら、俺に会いに来い」
「ちょ、どういう」
「さあ次はメンテだ! 沢山あるから大変かもしれないが、結構楽しいぞ?」
「人の話を聞いてよ」
その後流れで全てメンテナンスし、結構楽しいとわかったのは数時間後の話だった。
——三人称視点——
それから一ヶ月後。
王宮は荒れに荒れ、保守派の横暴な行動とそれを防いで自分たちの要求を受け入れさせようとする革新派がまだ争っていた。
その間王はなんとか宥めたり、色々と苦労の連続であったそうな。というより、ここまでで内乱が起こらずに済んだのは、少しでも被害を食い止めようとした王の尽力があったのを忘れてはならない。
そして、エレナは。
王宮に、登城命令が下されていた。
「頑張れ、エレナ」
「私たちは何もできないけれど……でも、ずっとあなたの味方だから」
「エレナ、肝心な時に側にいれなくてごめんね……絶対に生きていてくれ」
「エレナには、私とルイスが結婚式を挙げるところを見て、祝福してもらいたいの。だから、帰って来てね」
「……はい、父上、母上、兄上、ユリア様」
兄上——ルイス・フォン・アストレアは、紫髪混じり銀髪と右目が紫紺、左目が翡翠色の目を持つ神秘的なオッドアイの美青年だ。
性格の方は少し悪いが、それもまた一つの魅力であろう。
ユリア・フォン・ルドベキアは銀髪碧眼のルイスにお似合いの美女で、エレナとしても彼女が義姉で良かったと思う。
エレナは使用人一同にも挨拶した後。
アンナ一人を連れ添って、王宮からの迎えの馬車に乗り込むのだった。
馬車から降り、王宮の門の前に立つ。
ここから先は、エレナですら翻弄されるであろう貴族達の魔窟だ。生きて帰れぬ可能性もある。
(……それでも私は)
民を守りたい。
その思いを胸に込め、開いた門の中に足を進めた。
中に入ると、沢山の好奇の視線に晒される。
興味、敵意、嫉妬、好意、害意——
それらに堂々と受け、エレナは足を進めた。
「……よくもまあ顔を出せたものだな、毒婦が」
耳に入る声。普通の令嬢が愛して止まぬ、クロードの声だ。
勿論、エレナは例外であるが。
聞こえて来た方に翻ると、アメリアを腕に抱きつかせたクロードが佇んでいた。
エレナは扇で口を隠すと、ふふふと妖艶に笑う。
「あら、お久しぶりですわねクロード様。アメリア嬢とは、相変わらず仲睦まじい様子で」
「ふん、どの口が言うか。父上からの王命でなければ、即刻追い出すのだがな」
どうやらクロードは、未だ戦争の可能性に気付いていないらしい。
最早相手にするのも馬鹿らしいと、エレナはアメリアを見た。
「この平和な世界で、お幸せになってくださいね」
エレナとしては嫌味を飛ばしたつもりだ。しかし、クロードもアメリアも気付いていないようだ。
無知は罪と言うけれど、時として無敵なんじゃないのかと思うエレナだった。
「アストレア侯爵家長女、エレナ・フォン・アストレア! 入場!」
謁見の間への扉が開き、厳格で雄大な王座とそれに至るまでの赤い道がエレナの目前に現れる。
エレナはバクバクとなる心臓を宥めると、優雅な仕草で足を進める。それはどう見ても、「王妃」に相応しき威厳を放っていた。
本人はもう、断固として否定するだろうが。
「惜しいな……」
それは、誰が漏らした言葉だったか。或いは、その場の全ての貴族の言葉だったのかもしれない。今この場にいるのは、全て中立派の貴族であったのだから。
今のエレナを見て、アメリアの方が王妃に相応しいなどと言う輩はいないだろう。利益の点を省みてアメリアを推薦するかもしれないが、貴族として相応しい女性はエレナだったのだ。
片や家族や友人、果ては王太子にすら愛されるが、貴族としてはなっていないアメリア。
片や家族に恵まれ、貴族としてあるべき姿を常に実践。友人達も彼女と共にいることで貴族としての姿を思い出し、貴族として恥じぬ者となる。彼女自身も礼儀作法、貴族作法共に王妃教育を受けていただけあって完璧に近く、美貌も世が世なら傾国とも呼ばれるエレナ。
どちらが真の意味での『王妃』に相応しいかなど、答を見るより明らかだ。
最も本当に意味で国を傾けたのはアメリアというのが、何よりも皮肉ではあるが。
「エレナ・フォン・アストレア。アーリヌス国王殿下の王命を受け、王宮に参上致しました」
ドレスを指で摘み、足を動かして淑女の礼をする。側に使えるメイドのアンナが、直立不動のまま佇んでいる。しかし彼女の眼は鋭く周囲を捉えていて、もしもエレナを害する意思があれば即時に動けるようにと構えていた。
貴族、そしてアーリヌス王としても、彼女が超一流の武芸者、というより暗部のエースという事は調べがついているので、驚きはしない。それどころか、良き従者だなと感心するほどであった。
賢き王は頷くと、口を開いた。
「余の召喚に応じて貰い、有難く思う。エレナ嬢」
「偉大なるアーリヌス国王陛下の召喚は、あらゆる貴族としての栄光であります」
「そう言ってくれると気が晴れるな。ともかく、そなたを召喚したのは他でもない、あの馬鹿息子と尻軽女、そしてイキシア帝国介入についてのことである」
「流石の陛下でも、公の場での侮辱はまずいのでは?」
「良い。この場には中立派、それも常識を弁えた者しかおらん。そしてそなたに対しても、言っておかなければならない事がある」
王は玉座より立ち上がると、頭を静かに、しかし誠意を感じさせる様子で下げた。
驚きでエレナが固まる中、王の声が謁見の間に響く。
「我が愚息が、エレナ嬢には許されざる事をした! 許してくれとは言わん! だが父として、国王として、そなたには謝りたいのだ!」
「あ、頭をお上げください殿下。私は気にしておりませんので」
「余の自己満足である! ので、気にするな!」
「気にしますよ! とりあえず頭をお上げください!」
「しかし……」
「お願い致します、本当に」
何故か二人とも頭を下げる事態になったが、それはともかく。
王が頭を上げると、エレナも安心したように頭を上げた。
「エレナ嬢。そなたには、魔道士部隊に所属してもらいたい」
「承知致しました」
「悪いとは思っている。しかし、そなたがいなくては勝てぬだろう」
「わかっております。我が命、王と民が為に存分に使い潰してくださいませ」
膝を付き、頭を垂れ、誓いの言葉を紡ぐ。
戦争は、間近に迫っていた。
そして、一週間の後。
王宮――いや、国政分裂をイキシアが察知し、あちらの国内で「混乱するアルストロメリア王国を助けるため、介入を行う」という内容の新聞が発行された。
それはアルストロメリア王国にも入り込み、人々の不安を煽る。戦争の常套手段だ。
しかし騎士達は、落ち着いて王宮前の広場に立った。
先頭に立つは、円卓の騎士ヴァン・フォン・アンスリウムを凌ぐ使い手である近衛騎士団隊長――円卓の騎士王であり、現剣聖、つまりは王国最強の騎士であり剣士――アルフォンス・フォン・ハイドランジア。
「我らアルストロメリア王国の名にかけて! イキシア帝国の傀儡とならないことを誓おう!」
その自信に満ち溢れた声と、何よりも常日頃から自分達を護る騎士達の姿が、国民達を安心させた。
食料の買い占めや、収集により国民達の生活は少し厳しくなったが、彼らは耐える。騎士達が勝利する、と信じて。
一方、エレナは。
魔道士部隊——通称メイガスに配属され、魔道士の野暮ったいローブを着ながら訓練を受けていた。
『星』は強力すぎる故、人が多すぎる場所では使えない事がままある。戦争では敵軍に一発打ち込むだけで被害を与えられるが、味方の兵まで消し飛ばしては本末転倒だ。
なので通常属性——エレナの適性『雷』『風』を中心に訓練するのである。まあ、元々の練度が本職の魔道士に勝るとも劣らないので、そこまで急ぐ必要はないのだが。
「あれがエレナ嬢……」
「凄い魔術ね。あれで『星』もあるなんて」
「羨ましいわぁ」
その裏では純粋な賞賛の声もあれば、嫉妬の声、嘲りの声なんてものがエレナに浴びせかけられていた。
しかしエレナはそれを気にせず、目前に在る鉄人形を風で切り裂く。
ぼとり、と人形の上半身が地に落ちる。エレナはそれを成しても、未だ満足そうではなかった。
「彼ならこの程度、躱し、断ち切り、押し切る。この程度じゃ満足なんてしてられないわ」
小声でそう呟き、土属性で修復された鉄人形に熱を与えてドロドロに溶かす。
泣きながらもう一度修復を行う魔道士に悪い気はしながらも、妥協なんてできないのだからと思うエレナであった。
でも、その後には謝ったようである。
ヴァリエートは、王宮を歩いていた。
今は戦時。特に庶子であるとはいえアンスリウム家の者であるヴァリエートは、王宮に立ち入る事を許されていた。
勿論、立ち入れるのみ、だが。生粋の貴族達からの嫌味に陰口に嫌がらせ。大抵のことは気にせず流せるヴァリエートではあるが、さすがにこれには堪えてきた。
王宮内の廊下を、特に急がず歩く。ここで焦る意味はない。
と、ここで、感じなれた気配を感じた。それは懐かしく、強く頭に残っている気配。
向こう側から歩いてくる、一人の女性。野暮ったいローブを着ているが、その紫混じりの銀髪に、深紫の目。
傾国と讃えられる容姿に、意思の強そうなつり目。
見間違えるはずがなかった。思わず声が出そうになるが、堪える。ここは王宮、エレナと自分が普通に話す仲だと知られれば色々と不味いことになる。
なんでもない仲のように、通りすぎなければならない。
なんでもない、仲のように。
本当に?
「ッ……!」
突如湧いたその感情に、ヴァリエートは声が出そうになった。
彼女とすれ違い、別々の方向に進んでいく。それはまるで、彼とエレナを表しているようで。
(抑えろッ……! 出るな出るな出るな出るな出るなッ!)
口を押さえ、足音を消して走り去る。エレナは気付いただろうか。気付いて、しまったのだろうか。
目から涙が溢れ出て、風を追い抜いて走り去るヴァリエートの軌跡を床に刻む。
ヴァリエートはそこに出て、王宮の裏手に回る。
風に揺れる鈴蘭が植えられた、とても綺麗な場所。そこには、誰もいない。
「なんなんだよっ……なんなんだよぉっ!」
己の中から溢れ出した感情が、小さく広場に慟哭する。
今ならわかる。この感情の正体が。
「なんで……なんで、エレナを……好きになったり、したんだよ……」
力ない声が、やけに明瞭に響く。鈴蘭の風に揺れる音が、ヴァリエートの嗚咽を隠すように広がった。
——エレナ視点——
先程、ヴァリエとすれ違った。
彼は何も言わず、ただ隣を通り過ぎる。まるで私に、何も感じていないかのように。
それが酷く、寂しくて。
「馬鹿……」
これがなんなのかくらい、もう気付いている。
でも、認めたくない。認めてしまったら、もう私は『エレナ』ではなくなってしまう。それだけは嫌。
もう少しだけ、溢れ出ないで。せめてこの一件が片付くまでは、溢れないで。
そのあとは、教会に出家する。そして、もう二度と彼に会わない生活をする。
だってこんなの、悲しすぎるもの。
◇◆◇
――三人称視点――
二日後――
イキシア帝国側が式典を終え、アルストロメリア王国に軍を差し向けた、という情報がもたらされた。
それには流石の王子も焦ったらしく、素人丸出し無能丸出しの行動を取っていた。
詳細はなしで。とりあえず、エレナがとても苛ついたと言っておこう。
「我らも出よう! この国を侵略者どもから守るのだ!」
「アルストロメリア王国、万歳!」
この戦争では、軍に所属する一般兵士三万と、エレナが属するメイガス部隊を第一から第五、そしてヴァリエートの属する騎士団約二千が参加する。
魔物から国家を守るため全てを動員することは出来ないので、一万人の兵士と百人の騎士を残している。
騎士は最下級でも兵士五人並の力を持ち、円卓の騎士ヴァン・フォン・アンスリウムともなれば正に一騎当千だ。
円卓の騎士の称号持ちは十一人で、それらを統べる円卓の騎士王を含めると十二人だ。当代で一番優れた十二人の騎士が受勲されることとなる。
ヴァン並の円卓の騎士は三人ほど。円卓の騎士王のアルフォンスが剣聖を兼任しており、その力は単機で二千人を相手取れると言われている。
メイガスは第一から第五まで部隊が存在し、一部隊十人だ。
魔道士一人で木端兵士百人の働きに匹敵する。エレナがいるのを踏まえると、火力そのものでは騎士を上回るだろう。
それらを計算すると、
三万の兵士。
千九百弱程度の通常騎士、戦力換算兵士約一万人。
しかしヴァリエートは円卓の騎士に匹敵するので、約一万千五百。
九十人弱の受勲騎士、戦力換算兵士約九百から四千。
十二人の円卓の騎士、戦力換算兵士約九千。
五十人の魔道士、戦力換算兵士約五千。エレナは純粋に一人で五百に匹敵、他にも優れたものを含めると約六千相当。
兵士として集計すると、最大値で約六万強になる。
かなり圧倒的な数である、が。
当たり前の事ながら、敵軍にも猛者はいる。完封勝利にはならないのだ。
イキシア帝国は勲章として、かつての英雄の名を与えている。
竜殺しや神殺し、英雄王に星弓士。
英雄の名を冠するだけあり、かなり強い。特に神殺しや英雄王は、円卓の騎士王に匹敵する。
幸いなことに今は神殺しの称号持ちはいないようだが、英雄王はいるようだ。
現在判明している敵軍の数は五万。それに英雄規格の者達が加わると、この戦力でも安心できない。
なかなかに厳しい戦いとなるだろう。
しかし負けるわけにはいかないのだ。
この国が、自由である為には。
「開門!」
王都の門が開き、大歓声を伴って騎士を先頭に進軍していく。
行くはローダンセ平原。アルストロメリアとイキシアの境目であり、広大な広さを誇る平原だ。
長年小競り合いの舞台となってきたその場所で、歴史に残る大きな戦争が繰り広げられようとしていた。
両国軍が、向かい合う。
元々計算して行われた進軍により、ぴったりとローダンセ平原で両国軍はかち合った。
さて、ここでローダンセ平原の詳しい地理と、両国軍の内情を伝えよう。
ローダンセ平原は半径五キロメートルに及ぶ広さを持つ平原だ。地質は固く、畑などの開拓には向かない。その分馬などが走りやすく、戦争に適した土地だ。
丘どころか小さな突起一つなく、ここを舞台にすると騎馬戦が主力となる。
事実、今回の両国軍も騎馬を中心に軍列を組んでいる。
これが大まかな地理だ。
そして次に、アルストロメリア王国軍の内情を伝える。
アルストロメリア王国軍は先程のように総戦力兵士換算分で六万ほどになる。騎馬が二万、歩兵が一万だ。
メイガスの魔力は一人一人が属性別の上級魔術を扱える程度、つまりは平均魔力量B+だ。そして範囲攻撃に向き、地理的に有利なのは『雷』『風』『土』である。
『火』も使えないことはないが、燃えるものなどない乾いた土地なので燃焼しない。人に引火するだろうが、それは『雷』も同じ事。
『水』はこのような平らな土地ではあまり使えない。坂があれば使えるが、ここでは騎馬と歩兵の機動力を下げるだけ。
メイガス達は相手の魔道士の魔術をレジストするのに過半数以上使われる。この場では『土』がかなり猛威を振るうのだ。
騎馬には地面を一センチ下げるだけでバランスを崩せるし、『地震』を使えば歩兵もバランスを崩す。
戦争にはうってつけとも言える。
『雷』は広大な範囲に電撃を撒き散らす『雷轟』で百人ほどならば一気に殺せる。魔力はポーションで回復できるし、戦争の要にも近い。
『風』も『嵐』で薙ぎ払える。更に空気の流れを感知して、相手の不意打ちを防げるのだ。相手も風を纏うので、感知できないことが多いが。
が、それら全ての上位に位置するのが『星』だ。
範囲、攻撃力共に他属性では代用できず、飛距離も威力を捨てた『雷槍』と同等。かつてエレナの先祖が使った『流星群』は敵軍の三分の一を薙ぎ払ったという。
正に今回の戦争、エレナにも勝敗が掛かっている。
更に虎の子、ヴァリエートもいる。
イキシアも過去、一人しか生まれていない魔力対抗体質。剣技も円卓の騎士に匹敵する。お披露目であり、その力を示す場でもあるのだ。
彼にもかなりの期待が寄せられる事だろう。
次はイキシア帝国軍だ。
騎馬三万、歩兵一万。騎士として英雄称号竜殺しが参加し、英雄王も参加する。
今回は英雄称号持ちは全員参加したようで、弓兵で星弓士もいる。槍兵で猟犬、騎馬で征服王、魔道士が精霊師の名を冠する者が存在。力量も高い。
遊撃として無業も参加し、弓と剣と槍を使い分ける厄介な敵兵だ。
イキシア帝国にはアストレア家のように、固有属性持ちはいない。
しかしその分通常属性を重視しており、精霊師は基本属性四種『火』『水』『風』『土』に、上位属性『雷』『氷』のうちの『雷』を保持しているらしい。
騎馬、歩兵達の練度は両国軍共に同程度。
この戦争は相手の英雄規格を何処まで抑え、何処まで自分たちの英雄規格を敵陣に遅れるかが重要になる。
英雄規格の人数は、アルストロメリア王国がエレナとヴァリエートを含めると十四人。対してイキシア帝国が七人と約半分だが、その分質が高い。実際のところどうなるかは不明だ。
「我らアルストロメリア王国は、あなた達イキシアの介入を拒否しよう!」
「しかしそうしなければ国家として崩壊するのは事実! 兵士たちよ、行け!」
お互いの司令官の声が拡張され、両陣地に響く。一種の形式美だ。
そして槍を構えた騎馬達が、イキシアから突撃を開始した。平原で有効な、騎馬による突撃である。
「我らも行くぞ! 続け!」
アルストロメリアは騎乗した騎士達を先頭に進軍開始。後方ではメイガス達が魔術を唱え、英雄規格達はそれぞれで隊列を組んでいる。
「『雷轟』」
一足先にエレナが魔術を発動。敵軍に雷が堕ちる——が。
相手側からの『岩石砲』で相殺されてしまった。それでも余波が一人二人雑兵を焼くが、その程度では戦線に影響しない。
これがメイガス達の戦いだ。お互いの魔術をどれだけ相殺し、また届かせるか。
向こう側から飛来する『大風刃』に、味方の『大風刃』が直撃し、相殺する。
さすがはメイガス。見えにくい風属性の魔術を即時に発見し、相殺してみせた。国家最高クラスの魔道士なのも頷ける。
一方、ヴァリエートは。
先頭軍団より少し逸れた場所で、一個小隊分の騎士達が集まる。そこにヴァリエートは所属していた。
彼らの役割は敵軍突撃。遊撃部隊として、敵軍を撹乱する予定だ。
彼らに支給されている剣は鍛造品である。
俗に言う名剣と呼ばれる剣、『虎落笛』や『骨喰』には及ばぬものの、十分に良い品だ。
そもそもあのような剣には魔術付与・『土』の『不壊』がかけられている。壊れることなどありはしないその剣には、同じ『不壊』が付与されていなければ話にならない。
何故そんな話をしたかと言うと、鍛造品で大丈夫なのか、ということだ。
特にヴァリエートは常に魔力を浸透させ、更に魔力対抗の波動を放つ媒介でもあるため、消耗が激しい。
身体能力も円卓の騎士に匹敵するので、生半可な剣では壊れてしまう。
ではヴァリエートに良い剣を持たせようとすると、煩い連中が此の期に及んで騒ぎ立ててしまう。なので妥協策としてヴァリエートの腰には五本の剣が帯剣されていた。
(……重いしバランス崩れるから、勘弁して欲しいんだけど)
本人としては、あまり歓迎する事態ではないようだが。
ヴァリエートはその中の一つに手をかけると、シャラン、と抜く。光を反射する刀身がさらけ出され、光り輝く。
最もそれは——
「――斬」
——敵から見れば、死神の威光だったが。
ブシャ、と赤い血が吹き出し、地を汚す。
この敵兵は、離れて進んでいた自分達に気付いて十人で突撃してきた兵達だ。
それに気付いた隊長が剣を抜いて相手にしようとしたのだが、それより早くヴァリエートが十人を切り裂いた。
実力としては一騎当千、しかし勲章はなし。
彼らの不幸は、そんなアンバランスな存在がいることに気付かなかったことだろう。
「……君は」
剣を構えたまま停止する隊長と隊員に、ヴァリエートは振り返って笑う。
鮮血の滴る直剣を片手に、優艶と微笑むその姿は――
「さあ、行きましょう。敵はまだまだ残っています」
正に死神の如く、人を死へと導く存在の体現だった。
黒銀の死神――それが後に、彼に付けられた二つ名である。
「ハッ!」
円卓の騎士王・アルフォンスが剣を振るえば、大地が割れる。
英雄王・カエサルが宝物庫より剣を抜き出し、振るえばアルフォンスの剣と相殺するほどの衝撃波が生まれる。
そんな超常の戦闘には、一切魔術が使われていない。
ただ純粋な身体能力と魔力の強化で、これが成されているのだ。
「嬉しいぞ騎士王! まさか俺とここまで戦えるとはなぁ!」
そう言いながら武装を斧に切り換え、剛力を以て大地を切り崩した。
彼の英雄王が帝国で最強たる所以は、多数の武装を神業の如き精度で扱うからだ。
しかし騎士王も負けてはいない。
騎士王は剣の一点特化。誰も敵わず、また剣においては常勝不敗。
それは摂理を斬り伏せる剣撃。ヴァリエートですら敵わぬ、頂きの領域。
この二人が戦えば大地は更地となり、生半可な兵士など巻き込まれれば即死だ。
「黙れよ下朗。今すぐ貴様の首、断ち切ってやりたいわ」
「それは怖いなッ! ならば俺もお前の首、貰い受けようッ!」
「やれるものなら、やってみろッ!」
騎士王と英雄王、武において無双を誇る二人の王者が、今激突した。
戦況は佳境を迎えていた。
騎士王と英雄王はお互いに力尽きるまで戦ったが、決着は着かず。
今は二人とも両陣地の奥で、体を休めている状態だ。
猟犬は円卓の騎士二人がかりで押さえ込んだが、その内の一人、円卓の騎士を討ち取られた。
相手はそのまま撤退し、英雄王と同程度の休息が必要だと思われる。
そもそも今回の戦争、負けては駄目なのはアルストロメリア王国側のみだ。
イキシア帝国は負けても「介入不可能」で終わらせられるし、勝ったら傀儡にできる。どちらにしろ、国家として損はしない。英雄規格を討ち取られたら別だが。
そして、アルストロメリア王国側も敵の英雄規格、無業を討ち取った。
|円卓の騎士三人、円卓の騎士、円卓の騎士、円卓の騎士で囲み、円卓の騎士が討ち取った。
騎士としてどうかと思うかもしれないが、自分の死は国家の損失。無闇やたらと死ぬわけにはいかないのだ。
既に敵軍も五割を削った。自軍の三割も削られているが、英雄規格もぶつけ合って相殺も順調だ。
だが。
「妙だな……。竜殺しが出てこん」
竜殺しの力は円卓の騎士並みだ。
故に円卓の騎士がいれば単体で抑えられる。そしてイキシアが巻き返すには今しかない。
王は唸りながら、己の中の嫌な予感が当たらないように願うのだった。
しかし、次に隠密からもたらされた情報に、凍りつく事となる。
それは——
「ご報告いたします……! 後方魔道士部隊、竜殺しの襲撃に遭いました……!」
◇◆◇
「くっ……!」
迫り来る剣圧から逃れるように、エレナは自分の体を風圧で押し出した。
それでかろうじて躱すと、足元に上昇気流を発生させ空中に浮遊、旋回して飛斬より逃れていた。
先程、前衛の騎士達が不意打ちで殺された。
やったのは、騎士のはずの相手——竜殺し、ロイ・シャル・ロベリア。
(油断した……まさか騎士が不意打ちをするなんて!)
円卓の騎士達も集団戦術をするなど騎士らしくないが、それでも不意打ちなどの行為はやっていない。
その騎士としてのタブーを、こうも容易く破ってきたのだ。
相手は直剣を構え、振るう事で飛斬と派生剣技・天翔剣を放ち、エレナを追い詰める。
エレナの現在の魔力量は少ない。もうこの飛行も、長くは持たないだろう。
(なら!)
幸いというべきか不幸というべきか、メイガス達は三人殺されたがあとは逃げている。どうやら相手の目標はエレナだけのようだ。
「何故、騎士がそんな事をするの!」
「…….すまないとは思っている。だが、私は帝国の剣。そのためならば、私は」
彼の持つ名剣——『屠竜』に流し込まれた魔力が剣圧と混ざり合い——
——飛斬派生奥義・五月雨——
剣圧の嵐が吹き荒れ、エレナに向かってドリルのように回転しながら推進する!
「あぁッ——!?」
咄嗟に空気圧を爆発させ、自分を下に吹き飛ばす。それでなんとか五月雨を回避するが——
「あがっ!」
地面に激突。肺の中の空気が強制的に排出され、言葉にもならない声が悲痛に響く。
ロイはその声に顔を悲しそうに歪めながらも、エレナに向かって剣を構えて突進した。
それをぼやける視界の中で感じたエレナは——最後、ヴァリエートと交わした約束が脳裏に蘇る。
『元気で。いつか、また会おう』
(……ああ)
ただそれだけの短い約束。
でもそれが、とても、とても大事で。
あの時は何も言えなかったけど——
(ごめんね……。約束、守れなかった)
最期、そう、独白し。
目前に振り上げられる剣は、さながら死神の鎌だった。
しかし。
耳の中に、覚えのある声が入ってきた。
「——ナ」
それは、とても懐かしく思えて。
「—レナ」
それは、とても悲しく思えて。
けれど。
「エレナッ!」
とても——嬉しかった。
ぼやける視界の中でも、はっきりとわかる。
驚愕するジークフリートの構えた剣に、真っ黒な剣が叩きつけられていた。
その剣は、とても美しく。底知れぬ引き込まれるような黒と、それなのにもかかわらず紫紺の光をほろりと零す。
それの持ち主、黒き騎士は——
「遅れて、ごめん。もう、離さないから」
この日、エレナは。
死神に、命を奪われた。
◇◆◇
エレナのいる魔道士部隊が、竜殺しに襲われた。
そんな事をヴァリエートが聞いたのは、ある程度戦果を挙げて帰還している時だった。
「それって本当なのか!?」
「おっ、おう。確からしい。今円卓の騎士が向かってるが、間に合うかどうか……」
「くそッ!」
ヴァリエートは詰め寄った相手に一言謝ると、全力で馬を走らせた。
(エレナ、エレナ、エレナ、エレナッ……!)
頭の中は、エレナを助けられるかということのみ。
何度も計算して、何度もシュミレートした。しかし結果は、この頼りない剣では相手の『屠竜』に一撃で折られ、殺されるという事のみ。
武器の差というのは、本来の実力を覆しうる要素でもあるのだ。
「————ート!」
「なんだ……父さん?」
いつの間にか、隣に円卓の騎士、ヴァンが並走していた。それすらも気付かないほどに思考の渦にはまっていたのかと、今更ながら自覚した。
「おいヴァリエート! お前どこに向かってるかわかってんのか!」
「わかってる! わかってるから行ってるんだ!」
「てめえが行って何になる! 大した武器も持ってねえお前が、『屠竜』所有者のロイにどうやって勝つんだ!」
その言葉に、喉が詰まりそうになる。今、考えた事だ。
だが、続く言葉は、何故かするりと出た。
「勝たなくても良い! 時間稼ぎできれば良いんだ!」
「どうやって!」
「俺が死ぬまでに、父さんがエレナを馬に乗せて連れ出してくれ! 剣がなくても腕がある、腕がなくても脚がある! エレナは、死なせない!」
ヴァリエートの決意を込めた目。
それは何処までも深く、澄んで、誰も見通せぬ深海のように暗い。
その目を見たヴァンは、一つ、ため息を吐いた。もう説得は不可能と悟ったからだ。
「ヴァリエート、お前の意思は確認した。そして答えを導き出した!」
「父さん、何をっ」
思わずそう聞いたヴァリエートは、自分に投げられた鞘入りの黒い直剣を慌ててキャッチした。
よく見れば騎士が帯剣するような作りになっており、ヴァリエートの目から見ても業物——名剣に属するものだと理解できる。
「それはお前のために、俺が蔵から引っ張り出した剣だ。異世界人のレンゾウという者が作った名剣で、銘を『鳴神』という」
「『鳴神』……」
「完全一本物で、誰も使ってねえから安心しろ! 正真正銘、お前の名剣だ! 武器も手に入った、それなら『屠竜』に勝てるはずだ!
さあ行け、我が息子よ! てめえの剣で、相手をぶっ倒せ!」
騎士としてあるまじき口調ではある。
しかしヴァリエートは、そんな変わらぬ父の言葉に顔を綻ばせた。
そして——
「はい。誇りある父の息子として、エレナを愛する男として!」
大声でそう叫ぶ。吹っ切れたようだ。
だがヴァリエートは忘れているが、ここも戦場。人は沢山おり、この声も当然聞こえるわけで。
ヴァリエートの恋慕が周知の事実となった瞬間であった。
ヴァリエートは『鳴神』を腰に帯剣すると、前を見据える。
そしてギリギリのタイミングで飛び込み、ロイを吹っ飛ばしたのである。
「……ランスロットの息子か」
「ああ。
円卓の騎士、ヴァン・フォン・アンスリウムが息子、名無しの騎士、ヴァリエート・フォン・アンスリウム。
いざ、参るッ!」
戻ってきたロイは、ヴァリエートを驚きのこもった目で見つめた。当然だろう。自分よりも年若く、華奢と言われても仕方のないような体格の男が、自分を吹っ飛ばしたのだから。
その視線を受けながらヴァリエートは堂々と名乗りを挙げ、ここに一騎討ちが開始した。
ヴァリエートが一気に加速し、剣を構えて切りかかる。
ロイは予想以上の速さに様子見をやめ、最初から全力で剣を振るう。
剣と剣、名剣と名剣、『屠竜』と『鳴神』。
そんな呼称を持つ業物がぶつかり合い、互いの主を切らんと脈動する——!
「かぁぁッ!」
「しッ!」
神速の速さで動き、常人ならば目で追えない剣舞を繰り広げる。
しかし次の瞬間——
「セイッ!」
——流水派生奥義・秋水——
ヴァリエートの一刀が受け流され、その衝撃を交えた剣が放たれる。
その一太刀で、ヴァリエートはダメージを負う。そう思われたが——
「うぉおぉぉぉぁぁぁあ!」
——流水派生奥義・柔水——
柔水で威力を受け流し、更に剣に充填されていた魔力が魔力対抗波動により丸ごと消失する。
それにより、ヴァリエートの頬を薄く切るだけに終わった。
「まさか、魔力対抗体質——!?」
「遅いッ!」
隙を見せたロイに、隔世で攻撃しようとして——
咄嗟に柄で首を叩き、気絶させた。利用方法があるのに気付いたからだ。
「エレナ……」
ヴァリエートは『鳴神』を鞘に戻すと、エレナにゆっくりと歩み寄り、彼女を抱き抱える。当然ながらロイは放置だ。
エレナの額に、唇を落とす。
「ごめん。俺がばかで、自分の気持ちにすら気付かなかった。普通に見れば、エレナの事が好きだってわかってたのに」
「……駄目、なのに」
「どうして?」
初めてエレナが、口を開いた。
重い唇を必死に動かし、声を紡ぐ。
「いくら愛していても、私とあなたじゃ結ばれることなんてできないの。それにあなたには、明るい将来があるじゃない。私に構ってそれを棒にふるなんて、駄目」
「俺は、地位なんてどうでもいい。こんなに国に対して尽くしたエレナを、搾取し尽くして捨てる国に仕える気はない。
一緒に冒険者にでもなろうか。それとも、イキシアに亡命する? どれでもいいよ、エレナが幸せになれるなら」
「……なんで、そこまで」
「エレナは俺にいろいろな初めてを経験させてくれた。友人と話すこと、模擬戦、兄さんに媚びるような人以外の人と話したりとか。
あとは、初めて俺が恋をした。全部新しくて、とても嬉しかった。
ねえ、エレナ。エレナは、俺のこと嫌い?」
いたずらをするような、言葉。
「……好きよ。大好きに、決まってるじゃない……!」
それにエレナは、顔を赤くし、涙を流しながら答えた。
「なら決まりだ。俺はエレナを幸せにしよう。いや、違うか。
俺とエレナ、一緒に幸せになろう」
ヴァリエートの背後から大きな火球が迫る。
『火』の『火生三昧』だ。しかし。
ヴァリエートが手を翳し、波動を貯める。
「——はい」
エレナが、プロポーズを受けるような気持ちで、それを承諾した。
そして——
波動が放たれ、火球が搔き消える。
これが示すことは、一つだけ。
ヴァリエート・フォン・アンスリウムが、英雄であるという事のみ。
それを敵味方問わず兵士達、騎士達が刮目し、今、世界に伝わった。
この時より——
「絶対、離さない」
死神は、英雄となったのだ。
◇◆◇
王宮、いや、国中に、速報がもたらされた。
イキシア帝国軍を撤退させ、新たな英雄が誕生。その一報は民達を歓喜させ、憧憬の念を送る。
何しろ新たな英雄だ。民達はそういう類の話が大好きなのである。
ともかく、そんな速報の主情報……ヴァリエートは、王宮の中の謁見の間にて、王と複数の貴族、そして王太子と対峙していた。エレナは現在、医療室で寝ている。
騎士の命令違反だとか、成した功績は凄まじいがそれは、などなど。
新しい英雄でも、この程度の扱いである。いやそもそも、彼らはわかっていないのだろう。ヴァリエートがどんな事があってもアルストロメリアに所属すると、勘違いしているのだ。
ヴァリエートの成した功績は、二つ。
一つ。竜殺し、ロイ・シャル・ロベリアの捕縛。
二つ。アストレア侯爵家の長女であるエレナ・フォン・アストレアの救出。
この二つだけあれば、子爵家出身なので法衣子爵にでもなれる。いや、もしかしたら法衣伯爵位も手に入るかもしれない。
王は何も言わない。言う必要がないのだ。
この場で彼と、少数の貴族がわかっている。ヴァリエートは、必要とあらば英雄の地位を捨てて亡命でもする事を。
特に王は、そのような目をした者達を複数見てきた。もしも違えれば、圧倒的な武力であり、民からも人気を持つヴァリエートという存在を、他国に逃す事となる。
そうすれば、もう打つ手はない。
王はその場で、ヴァリエートが一番苛ついているであろう存在——王太子と、彼の者の兄を、余計な事を言わぬように騎士達で周りを抑える。何か言おうとしたら止める役割だ。
「陛下」
と、ここでヴァリエートが王に向かって跪いたまま申す。
「なんだ」
「私が望むものは一つ……。よろしいでしょうか」
「良い、申せ」
「法衣貴族位……その伯爵位を、私は望みます」
シン、と、謁見の間が静まる。
彼の成した功績を考えれば、それに加えて無類の財を要求してもなお余りあるほどに高い。それほどまでに英雄規格の捕縛は名誉な事なのだ。
更にヴァリエートは新たな英雄、余程無茶な要求をしなければ大体は叶えられる。何故かと言えば他国への亡命を避けるためという事もあるが、民衆達からの人気もある。
もしも酷い扱いをすれば、民達から怒りを買う。一つ一つは大したものではないが、集まれば国家転覆もあり得るのだ。
「それだけで、良いのか?」
「はい。後は自分の力で掴み取りますが故」
ヴァリエートが望むのは、ただ一つ。
エレナのみだ。そのために法衣伯爵位を欲し、それさえ手に入ればいい。
無欲でありながら強欲なヴァリエートは、小さく笑った。
ククク、と。
王も、少しだけ笑う。
それを聞いた宰相は、仕方ないなとため息を吐いた。しかしそのため息は、悪戯に付き合う悪友のような微笑ましいものだったが。
「うむ。確かにそれも良いが……やはり貴殿は新しい英雄。望むものを手に入れるためにも、余が手助けしようではないか。
貴殿には新しい英雄称号、黒騎士を。
そして円卓の騎士が一席、円卓の騎士の座を与えよう!」
「王よっ!?」
「なんだ? 円卓の騎士は一席空いており、適任者と言ったら彼の者しかおるまい?
実力はヴァン卿を凌ぎ、民からの人気も高い。功績も十分あり、武器も円卓の騎士に相応しい名剣よ。それとも、他に誰か適任者がいるのか?」
ヴァリエートの持つ名剣——『鳴神』は、確実に名剣の中でも最上位に位置する。
名剣は一振り一振りに、固有効果を持っている。『骨喰』が不死者系に対して特攻を持ち、『屠竜』が竜系に対して特攻効果があるのと同じように、だ。
その中の一振り、『鳴神』の固有効果は雷神脚。紫紺の光が煌めく毎に、どんどんと加速していくというものだ。
単純だが、それ故に強力。
そんな剣よりも業物と言ったら……『騎士王』だろうか。勿論アルフォンスが所持している。
王の言葉に、貴族の息がぐっとつまる。
現在、ヴァリエートよりも強い未受勲騎士はおらず、また適任も存在しないのだ。
「ですが王よ、私がそのような……」
「良い、良い。まだ貴殿は十七、大人の好意は受け取るものよ」
とは言ったものの、王直々に与えられた故に断る事など到底不可能なのだが。
だがここで、アルバートとクロードが口を開こうとした時——
『わかっているようだね、人間の王よ』
超常存在が、謁見の間に降臨した。
青白く光る美女。その光と、何よりも三メートルという大きさが、彼女を人外の存在である事を誰よりも知らしめている。
『我が名は星の守護女神、アストレア。この地に生きるアストレアの名を継ぐ者達の祖であり、またその愛する者達の守護者。
一度、我が寵愛の子エレナが虐げられた時、この国を滅ぼそうかとも思った。しかし賢き王。貴方のおかげで、この国は救われたよ』
「アストレア……星の主神、守護と破壊の女神アストレア様ですか。いやはや、とんでもない。女神より褒められるなど、末代まで誇れる栄光でございますな」
王は普通に受け答えしているが、アルバートとクロード、そして普通の貴族たちは威圧感に立っているのも精一杯だ。とても口はきけない。
『そしてヴァリエート、と言ったかい? 我が君を祝福しよう。エレナを愛してくれて、ありがとう』
「いえ、そんな畏れ多い。私は己の心に正直になっただけですので」
それがヴァリエートの本心である。別に誇るようなことではない。
『それが良いんだよ。とにかく……なんと言ったかな……。ああそうだ、王太子クロードに騎士アルバート、王太子妃アメリアにその取り巻き達。貴様らには今後、永遠に星は微笑まない。己の行動を悔やんで悔やんで、死ぬと良い』
つまり、彼らには今後不幸なことばかり襲い来る、と。
女神の宣言に、顔を青くするクロードにアルバート。今はアメリアはいないが、後々聞かされるであろう。女神に嫌われた女、という醜聞と共に。
『我の要件は済んだ。エレナとヴァリエート、そしてアストレア家の者とその伴侶。彼らがいる限り、我はこの国を守ると誓おう。
ではな偉大な王よ、我の記憶に貴方の名を刻んでおこう。まあ、息子の教育には失敗したようだがね』
「はは、何も言えませぬな」
最後に茶化して、女神は消えた。
同時に威圧感が消え、はあはあと喘ぎ声が謁見の間に広がる。
——そして。
「クロード、アルバート。アメリア嬢とその取り巻きを全員、後でここに連れて来い。わかったな?」
「……はい、父上」
クロードは諦めたようで、がくりと項垂れる。その隣で、アルバートはずっと何かを考えるように俯いていた——。
——アルバート視点——
幼い頃から、弟が目障りだった。
俺が八歳の頃、あいつは五歳。そしてその頃、ヴァリエートが魔力対抗体質という事が判明した。
それで剣の才能は、真剣にやっていた九歳の俺をあいつは六歳で打倒する程に高い。本気でやったのに全て紙一重で躱され、覚えた剣技は受け流される。次の瞬間には木刀を吹き飛ばされ、首に木刀が突きつけられていた。
成長すればするほどに、あいつは強く美しくなる。
容姿はクロードと同程度で、女ならキャーキャー言う美少年。それでいて剣の腕も良かったから、複数の貴族子息から妬みを買った。勿論、俺からもだ。
いつもリンチされ、服で見えない場所に痣を作った。
傷が残ってはバレると思い木刀で殴るのみだったが、生まれの差で反抗のできないヴァリエートを嬲るのは楽しかった。
そして十五歳の頃、アメリアと出会った。
彼女は前向きで、とても頑張り屋だ。更に性格も良く、美しい。人の心に踏み込み、その傷を癒そうとする行動力もある。
自然と俺やクロード、そして取り巻き達は彼女には好意を持っていった。既に婚約者がいたが、些細な事だった。
思えば、いつからだろう。
道を踏み外したのは。
あの時、ヴァリエートに負けた時だろうか。それとも、ヴァリエートをリンチした時?
いや、違う。
それは——
「——お前達には、二つの選択肢が与えられる。この毒の盃を煽り、潔く自害するか。それとも市井に出て、災厄に怯えながら日陰で暮らすか」
——弟に、嫉妬した時だろう。
陛下から、そう言われて初めて気付いた。今までの自分の行動の愚かさに。
だがもう、やり直す事は出来ない。やり過ぎてしまったのだ、俺も、クロードも。
そうして手渡された、一つの杯。
そこには無色透明の液体が、並々と湛えられていて。それが、少し飲んだだけでも俺の命を奪い得ると、なけなしの武人の本能でもわかった。
匂いはしない。味も、多分ないだろう。
これは貴族を暗殺する用の即効性致死毒。味を付けたら、バレてしまう。
「な、何故ですか陛下! 私が何か、したのですか!?」
アメリアが、そうヒステリックに叫んだ。
彼女は豪華なドレスを身につけていて、お金もかなり使って装飾品などを買っていたはず。この前ならば美しいと褒め称えるその品位が、とても低俗に感じられた。
最も、俺が言えたことじゃない。寧ろ俺の方が、騎士や貴族として恥ずかしい。
「クロード」
ただ一言。
「ごめんな」
それだけを呟き。
毒の盃を口に当て——一束に流し込んだ。
これで済むことじゃない。それは、わかっている。
でも、償わせてほしい。
俺の死を以って、謝罪しよう。
この地に生きる全ての人。すまなかった。
そして、さようなら。
この日、この時、この瞬間。
アルバート・フォン・アンスリウムは、クロード王太子らと共に自決した。
最期、後悔と懺悔、そして謝罪を遺して。
——エレナ視点——
私は、寝ながら天井を見上げていた。
もう一週間になるのか。この生活が。
私が倒れ、寝ていた時の様子はヴァリエから聞いた。
アストレア様が降臨なさり、ヴァリエと私を祝福してくれたのだそうだ。見たかった、是非見たかった、とても見たかった。
そしてその後、王太子達が自決したという報告も聞いた。
……もう一度、少しだけでも話したかったな。
ヴァリエは受勲の儀や貴族戴位の用事があるから、今はいない。周りにはアンナ達メイドが控えてくれて、世話をしてくれている。
でも、多分もうすぐ——
がちゃり。
「エレナ」
ゆっくりと歩いてきて、寝ている私に視線を合わせるために膝をつく。
新たなる英雄、黒騎士——ヴァリエート・フォン・アンスリウム。
「久しぶり。逢いたかった」
「私もよ」
「体調は大丈夫?」
「ええ。無理をしなければ、もう普通に生活できるわ」
元より、ヴァリエが万一があってはいけないからと無理矢理期間を延長しただろうに。何を言ってるのよ。
「心配だったから。それ以上でもそれ以下でもないさ」
その言葉に、思わず顔が赤くなる。
と、ここでアンナが。
「ヴァリエート様、エレナ様とイチャつくことだけが要件ではないでしょう?」
「ああそうだった。ごめん。
ごほん。さっき戴位を終えて、伯爵位と家名を授与された。家名はペレグリナ。今の俺はペレグリナ伯爵家当主、ヴァリエート・フォン・ペレグリナだ」
「ってことは、アンスリウム家からは独立したのね?」
「血縁関係ではあるけど、そういう事」
つまりはこれで、晴れてヴァリエは法衣伯爵になったというわけだ。それも一代限りの名誉伯爵ではなく、継承される伯爵に。
……という事は。
「エレナ・フォン・アストレア様。俺と婚約してくれませんか?」
「……」
「新興だから大変だと思う。けど、お願い致します」
「……馬鹿ね。答えなんて決まってるじゃない」
そんなもの、勿論——
「——YES、よ。お受けするわ、そのお話。ね、あなた?」
その言葉に、彼は。
少しだけ困ったように笑ったあと。
「——良かった。永遠に、この命尽きるまで、あなたと共にいると誓いましょう」
そう言って、私の手の甲に。
一つ、優しくも強いキスを落としてくれた。
そして、どちらからともなく顔を近づけると——ゆっくりと唇を、触れ合わせた。
◇◆◇
後世——
黒騎士ヴァリエート・フォン・ペレグリナと、女神の寵姫エレナ・フォン・アストレアは、王国一のおしどり夫婦であると知られた。
またその出会いと彼らの婚約までの出来事は、生半可な本よりも上手く出来ており、今の世に至るまでの恋愛小説の原点ともなっている。
そしてその全てを復元させ、舞台となったものが、今の世に生きる者ならば全員が知っていると言われている〝黒騎士と星の愛〟である。
それはとても原点に忠実で、小説ですらまるでその時の生き証人が語るかのような臨揚感を味わえる程の物と、読んだ、或いは見た人々は語る。
しかし。
その本を読み、舞台を見て、それに留まらず歴史を研究した者は、一人の例外なくそれをこう評した。
本来なら叶わぬ恋を成就させたそれは、正にこう呼ぶに相応しい。
〝死神恋歌〟——と。
ふう。
疲れた(小並感)
とりあえず人物紹介。
エレナ・フォン・アストレア
年齢:十七
容姿:女性にしては高身長。紫混じりの銀の長髪に、神秘的な紫紺の目を持つ。
目はツリ目がちでキツそう。全体的な評価は傾国。
スタイル:出るとこは出たナイスバディ。
性格:お人好しでもないが、非情でもない。貴族としての知識を弁えている。
魔力量:A+(最高評価)
特異体質:星女神の寵愛・魔力視
称号:星の寵姫
ヴァリエート・フォン・アンスリウム→ヴァリエート・フォン・ペレグリナ
年齢:十七
容姿:百八十センチの高身長。
銀混じりと黒髪に、貴族らしい蒼穹の目。顔はエレナが羨ましがるほどに整った女顔。
全体的な評価は絶世の強い系王子様。
スタイル:細身で筋肉質。理想的な細マッチョ。
性格:人畜無害そうで肉食系。大切な人以外、割りかしどうでも良い。
魔力量:A+(最高評価)
特異体質:魔力対抗体質・魔力視・星女神の加護(エレナを娶った時に、毒無効などの効果を付け足されて追加された)
称号:黒銀の死神・黒騎士・円卓の騎士
作者はあんまり政治とか詳しくないので、間違っててもあんまり叩かないでね本当に。